表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

第23話「未来を、叩け!」

 再び新たな姿へと合体した、その名はメタトロン・ゼグゼクス。以前のメタトロンが騎士(キャバリエ)然とした高貴さを(たた)えていたのに対し、今の姿は憤怒(ふんぬ)闘士(グラディエーター)だ。その手が、巨大な二連装(にれんそう)のライフルを向けてくる。

 (すで)にもう、レイル・スルールはサハクィエルの中だからと手加減はしてこない。

 苛烈(かれつ)な光が(ほとばし)って、先程まで97式【氷蓮(ひょうれん)】サード・リペアがいた場所を蒸発させる。

 戦慄に震えながらも、摺木統矢(スルギトウヤ)DUSTER(ダスター)能力が極限の一瞬を引き伸ばしていった。


「どけぇ! レイルッ、そいつを……俺を、殺させろぉぉぉぉっ!」

『させないっ! 統矢様は、ボクの、ボク達の、希望なんだっ!』


 振り上げた【グラスヒール】が風を切る。

 ありったけの力で叩き付けた、単分子結晶(たんぶんしけっしょう)巨刃(ギロチン)が金切り声を歌った。メタトロンは両腕の(シールド)でそれを受け止め、わずかに巨体を揺るがした。

 三倍近いサイズ差、そして何十倍もの質量差があった。

 だが、今の統矢にはその全てが無意味なものだ。

 操縦桿(スティック)に内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションが、裂帛(れっぱく)の気合を吸い上げ機体を躍動させる。

 見守る誰もが思った筈だ。DUSTER能力者同士の、極限の戦い……それは、ただただひたすら無防備をぶつけ合う、脚を止めての殴り合いだ。お互いに全ての動作が予測でき、その全てに対応できる状況。それは皮肉にも『()()()()()()()()()()()()()()』という愚挙(ぐきょ)を演じさせていた。

 統矢とレイル、二人にしかわからない時間が圧縮されてゆく。

 その中で、決してわかり合えない二人の溝が深まっていった。


『統矢、お前は知らな過ぎるっ! ボク達がどんな思いで異星人と、巡察軍(じゅんさつぐん)と戦ってきたか……奴等が人類に、ボク達に何をしたかっ!』

「知らねえよっ! お前の過去は、俺達のこれからだ……お前達と同じ(あやま)ちを犯すつもりはないし、俺達は俺達で未来に向き合う! 勝手に人様の未来名乗ってんじゃないよ!」

『……なら。教えてあげるよ……統矢』

「何を……ガァッ!?」


 力と力は互角、ともすれば統矢が押していたかもしれない。

 だが、互いが駆る機体の差は如何(いかん)ともし(がた)い。統矢の、【氷蓮】のリーチは全高に匹敵する巨大な剣、【グラスヒール】だ。だが、その長さを()かしても、メタトロンの射程圏内で戦わなければいけない。

 マッシブな巨体を使って、レイルはジリジリとプレッシャーをかけてくる。

 その、当たれば即死という攻撃の中に踏み込まねば、こちらの攻撃は届かない。

 そして、危険な領域(テリトリー)に踏み込んでの激突は、あっけなく終わった。

 メタトロンは軽々と片手で、【氷蓮】の腕を掴んで吊し上げた。


「クッ! 右腕部のラジカル・シリンダーが、死ぬっ! クソォ!」

『統矢……統矢は、さ……お腹の中、()(まわ)されたこと……ある?』

「右手が動かない! 【グラスヒール】がっ」


 ガラン、と乾いた音を立てて大剣が落ちた。

 しかし、ミシミシと軋む機体の中で、統矢は警告音と真っ赤な光に包まれていた。モニターを埋め尽くす警告メセージの奥で、メタトロンの双眸が光る。断罪(だんざい)熾天使(セラフ)は今、その額に眩い輝きを集め始めていた。

 どうやら新型のメタトロンは、頭部に高出力のビームキャノンが搭載されているらしい。

 死を呼ぶ光の中で、レイルの声が凍ってゆく。


『死ねないんだよ? 統矢……奴等の実験動物になると……死ぬことすらも、許されない』

「……悪ぃ、【氷蓮】ッ! あとで千雪(チユキ)に怒られてやるから、堪忍(かんにん)しろよ!」


 メタトロンにぶら下げられたまま、統矢は決断した。

 全身を使って【氷蓮】は、自らの右腕を引き千切(ちぎ)る。身を裂かれる思いで、統矢は機体の両足を使って右腕を捨てた。自由になって落下する中、どうにか愛機を立たせる。

 見上げれば、既に臨界(りんかい)を迎えた光を湛えて、メタトロンが見下ろしていた。


『溶液の中で、生かされ続けて……色々、実験されるんだあ。ボクは、ボクはね……膨らんだお腹から、出てきたよ。何だと思う?』

「……レイル、お前は」

『人間じゃ、なかったよ……それはね、ボクのお腹で育った、奴等の!』


 転がる【グラスヒール】を拾いながら、統矢は【氷蓮】の傷付いたボディを投げ出す。

 同時に、メタトロンから烈火(れっか)奔流(ほんりゅう)(あふ)れ出た。

 周囲を真っ白に染める、圧倒的な火力。

 その中で統矢は、不気味な笑い声を聴いていた。

 自分の声がここまで耳障(みみざわ)りだとは思わなかった。


『フハハハッ! そうだ、レイル大尉。お前は連中に玩具(おもちゃ)にされ、人間としての尊厳(そんげん)を奪われた! ならば、取り返せ! そのためにこの私が、お前を(みちび)く!』

「くっ、そがあああああああっ!」


 内側から完全に破壊され、サハクィエルが崩壊を始めた。

 だが、その中で多くの兵達に守られながら……パラレイドの首魁(しゅかい)が去ってゆく。堂々と、ゆっくりと歩いて去る背中が、揺らぐ炎の向こう側へと消えた。

 そして、白煙を巻き上げながらメタトロンが見下ろしてくる。

 隻腕(せきわん)になってしまった機体で、統矢は【グラスヒール】を杖に立ち上がる。


流石(さすが)にやばい……モーメントバランス調整、左右コード反転……左腕に【グラスヒール】じゃ重過ぎる。……チィ!」


 メタトロンは、その手に握った【氷蓮】の右腕を捨てる。そして、背に突き出た円筒状(えんとうじょう)のユニットを引き抜いた。耳障りな高周波を()()らして、発信されたビームが刃を(かたど)る。それも、今までのメタトロンとは比較にならない巨大な光の剣だ。

 それをゆっくり、メタトロンが振り上げた。

 既に溶けた金属の海と化して、足場は完全に失われたに等しい。今も崩落し続ける巨艦(きょかん)の中で、統矢は迫りくる死を見詰めて……そして、声を聴いた。


『統矢君っ! 私の力を……この子の力を、使ってください!』


 五百雀千雪(イオジャクチユキ)の声と同時に、(ほど)けた包帯(スキンタービン)を揺らす【氷蓮】が宙へ舞う。外からグラビティ・ケイジで引っ張られる感覚が、今度は【氷蓮】の背中に翼を屹立(きつりつ)させた。

 千雪の【ディープスノー】から、グラビティ・ケイジのパワーが流れ込んでくる。それを受けて、今までデッドウェイトでしかなかったグラビティ・エクステンダーが再び唸りを上げた。巨大な重力力場(じゅうりょくりきば)が、機体より鮮やかな紫炎色(フレアパープル)に燃え上がった。


『くっ、五百雀千雪……また邪魔を! どこだっ!』

貴女(あなた)の相手は私だと言いました……邪魔です』


 メタトロンが振り返ると同時に、ドン! と巨体が揺らぐ。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()。武道の心得があるので、千雪の拳は物質と空間を超えた先へと拳圧を『()()()()()』ことができる。いわゆる遠当(とおあ)てとか短勁(たんけい)と言われる技術だ。

 そして、突き抜けた衝撃に遅れて、外側から壁がめくれ上がって引き裂かれる。

 その影から、ゆらりと禍々(まがまが)しい姿が現れた。

 頭部に走る六つの瞳が、メタトロンを(にら)む。


『そんなガラクタでぇ! ボクのメタトロンに勝てるとでも思ってるのか!』

『統矢君、そっちにパワーを回します……飛んでください!』

『またボクを無視してっ! お前は……どうしていつも、統矢にも統矢様にも付き(まと)って! 邪魔して! お前こそが、りんな様を失った統矢様に必要だったのに!』


 メタトロンは、こっちも見ずにビームの(やいば)を奮ってくる。周囲ごと()(はら)う光の津波の、その上へと統矢は愛機を押し出した。

 片手で【グラスヒール】をぶら下げ、それを背の(さや)へと一度収める。

 チャンスは一度しかない……グラビティ・エクステンダーは一度作動させると、【氷蓮】に重力場を与え、機動力と運動性を飛躍的に向上させる。だが、それは180秒の間だけだ。


「れんふぁの時と重力場の色が違う……いやっ、今はいい!」


 何度も行き交う構造物に激突し、機体が揺れる。

 羽撃(はばた)く翼がグラビティ・ケイジを形成して、半壊した【氷蓮】を守ってくれた。

 そして……真上に突き抜け、内側からサハクィエルを喰い破る。青い空の下へと飛び出て、統矢は眼下に巨体を見下ろした。

 熾烈(しれつ)な対空砲火を巻き上げながら、サハクィエルは両肩の主砲を発射しようとしていた。

 ゆっくりと、その人型に変形した巨躯(きょく)が下へ……ニューヨークへと向く。


「させ、るっ、かあああっ! 【グラスヒール】、アンシーコネクト……モード(スラッシュ)! フルドライブ、臨界ッ……オーバードライブッ!」


 鞘ごと振り上げた【グラスヒール】から、限界を超えた光が天を()く。

 二丁のビームガンによる粒子(フォトン)を圧縮する鞘が、内側から砕けて割れた。

 そのまま統矢は、真っ直ぐサハクィエルへと運命の一撃を振り下ろす。

 宿命の鎖さえ断ち切る、覚悟の斬撃だった。

 100%の出力を大きく超えて、遥か彼方へと伸びる光の刃……それが、縦に巨艦を両断した。真っ二つになったサハクィエルは、爆発を連鎖させながら左右へ割れてゆく。

 しかし、その中から憤怒(ふんぬ)の熾天使が浮かび上がった。

 そして、大地に着地するなり、統矢を乗せたまま【氷蓮】は動かなくなった。


『統矢……ボクは、統矢様によってあの施設から救い出されるまで……地獄を見てきた。死ぬより辛い絶望の中、死ねない業苦(ごうく)がボクにDUSTER能力を開花させたんだ』

「よせ、レイル! もうよせ……奴は逃げた……お前を置いて逃げたんだ」

『違うっ! 僕が逃したんだ! 統矢様は、これからの地球に必要な人! ボクに必要なひとなんだから!』


 再びメタトロンの頭部が光を集め出した。

 だが、【氷蓮】は既に動けない。

 そして、周囲にはティアマット聯隊(れんたい)の97式【轟山(ごうざん)】が集い始めた。皆、方陣(ほうじん)を敷いて40mm(ミリ)カービンをメタトロンへと向ける。

 セラフ級を前に、それは虚しい抵抗でしかなかった。

 それでも、身動きの取れない統矢を見捨てようとする大人は、そこにはいなかった。


「やめろ、逃げてくれっ! 俺はもう動けない! 巻き込まれるぞっ!」

『黙ってろ、小僧(こぞう)! よし、4機来い! 小僧の機体を確保、後退する』

『撃って撃って撃ちまくれ! 数秒でいい、奴の注意をひきつけろ!』

美作総司三佐(ミマサカソウジさんさ)から、入電! ……最後の、命令? 摺木統矢を……小僧を守れってか!』


 それは奇妙な光景だった。

 チャージをしながら、重々しい足取りでメタトロンが歩み寄ってくる。

 かつて御巫重工(みかなぎじゅうこう)次期主力量産機じきしゅりょくりょうさんきの座を争った、無数の【轟山】がたった一機の【氷蓮】を救おうとしている。だが、無情にもメタトロンは、頭部からバルカン砲を放った。

 重金属の(つぶて)は、まるで紙屑(かみくず)のようにパンツァー・モータロイドを千切(ちぎ)()いた。


「クソォ、もうやめろぉ! レイル・スルールッ!」

『統矢、なら……ボクと来いっ! 本当の敵は別にいるんだ、それを――』


 不意にメタトロンが、振り向いた。

 その視線の先で、暗い光輪(こうりん)を背に背負って……鉄拳を構えた殺意が降ってくる。

 フェンリルの拳姫(けんき)は、その両肘(りょうひじ)に生えたGx超鋼(ジンキ・クロムメタル)のブレードで敵を一閃(いっせん)した。

 ズシャリと【ディープスノー】は、深海色の巨体を着地させる。

 同時に、メタトロンの頭部が(バツ)の字に傷を(きざ)まれ爆発していた。


『またかっ、五百雀千雪! ……まあいい、統矢様は無事だ。また来るよ、統矢……いつか、いつかは……統矢とは絶対、わかりあえるから』

『私とれんふぁさんの前で、そんな言葉……許しませんから』

『そうだった、れんふぁ様をたぶらかしたな……統矢様の大事な家族を!』

『れんふぁさんは統矢君と私の仲間で、これから家族を作るんです。戦争とか復讐とかは、貴女の小さな統矢様とやってください』

『グッ! 口数の減らない……フン! 統矢、またね……また』


 崩れ落ちるサハクィエルを背に、メタトロンは変形して飛び去る。

 それを見送りながら、統矢は物言わぬ【氷蓮】のシートに身を沈めた。安堵感よりも、絶望的な敗北感があった。目前の危機を脱した今だからこそ、終わらぬ戦いがすぐに元凶との再会を連れてくる。

 それは多感な16歳の少年には、あまりにも重い宿業(しゅくごう)の連鎖だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ