第4話「その血を捧げよ、新たなエースへ」
全国総合競戦演習、初日……第一回戦。
青森校区戦技教導部、通称『フェンリル』の戦いが始まった。
全国総合競戦演習は、チーム同士での集団戦闘で行われるパンツァー・ゲイムだ。今年からレギュレーションが変更され、チームの機体数は最大で20機まで、そしてフラッグ機が行動不能になると敗北なのは変わらない。
尚、例年同様……劣勢時の降伏は許されない。
フラッグ機だけで取り残されようとも、幼年兵達は戦わねばならないのだ。
そしてそれは、演習でも実戦でも変わらない。
摺木統矢達幼年兵に、逃げ場などないのだ。
人類にも逃げ場がないように。
「クッ、機体が重い! なんだってこんな……やっと一機かっ!」
統矢は愛機97式【氷蓮】セカンドリペアの中で奥歯を噛む。
あの日からずっと、常時DUSTER能力が発現しっぱなしの統矢。彼にとっては全てが止まって見えるし、一瞬にも満たぬ時間でも熟考からの最適解を選べる。全てが自明の元に洗練され、なにもかもがベストアンサーで行動となって表現されるのだ。
だが、今の【氷蓮】はいつもの調子ではない。
背にペイロード限界一杯の巨大なコンテナを背負っているのだ。
統矢は今、一回戦の相手である私立大洗予科練高校の機体をようやく一機、倒したに過ぎない。
大地で停止したまま、ペイント弾に彩られて94式【星炎】が膝を突く。
研ぎ澄まされた統矢自身とは裏腹に、セッティングのせいで愛機がついてこない。
そして、苛立ちはそれだけではなかった。
「ここのチームも【星炎】を使ってるのか……噂は本当みたいだな」
御巫重工では今、猛烈な勢いで新型パンツァー・モータロイドの開発が進んでいる。昨年、【氷蓮】がロールアウトしたばかりなのに、だ。それだけ戦況は逼迫しているし、少しでも高性能なPMRを量産したいのだ。
そして、本来そう望まれて産まれた【氷蓮】は、そのノウハウごと失われた。
生産拠点故に集中配備されていた北海道が、その大地ごと消滅したのだ。
統矢が聞いた噂は、こうだ。
【氷蓮】との次期主力PMR選定トライアルで、採用されなかった機体がある。二つの開発チームがそれぞれ別の試作機を供出した中、御巫重工の首脳陣は【氷蓮】を選んだのだ。それは純粋に性能やコスト、生産性や整備性の差だという者もいる。同時に、黒い取引が横行した結果だと言う者もいたのだ。
「秋田校区等、ごく一部でしか使ってなかった【星炎】が、今年は色んなチームに配備されている。つまり……軍の一部ですでに、機種転換の後の【星炎】払い下げが始まっているのか」
そう呟いた瞬間、操縦桿を握って機体を翻す。
今まで統矢の【氷蓮】が立っていた場所に土煙が舞い上がった。
着弾から逆算して、浮かび上がる射線を避けて愛機を走らせる。
大洗の配備数は18機、対して統矢達は5機だ。
彼我戦力差は最初から気にしてなかったが、今日のセッティングに統矢はいい加減うんざりしている。パラレイドが相手ではないので、対ビーム用クロークは装備されていない。それはわかる。【グラスヒール】は【樹雷皇】のコンテナの中だし、あれを対人演習で振るうのは危険だ。それもわかる。
だが、副部長に『開会式をブチ壊した罰ですよ?』と言われても納得できない。
そして、相手チームの嘲笑うかのような通信が当夜の神経を逆撫でする。
『見ろよ、あの包帯野郎は荷物持ちだ!』
『笑えるぜ、幻の最新鋭機とか言って……所詮はフェンリルの丁稚、使いっ走りかあ!』
敵の兵力が集中し始めている。
いつも通りに突出している統矢が、いつも通りに囲まれかけているのだ。
包囲が完成しつつある中で、一際けたたましい駆動音が響く。
そして、目の前にポールウェポンを構えたオレンジ色の【星炎】が舞い降りた。そのラジカルシリンダーの鳴動が、自然と統矢の聴覚を通して危機を訴えてくる。極限まで安全マージンを切り詰めた、エース御用達のハイチューンドだ。
そして、Gx超鋼製のハルバードを構える中から声が叫ばれる。
『待たせたなあ、フェンリルッ! 俺は西端貴由! 人呼んで……紅蓮の黒騎士! またの名をっ、【竜星】ッッッッッッッッ!』
無言で統矢は、30mmオートを撃った。
ハンドガンサイズとはいえ、この距離ならば有効判定になる筈だ。
だが、痛々しい名乗りをあげた敵は、手にした長物で弾丸を切り払う。
流石に驚いたが、統矢達のレベルではやってやれない芸当ではない。
「チィ! バカなだけじゃないっ、こいつ!」
『人の話を聴けぇ! このっ、最新鋭機の改修機で、オンリーワンのパーソナルカラーな主人公系っ! クソ格好いいんだよ、この野郎! 貴様ぇ、羨ましいじゃねえかっ!』
「……お、おう」
『だが、お前の物語はここで終わりだ。何故なら――』
隙があったので、また撃った。
当然のようにハルバードが撓って弾かれる。
『人の話を最後まで聴けぇ! 貴様ぇ、すげえ卑怯だぞ! それでも主人公っぽいPMRに乗る男かぁ! ……良かろうっ! 【竜星】こと、この紅蓮の黒騎士が』
「……赤なのか黒なのかはっきりしろよ」
『フッ、わからんか……? 我が愛機の漆黒の装甲がぁ! 貴様の血で赤く染まるのだ!』
「い、いや……その機体、オレンジ色だよな。なんか……教習機っぽいんだけど」
『な、なんだとう! 言わせておけば……ムッ! ハァァ、タァ!』
今度は統矢が撃った訳ではない。
だが、飛来した刃が風を切り、貴由が振り回すハルバードを金属音で歌わせた。
弾かれたそれは、投擲型の対装甲炸裂刃だ。
地面へ突き立ち、それはアチコチで爆発して周囲を煙で満たす。実戦ではないので炸薬量が抑えられているが、代わりに煙幕を仕込むのは性格が悪い。素直にそう思う統矢の名が、キンキンと耳に痛い声で叫ばれた。
『統矢っ、どいて! そいつ、いただきっ!』
紅蓮の黒騎士を襲ったのは、血よりも赤い鮮烈なる紅。
軽装甲で機動力のみに特化し、極端な出力マネジメントで駆逐戦闘を重視したネイキッドなPMRだ。まるで閃光のように、着地するなり白い煙の中で腰の大型ダガーを抜き放つ。単分子結晶が鈍く光って、少女の瑞々しい絶叫と共に唸る。
『一撃でっ、決めるっ!』
「待てラスカ、そいつは俺の――」
『新手かあああっ! そんな軽量級で、舐めているのかああああ!』
刃と刃とが、無数の火花を星空のように広げる。
弾けて擦れ違う度に、無数の星座が統矢の瞳に刻まれた。
そして、一発の重さはハルバードの貴由が上で、スピードは互角。
――かに、見えた。
だが、ラスカ・ランシングの89式【幻雷】改型四号機は……アルレインは、さらなる加速で両手の刃を逆手に持ち替える。
『なにぃ! この俺様のスピードを上回るだとぉ! 旧式の改造機が!?』
『遅いっ! 遅い遅い遅い遅い、遅過ぎるっ! 止まって見えるわ!』
統矢が知る限り、ラスカはただの人間だ。他のチームメイトがそうであるように、特別な能力を持っている訳ではない。ただ単に、自称天才と言ってはばからないセンスが本物で、それを活かす努力を欠かさなかっただけ。
あっという間に改型四号機は、教習機モドキの両足に刃を突き立てる。
明らかに大きな損傷で、紅蓮の黒騎士とやらが大きくのけぞる。
だが、倒れず激しい反撃に転じてきた。
その時にはもう、上半身の制御だけでラスカは全てを見切って回避……そして、改型四号機が腰の背後に両手を回す。
『そんな筈は……俺はっ! 私立大洗予科練っ、戦技教導部っ、次期部長ぉ!』
激しい衝撃音と共に、改型四号機が腕でハルバードを受け止める。
その手が握る雌雄一対のパイルトンファーが、がっちりと細い腕を防御していた。
『エースなんだ……俺がぁ! そう、俺はっ、紅蓮の黒騎士ぃ!』
容赦なく無言で、ラスカがパイルトンファーを握る拳を振るった。
合金のひしゃげる音と共に、衝撃音に統矢は目を瞑る。
見ていられない程に一方的な戦いだった。
『誰もが羨むぅ、【竜星】ぃ、その名も! その名もその名も、その名もぉ!』
『うっさい、バカじゃないの! あとがつっかえ、てるっ、のっ!』
苦し紛れに振るわれたハルバードの、その大振りな一撃をバク転でラスカが回避する。彼女の忠実なる愛犬のように、改型四号機はカウンターの一撃をねじ込んだ。
再び顔面に叩きつけられたパイルトンファーが、衝撃音と共に空薬莢を吐き出す。
それが宙でクルクル回転して落ちる前に……頭部を貫かれて相手は停止していた。
崩れ落ちる姿はちょっと同情するが、統矢にも今は余裕がない。
「相手が悪かったな……せめてもの、っていうか、まあ……ほらよ。これで紅蓮の黒騎士様、いや……紅蓮の黒星様だな」
『ちょっと統矢……アンタ、性格悪くなってない? ……ちょっと、なんか、前より……いいじゃん』
「ん? ほら、次行くぞ、次」
とりあえず統矢は、倒れた【星炎】に数発ペイント弾をブチ込んでやった。オレンジ色が真っ赤に塗り潰されてゆく。
だが、煙幕が晴れると統矢はすぐに次の危機を察知した。
ラスカも身構えれば、周囲には大洗チームの全機が集結、包囲していた。
『ちょっと! 砲撃、援護っ! ちゃんとやんなさいよ、沙菊っ!』
『やってるでありますよ、ラスカ殿。ラスカ殿と統矢殿が突っ込み過ぎなんであります』
だが、不意に風向きが変わった。
ガン! と短く鉄が歌って、敵の一角で撃墜判定を食らって【星炎】が停止する。
超長距離からの狙撃、それも一発でヘッドショットだ。
スナイパーの気配に周囲が足並みを乱した、その時だった。
『――摺木君、コンテナの中身を全部いただけますか? そう、全部』
不意に空へと、一機のPMRが舞い上がった。
鮮やかな翠緑色に塗られて、長い長い対物ライフルを構えている。
スイッチ、発砲音、そしてヒット。
また一機、敵が行動不能になった。
そして、空へと銃口と殺意が向いた頃には、その機体は射撃の反動と繊細な姿勢制御で大地へ降り立つ。対物ライフルをそっと手放すのを見て、統矢は渋々コンテナをイジェクトした。
「桔梗先輩っ、これで全部ですっ! っし、持ってってください!」
背負ったコンテナの中身を、全て空へとぶちまける。
無数の40mmカービンが舞い上がって、そして大地へ次々と突き立った。
それはまるで、御巫桔梗の89式【幻雷】改型弐号機を囲む墓標だ。
銃の棺に包まれた吸血姫を前に、一斉に銃火が殺到する。
だが、当たらない。
驚異的な回避予測とミリ単位の操縦が、弱装弾に触れる時間を与えない。
そして、しっとりと甘やかな声が冷徹に放たれた。
『では、片付けてしまいましょう。わたくしは皆さんほど、優しくはありませんので』
鉄火に舞い踊る中で、桔梗の改型弐号機がカービンを拾って、撃つ。
捨ててはまた、拾って、撃つ。
次々と拾っては撃ち、捨ててはまた拾って撃つ。
その都度、相手のPMRが撃墜判定で一機また一機と停止した。
そして、パンツァー・ゲイム終了のサイレンが鳴り響く。その時、演習場に立っているPMRは青森校区の5機だけだった。
一人の拳姫を失ったフェンリルが、新たな力を得た瞬間だった。