こんなクソな城はさっさと出よう!
「あれがハズレ聖女か? 俺なら出歩けないのに、よく部屋から出てくるな」
「平民だと、あの部屋でも大きく感じるらしいぞ。暇だから出てきたんじゃないか?」
「誰でもいいから夫になってくれ~って?」
異世界に召喚されて二週間。
好きなだけ眠って好きな時に起きて、ご飯を食べてリラと話す天国のような毎日を送っている。会社に行ってあくせく働いて理不尽に怒られなくてすむ毎日は、本当に嬉しい。
ただ一つ不満を挙げるとすれば、私が部屋の外にいるのを見ると罵倒してくる人々がいることだ。
暇なのかな?
「女性が少ないこの世界で結婚できずにいる負け組だから放っといていいですよ」
とは、意外と辛辣なリラの言葉だ。
全員が私に嫌なことを言ってくるわけでもないだろうと楽観して外に出てみたけれど、早々に嫌な人とエンカウントしてしまった。
無視してさっさと部屋に戻ると、ちょうどエルンストが訪ねてきた。
「失礼いたします。サキ様、何かご不便などございませんか?」
「ありがとうございます、エルンスト様。リラとエルンスト様のおかげで、とても快適です」
「通常なら聖女様をこのように扱わないはずなのですが……」
言葉を濁したエルンストに微笑みかける。
「わかっています。他の聖女様のスキルがすごすぎて、この城の貴族はみんな取り入ったり結婚しようと必死なんですよね?」
「……はい」
リラが仕入れてきた情報によると、聖女の一人が性格が悪いらしく、人を貶めるのが大好きなのだとか。
一人だけハズレスキルを持つ私がいかに惨めかを報告すれば、聖女が喜んで覚えがめでたくなるという、大変よろしくないループが出来上がっている。
二人の聖女も自分のことに必死で、私のことを気にかけている余裕はないらしい。一緒に召喚はされたけど一緒にいたのは数分で、話したこともない間柄だ。会いたいと伝えてもらっても返答すらないので、伝わっているかもわからない。
「浴槽ですが、ほかの聖女様ご所望の品が優先されているようで、もう少し時間がかかります。本当に申し訳ございません」
初日に頼んでいた浴槽が作られることはなさそうだなぁ。
「昨日より顔色がひどくなっていますよ。座って少し休んでください。誰かに何か言われたら、私が駄々をこねて引き留めたと言えばいいですから」
「……サキ様は、お優しすぎますね」
疲れたように笑うエルンストにお茶を出したリラが何度も頷く。
「サキ様は優しすぎるんです! 平民の使用人と同じ食事でも、絶対においしいって言ってくださるんです! 今朝なんてポリッジだけだったのに、サキ様は文句も言わず、笑顔で食べてくださって!」
「ねえリラ、そのへんで……」
「聖女様にポリッジ!? ……本当に、どう謝罪すれば……これすらも笑顔で許すサキ様の心はなんと美しいのでしょう」
まずい、二人して「咲希は心優しい天使」という共通の認識が出来てしまっている。
今朝は「運動不足で太ってきたところに、フルーツやナッツたっぷりのオートミールを出してくれるなんて嬉しいなぁ!」と、本当に普通に食べただけだ。
「お洋服だって、ドレスじゃなくてワンピースのままなんです。サキ様はドレスじゃないほうがいいと言っていますけど……」
「確かにドレスは着てみたいけど、コルセットとか絶対に無理なの。だからワンピースでいいんだよ」
「ほらぁお優しい!」
「私が購入してきましょう。何かご要望はありますか?」
「エルンスト様には、もう十分よくいただいていますから!」
毎日エルンストが持ってきてくれるお菓子や化粧品などは、エルンストが自費で購入してくれているのだ。
今回の聖女召喚の責任者だからよくしてくれているのはわかっているのだけど、とんでもない美形に優しくされたら、ちょっとドキドキしてしまう。
「サキ様は聖女なのに、こんな仕打ち……」
「本来なら、こんなことはあってはならないのです。私の身分が低いせいで止められず……」
「さあ、エルンスト様が持ってきてくださったケーキを食べましょう!!」
無理やり話を打ち切って、3人でケーキを食べる。
3人の聖女は、私と仲良くする気はない。
そのうちの一人は、むしろ積極的に私をいじめようとしている。今は嫌なことを言われる程度ですんでいるが、この先エスカレートしていくかもしれない。聖女召喚を決定した王も、それを実行した貴族も、私を助ける気はない。
二週間たっても扱いが変わらない……のではなく、二週間しか経っていないから、豪華な客室に泊まって何もしないことを許されているのだ。
おいしいケーキを食べ終えたあと、うーんと伸びをして決意した。
「よーし、こんなクソな城はさっさと出よう!」