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宇宙葬

作者: 雉白書屋

「親父、この家を売ったってどういうことだよ!」


 とある邸宅。そこに住む父親には三人の息子がいた。全員結婚し、それぞれ家庭を持っていたが、実家を売却したという知らせを受け、この日急遽集まったのだ。


「そうだよ、父さん。何の前触れもなくて本当に驚いたんだから」

「五千万円以上の価値があるだろう。それを全部使い切ったって言うんだから、みんな心配しているんだ。父さんがボケ、いや、騙されたんじゃないかってな」


 父親を想う息子たちの気持ちに嘘はない。確かに遺産の取り分が減るのは口惜しいが、彼らはそれぞれ堅実な職に就き、生活は安定している。父親が詐欺や怪しい宗教の被害に遭ったのではないかと本当に心配していたのだ。

 父親は三人の顔をじっくり見てから、静かに口を開いた。


「金の使い道か……。ふふふ、実はな……棺桶を買ったんだ」


「は? 棺桶?」


「そうだ」父親はにやりと笑った。


「それは……終活ってこと? 寂しいけど、まあ、うん……。それで、他には何に使ったの? お墓?」


「はっはっはっは! 墓など買わんよ」


「じゃあ、残りの金はどこに消えたんだ? まさか派手な葬式でも計画してるんじゃないだろうな」


 三人は顔を見合わせ、眉をひそめた。それはある意味、宗教に騙し取られたようなものだ、と。


「まあ、派手と言えば派手だな。ふふふ」


「はっきり言えよ、親父」


「ふふふ、まあ、三分の二はその棺桶に使ったかな」


「え……? それ、どういうこと? 高級木材でも使ったの?」

「いや、きっと世界的なデザイナーに依頼したんだろう」

「それにしたって高すぎるだろ」


「違う違う。宝石で飾ったんだよ」


「宝石!? 棺桶に!?」


「そうだ。あと金もあしらった。古代の王様の棺桶と言えばイメージしやすいかな」


「いや、父さん、それって結局燃やすんだよね……?」

「無駄遣いじゃないか……」


「いや、燃やさんよ」


「じゃあ土葬か? でも墓は買わなかったんだろ?」


「ふふふ、実はな……宇宙葬だ!」


 そう言って、父親は得意げにパンフレットを差し出した。


「いいか、この先、地球の人口はどんどん増える。住む場所どころか、墓地すら不足する未来が来るだろう。死者の扱いはぞんざいになり、墓は壊され、骨は肥料にされるかもしれん。それに比べて宇宙葬はなんとロマンがあることか! 宝石や金で飾られた棺桶に入り、宇宙に送り出され、星になるのだ。ああ、実際に太陽光を反射して、星に見えるかもしれない。当日の夜はよく空を見てみるといいぞ」


 父親は満面の笑みでそう語り、大笑いした。

 一方の息子たちは、黙々とパンフレットを読み込んだ。そして、インターネットで調べたところ、どうやらその会社は詐欺ではなく、本当にロケットで棺桶を宇宙に打ち上げているらしい。高耐久の棺桶は宇宙空間を漂い、運が良ければどこかの星に到達する可能性もあるという。費用が高額なのも納得がいった。


「先見の明があるだろう? ああ、安心しろ。話は不動産会社とついている。私が死ぬまではこの家で今まで通り暮らすつもりだ。お前たちに迷惑はかけんよ」


 すでに計画は着々と進んでおり、止めるのは難しそうだった。何より父親の満足げな顔を見て、息子たちは諦めるほかなかった。


 そして時が流れ、ある快晴の午後。父親の遺体を乗せたロケットは、青空を切り裂いて飛び立った。家族は見守りながら、宇宙へ旅立つ父親に別れを告げた。

 そして棺桶は宇宙空間に放たれ、広大な銀河を漂い始めた。そして……




「おい、前方に何かあるぞ」

「本当だ。ああ、またか……」


「まったく、不法投棄には困るな」

「貨物船の仕業か。航路はきれいに保ってもらわないとな」


 父親の棺桶は長い年月を経て、宇宙人のパトロール船に回収された。

 そして『宇宙ゴミ』として、ステーションで焼却処分された。

 地球から老廃物のように宇宙に排出される棺桶の多くは、そのように処分されていた。

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