浅美と莉奈の交渉2
11月23日。浅美と莉奈はシラナミ公国にいた。2人は紺のブレザーに白のミニスカート。浅美は黒。莉奈はパープルの下着を身にまとった。オーバーニーソックスは浅美が黒。莉奈がパープル。通訳のナタリーは妖精を想起させる可愛らしいグリーンのコスチューム。ナタリーたちは浅美たちに触発され、コスプレを始めたという。交渉の場でコスプレ姿を披露できるのが異世界特有のゆるさ。オルガたちは温かく迎えてくれた。浅美たちはオルガがミニスカートを履いているのに驚いた。カレンと同じく前回は長めのスカートだったはず。「何か嬉しいことがあったの?オルガ」「ええ。あなたに贈られたコスチュームが気に入ったわ」女王は近況を語り始めた。初めはすごく抵抗があったが、いざ身にまとうと気分が高揚するのを感じた。もちろん公務があるし公の場で披露する勇気はないが、魔法戦士のコスプレ自体は悪くないと感じた。「でも浅美、私たちはギャラリーやマスコミが怖いのよ」「訓練日も対戦日もギャラリーやマスコミは来ないわ」「でも対戦日はレフェリーがいるでしょ?」「ステージに中の人がいるケースがあるわ」「その方は女性?」「もちろんよ。後半はマルスの即興が始まるからね。その間にステージで音楽を流したりするのよ」「じゃあ私たちは対戦相手の殿方を信じていいの?」「もちろんよ。彼らは鬼じゃないわ」次にイレーヌが語り始めた。毎朝ニュース映画を部室で見ていることを思い切って母親の前で告白したのだ。勇気のいることだったが、オルガは当惑しながらも受け入れた。実はうすうす気づいていたのだ。「じゃあソフィアも?」「もちろんよ。私たちは毎朝見てるわ」今さら下の子たちを叱るわけにもいかない。自分だって本当は見たくて仕方なかったのだから。「それで?イレーヌは変わった?」莉奈が尋ねた。「そ、そうね。やっぱり私たちも庶民の殿方と矛を交えてみたいわね」「でも不安でしょ?」「もちろんよ。どうして王族の魔法戦士はいないの?」「仕組み作りが難しいからよ」ナタリーが続けた。「あなた方がマルスと対戦を重ねるにはギャラリーを締め出さないといけないわ」お姫さまたちの勇姿を見たい庶民は履いて捨てるほどいる。「それは可能なの?」「もちろんよ」浅美はリアルの話を始めた。かつてPL学園が甲子園の常連校だった頃。毎年春季キャンプを張っていたが、庶民にバレることはなかった。「異世界はアナログ社会だからできるのよ」「でもマスコミは?」「こちらから釘をさしておくわ」ナタリーが続けた。「王族と魔法戦士を聖域とするの」「立ち入らせないのね?でもマルスは?」「彼らは対戦日のフイルムカメラやビデオカメラの持ち込みが禁止されてるわ」「じゃあニュース映画はどうしてるの?」「リタイヤ中の魔法戦士と予備役のマルスが共演して制作してるわ」「その子たちのプライバシーは?」「もちろん守られるわ」確かに撮影中は無修正ノーカットだが、世界線が違うため、リタイヤ中の魔法戦士は週末ごとに撮影に臨む。これは現役時代と変わらない。魔法戦士は週末に訓練と対戦を交互に行うのが通常の流れ。「莉奈、ニュース映画と実戦は違う?」「ほとんど変わらないわ」美人母娘はイサベラの事務所でニュース映画を見ることが許された。実はこれはアンジェラの特権であり、リタイヤ中の魔法戦士はニュース映画を見る機会がない。「レフェリーがいないのが不思議ね」「勝ち負けの基準がハッキリしてるからね」基本的には2人1組で対戦し、どちらか1人が続行不能になるか2人が戦意を喪失するか先に達した方が負け。「でも莉奈、軽く達した時は?」「まだやれるのなら戦いは続行されるわ」「そのあたりはマルスの殿方も同じ?」「そうね」「中断したら?」「アディショナルタイムに追加されるわ」その時は目覚ましで対戦終了のベルが鳴る。魔法戦士とマルスの対戦はスポーツのリーグ戦に似ている。「浅美、対戦期間はどうなるの?」「原則として丸2年を超えないという規定よ」「それ以上はダメ?」「双方が合意すれば延長は可能らしいわ」交渉が終わると5人は雑談に花を咲かせた。イレーヌが吹っ切れたように明るい。明日から自宅で堂々とニュース映画を見られるからだ。オルガはコスプレについて浅美に尋ねた。「まず身内同士で始めるといいわ」「そうね。いきなり赤の他人にコスプレ姿を披露できないしね」女王と浅美は同い年だし三十路の女性同士だから気持ちがわかる。ナタリーは自身のコスプレ体験を誇らしげに語った。すでにルーシーと共に屋外デビューを果たしたという。「若い子はいいわね」オルガは感心した。「女王さまはまだまだ若いですわ」今日は冬服を贈られてオルガは子どものように喜んだ。「これなら屋外デビューできそうね」「楽しみね。オルガ」あとはカレンだけ。彼女の傷が癒えてからでも充分。今日の交渉で一気に進展した。