第19話「ファースト・アタック」
一路、ニューヨークへ。
巨大な【樹雷皇】を中心に無数のパンツァー・モータロイドが編隊を組む。
道中、パラレイドとのエンカウントはなかった。先導機として先を進む、五百雀千雪の【ディープスノー】が露払いをしてくれているのだ。その連鎖する爆発へと向かって、摺木統矢は仲間達と突き進む。
広域公共周波数で、部隊の指揮を取る美作総司が作戦開始を告げてきた。
『美作総司三佐だ。あと15分で目標を肉眼にて確認する。各機、目標はセラフ級パラレイド、サハクィエル! 雑魚には目もくれるな! 必ず目標を撃破、無力化せよ!』
今、ティアマット聯隊の97式【轟山】は、半数が総司の直接指揮で対艦攻撃装備だ。デストロイ・プリセットと呼ばれるもので、10tもの重さを誇る対艦ミサイルを4本装備している。地球上のあらゆる艦船を一撃で撃沈できる火力だ。
本来の搭載能力を超えた過積載は、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジが可能にした。
重力波に包まれているので、合計40tもの重装備を搭載しても行動可能なのだ。
『雨瀬雅姫二尉! 別働隊で攻撃部隊の援護を頼む。エンジェル級の中でも、バルトロマイ……あの飛行形態から変形する奴が厄介だ』
『了解です、三佐。お守りします……命に代えても、必ず!』
『はは、命懸けは困るな。作戦が終わったら君を食事に誘いたいんだ』
『えっ!? あ、あああ、あの、美作総司三佐、あのっ!』
おっ、と統矢は思ったが、多分駄目だろうなと苦笑する。それは【樹雷皇】の本体コクピットにいる更紗れんふぁも同じようだった。彼女の小さな笑いを聴きながら、武装の全セフティを解除する。
今の【樹雷皇】は正しく、悪魔の軍勢を率いた巨大な魔王だ。
搭載された火力は、地球上のあらゆる兵器を凌駕する。
『横浜に中華の美味しい店があるんだ。戦いが終わったら……みんなで行こう』
『……へ? み、みんなで、ですか?』
『そう、部隊のみんなで。朝まで飲んで騒いで……あ、いや、雅姫二尉はそういうのは嫌いかい? その、僕は家が厳格だったから、そういう経験がなくてね』
『……もぉいいです、それで。今は、それでいいです』
大人達の笑いが連鎖する。
ここにはもう、恐怖も怯えもない。
迫る死地での激戦を前に、なんて穏やかな気持だろう……統矢は改めて、人類と地球の命運を賭けた戦いを振り返る。
それは皮肉にも、人間の尊厳、人類の団結を再確認させる戦争だった。
愚かな人間の保身、怠慢、エゴと欲……そうしたものを沢山見てきた。
同じくらい、献身と勇気、友情と愛をも痛感させられたのだ。
『統矢さん、作戦空域へレンジ・イン……前方に無数の敵影!』
「よし、始めるか……対艦攻撃部隊を援護する! れんふぁ、いざとなれば……こいつをぶつけてでも、あのデカブツを潰す!」
『統矢さん……』
「大丈夫だ、俺と千雪がみんなを守る。お前を必ず、守るから」
徐々に景色が街並みへと変わってゆく。
猛スピードで飛び去る大地に、建物が増えてゆく。
そして、遥か遠くに西海岸と水平線が見えた。
れんふぁの声が悲鳴のように響いたのは、その直後だった。
『敵機直上っ! 統矢さん! この反応……メタトロンです!』
即座にれんふぁが、グラビティ・ケイジをコントロールする。頭上へ厚く展開しつつ、周囲に浮かべた友軍機を先に進める。
同時に、太陽の中から苛烈なビームの光が撃ち下ろされた。
肉眼で目視できるほどの、強力な重力干渉で空が暗く光る。
そして統矢は、回線の向こうに少女の絶叫を聴いた。
『統矢ああああああああっ! また、統矢様の邪魔をっ、してええええええっ!』
絶え間なくビームを浴びせてくるのは、レイル・スルールのメタトロン・スプリームだ。最強のセラフ級と呼ばれるメタトロンは、飛行形態へと変形しての高速移動で迫ってくる。
否、落ちてくる。
真上からの攻撃をグラビティ・ケイジで守りつつ、統矢も集中力を尖らせる。
【樹雷皇】が危険な領域へと増速すれば、自然と統矢の持つ異能の力が覚醒していった。DUSTER能力の発現と同時に、統矢の世界が狭く小さくなってゆく。全てを知覚して掌握するかのような感覚の中で、鋭敏な直感が研ぎ澄まされてゆく。
「レイル・スルールッ! 今はお前に構っていられないんだ! やめろっ!」
『統矢様のところには行かせないっ! DUSTER能力に覚醒するまで……僕が! 僕達が! 何度でも統矢達古い人類を鍛え直す!』
「ふざけるなっ! 何人死んだ? 幾つの街が消し飛んだんだ! 地図から消えた国だってある! みんな、みんな……全部っ! 俺達の世界、俺達の時代だったんだ!」
音速を超えるスピードで、真下へとメタトロンが通り過ぎる。
同時に、急制動で地表スレスレを飛びながら機首を持ち上げ、巡航飛行形態が変形した。完全な人型となって、長い長い砲身を構えてこちらへ向けてくる。
すぐにれんふぁが、グラビティ・ケイジ内の味方機を退避させた。
そして、衝撃。
メタトロンの構えた長銃身のライフルが、天を貫く光芒となって爆ぜる。
膨大な熱量がグラビティ・ケイジにぶつかり、【樹雷皇】の巨体がビリビリと震える。
だが、統矢は止まらない。
仲間と共にニューヨークへと向かう。
その背を強く押し出す声が、前線から戻ってきた。
『皆さんはニューヨークへ! メタトロンの相手は……私がします』
背に暗い光輪を輝かせ、鬼神の如き威容が翔んでくる。
一回りも二回りも大きなPMRのシルエットは、千雪の【ディープスノー】だ。その掌がグン! と唸って、重力の光球を生み出す。それはまるで、気弾のようにメタトロンへと放たれた。
メタトロンもまた、グラビティ・ケイジを展開して重力弾を防ぐ。
『お前っ! その一本角、両肘のブレード……この間、北極までついてきた奴か!』
『重力制御安定、グラビティ・ケイジ展開……いい子ね、【ディープスノー】。では……征きましょうか』
『お前か! お前がぁ……統矢を、たぶらかしているんだ! 統矢様の少年時代を! またお前がっ!』
千雪の【ディープスノー】が、強力な加速でメタトロンに肉薄する。
以前の89式【幻雷】改型参号機も、重装甲と超加速による爆発力を前提とした格闘戦専用機だった。それが銃弾なら、新たな力である【ディープスノー】は砲弾だ。以前にもまして小回りや取り回しを無視した、一撃必殺の剛腕PMRである。
振るわれた両肘のブレードがGx超鋼の切れ味で炸裂する。メタトロンは肩から下げたプロペラントタンクを両断され、爆発と同時にそれをパージした。
二人の激闘はあっという間に背後へ飛び去った。
だが、無線を通じて二人の少女の戦いが聴こえてくる。
『そう、確か……五百雀千雪! いつも統矢様の邪魔をしてきた女! れんふぁ様だって、統矢様から奪って、洗脳して! こんな戦いの中に放り込んで!』
『それは貴女の世界の五百雀千雪であって、私ではありませんので。それと』
『それと? 何だ、何だよっ! 消えちゃえよ! ボクのDUSTER能力は、見ているぞ! 感じる、掴める! 遅いんだよ、お前っ――!?』
『一人だけ地獄を見てきたような物言い、不愉快です。統矢君以外では初めてですか? DUSTER能力者と戦うのは。だとしたら……容赦、しませんっ!』
統矢は耳を疑った。
千雪が、DUSvTER能力を?
この、自分が持つ呪われた力を、千雪もまた手に入れたのか?
だが、納得してしまう。
納得できてしまう。
千雪はあの激闘の中で皆を逃し、Gx反応弾の爆発の中からさえ生還した。肉体機能の大半を機械で補う重傷を負ったが、北極でずっとメタトロンと戦い続けたのだ。
DUSTER能力……死線を突破せし兵士の|特殊超反応《Dead UnderSide Trooper's Extra React》。その力は、文字通り絶体絶命の中から生還した者に授けられる。人智を超えた反応速度と判断力。極限状況になればなるほど、その力は強くなってゆく。
「千雪が……俺と同じ、DUSTER能力者……」
『統矢っ! 前を見ろ! 俺の妹に……千雪に任せて、前へ進め!』
すぐ側を飛ぶ五百雀辰馬の【幻雷】改型壱号機が、秘密回線で通信を送ってくる。
統矢は黙って、操縦桿を通して自分の意志を【樹雷皇】に伝えた。
横に並んだフェンリル小隊の仲間と、今は前へと進む。
信頼して背中を預け、千雪に任せて翔ぶ。
「れんふぁ、千雪のことをモニターしといてくれ。俺は……目の前に集中するっ!」
『う、うんっ! 大丈夫だよ、千雪さんなら……あと、前にエンジェル級が多数! 地上にもアイオーン級やアカモート級が無数に!』
「突っ切るぞ! このままサハクィエルまでブッ飛ばす!」
あっという間に砲火が部隊を包んだ。
ニューヨークの街並みは、あちこちから対空砲火を巻き上げる。
空を朱に染める爆発の中を、グラビティ・ケイジの出力を最大にして押し通る。
そんな統矢の側から、チームの仲間達が離れていった。
『よーし、フェンリル小隊各員! ちょいと命、張ってもらうぜ?』
『了解であります、辰馬小隊長殿っ! 自分はいつでも準備万端であります!』
無言で緑色の【幻雷】改型弐号機も対物ライフルを展開する。遠距離狙撃用のバイザースコープを頭部に下ろす機体は、副隊長の御巫桔梗が乗っている。
彼女は今も震えているだろうか?
だが、震えながらでも彼女は銃を手に取る。
家族を奪った背中の傷を背負って、戦い続ける。
『統矢、俺達を降ろしてくれ! 地上で戦う。ここでインターセプトしてやっから、背中は振り向かないでいいぜ!』
「頼みます、辰馬先輩! 桔梗先輩も! あと、ラスカ! 沙菊! 任せた!」
『だーれに言ってんのよ、誰に! ハン、撃墜数をたっぷり稼いでやるわ! 行きなさいよ、統矢! 征って……ボヤボヤしてるとお尻蹴っ飛ばすわよ!』
四機の旧型改造機が、グラビティ・ケイジのコントロールを外れてスラスターを輝かせる。そのまま対空砲火を放つ敵機を潰しながら、地表へと仲間達が消えていった。
『っしゃあ、SALLY FORTH FENRIR!! 気張れよ、手前ぇ等! |Rock and Roll!!』
あっという間に背後へ仲間達が飛び去った。
そして、徐々に進む先に巨体が見えてくる。
全長1kmを超える、超弩級パラレイド……セラフ級サハクィエル。その巨大な艦影は今、ゆっくりとこちらへ艦首を回頭している。多くのエンジェル級に守られながら、中空の玉座を占める暴虐の方舟。
その姿に変化が見えて、統矢は驚きと同時にさらなる加速で突っ込んでいった。