第15話「カウント・ダウン」
誰もが食堂で、御堂刹那特務三佐を見詰めていた。
ある者は疲れた目で、そしてある者は意気軒昂のギラついた瞳で。
摺木統矢もまた、暗い炎を燻らす双眸で言葉を待つ。
周囲を見渡し、刹那はゆっくりと言葉を選んだ。
「先程の戦闘で次元転移した超弩級パラレイドだが……今、ニューヨーク上空に出現したそうだ。全員、これを見ろ」
刹那は手近な兵士にメモリーチップを渡す。
この時代、こうした電子機器、演算装置や記憶媒体が充実しているのは軍だけである。全世界規模で文明は百年ほど後退し、日本でも昭和中期レベルの生活水準をどうにか保っていた。
世界規模で整っていたネットワーク網も破綻して久しい。
そのことが逆に、人類同盟の情報操作を可能にしているから皮肉なものだ。
そして、食堂のモニターにノイズ混じりの映像が映し出される。
「これは……」
「さっきのあのデカブツだぜ!」
「なんてこった、次はニューヨークか!」
「どうする、あそこには旧国連ビル……人類同盟の統合決議院が設置されてる」
「喉元に剣を突きつけられた訳か」
そして、1,200mもの巨体を誇る巨大戦艦のパラレイドから、声が走る。
映像はないが、その声を統矢は知っていた。
『同じ地球の同胞、豊かでいられた過去の人類に申し上げる。私は摺木統矢大佐……諸君等がパラレイドと呼ぶ部隊の指揮官であります』
咄嗟に刹那を誰もが見やる。
彼女が重々しく頷くので、受け入れるしかない。
これは恐らく、ニューヨーク上空から広域公共周波数で発信されたものだろう。世界はとうとう、本格的に真実に直面しなければならなくなった。
謎の敵パラレイドの正体が、未来の自分達であるということを。
『既にハワイ島を我々は先程消滅させました。この超巨大戦艦、諸君等がセラフ級と呼ぶ戦略破壊兵器……サハクィエルは、地球上のあらゆる場所を攻撃可能であります。星を貫き、足元から都市を消滅させる……しかし、次のターゲットはこのニューヨーク』
日本とニューヨークの時差は、14時間。
つまり、こっちが夕暮れ時なので、あっちは早朝だろう。
朝焼けの中に浮かぶセラフ級パラレイド、サハクィエル……その威容は恐らく、見る者全てに恐怖を等しく植え付けただろう。あるいは、同じ数だけの絶望も。
そして、静かで穏やかな声でもう一人の統矢が話し続ける。
『24時間後、サハクィエルの攻撃により……ニューヨークを貫き、地球の何処かを消滅させます。24時間の猶予……この意味を考えた上で、人類同盟各国首脳、及び人類同盟軍将校各位の懸命なる判断を求めます。熟慮されたし、繰り返す……熟慮されたし』
タイムリミットは24時間……この意味は?
統矢にそれを教えてくれたのは、気付けば隣に立っていた五百雀千雪だ。彼女は腹の傷も顕な半裸姿で、腕組みながら説明してくれる。
「24時間……それが恐らく、人類同盟各国がパラレイドの真実を隠し通せる情報操作の限界ですね。幸いにも世界規模のオンラインネットワークはほぼ閉鎖状態ですので……古式ゆかしいテレビや新聞といったマスメディアを押さえ込めるのは、24時間が限界です」
「つまり、逆を言えば」
「はい。24時間以内にサハクィエルを撃破できれば……あとは各国の情報部が隠蔽できるでしょう。今の人類に、パラレイドの真実はあまりにも重過ぎますから」
千雪はいつもの怜悧な声で、さらりと言ってのけた。
あの巨艦を、搭載された無数のエンジェル級もろとも24時間以内に殲滅する……それは、パラレイドとの実戦経験が豊富な統矢だからこそわかる困難だった。
だが、やるしかない。
最後のチャンスをものにしなければ、地球の全人類は正式に知るだろう。
自分達を長らく苛み蝕んできた天敵が……同じ人間だということを。
その時、戦いは新たな局面へと突入する。
そのことを口にしたのは、やはり刹那だった。
「今まで人類同盟軍は、この事実をひたすらに隠匿してきた。我々秘匿機関ウロボロスが、完全に情報を隠蔽し続けてきた。しかし、この真実は各国の足並みを乱す……既にどの国も、膨大な軍事費と戦費で経済破綻寸前だ。つまり」
刹那は忌々しいという顔を隠しもしない。
あどけない幼女の顔を、憎悪で歪めて言葉を噛み締める。
「人類同盟を離脱し、単独でパラレイドと……摺木統矢と講和、停戦を交渉する国が現れる。蔓延しつつある厭戦ムードに火がつけば、人類同盟は戦線を維持できなくなる」
今の今までずっと、パラレイドの正体は伏せられていた。
統矢でさえ、ずっと謎の侵略者である以上の情報を持っていなかったのだ。自律型無人兵器群による、圧倒的な物量作戦。そして、一騎当千のセラフ級による、地球規模での破壊活動。人類にとって、正にパラレイドは脅威、天敵……戦闘は不可避に思われていたのだ。
だが、現実は違った。
同じ血の通った人間だと知れれば、対応も変わってくる。
財政的に苦しい国などは、単独での和平、不可侵条約などを考えるだろう。
そして、謎の敵が相手故に団結していた人類は、同じ人類と知れば対話を模索する中で解れてゆくのだ。地球規模の軍事同盟が、破綻する。
「貴様等にはこれから、ニューヨーク解放作戦に参加してもらう! 無論、強制はしない……志願者を募る。参加を拒否する者への懲罰もない、すぐにこの羅臼を降りてもらう……それだけだ」
だが、誰も刹那に文句を言う者はいなかった。
そして、屈強な男達に背を押される形で、美作総司三佐が一歩前に出る。
「御堂刹那特務三佐、ティアマット聯隊総勢180名! これより皇国陸軍の指揮を離れ、秘匿機関ウロボロス及び皇国海軍と独自の作戦行動に移ります! ……残念ですが、辞退する者はいないでしょう」
「フン……男の面構えになったな、ひよっこが。いいだろう、頼らせてもらう!」
「現在、ティアマット聯隊の97式【轟山】全134機を、【樹雷皇】と【ディープスノー】のシステムへと登録作業中です。グラビティ・ケイジによる空中戦を制御する機体が2機に増えたことは、これは作戦バリエーションが増えたかと」
「うん。作業を急がせろ。現在羅臼は太平洋上空を東進中……東海岸に上陸と同時に全機出撃、電撃戦でニューヨークのデカブツを墜とす!」
24時間後、ニューヨークの朝日を浴びるのはパレレイドか、それとも統矢達か。
人類同士、未来が過去を襲っているという真実を、再び秘めて守らねばならない。
確かに真実は、残酷であっても情報公開されるべき透明性が求められるだろう。だが、その内容によっては、知らないほうが幸せなことだってあるのだ。そして、不可避の戦争がどちらか片方の剿滅でしか終わらないという、その基本方針を揺らがせてはならない。
そして、統矢自身が知っている。
自分だからはっきりとわかる。
今の統矢に和睦の意思がないように、もう一人の統矢もまた手を緩めることはないだろう。彼はDUSTER能力者を大量に覚醒させ、無敵の人類軍を率いて未来へ帰る気だ。
そうまでして異星人と戦う理由を、既に統矢は知っている……経験している気がした。
身を強張らせる統矢の手を、気付けば更紗れんふぁが握ってくれる。
逆隣の千雪も、おずおずと金属の手で触れてきた。
二人の手を握りながら、統矢ははっきりと刹那に告げる。
「特務三佐、話はわかった。俺は……連中を一人残らずブッ潰す! あんた等が情報操作したけりゃ、すればいい。俺は、例え相手が人間でも……容赦する気はさらさらない」
「フッ……いい気迫だ。よかろう! 貴様等、すまんが地獄に付き合ってもらうぞ」
誰も異論を挟まなかった。
そして、統矢の闘志も鈍らない。
冷たく硬い手の千雪といるから、彼女の失われた全てを贖わなければという決意。小さく柔らかな手のれんふぁがいてくれるから、彼女を守らねばならないという覚悟。
統矢の中で今、昔よりはっきりと戦う理由が定まり、それは揺るがない。そして、常に勝利を拾い続けて行けば……その先にきっと、自分との対峙が待っている。その時は迷わず銃爪を引き絞る。
もう、刹那的な自暴自棄になることもない。
機械のように淡々と戦う時間は終わりを告げた。
今、一人の人間として……統矢に再び憤怒と憎悪の火が灯る。それは巨大な炎となって、挑む全てを灰燼に帰すだろう。己さえ焼き尽くすその業火の中で、戦い続けるのだ。
「では、予定通り16:00からブリーフィングを開始する。それまで各自休息、そして機体の整備と調整をやっておけ! 以上だ!」
それだけ言って、刹那は踵を返して去ってゆく。
だが、彼女は食堂の出入り口に止まると、皆を一度だけ肩越しに振り返った。
「そうだ、言い忘れていた。次の作戦は私もパンツァー・モータロイドで出撃、参加する。もはや指揮所で叫んでいる段階ではない……貴様等が震えて竦めば、背後からでも撃つ! 無様をみせてくれるなよ?」
ニヤリと笑った刹那には、以前のような人を人とも思わぬ不快な緊張感がない。
ここにきて彼女もまた、一人の戦士へと立ち返ったのだろう。
そして、それを察したのは統矢だけではなかった。
居並ぶ強面の男達は、皆が身を正して起立する。パイロットスーツで恥ずかしそうに俯いていた雨瀬雅姫も、副隊長として全員に号令を発した。
「総員、敬礼!」
統矢も、千雪やれんふぁと共に敬礼する。
それを見て、ニヤリと笑った刹那も皆へと向き直った。
敬礼する小さな女の子は、真っ赤な瞳に統矢と同じ焔を燃やしていた。
「貴様等の命、私が預かる。よって、最初の命令を与える……死ぬな。諦めることは絶対に許さん。……私は自分の手駒が減るのが我慢ならん質でな。生き延びろ、以上だ」
それだけ言って、刹那は去っていった。
タイムリミットは24時間……あの巨大なサハクィエルを、移動時間も含めて24時間以内に倒さねばならない。その決死の戦いに失敗すれば、ニューヨークが消滅する。のみならず、ニューヨークを焼いた光は、そのまま地球を貫通してどこかの都市を消し飛ばすのだ。
今、未来へ抗う反攻作戦の狼煙が上がった。
統矢もまた、決意も新たに最愛の者達と戦いに挑むのだった。