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二人目

 ギルドマスターは、レオと名乗る青年に私たちの事情を説明した。

 事情を知った後に辞退すれば、レオにとっては厄介事が残るだけになってしまうのでは?

 ハラハラしながら見ていると、エルンストがおかしそうに笑った。



「心配しなくても、ギルドは依頼人の秘密を守りますよ。ギルドは信頼で成り立っていますから。それに、城は混乱の真っ最中です。追手もいなかったので、私たちがどこに行ったか知る者はいないでしょう」

「ギルドやこの人に、迷惑がかからないならいいんですけど」

「大丈夫です。陛下たちは、私たちの行方を追っている余裕はありません」



 冒険者ギルドには、私ぐらい厄介な依頼がよくあるようだ。

 少し安心していると、ギルドマスターが私たちの事情を説明し終え、こちらを向いた。



「レオは26歳の若さで、すでにA級なんだ。実力は保証するよ。どうだレオ、引き受けるかい?」



 レオは燃えるような赤髪を無造作に後ろへなでつけて、真っ赤な瞳で私を見つめた。

 野性味のある顔は整っていて、背が高い。鍛えられた体には、冒険者らしく防具がつけられている。

 ギルドマスターの問いに答えず、どこか戸惑ったように私を見つめていたレオは、ふっと目を逸らした。



「事情はわかった。引き受けてやるよ」

「契約書を作ったら、サインする前に私に報告してくれ。安心してくれ、私は依頼人の事情を勝手に漏らしたりしない。頑張りな、温泉聖女」



 最後にぱちっとウインクをして出ていったギルドマスターを、ぽうっと見送る。

 か、かっこいい……!



「俺はレオだ。よろしくな」

「私はエルンストです」

「咲希と申します。よろしくお願いします」

「堅っ苦しい言葉は使うなよ。俺のことは呼び捨てでいい」

「うん、わかった。よろしくね、レオ。私のことは咲希って呼んでね」

「おう、サキ。エルンストも……よろしくな」

「よろしくお願いします」



 レオとエルンストは、なぜか見つめ合いながら長めの握手をしている。

 ようやく握手を終えた二人がソファに座ると、レオが切り出した。



「サキの護衛をしながら、この世界のことを教えるってことだけどよ、行き先は決まってんのか?」

「まだ決まってないよ。この国の地理さえわからない状態なの」

「少なくとも王都は出たほうがいいですね。道を歩いていて貴族に出くわして契約違反になるのは避けたほうがいいですから」

「そうですね。せっかく異世界に来たんだし、いろんなところを旅してみるのもいいかも!」

「オッケー。積極的に戦闘しろって契約だと料金が高くなる。俺はA級だから、それなりに金がかかるぞ」



 護衛を頼むときは、冒険者の食事や宿泊代なども依頼者が支払うと聞いた。

 王様からのお金はあるけど、無計画に使っていたらすぐになくなってしまう。



「んで、これは俺からの提案だ。こっちの事情で、三か月くらい護衛したいんだよ」

「なるほど、ポイントですか」

「おう。サキにもわかるように説明するとだな、冒険者がランクを上げるには、魔物討伐だけじゃ駄目なんだ。護衛だとか指名依頼だとか、人と接する仕事もしなきゃいけないんだよ。んで、俺は対人ポイントが足りない。サキの護衛三か月で、S級へ上がるポイントが貯まりそうなんだ」

「三か月も護衛してくれたら、こっちも嬉しいよ」



 何しろ、この世界のことを本当に知らない。

 リラが色々と教えてくれたけど、今の知識は幼児レベルだ。習慣や常識、お金の使い方だってよくわからない。

 エルンストもしばらくしたらお別れだろうから、それまでに一人で生きていけるようにならなくちゃ。



「基本的に戦闘はなし、やむを得ない場合のみって契約なら、契約金はかなり抑えられる。……この金額でどうだ?」



 提示されたのは、お金が3分の1吹っ飛ぶくらいの金額だった。

 思わずエルンストを見ると、エルンストは満足そうに頷いていた。どうやら、相場よりかなり安いらしい。



「A級の冒険者がついているというだけで、手を出しづらくなります。魔物の知識もありますし、いろんな場所に行っているのでサキさんが暮らしやすいところも探せます。この選択は最善です」

「……わかりました。その金額で契約します」

「よろしくな!」



 それからレオと、細かいところを決めていった。

 こちらからは、逃げる時はエルンストも一緒だとか、外で聖女だと言わないとか、そういう条件を出した。

 レオは、戦闘の時はすぐに指示に従えとか、戦闘や逃げる時のことが多かった。

 最後に「スキルに関することは相手の同意がないと話せない」という文を付け加えて、契約書が完成した。

 これはどの契約書にも書かれることらしい。


 ギルドマスターに契約書を見せて3人でサインをしてから、冒険者ギルドを出た。

 四角くてあまり高くない建物が並んでいて、道が大きくて、外国のような街並みだ。



「これからどうすんだ? どこへ行くにしても、準備する時間がほしい」



 外はもう夕方で、オレンジ色の太陽が沈みかけていた。

 ……今日は、いろいろとあった一日だったなぁ。

 そう思うと一気に疲れが出てきた。早く王都を出たいけれど、魔物がいるこの世界では、夜に街の外に出るのはよくないと聞いている。



「とりあえず、どこかのホテルに泊まります」

「ホテルに泊まる!?」

「何言ってんだサキ! おまっ……あー、いや。これが異世界から来るってことか」

「え? 駄目なの?」



 この世界の女性は外泊することも出来ないの? お泊り会は? 女子会もなし?

 唖然としていると、レオが説明してくれた。



「まずな、この世界でレディーはすっごく大事にされてんだよ。そこまではわかるな?」

「……レディー」

「おう、サキはレディーだろ」



 レオの口から「レディー」という単語が出てきた驚きが褪せないまま、レオは続ける。



「家族や夫たちとどこかに泊まる場合もあるけど、それはすげぇ信頼してるところで、自分の妻を守りきれる自信がある時だけだ。男がたくさんいるホテルだと、いくら俺でも守りきれない」

「え……どうしよう」



 この世界に家はないから、ホテルに泊まる気満々だった。野宿はもっと危険だし、街の外も危険だし……。



「仕方ねえな、俺の家に来い。色々仕掛けてあるから、誰かが襲いに来ても安全だ」

「私の家もありますが、防犯面が心配です。レオのお世話になりましょう」

「ありがとう、レオ。お世話になります」

「おう、もてなしなんか出来ねぇけど、ゆっくりしてってくれ」



 レオの家は、タクシーで20分ほどのところにあった。

 こじんまりした一軒家で、木のあたたかみを感じられる家だ。小さな庭もあって、自然と芽吹いた花が咲いている。

 家の敷地に入る前に、いろいろな防犯アイテムに魔力を登録してから家に入る。私にも魔力があるらしく、思わずテンションが上がってしまった。



「登録した人間以外が侵入しようとすれば、すぐにわかる。そんなに綺麗にしてねぇけど、安心して過ごしてくれ」



 レオの家は雑多で少し散らかっていたけれど、きちんと掃除しているのが見て取れた。人の家のにおいがする。

 少しずつ、肩から力が抜けていくのがわかった。


 この家は侵入者が入ってこられない。レオは私を傷つけることはしないと契約していて、エルンストは信頼できる。


 お城は綺麗だったけれど安心はできなかった。

 ……私はこの世界に来て初めて、安心できる場所にいるんだ。



「サキさん……」



 不意に、後ろにいたエルンストに抱きしめられた。

 覆いかぶさるように抱きしめられ、背中にエルンストの熱を感じる。



「えっ、エルンストさん!?」

「すみ、ませ……」



 エルンストの体重がどんどん肩にのしかかってきて、耳に吐息がかかる。



「おい、エルンスト!」



 硬直するしかできない私の代わりに、レオがエルンストを引き離してくれた。



「顔色が悪いぞ! 大丈夫か?」

「えっ!?」



 振り返ると、顔が真っ白になっているエルンストがいた。

 立てないようで、レオに支えられたまま、ずるずると壁にもたれかかっていく。



「いっ、医者を呼んでくる!」

「サキは行くな! 俺が呼んでくる。いいか、誰が来ても絶対にドアを開けるな。この結界なら大抵の攻撃は防げるから、ここから出るなよ!」



 レオが床に何かを置くと、透明な膜のようなものが出て、私とエルンストを包み込んだ。



「っお願い、レオ!」

「任せとけ!」



 レオが風のように飛び出していってドアが閉まると、恐ろしい静寂が訪れた。

 浅く呼吸をするエルンストは、唇が真っ青だ。震える手でエルンストを寝かせて眼鏡を取り、苦しそうな首元をゆるめる。


 泣きそうになりながら、エルンストの手をぎゅっと握りしめる。

 エルンストがいなかったら、私はこの世界でとっくに駄目になっていた。どうか、どうかエルンストを助けてください。


 この世界にいるかわからない神に祈りながら、私はエルンストを見ていることしか出来なかった。





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