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ココットの不幸

作者: しののめ。



 おかあさまが読んでくださる本が好きだった。

 特に、王子様と女の子が結婚する幸せなお話を聞くのが、なによりも大好きだった。

 わたしはその女の子になりたいと思った。大好きな王子様と結婚して、ごうかな暮らしをして、そうすればわたしもおかあさまもおとうさまもおねえさまも幸せになれる。なんてすてきな夢だろう。そう思っていた。でも少し時が経つと、おかあさまは眉を下げてこう言うようになった。


「ごめんね、ココ。あなたはたぶん、この女の子にはなれないわ」

「おかあさま、それはどうして?」

「それが貴族というものだからよ」

「貴族ってなあに?」


 そう聞くと、「私もよく分からないわ。でもお母様にそう教わったの」と言っていた。いくらお金があっても、わたしは『子爵令嬢』だから『王族』とは結婚できないらしい。

 でも、この本で王子様はこう言っている。


『人は平等だ。僕は王になったら、みんなに平等でいてほしい。なぜなら、それが当たり前のことだからだ』


 『平等』と言うのは、上とか下の関係がなくて、みんなが同じ立場にいることらしい。

 人は平等なのに、どうしてわたしは平等であるはずの王子様と結婚できないんだろう?

 おとうさまは平等の意味は知っていたけれど、その答えは知らなかった。

 そして、恋や結婚のお話をきらい、むずかしそうな本ばかりを読むラテおねえさまにも「それは無理よ、ココ。それに、なにも王子じゃなくていいじゃない」と言われてしまった。

 ラテおねえさまは、わたしに本を読みなさい、とよく言っていた。一度それに従って一冊だけ見てみたけど、よくわからない言葉が並んでいてすぐに諦めた。文字の読み方を教えてあげる、とも言っていたけど、おかあさまとおとうさまに伝えたら「ココはそんなことをしなくてもいいんだよ」と笑っていた。必要がないし、難しくてめんどうからだそう。ではなぜおねえさまは『そんなこと』をやっているのかしら? 聞いてみたら、学者さんになるという夢があるらしい。学者っていうのは、世界のいろいろなことを学ぶことなんだって。そのためには、いっぱいお勉強をしなきゃいけない。つまり、わたしが王子様と結婚するのを夢見ることと一緒ってことかな? おねえさまにも夢があるんだね! って言ったら、ココのは夢じゃないでしょって頭を撫でてくれた。わたしのもちゃんと夢なのになあ。




 わたしが十二歳になった頃に、おねえさまのデビュタントがあった。きれいなドレスとお化粧をしたおねえさまが少し羨ましかったけど、おかあさまにおねえさまとお揃いのドレスを頼んだらすぐに用意してくれた。一緒にデビュタントには行けなかったけれど、絵をかいてもらったの! 何時間も動かないでいるのはたいへんだったけど、かわいいドレスのおかげでなんとか頑張れた。



 そして少ししたら、新しいひとがお家によく遊びに来るようになった。おねえさまに会いに来てるみたい。男の人だったから、おねえさまはその人と結婚するのかな。ためしに聞いてみたけれど、「そんなこと想像もつかないわ」と言って笑っていた。彼とはあくまで友達らしい。怪しいわ、おねえさま。隠さなくてもいいのに。おねえさまにとっての「王子様」はあの人なのね。運命の相手を見つけられたおねえさまがとっても羨ましかった。彼は本物の王子様ではないようだけど。



 それからまた数年経って、気がつけばわたしももうずいぶん大きくなっていた。念願のデビュタントに参加したわたしは、周りの人達があまりにもきれいな格好をしていて、少しだけむっとした。だって、宝石もあんなにいっぱい身につけて、レースもいっぱいでとっても素敵。うーん、わたしももう少し豪華なドレスを着た方がよかったかしら。それとも扇や手袋にお金を使った方がよかったかも。小物に気をつかうのがトレンドだって聞いたことがあるわ。髪型はまとめるんじゃなくて流した方が…。とりあえずお家に帰ったらおかあさまとおとうさまにお願いしましょう。デビュタントを迎えた女の子や男の子達にのみ入場を許されるホールに入ったわたしはそう思いながら、きょろきょろとあたりを見渡した。

 そして、見つけた。

 ひときわ目立つ、美しい男の子を。

 わたしの、運命の相手を。

 一目見てすぐに分かった。この方が王子様だ。絶対そう。

 スカートの裾を持ち上げて、駆け足で王子様の方に向かう。挨拶をしようと思ったけれど、他の綺麗な女の子達に押されてなかなか彼の前に辿り着けない。

 数分経って、やっと自分の番になった。


「王子様、こんにちは! わたし、ココット・アイネルと申しますっ」


 王子様を見つけたことがどうしようもなく嬉しくて、笑った顔がなかなか戻らない。笑顔のまま王子様と向かい合っていると、王子様も微笑み返してくれた。耳が少し赤かった。

 王子様はわたしをダンスに誘ってくれて、一緒に踊ることになった。ワルツというものらしい。どうやって踊るのかさっぱりわからなくて王子様に申し訳なかったけれど、彼は丁寧に教えてくれた。さすがわたしの王子様だ。彼はディウスさまというらしい。やはりこの国の王子様で、いずれ王様になるお方なのだそう。


「アイネル嬢、今夜は楽しかった。また会おう」

「こちらこそ、とっても楽しかったですわ! もしよろしければココとお呼びになさって」

「……では、ココット嬢と呼ばせていただくことにしよう」


 その言葉に少し気分が下がったけれど、まだ初めて会ったばかりだから愛称で呼ぶのは難しいわよね、と自分を慰めてその日は帰った。夜遅くまで眠れなかったのを覚えている。とても幸せだった。


 それからわたしは色々な舞踏会に行って、ディウスさまと話すようになった。ディウスさまにお願いして招待状を貰ったことがほとんどで、その恩をお返しができないのが残念だったけど、次第にわたしの前で笑顔が増えていくディウスさまが「ココット嬢がいると安心する」と言ってくれるのが嬉しくて仕方がなかった。毎日が天国のようで、私は夢のような心地にふわふわしていた。

 でも、度々訪れるどこかの家の舞踏会の家具や装飾品はあまりにも美しくて、お家に置いてあるものと比べてしまうと残念な気持ちになる。だからおかあさまとおとうさまに、たくさんのものを買ってもらった。おねえさまにもあげようとしたけれど、「あの子はココを嫌っているのだから、そんなことをする必要はないよ」とおとうさまが言って、おかあさまもその通りだと頷いていた。おねえさまは、わたしのことがお嫌いなのかな、とショックを受けておねえさまのお部屋に行ったら、「そんなことはないわ」と微笑んでくださった。どうやら全ておかあさまとおとうさまの勘違いだったらしい。わたしは心から安心した。

 ところで最近はディウスさまにダンスを教えてもらっている。ディウスさまはダンスが非常にお得意で、わたしにダンスを教えるのをむしろ楽しいと言って率先して教えてくださる。私の王子様は、とってもお優しい。だいすき。こういうのを、「愛している」って言うのよね。





 ディウスさまには、小さい頃から結婚を約束している女の子がいるらしい。

 それを知った時、そしてディウスさまはその人が好きではないことを知った時、わたしは思わず怒ってしまった。

 だっておかしいじゃない! なぜ、好き同士ではないのに結婚するの? 相手の方もお可哀そうだし…、それに、わたしとディウスさまのほうがまだお似合いだと思うわ。

 少なくとも、わたしはディウスさまのことがすき。だいすき。


「好きです、ディウスさま」

「ありがとうココット嬢、うれしいよ」


 うれしいって、どういうことですか、ディウスさま。あなたはわたしのことをどう思っているんですか?

 聞きたくても聞けなかった。こわかったから。片思いがつらいことは、恋愛小説で学んできたけど、こんなにも胸が締め付けられるとは思わなかった。わたし、恋してるんだ。そう思うと、ちょっと嬉しくなるけど。

 はやく両思いになりたいな。結婚したいな。



 わたしの十七回目のお誕生日が来た。毎年のようにおかあさまとおとうさまがたくさんの贈り物をくれるけれど、わたしが一番欲しいのはディウスさまからのものだ。

 ディウスさまはちょうどその日は予定が空いていたみたいで、会うことができた。

 平民の格好をして、噴水の前で落ち合う。彼との舞踏会以外でのデートはいつもこう。舞踏会では一回踊ってくれる以外はなにもしてくれないけど、こうやって会うとわたしのことだけを見てくれる。まあ、これも素敵だけど、そろそろ王宮に招待してくれてもいいんじゃないかしら。…でもには婚約者さまがいるものね。わたしって、悪いことをしてるのかな。

 ううん、そんなはずがない。なぜなら、ディウスさまと婚約者さまは、愛し合ってはいないんだもの。


「ディウスさま」

「なんだい?」

「誕生日の贈り物として、ディーさまと呼んでもいいですか? わたしのことも、ココって呼んでください!」

「……」


 少し沈黙があった。緊張するな。ダメって言われるかな…。


「ココ」

「っ! はい!」


 呼んでくれた!!!!

 ぱっと顔を上げると、そこにはなぜか、あまり見たことのない表情を浮かべたディウスさまのお顔があった。


「いいよ。そう呼んで。俺もココって呼ぶね」

「ほんとうですか!?」


 愛称というのは、とても親しい仲か、もしくは恋人に対して使うと本で習った。つまりそういうことよね。そういうことでいいのよね…!?


「すきです、ディーさま」

「俺も好きだよ、ココ」


 おもわず飛び跳ねて喜んでしまった。ちょっと下品だったかしら? 見上げると、ディーさまは微笑んでいらっしゃった。かわいいと思ってくれてるのかな。うれしいな。

 はやく、婚約者さまと別れてくださらないかしら。

 さりげなく伝えてみたら、そうだね、と小さな声で答えてくれた。

 少し落ち込んでいるみたい。どうしてかしら。婚約者さまのこと、少なからず想ってるんじゃないかしら…。不安になって聞いてみると、どうやら婚約解消をすると、おういけいしょうけん?を手放すことになるらしい。つまり、王様になれなくなっちゃうってことみたい。


「そんなのどうでもいいじゃない! わたしは王様でも王様じゃなくても、ディーさまだからすきだから、王子様じゃなくてもいいのよ!」


 自分でそう言ってから、少し驚いた。わたしは王子様だから彼のことを好きになった、と思っていた。

 ああ、でもちがうんだ。わたしはいつの間にか、ディーさま自体をすきになっていたんだ。

 王子様を夢見ていたけど、今はもう、ディーさまが王子様じゃなくていい。ふつうの男の子でもいい。わたしだけの王子様ならそれでいいの。


「…そんなこと言ってくれるの?」


 ディーさまの瞳が、かがやいてみえた。わたしは満面の笑みで頷いてみせた。

 だから大丈夫よ、ディーさま。わたしと結婚しましょうね。


 ああ、人生ってなんて素晴らしいの!







「あなたが、ココット・アイネル嬢?」


 とある舞踏会に参加していると、銀色の髪をなびかせた、きれいなドレスを着た人が話しかけてきた。周りに三人、お友達がついてらっしゃった。


「そうですわ!ココット・アイネルと申します」


 わたし、なぜか同性のお友達ができたことがなくてずっとひとりぼっちだったから、話しかけてくれて嬉しかった。友だちになれるかしら!?と思ったけど……、彼女はとっても怖いお顔をしていた。


「単刀直入に言わせてもらいます。金輪際、殿下には近づかないでください」

「殿下…?」


 ディーさまのことかしら。じゃあこの方、もしかして。


「ディウス殿下のことです。わたくしは彼の婚約者ですわ」

「あなたまさか、ソフィーさまをご存じないの?」


 ソフィー…初めて聞いたわ。だってディーさまは一度もあなたのことを私に話したことがないもの。そう思うと、ちょっとうれしい。

 でも、なぜ殿下に近づくなと言うのかしら。


「あなた、ディーさまのことがすきなの?」

「ディーっ、」


 みなさんびっくりしていらっしゃる様子だった。周りも少しざわざわしている。私は少し誇らしげになった。そう、わたしはディーさまと愛称で呼び合う仲なのよ! あなたが恋敵だとしても、わたしがヒロインに決まってるわ。ディーさまはわたしの王子様だもの。


「ココ!!」


 いつもの男の人と一緒にいたおねえさまが、こちらへ駆け寄ってきた。ひたいに汗を浮かべている。なぜそんなに焦っているの?それに、怒っているようにも見えた。こんなおねえさま見たことない。わたしはびっくりしてしまった。


「おねえさま、どうし」

「今日はもう帰るわよ」


 おねえさまはわたしの言葉を遮って、同時に手をひっぱった。


「痛いわおねえさま、やめて、それにどうして、」

「いいから!!」


 わたしは泣きじゃくりながら会場を出た。おねえさまひどい、どうして。


 馬車に乗ると、ようやく少しだけ気持ちが落ち着いて、そしておねえさまがこんなことをした理由を知りたくなった。


「おねえさま、どうしてこんなことしたの?」

「ココ、先にわたしの質問に答えて。ディウス殿下と親しい仲なの?」


 そうだわ、わたし、ディウスさまに内緒と言われていたから、家族の誰にもお話していなかった。おねえさまがびっくりするのも無理はないわ。おねえさまは社交界にもほとんど出ないし、本ばかり読まれているから、わたしとディーさまが仲良くしているのも気づかなかったのね。


「そうよ、おねえさま。わたしはディーさまと結婚するの!」

「ココ…」

「呆れてるの?おねえさま。そうよね、ラテおねえさまは、身分が違う恋はだめ、というお考えだものね」

「ココ、確かにそうだけど、それはわたしだけの考えじゃなくて、みんなそうなのよ。あなたがおかしいの」


 わたしが…おかしい?


「ソフィーさまは、ディウス殿下の異変に気づいて、殿下に問い詰めたらしいの。そうしたら、好きな女性がいると告白したそうよ。今日の舞踏会で、そんな噂を聞いたわ。…まさかあなたがその相手だとは思わなかったけどね」

「そうなのね! やっぱりソフィーさまはディーさまのことがお好きなのかしら?」


 おねえさまがまた呆れた顔をした。


「違うわココ。ソフィーさまと殿下は結婚しなくてはならないの。そうしないと、お互いにとってよくないことになるのよ」

「どういうこと?」

「簡単に言うと、ソフィーさまは王妃になれなくなるし、殿下は王になれなくなるからよ」

「別にいいじゃない。ディーさまは王様になる必要はないわ。わたしと結婚するんだもの!」

「そうじゃないのよココ…」


 おねえさまが辛そうな顔をしている。

 どうして? わたし、間違ってないでしょう?

 ソフィーさまも、王妃になりたいだけなら、ディーさまじゃなくて王様になりたい人と結婚すればいいのに。どうしてディーさまじゃなきゃだめなの。


「とにかく、周りがココに対してよそよそしい理由がやっとわかったわ。あなたのことだから、言動でいろいろな人を呆れさせているのだと思ってはいたけど、そんなにとんでもないことだとは…。わたしももっと社交界に出るべきだったわね」

「そんなことはないわおねえさま! おねえさまは学者さんになりたいのでしょう? そのためには社交界に出る必要はあまりないって言っていたじゃない!」

「それはそうだけど、そうじゃなくて…、もう少し、ココに目を向けるべきだった、ということよ」


 どういうことかしら。


「わたしはこんな馬鹿なあなたのことも、妹だから、だいすきなのよ。それにおかあさまもおとうさまも。わたしのことを愛してはくれないけどね」

「わたしも、おねえさまのことだいすきよ! おとうさまとおかあさまは、おねえさまがお勉強ばかりで寂しく思っているだけだと思うわ」

「……そうね」


 おねえさまがさびしそうに笑った。なんだか、わたしまで悲しくなってしまいそうだった。


「だからねココ、殿下と結婚するのは諦めなさい。このままだと、家もつぶれて、みんなでこのまま通り暮らしていけなくなってしまうのよ」

「そうなの…?」

「そうよ。だからお願い」


 わたしは何も答えられなかった。

 おねえさまが、あまりに真剣な目をしていたから。



 夜、ベッドで色々な考え事をした。

 そうして思った。

 やっぱりわたし、ディーさまのことがすき。諦められない。

 でもこうも思ったの。おねえさまもおかあさまもおとうさまも、みんなディーさまと同じくらいだいすきだって。

 なんでどっちも選ぶことはできないの? わからなかったけど、おねえさまの言うことはいつも正しいから、きっとこれしかないんだろうな。

 初めての気持ちがした。息ができないくらい苦しい。だれかたすけて。これが、つらいっていう感情なの? これを取り除けるのは、安心させてくれるのは、きっとディーさまだけ。

 はやくディーさまにあいたい。

 あいたい。




 次の日、わたしの心を読んだみたいに、ディーさまから招待状が届いた。しかも王宮! 町でも舞踏会でもない…!

 もしかしたら、正式に婚約者となれるのかもしれない。ソフィーさまも納得してくれたのかも。おうちもなくならないし、ディーさまと結婚もできるのかな? だったら、ラテおねえさまの言うことが違ったのかもしれない。おねえさまでも、間違うこともあるわよね、きっと!

 四日後、馬車に乗って王宮へ出発した。おねえさまはちょうどお出かけしていて、今回のことも伝えていない。あとで報告して驚かせるつもりなの。おねえさまはきっと喜んでくれる。




 って、思ってたのに。









「アイネル嬢は、王妃になりたいという欲望を持って、俺に接触してきたのです。そして体で誘惑し、自分を婚約者にするよう迫ってきました」

「だが、だとしてもお前の落ち度は大きいぞ、ディウスよ。たかが娘一人に誘惑されこんなことをしでかすとは…それにソフィー嬢の話だと、好きな人と言っていたそうじゃないか」


 めのまえで、ディーさまと王様がお話をしている。わたしはあかいカーペットの上で、剣をもった人たちに押さえつけられていた。

 これじゃまるで、罪人みたい。

 ぼんやりとそう考えた。ディーさまの言っていることは、聞かない。だって全部嘘だもの。なんでそんなことを言っているのかしら。わたしと結婚するために王様を説得しているのかな。きっとそうよ。


 だって、わたしはディーさまにとって、「好きな人」なのでしょう?



「おそらくソフィーの聞き間違いでしょう。俺が愛しているのはソフィーだけです」



 え?


 愛しているのは……ソフィー? ココでしょ? 言い間違えないでよ。


「……とりあえず、おまえは一ヶ月の謹慎処分だ。アイネル嬢は、ディウスに近づけないように、遠くに飛ばしておこう」

「ありがとうございます、父上」


 なんのはなしをしてるの。とおくってなに? そこにディーさまとおねえさまたちはいるの?

 何も声が出なかった。出せなかった。

 それで、何もみえなくなった。









 気がつけばわたしは、修道院と呼ばれるところにいた。

 修道院なんて聞いたこともなかったけど、黒い布を頭にかけて地味なワンピースを着ているおばさんたちがわたしを叱ってお掃除をしろと命令をしてくるから、ここは大嫌い。この灰色のドレスなんて汚れているの。きっと間違えられたんだわ、と思ってインチョウと呼ばれるお婆さんに言ったら「これはあなたのものです、間違いなどではありません。それにこれは民が納めた血税で買ったものですよ! あなたに服があるだけ有難いと思いなさい!」と怒られてしまった。お部屋も今まで住んでいたところとは全然違って、馬小屋なのかしらと思ったものの、これもやはりわたしのものらしかった。またインチョウとお話をしたけれど、それは我儘だと言われた。……わがまま?

 我儘の意味がよく分からないのだけれど、おかあさまとおとうさまも言葉だけを知っていたようだった。なんとなく、ふんわりと理解していたみたい。ラテおねえさまに聞いたら、「……それは、あなたのことかもしれないわね」と言われた。……そうだ、そうだったわ。思い出した。わたし、おねえさまに我儘と言われたのだった。

 ではわたしは我儘なのかしら? だから、ディーさまと、家族と離れ離れになってしまったの? 二つの選択肢を、選び切ることができなかったから…ディーさまに捨てられてしまったの? ディーさまはわたしのこと、好きじゃなかったの? もうなにもわからない。考えたくない。


 わたしはあの時のことでひとつ、分かったことがあった。

 おかあさまとおとうさまは少し変で、わたしが思っているものは、外の世界とは違うということ。

 お外とお家では、言われていることが全然違う。それはきっとおかあさまとおとうさまのせい。ラテおねえさまは正しかった。そしてわたしは間違ってしまった。でも認めたくない。だってどうして、どうして同じお家で育ったのに顔以外どこも似ていないの? おかしいわおねえさま。ずるい、ずるい。わたしがこうなってしまったのも、おねえさまがずるをしてわたしに何も教えてくださらなかったからではないの?

 いつの日か、お本を渡されたことがあったような気がしたけれど、お勉強をしようと誘われた気がするけれど、きっとそれは気のせい。おねえさまが悪い。ぜんぶぜんぶ、おねえさまのせいなのよ。きっとだいすきって言ってくれたのもうそだわ。

 だって、そうでもしないと。

 わたしは。



 無知は罪。おねえさまがかつてそう言っていたのを思い出す。意味はよく分からないけれど、つまりわたしは無知、ということなのよね?

 どうしていけなかったのかしら。無知だったから? 我儘だったから? おねえさまの言うことを聞かなかったから? …それとも全部?

 どうして。わたしは、ただ…恋をしただけなのに。夢を見ただけなのに。なぜそれがいけないの?

 納得できない。信じたくない。だからわたしは、考えることにしたの。

 死ぬまで、ずっと。ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーっと。

 だって、わたしは悪くないから。


 わたしは指示される通りに、汚れた布で汚れた床を拭き続けた。







王子様は、どうやら好きな子より王位継承権を取ったみたいですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] お姉さん、もう少し早く気付ければ…… でも親の甘やかしが大元なのでどうしようもないですね。
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