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第18話「消滅へ向かう中の出撃」

 短い睡眠時間の眠気が、まだ少し摺木統矢(スルギトウヤ)の中に甘やかな熱を燻らせる。

 あのあと、更紗(サラサ)れんふぁの寝顔をベッドで五百雀千雪(イオジャクギチユキ)と眺めていたら、知らぬ間に寝てしまった。そして今、かつての新大陸へと西海岸から上陸する。

 全速力で天空を疾駆(しっく)する羅臼(らうす)からは、晴れ渡るアメリカの大地が見えた。

 今、パイロットスーツに着替えて統矢は格納庫(ハンガー)を走る。

 その途中、艦の士官達に囲まれた小さな女の子の姿を見た。


特務三佐(とくむさんさ)日本皇国元老院にほんこうこくげんろういんから激励の電文が」

「こちらは|人類同盟軍統合参謀本部《じんるいどうめいぐんとうごうさんぼうほんぶ》からですね、それと」

「追加です、特務三佐! |皇国海軍聯合艦隊総司令部《こうこくかいぐんれんごうかんたいそうしれいぶ》からも――」


 印刷された電文を手にする者達の真ん中で、苛立(いらだ)ちを隠しもしないのは御堂刹那(ミドウセツナ)だ。少女というよりは幼女といった姿で、フラットな矮躯(わいく)をパイロットスーツに包んでいる。

 彼女の愛機である銀色の94式【星炎(せいえん)】は、沈黙したまま多くの整備兵に囲まれていた。

 先日、整備の佐伯瑠璃(サエキラピス)が細工をしたので、どう頑張っても常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターの出力があがらない筈だ。今日は指揮官である刹那の出撃は果たされないだろう。

 そう思って通り過ぎようとしたが、目敏(めざと)く刹那は統矢を呼び止めた。


「待て、摺木統矢。貴様には言っておくことがある」

「ん、何だよ……神妙な顔して」

「五百雀千雪が生きていたこと、黙っていた。()びよう。私の独断だ」

「あ、ああ。ってか、いいよ。もうそういうのはさ」

「それと、相変わらず皇国陸軍、そして一部の人類同盟参加国は隠蔽体質(いんぺいたいしつ)だ。だが、これ以上は横槍は入れさせん。我々秘匿機関(ひとくきかん)ウロボロスは、独自の指揮権を行使する」

「わかった……じゃあ」


 統矢は足を止めて振り返ると、屈んで刹那と目線の高さを合わせる。

 銀髪の少女は、その真っ赤な瞳だけがやけに老成して見えた。


「じゃあ、さ……御堂先生」

「御堂刹那特務三佐と呼ばんか」

「ああ、特務三佐。あんたは自分の仕事場に戻れ。ここから先は、戦場は……俺達の領分だ。あんたはこの(ふね)から全体の指揮を()ればいいだろう」


 グヌヌと刹那は、何かを言おうとして黙った。

 そんな彼女の頭に、ポンと手を置き統矢は立ち上がる。


「提督の……刑部志郎(オサカベシロウ)提督の(かたき)を取ってやる。パラレイドは、俺とあんたと……()()()()()。そうだろ?」

「……ああ、そうだな。フン、言うようになったものだ」

「まあな。伊達(だて)に死線はくぐっちゃいない。じゃあ、ちょっと行ってブッ潰してくる」

「任せた。多くは言わん、徹底的にやれ。この世界線を選んだことを、奴等に後悔させてやれ!」


 統矢は軽く敬礼して、背を向け駆け出す。

 メインデッキでは今、丁度巨大なパンツァー・モータロイドが出撃するところだった。

 深海の(あお)(たた)えた大型PMR(パメラ)は、千雪の【ディープスノー】だ。重力制御系を組み込んだため、9mと一回りも二回りも厳つい巨体は、以前のような乙女を守る一角獣(ユニコーン)ではない。

 真っ直ぐ角が伸びる六つ目の異貌(いぼう)は、まさに鬼……拳で地を割り、蹴りで天を裂く鋼の修羅神(しゅらしん)だ。

 その右目が三つ揃って、足元の統矢を見下ろしスライドする。


「千雪! お前、先導機(パスファインダー)だってな。頼むぜ!」


 【ディープスノーは】右手で親指を立てると、重力制御でその場にふわりと浮く。あまりに大き過ぎて、羅臼のカタパルトには乗らないのだ。

 背に暗き光輪を浮かべながら、その巨躯はゆっくり極寒の空へと出ていった。

 そして、統矢も自分を待つ愛機へと駆け寄る。

 97式【氷蓮(ひょうれん)】サード・リペア……再び改修を受けたその姿は、また少し外観が変わった。相変わらず左右非対称の包帯塗(ほうたいまみ)れだが、左右のモーメントバランス調整のため、オレンジ色のスキンタービンは巻き方が以前と異なっている。対ビーム用クロークの奥には、新しく背中にマウントされたグラビティ・エクステンダーが背負われていた。


「待たせたな、相棒……っし、行くか!」


 片膝を突いて屈む【氷蓮】へと、飛び乗る。

 整備兵達とニ、三のやり取りの後、統矢はゆっくりと乗機を立たせた。何のフリクションも感じず、イメージ通りに機体が動く。

 (すで)に長い戦いの連続で、【氷蓮】は統矢の肉体そのものだ。

 左右の操縦桿(スティック)に内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションは、思念を拾って動作で応える。

 紫炎色(フレアパープル)復讐鬼(アヴェンジャー)は、三度巨大な剣を背負って立ち上がった。

 狭苦しいコクピットの中、圧迫感は感じない。ハーネスで固定された全身に、静かな闘志が(みなぎ)っていた。モニターや計器の照り返しを受けながら、手慣れた様子で各部をチェックし、オールグリーンを確認する統矢。


『摺木統矢三尉(さんい)、カタパルトへ!』

『ケーブル、戻せーっ!』

『ティアマット聯隊(れんたい)第七小隊、発進はフェンリル小隊が先だ! 下がって! いいから下がって!』

『デストロイ・プリセットに換装を終えた97式【轟山(ごうざん)】からだ! 多少過積載(かせきさい)でも構わん、積めるだけ対艦(10t)ミサイルを積むんだよ!』


 格納庫は今、戦場だ。

 行き交う整備兵や甲板員でごった返し、開放されたハッチからは容赦なく冷気が忍び込んでくる。火薬とオイルの臭いの中、無数のPMRが金切り声を歌っている。

 だが、不思議と誰もが高揚感に(みなぎ)っていた。

 誰一人、負けるなどとは思っていない。

 最悪の状況を想定しつつも、作戦の失敗など考えもしないかのような顔だ。

 それは恐らく、統矢も同じだ。

 カタパルトへと機体を乗せ、同時に無線でれんふぁを呼び出す。


「れんふぁ、聴こえるか? 出たら直ぐにドッキングする。そっちのグラビティ・ケイジで拾ってくれ」

『了解っ。あと、統矢さん……ニューヨークが』

「何か動きがあったか?」

『市民の避難が完了したから、アメリカ軍が総攻撃に出たって……無事かなあ、自由の女神』


 こんな時にも、呑気(のんき)なれんふぁが少し頼もしい。

 彼女の天然な愛らしさに、思わず笑みが浮かぶ。


「何だ、れんふぁ。見たことないのか? 自由の女神」

『うっ、うん。わたしの時代にはもう、ニューヨークごと消滅してたから』

「じゃあ、何がなんでも守らないとな。……れんふぁ、お前のいた歴史には向かわない。塗り替えるぞ、俺達で」

『う、うんっ!』


 グリーンのランプが灯ると同時に、【氷蓮】を電磁カタパルトが打ち出す。

 強烈な加速Gの中で、あっという間に母艦が背後に飛び去った。

 そして、浮遊感と共に不自然な揚力で浮かび上がる。

 その先には、先程まで羅臼の真横に係留されていた【樹雷皇(じゅらいおう)】がいた。ドッキングセンサーを同調させれば、れんふぁの操作で対ビーム用クロークと【グラスヒール】が【樹雷皇】の垂直発射セルの一つへ吸い込まれる。。

 全長300mの威容を誇る砲神(ほうしん)の、中央部のコントロールユニットへと【氷蓮】が(またが)る。瞬時に機体がロックされ、カウルで半ば埋まるように固定された。


「れんふぁ、ティアマット聯隊の展開状況は?」

『もうすぐ全機発艦終了だよ。こっちの……【樹雷皇】のグラビティ・ケイジに乗ってもらって、ニューヨークまで全速力で二時間』

「ギリギリだな。それに、道中で邪魔が入る(はず)だ」

『う、うん。あっ、先行してる千雪さんが会敵(エンカウント)したみたい……』


 (はる)か遠くで小さな爆発が無数に連鎖した。

 その音も、衝撃波と振動も届いては来ない。

 こうしている今、この瞬間も千雪の【ディープスノー】は単騎で敵地へ(くさび)となって突き進んでいた。その背を追うように、これから統矢達も加速する。

 全機の展開が終わったところで、ティアマット聯隊の美作総司三佐(ミマサカソウジさんさ)から訓示(くんじ)があった。


諸君(しょくん)! ティアマット聯隊体調、美作総司三佐だ。先程、人類同盟軍統合参謀本部及び、日本皇国陸海軍の了承を取り付けた。作戦終了と同時に、諸君に一週間の休暇を約束する』


 荒くれ者揃いのティアマット聯隊から、口笛と喝采が連なり響いた。

 統矢も休暇は嬉しいが、そろそろ青森校区(あおもりこうく)に戻って普通の生活も恋しい。それに、またフェンリル小隊のみんなで学び舎に通いたかった。

 そういう当たり前の平和のために、自分はようやく戦える気がする。


『三佐ぁ! 作戦が失敗してもその休暇はもらえるんでありますか!』

『ラスベガスって、確かまだクレーターになってねえよなあ?』

『ばっか、お前はやめとけ! まず俺にポーカーの借金を返すんだな』

『三佐はほら、雨瀬雅姫二尉(ウノセマサキにい)殿をですね、もう少し……もうちょっと、へへへ』


 何の気負いも緊張もない。

 生きて再び母艦へ帰れることなど、難しいというのに。

 死地へ飛び込む誰もが、まるでピクニックに出かけるような気楽さだった。


『わかった、みんなありがとう。では、僕は休暇に雅姫二尉を連れて食事にでもいくことにするよ。一緒に来たいものは、あとで申し出てくれ』

『……三佐。あとでちょっとお話があります、その』

『……お(じょう)、なんでこんなお人に……かわいそうに』

『あのですねえ、三佐! お嬢はあんたに――』


 わいわいと賑やかだが、全機編隊を組んで【樹雷皇】の周囲に揃い始める。

 そして、統矢はフルブーストで巨大な無重力の檻を押し出した。暴力的な推力を爆発させ、【樹雷皇】は天翔(あまか)ける流星雨となって馳せる。

 無数の【轟山】を浮かべて引き連れるその様は、さながら朝を切り裂く禍ツ星(まがつぼし)だ。

 勿論、勝手知ったるいつもの仲間も一緒だ。


『よーしお前ら、さっさと済ませて休暇としゃれこもうじゃないの。あと、桔梗(ききょう)。少し深呼吸しな? 力み過ぎだ』

『……す、すみません。やっぱり、少し震えが……ふふ、情けないですね』

『気にしなくて大丈夫であります! 桔梗殿は【吸血姫(カーミラ)】の異名を誇る凄腕スナイパーでありますからして、デヘヘ』

『れんふぁ! アタシのアルレイン、グラビティ・ケイジの干渉係数(かんしょうけいすう)を上げて。もっと遊びがある方が振り回せるから。……ん、そう、これくらいでいいわ!』


 アメリカ大陸横断、5,000km……前代未聞の電撃作戦が開始された。

 ニューヨーク消滅まで、あと半日もない。そして、これ以上地球を穴だらけにする訳にはいかないのだ。

 統矢も一度深呼吸して、そして【樹雷皇】を最大戦速で飛ばす。

 その先にもう、パラレイドとの戦端は開かれているのだった。

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