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美容師の恋

作者: 月子

クラスの女の子を見かけた。随分年上の男とキスしていた。おそらく恋人なんだろう。恋人同士がキスをするなんてよくあること。それだけなのに・・・何故だか分からないけど、彼女の姿を見て彼女がイケナイ恋をしていると感じた。

 彼女には年上の彼氏がいるという噂は本当のようだ。彼女は大人びた雰囲気と、どこか近寄りがたい雰囲気を持っている。男子にはモテたが、「同い年に興味ないから」と言って断られるらしい。そんな彼女だから年上の彼氏という噂が出来たのだろう。でもいつも彼女には斜がかかっているというか、いつも不幸を背負ってるように見えた。そんな彼女だから彼氏といるだけで、イケナイ恋をしているように見えたのかもしれない。彼女と喋った記憶は殆どない。俺と彼女の関係はその程度のもの。だからこの間のことが聞きたくても、聞けずじまいだった。

 放課後。先生に呼び出しをくらって、教室に戻ると彼女がいた。悲しそうな表情をしていた。

「遠藤さん。こんなこと聞いたらあれ何だけど…」

「何?」

「こないだ男の人と一緒にいたよね?あれって…」

「・・・!お願い!!」

「えっ?」

「お願い!!誰にも言わないで!!明とのことは二人だけの秘密だから!!」

普段はクールで冷静な彼女が、こんなに声を荒げて感情を顕わにしているのを初めて見た。

「わ…分かった…」

「良かった・・・。んじゃあ」

びっくりした。よっぽどあの男の人とのことがバレたくないみたいだ。というよりバレてはいけないという感じがした。やっぱり…イケナイ恋なんだ…。

 何となく相手の男に腹が立った。それと同時に彼女のことが可哀想に思えた。彼女はスゴくモテる。うちのクラスだけでも何人かいるし、学校で考えると何人いるんだろう。そんな彼女を悲しませて、困らせる相手の男がムカつく。そして彼女を幸せに出来ない自分にも腹が立った。なんでこんなこと考えているのか分からない。彼女と俺は何も関係ないのに…。

 あれから彼女との接触は無かった。その方が俺にとっても、彼女にとっても一番いい。けど俺は妙な星に生まれたらしい。あの男にまた会った。そして隣には彼女…ではなく他の女がいた。あぁ…そういうことだったんだ…。本当に…イケナイ恋をしてたんだ…。

 どうしても気になって放課後に彼女と二人きりになるチャンスをうかがった。案の定彼女は教室に一人で残っていた。どうして彼女は放課後、教室で一人にいるのだろうか?

「あのさぁ…こないだの男の人別の女の人といたんだけど…あれって…」

「バレちゃった?」

彼女はこないだとは打って変わって悪戯をした幼い女の子のような顔をした。

やっぱり…イケナイ恋…。

「こうなったら全部話すよ。その代わり内緒にしてね。…あたし不倫しているんだ」

えっ?浮気じゃなくて?

「『moon』って美容室知ってる?駅前の」

「うん。何となくだけど。そこがどうかした?」

「あたしの不倫相手そこでオーナーしてるの。小学校から通ってて、小学校から好きなの」

「そんな前から?」

「うん。子ども心にドキドキした。明が楽しそうにお客さんの髪を切ってて、まるで明の姿は芸術作品みたい。そこからずっと好きなの」

彼女は普段のクールな姿とは打って代わって乙女な顔をしていた。恋する乙女というやつか。不覚にも少しドキッとしてしまった。

「中学生の時にカットして貰った後『彼氏とデート?』て言われた時に気持ちが溢れて、『あたしは明が好きなの!!』て言ってキスしちゃったの。そしたら明が『二番目に幸せにしてあげれるけど、それでもいい?』て聞いてきたの。そこから今の関係になったの」

これが彼女が大人っぽいと言われる由縁か…。こんな大人な恋愛を中学生の時からしてるんだから。スゴい…。二番目でもいいなんて。俺だったらイヤだ。一番じゃなきゃ。

「明が奥さんのこと愛してるのは知ってる。でもあたしは奥さんより明のことを愛してる自信があるの。だから…。とりあえずこの事は内緒ね。」

彼女の目にはうっすらと涙が見えた。そりゃそうだ。不倫してるんだし。

「ねぇ・・・なんで話してくれたの?」

すごく真剣な目で彼女を見た。彼女も俺のことを見た。彼女の大きな目で見られるとなんだかすいこまれそうになった。

「・・・なんとなくね・・・。じゃあね」

ぼそっとつぶやくようにして彼女は出て行った・・・。その後ろ姿はどこか寂しそうだった・・・。

 まさか不倫してるとは思わなかった。衝撃的事実。相手の男に怒りを覚えた。あんな美人とそしてきっと奥さんも美人なんだろう。いっぺんに二人の女性と付き合うなんて何と羨ましい…じゃなくて何と腹立たしいことか。ましてや彼女に涙を見せるなんて…。けどこうして怒りを覚えても、何もすることが出来ない自分に余計に腹が立つ。相手の男の代わりに彼女を幸せにすることも出来ない。彼女みたいな美人に好かれる自信も、相手の男よりカッコいい自信もない。不甲斐ない自分にドッと溜め息が出た。

 またしばらく彼女との絡みは無くなった。絡みたいと思っても学校での彼女は乙女ではなく、男を寄せ付けないクールビューティーなので話しかけづらい。少し彼女のことが気になるようだ。あんな美人からあんな話を聞かされたら男は気になってしまう。彼女との絡みがなくても、相手の男への怒りは沸々と沸き上がってきた。悔しいと思うのはなぜなのだろうか・・・。

 休みを利用して男の店に行ってみようと思った。丁度髪も伸びてきたし。店内はオシャレな感じで、いつもの床屋と違うので緊張した。あの男の人を指名した。

「今日はどんな感じに?」

「えっと…量を減らして下さい」

「はーい」

確かにカッコいいと思う。何歳か知らないが結構若く見える。これなら彼女と歩いていても違和感はない。

「初めてだよね?」

「えっ?」

「うちの店来るの。誰かに勧められたの?」

「えっと…はい。クラスメートの遠藤夏生さんに」

少し動きが止まった。でもすぐに笑顔を取り戻した。

「そうなんだ。うちのお得意さんだよ。今日は何?デートか何か?」

「いえ、好きな人の好きな人を見に来ました」

俺なりに挑発してみた。しかし全く動じず、笑顔を絶やさなかった。流石はプレイボーイ。

「へ~。どう?勝てそう?」

「分からないです」

本当は完敗だった。イケメン、年上、オシャレ・・・どこに勝てる要素があるんだ?でも敵に負けを宣言するのも癪だから、ここはあえて濁しておこう。

「この後空いてる?」

「えっ?」

「ちょっと話そうか。君も俺に言いたいことがあるだろう?」

呼び出しされてしまった・・・。なんだか妙なことになってしまった…。

 オシャレな喫茶店に連れて来られた。オシャレな男は何をしてもオシャレだ。彼女も…ここにこの人と来たのだろうか?

「君夏生のこと好きなの?」

「…はい」

今ここで彼女への気持ちを口にした。俺はやっぱり彼女のことが・・・好きなんだ・・・。

「ふ~ん。そうなんだ…」

コーヒーを一口飲む。それだけで絵になる。男の俺でもカッコいいと思う。彼女が言っていた「芸術作品」とはこういうことだろうか?

「俺は夏生のこと愛しているよ」

何言っているんだ?コイツ。結婚しているくせに。

「勿論妻のことも愛している」

マジで何言っているんだ?こいつ・・・自慢か?

「最初夏生に告白された時そんなに本気にしてなかった。中学生は恋に恋しちゃうところあるし。夏生が飽きるまで恋愛ごっこに付き合ってあげようと思って。最低だと思うかもしれないけど・・・こうするしかあの時の俺に方法が見つからなかったんだよ・・・。彼女と何回かデートする内に彼女が本気だってことが分かって…だから好きになった」

嘘をついてるようには見えなかった。彼女に本気で好かれて落ちない男はいない。きっと俺だって・・・この人と同じ状況になったら・・・。

「だから夏生に俺以外の好きな人が出来るまで俺が守ってあげようと思った。ねぇ君に夏生を幸せに出来る?夏生を守れる?」

鋭い目。真剣な目。心にズシンときた。俺の気持ちが生半可な気持ちでは無いこと伝えなければ・・・。俺はごくんとツバを飲み

「少なくともあなたよりかは」

ふっと笑ったように見えたのは気のせいだろうか?

「十分だよ。んじゃあ俺今度のデートを最後にするよ。夏生と…別れるよ」

えっ?ひょんな形で敵に勝ってしまった。まぁ俺なんて敵と思われていないだろうが・・・。

「それじゃあ夏生をよろしく」

少し悲しそうな顔をして伝票を持って、去っていった。こういうところがモテる男のさり気なさなのだろう。やっぱり愛している人と別れるのは辛いんだ…。本当に彼女のことを愛していたんだ・・・。

 きっと彼女は振られたら、俺に文句を言いに来るんだろうな。

「あんたのせいで振られちゃったじゃない!!」

と・・・。それでもいい。それでも・・・いい・・・。彼女はあのままじゃ幸せになれない。これでいいんだ。もし彼女が俺に文句を言いに来たら、俺の気持ちを伝えよう。好きですと。あの男の人との約束だから。きっと振られてしまう。それでもいい。思いを告げないまま終わるのはイヤだから。

でもあれから何日経っただろうか?彼女は文句を言って来ない。おそらく彼女とあの男の人はまだデートをしてないんだろう。きっとあの二人はお互い忙しいんだろう。いつ文句を言われるのかビクビクしていた。

 何となく教室に残っていたら、彼女と二人きりになった。彼女は怒った顔をして近づいてきた。

「あんたのせいで振られちゃったじゃない!!どうしてくれんの!?」

彼女は泣き崩れてしまった。泣くほど好きな相手なんだ…。

「これでいいんだよ!!あのままじゃ絶対幸せになんかなれなかったんだよ!!」

「あんたに何が分かるの!?あたしは明のそばにいるだけで幸せだったの!!ずっと二番目で良かったの!!あたしには明が必要なの!!」

彼女の目からは大粒の涙がこぼれた。キレイと思ってしまう俺は最低なのかもしれない。

「俺が幸せにしてあげるから」

そっと抱きしめた。慣れないことをしたせいで手が震えた。

「最低!!大嫌い!!」

彼女は俺を突き飛ばして去っていった。明さん。すいません。俺…彼女のこと幸せに出来そうにありません…。

 あれ以来絡むことは一切無かった。目さえ合わしてくれなかった。元の関係に戻ったと言えば、そうなんだが…。元の関係とは言えない。俺の心は彼女に囚われてしまったのだから・・・。目合わしてくれないと分かっていても、彼女を目で追っかけてしまうのだから・・・。

 色々あって忘れていたが、俺たちは受験生。そして受験シーズン真っ只中。クラスの大半の進路が決まってきた。殆どの生徒は大学だが彼女だけは美容専門学校。学年でもトップクラスの成績だから先生たちは何とかして彼女を説得しようとしているが、彼女の意志は固く、見事専門学校に受かった。受かってからも先生たちの説得は続く。彼女の意志はそんな簡単なもんじゃない。きっと立派な美容師になって見返してやりたいんだと思う。小学校の時から愛してやまないあの人を…。

 卒業式。クラブでの集まりが終わり、教室に戻ると彼女がいた。どこか物憂げに。

「あのさぁ!!遠藤さんなら立派な美容師に成れるよ。いつか俺の髪切ってよ。んじゃあ」

いつも彼女に置いていかれていた俺だが、今日は俺が彼女を置いてきた。何か言いたげだったが、今は涙がこぼれそうなので、振り返らなかった。この思いを俺は忘れることができるのだろうか?

 あれから何年が経っただろうか?俺は今は平凡な会社員をしている。彼女は小さいながらも美容室を経営しているだろう。経営は順調。常連さんも何人もいるだろう。あくまでもこれは俺の予想である。でも・・・これは正しいと思う。何の根拠もないが・・・。久々に彼女に会ってみたいと思った。彼女のせいで俺は女の子にすぐ振られてしまう。彼女のせいと言うより俺のせいだが。あれから女の子に何人か告白されて付き合ったりしたが、すぐに「私以外の女のこと考えてる!!」と言って、振られてしまう。実際そうだから言い返しようがない。女の子と一緒にいてスゴく楽しいはずなのに、いつも彼女のことを思い出しては比較してしまう。最低と言われようが、仕方がない。それだけ彼女は俺にとっては大きな存在だったということだ。久しぶりに彼女に会いたくなった。

 髪を切りに行こう。彼女の店で。彼女が経営しているかどうか分からないが、彼女はきっと経営している。どんな店か分からないが、探す他ない。街をぶらぶらしてみた。街はすっかり春になってきた。春の陽気な天気がポカポカしていて気持ちが良かった。大きく深呼吸した。空気は美味しかった。街を歩いていたら、彼女の店を見つけた。間違いない。この店だ。店の名前は「moon to sun」だった。彼女の店以外に有り得ない。店に入ると女の店員さんがいた。

「いらっしゃい」

振り返った店員さんは彼女だと分かった。大人になった彼女はびっくりするぐらい美しい。彼女も俺だということに気づき、笑顔になった。



「久しぶり」


声が重なった。



まるで二人の運命かのように…。



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