第20話「ニューヨーク、壊滅」
ほぼ無人の街と化したニューヨークは、まるで世界の終わりのゴーストタウンだ。
その上空では、巨大な影を落とすセラフ級パラレイド、サハクィエルが回頭する。全長1,200mもの巨体が、ゆっくりとこちらへ向きを変えてきた。
同時に、艦首が二つに割れる。
地球さえも穿ち貫く、超弩級規模の戦略ビーム兵器だ。
だが、前日の主砲発射との違いを摺木統矢は感じていた。
そして、仲間達と共に音速で飛び込んでゆく。
「れんふぁ! 奴の動きが妙だ!」
『は、はいっ。主砲を発射しようとしてるんじゃ――』
「いや、違う……何だ? 全体がブロック構造単位で移動……いや、これは!」
瞬時に、【樹雷皇】の巨体が広げるグライティ・ケイジに激震が走る。
空から逆落しに、無数のエンジェル級パラレイドが襲ってきた。例の飛行形態から人型に変形する個体、バルトロマイだ。多脚型の無人機と違って、エンジェル級には人が乗っている。
そう、違う世界線の未来で異星人と戦った、その敗戦を引きずる戦争の亡霊が。
あっという間に空中は大乱戦になった。
更紗れんふぁのセミオート操作で、【樹雷皇】の巨大なグラビティ・ケイジが周囲の97式【轟山】を飛ばして包む。だが、敵味方が入り乱れての空中戦では、せいぜい友軍機のコクピットをトレースして断片的な防備を貼るしか出来ない。
だが、統矢に迷いはなかった。
「どけよっ、どけぇ! ……数で押してくる奴には、慣れてるっ! れんふぁ!」
『ターゲット、マルチトレース……ロックオン。友軍機の高度を【樹雷皇】より下へ。グラビティ・ケイジ、上面へ集中展開!』
「両コンテナ、全弾発射! ぶちまけろっ!」
『マイクロミサイル、マーカー・スレイブランチャー、全発射。フルコントロールッ!』
コントロールユニットである97式【氷蓮】サード・リペアを挟む、左右のブースターを兼ねた巨大コンテナがフルオープン。垂直発射セルから、全ての火器が解き放たれた。
宙へと舞い上がるミサイルは翻って、周囲に猟犬を解き放つ。
追われる狐のように回避する敵機が、あっという間にマイクロミサイルの爆発に消えていった。今、統矢は自分の【樹雷皇】ごとエンジェル級の殲滅を図ったのだ。
勿論、察してくれたれんふぁの手助けがあればこそだ。
「何機落とした! 味方はっ!」
『40機までは数えてたけど、えと……あっ、味方は無事だよ。美作総司三佐の指揮で対艦攻撃に』
「急がせろっ! あいつは……あれは、変形しているっ! グッ!」
激しい衝撃に【樹雷皇】が揺れる。
撃ち漏らしたエンジェル級バルトロマイが、変形を織り交ぜながら複雑なマニューバで包囲してきた。その注意を引き付けられたのは僥倖と言えたが、数が多い。
加えて、ニューヨーク市内のあちこちから対空砲火があがった。
アイオーン級やアカモート級、そしてエンジェル級各種が総出でお出迎えだ。
そして、焦る統矢はモニターの隅で巨艦から目を離さない。
間違いない……ゆっくりと、非常に遅い速度で艦体が変形していた。
『何だありゃ! あのデカブツ、持ち上がってるぞ! ……立つ、気、なのか……!?』
『美作総司三佐だ! やることは変わらない……むしろチャンスだ。変形中の可動部、関節部に相当する箇所を狙う! たっぷり10tミサイルの火力を叩き込んでやるんだ!』
『了解っ! さあ、野郎共! 派手にパーティを始めるぜ!』
『カワイコちゃんの火力をたっぷり見舞ってやんヨ……ケツは小僧が持ってくれてる、突っ込め! ガンホー! ガンホー!』
あっという間にサハクィエルを爆発が包んだ。
デストロイ・プリセットを選択時に使える、最も火力が大きな大型対艦ミサイル。総重量10tもの高性能火薬を詰め込んだそれを、攻撃隊の【轟山】は4本から6本装備している。通常であれば2本が限界、明らかな過重搭載だ。
だが、【樹雷皇】の重力制御システムの恩恵は、ペイロードの常識をくつがえす。
そして、統矢とれんふぁの【樹雷皇】自体が、最大の火力だ。
『第一波、第二波、攻撃成功だよっ! 無事に離脱……次っ、第三波!』
「くそっ、変形が止まらない……あれだけの火力を浴びて!」
『見てっ、統矢さん。またあの小さなグラビティ・ケイジ……全体が大き過ぎるから、全身を覆えないんだと思う。その代わり、分厚い小型のグラビティ・ケイジが装甲の上を走ってる。それが全てダメージを吸い込んでるっ!』
以前もそうだった。
あのセラフ級を建造した連中は、少しは頭が賢いらしい。
もっとも、全長1,200mの変形型巨大戦艦を飛ばしてしまうのは、愚かという概念を通り越して呆れてしまう。だが、その運用と戦術が極めて有効なのは事実だ。
それも全て、もう一人の摺木統矢が仕組んだことなのだ。
「れんふぁ、マーカー・スレイブランチャーで周囲を追っ払え! ぶつけてもいい!」
『統矢さん……もしかして』
「グラビティ・ラムを使うっ! ブチ抜けないまでも、あのセコいグラビティ・ケイジを一箇所に集められる筈だ! その隙にみんながやる、やってくれるっ!」
以前の自分では考えられなかった戦術だった。
昔は、愛機【氷蓮】で戦場を我武者羅に突っ走っていた。
だが、今は違う。
戦友が、仲間がいる。
守りたい人がいて、一緒に守りたいものがある。
錐揉みで雲を引く【樹雷皇】の巨体が、群がる敵機を引き剥がした。同時に、下僕の星の如く周囲を飛び回るマーカー・スレイブランチャーが星座を描く。
れんふぁのコントロールで、精密な全包囲攻撃の密度が増してゆく。
その空気を飛び抜ける【樹雷皇】の、長い収束荷電粒子砲の砲身が光り出す。
全長200mの大砲、その先端へとグラビティ・ケイジが集中してゆく。
それは、重力場を束ねて紡いだ必殺の超巨大衝角だ。
「クソッ、本当に人型になってきた! けどっ! こいつをぶつけてっ、終わりだあああああっ!」
『全グラビティ・ケイジの60%を砲身先端へ集束……力場圧縮密度、400%っ!』
ドン! と激しい衝撃が統矢を突き抜ける。
咄嗟にれんふぁが重力制御で衝突のダメージをやわらげてくれたが、相殺しきれぬ圧倒的な質量差が二人を襲った。
れんふぁの悲鳴を聴きながらも、統矢は光る槍と化した砲身を突き立ててゆく。
当然のように集まったサハクィエルのグラビティ・ケイジが、幾重にも重なりその穂先と火花を散らす。位相の異なる重力場同士が激しく干渉して、プラズマに空気中が沸き立った。
その隙に、本命の攻撃隊が艦底側に回り込む。
「くそっ、硬ぇ! 貫け、ないか……でもっ!」
『統矢君っ!』
「千雪? わかってる!」
瞬間、数万倍に引き伸ばされた一秒の中で、統矢は愛する者の名を呼んだ。
その声はもう、すぐ近くまで迫っている。
互いのDUSTER能力同士が、双方向に無限の一瞬を共有した。
行き交う言葉以上に、情報と感情とが渦巻き入り混じりながらお互いに注がれる。
同時に、二人だけの刻に殺気が割り込んできた。
『統矢ああああっ!』
「レイル・スルールッ!」
『統矢君、こっちで処理します。今はサハクィエルを!』
それは、口早に叫ばれる言葉が三重に連なり響く刹那。
れんふぁ達には一秒前後にしか知覚できない攻防だった。
飛行形態から瞬時に変形したメタトロン・エクスプリームが、例の有線式浮遊砲台を解き放つ。
あっという間に、攻撃隊の【轟山】が連続して爆ぜた。
僅か一瞬の隙を突いて、味方が小隊単位でやられたのだ。
誰よりも悔しさを滲ませ、五百雀千雪の【ディープスノー】が追い縋る。
『統矢様はやらせないっ! ボクの希望、ボクの未来……異星人に蹂躙されたあの星が、ボク達の地球が! 統矢様の凱旋を待ってるんだ!』
『すみません、統矢君。すぐ黙らせますので、攻撃の続行を』
『まだ邪魔をしてっ! 五百雀千雪っ、いつも統矢様をたぶらかして!』
『攻撃隊の一部を私のグラビティ・ケイジへ。統矢君、どうかそのまま』
『無視するなっ! ……前から気に入らなかったんだ、お前っ!』
ゆっくりとサハクィエルの巨体が、持ち上がる。
艦尾は二つに割れ、巨大なエンジンブロックが両足へと分かれる。
左右に巨大空母を係留させたような飛行甲板も、それぞれ腕へとなった。
それは、長大な砲身を肩に背負った異形の巨神だ。
その威容が今まさに、ニューヨークの空に生まれようとしている。そして、メタトロンは追いついた【ディープスノー】との一騎討ちを再開させた。
すぐに統矢は、一度機体を翻して高度を取る。
「れんふぁ、戦況は! 攻撃隊は」
『損耗12%……まだ対艦ミサイルを残している小隊が四つ、だけど』
「わかった、温存するよう伝えてくれ。……少しわかってきたぜ。このデカブツの沈め方がな。そのためにも、千雪っ!」
絶叫を迸らせる統矢を、入れ替わる天と地の狭間が圧縮してゆく。
慣性制御が追いつかないほどの高速バレルロールで、群がるパラレイドの中を【樹雷皇】は飛ぶ。肺が潰れるかと思う中で、統矢は目を見開いて操縦桿を握った。
既にもう、【樹雷皇】に残された火器は少ない。
副砲でもある電磁投射砲では火力不足だし、主砲の集束荷電粒子砲では味方を巻き込む可能性もある。……だが、使えないとは思っていない。
その可能性を教えてくれたのは、他ならぬ眼前のサハクィエルだからだ。
「千雪、メタトロンを抑えてくれ、頼むっ! れんふぁは味方機に注意を……派手にブン回すから、吐くなよっ!」
すぐに千雪の【ディープスノー】が、背の暗い光輪を広げて飛び去る。
苛烈な空中戦は、メタトロンとのサイズ差をまったく感じさせない。
だが、DUSTER能力者同士の戦いは常に未知数、そして無限の危険性を加速させてゆく。以前、統矢もレイルとの戦いで感じた。互いが互いの全てを読み切った、極限の集中力が見せる零秒の世界。時間さえ止まって見える中で行き交う数千数万もの行動予測パターン。
だが、今の千雪には統矢がついている。
もう絶対、一人にしない。
そして、千雪は絶対にレイルに遅れは取らない、そう信じられる。
『統矢さん! サハクィエルが市内に降下! た、立ちますっ!』
「本当に変形しちまいやがった……だがっ、かえってわかりやすい! 人型だってんなら、狙うは一つ! ブリッジ……いやっ、頭だっ!」
再び【樹雷皇】の主砲先端部にグラビティ・ケイジが尖って集う。
先程は駄目だった。
そしてもう、人型へと変形を完了したサハクィエルが大地に立っている。その下でニューヨークの街はもう、火の海だ。揺らぐ業火の中を、我が物顔でパラレイドが蠢いている。
その全てを消し飛ばすため、サハクィエルの直上まで上昇して……統矢は真っ直ぐ剣を突き立てるように【樹雷皇】を逆さまに加速させた。




