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婚約者改革

作者: 雨夜律











「婚約を解消したいと思う」



私は重々しくそう言った。



「わたくしほど上手く王妃をやれる人はいないと思いますけれど?」



婚約者は笑顔を崩さぬまま、首を傾げた。それがとても軽い調子で、自然と眉間に皺がよった。



「確かに、そうだろう。けれど、お前はそれを加味してもなおあまりあるほど気持ち悪いんだ!」



「どこがでしょうか?言っていただければ直しますわ」



非道いことを言ったはずなのに、全く伝わっていない気がするのは、先ほどから表情が全く変わらないからだろうか。

 堪えていないはずがないのに、全くそんな様子が見えない。



「全部だ全部!お前はずーっと笑顔で、人形のようなんだ。確かにお前は有能だ。それに、髪はサラサラで太陽のようにキラキラと輝く金色が美しいし、まつ毛も長く大きな淡い青い瞳は愛らしいし、桜に色づく頬は可憐であるし、ふっくらとしている唇は思わず触れたくなるほど魅惑的だし、とてもとてもそれこそ虜になるくらい素敵な人だ。お前以上に魅力的で優秀な人間はいないだろう。けれど、あくまでそれは、公務の部分だけだ。私生活においてお前といるのは、息が詰まる。大体、10年も婚約者として交流していて、笑顔以外の表情を見たことがないっておかしいだろう!確かに私は頼りないかもしれないが、これだけ心を許して貰えないとなると、やっていける気がしない。そんな理由で婚約を取りやめようなんて、馬鹿なことを言っているのは自覚があるが、この状況で結婚したって、破綻するのは目に見えているし、お互い苦しいだけだろう?」



十分納得してもらえる理由だと思う。別に彼女のことが嫌いなわけでも、憎いわけでもない。ただ、相性 性が良く無かった。



「嫌です」



…これだけ頑張って話したのに、一言で断られてしまった。一刀両断とはまさにこのことだ。とても悲しくてやるせない。


 はあ、感想も無しか!

 非難するところしかないのだ!罵倒でもなんでもしてくれれば、可愛げもあるというのに…。



「今ならまだ、近隣の国の王子も独身がいるから、余物ではなく真面目で優秀な者との婚約を整えることもできるぞ?」



「嫌です」



どうしてだ。

 全く嫌がっているようには見えないのに。なんなら、喜んで是と答えそうな表情である。

 笑顔のまま否と言われても、ちゃんと会話出来ている気がしなかった。



「なぜだ。まさか私のことが好きなのか?」



「好き…。好きとはどういうものなのでしょうね」



「哲学か!哲学なのか…?」



彼女が何を考えているか全くわからなかった。今まで彼女が質問を質問で返すことなんて無かったし、そもそも1を聞けば10を理解する彼女がさっきから首を傾げている意味がわからない。


 とりあえず気持ちを落ち着けるために息を深く吐いた。



「私のことが特に好きではないことはわかった」



こんな自惚れているようなことを自分で確認を取らなければいけないことが、虚しかった。


 好かれていないことなどわかっているわ!



「なら何故だ?私といる時は無理しているだろう!ずっと笑顔だなんてしんどいだけだろう?私は君と自室でくつろいでいるような気分でいられるぐらい気安い仲になりたかった」


「…?家でも変わりませんわよ?」


変わりませんわよ、じゃない!!!一体どこで心を休めるんだ!いつか精神崩壊するぞ!


 そもそも、私だけではなく、他の人間も笑顔以外を見たことがないのだから、異常すぎる。他者から見れば、とても素敵のことかもしれないが、一緒に居ると気持ち悪い。



「大体、ずっと笑顔は不自然なんだぞ!」



「笑顔が1番好かれると思うのですけれど?」



「それは、色々な表情の中で笑顔の割合が多いとそう思うのであって、笑顔オンリーだとホラーでしかない!」



彼女は楽しげな笑顔のままだ。けれど、流石に10年婚約者であるとわかる。彼女は今とても困惑していた。



「そうなのですね。幼い頃からそれがいいのだと教えられてきましたので…どうやって直しましょう」



そこに話が戻るのか、と私は肩を落とした。


 婚約解消の話だったはずなのに、本当にその気がないようだ。



 こうなったらやけっぱちだ。彼女の腹の中を開いて、ダメなところを論おう。

 人とは感性がズレていそうだから、と好意的なものから尋ねてみる。そして、一般的な考えとは違うと国民のことなどわからないだろう、と言うと決めて聞いたのだけれど…。



「まあ、…それはとりあえずいい。それより、好きなものはなんだ」



「…好きなもの?」



聞き返された。いや、聞き返されても困るんだが!?


 まさかないわけないだろう。



「なにか!何があるだろう!?好きな食べ物とか、好きな色とか!」



「全て美味しいですし、全て素敵だと思いますわ」



違う!そうじゃない!そうだけどそうじゃない!


ツッコミどころが多すぎて言葉が見つからないな!



「そうじゃなくて…いや、なら最近楽しかったことは?」



なんだか、嫌な予感がして続ける。天然なのかと思ったが、そういうレベルではない気がしてきた。



「…?いつも楽しいですわよ?」



なぜだ…。そうかもしれないが、そうじゃないんだ。欲しい答えはそれじゃない…。10年婚約していたのに、意思疎通が取れない。悲しい…。



「じゃ、じゃあ!最近泣いたことはあるか?悲しかったことでもいいぞ!」



「悲しいことは特にありませんわ。ですが、泣いたことといえば、わたくし本を読むと泣いてしまいますの」



うーん。ダウト。私の質問した泣くとは意味が違う気がする…。

 なんだか、雲行きが怪しくなってきた。初めからおかしかったかもしれないが。



「感受性が豊かなんだな」



苦し紛れの感想だ。深く聞くのが怖くて思わず逃げてしまった。



「いえ、そういうわけではないと…。登場人物に感情移入しているとか、可哀想に思ったとか、そうではないのです。ですが、何故か涙が止まらなくなって…不思議ですわね」



不思議ですわね、じゃないんだわ!それ、なにか我慢しているものが決壊して、止まらないんだろう!?明らかに日々無理している証左じゃないか!


 しかも、自己申告!私が、逃げた意味は!?聞いてはいけないことを聞いた気分だよ!



「そ、そうか。………なら、腹が立ったことはどうだ?苛立ったり、怒ったり…なにかあるだろう?」



頼むからあると言ってくれ…!



「…特にはありませんわね」



少し考えるように、目線を動かして答える。


 考えた上でないのか。そうか…ってそんなわけあるか!



「いやいや!学園で妬まれて有る事無い事言われているの、腹が立つだろう!?」



確かに、その事でダメージを受けているようには全くみえなかった。けれど、心の中は違うだろう!不敬で捕えてもいいくらいには酷い言われようだった。

 本人が上手く捌いていたから、余計な手出しはしなかったけれど、それを申し訳なく思うくらいには、色々言われていた。



「わたくし、楽しいことに変換することが得意ですの」



いやいやいや!そういう問題じゃなくない!?



「王妃教育で母上から嫌味言われたりもしていただろう!?あれは、側から見ていても不快だったぞ!?」



「わたくし、楽しいことに変換するのが得意ですの」



だから!そんなわけないだろう!?

人間、心が傷つかないはずがないんだよ!!!



「私がさっき、気持ち悪いって言ったのだって怒っていいんだぞ!?」



「わたくし、楽しいことに変換」



「わかった!わかったから!」



ロボットか!

 頭が痛くなりそうだ。









ダメだ…。早くなんとかしないと…。






 そう思った時点で、私の負けだった。




 とりあえず、婚約解消は保留になった。

 こうして、この婚約者の認識の改革が始まったのだった。













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