ギルの過去
目標が決まると、心がすっと落ち着いた。
ずっと、この世界で生きる場所がなかったらどうしようと思っていた。どこも私が存在することを嫌がったらどうしようって。
まだ北領には行っていないけれど、そこでならきっと私のスキルを最大限使って生活できる。
……もし駄目だったら、その時はその時ってことで!
意気込んで、ギルが出してくれたクッキーを食べた。この家で栽培しているハーブや薬草を練り込んだもので、独特の風味がする。塩とコショウで整えられた甘くないクッキーと、甘いミルクティーの無限ループだ。
「……少し、尋ねたいんだけど」
「うん、なに?」
言い淀むギルは珍しい。クッキーを飲み込んで返事をすると、ギルはまっすぐに私を見た。
「異世界から来て、僕たちと違う価値観を持つサキに、聞きたいことがある。僕について」
「私でよければ」
「僕はエルフとドワーフのハーフだ。幼い頃はエルフの里で育てられたが馴染めず、10歳でドワーフの里へ移り住んだ。その時からエルフである母親に会っていない」
お、おお……。想像とは違う、重い身の上話が始まった。
私が聞いていいのか少し迷ったけれど、ギルが自分から話してくれたことだ。しっかり聞かなくちゃ。
「ドワーフの里でも馴染めたわけではないが、少しだけアイテム作りを習った。ドワーフの里を出てからは、各地を転々としながら独学でアイテムを作って生活し、やがてこの隠れ家を作った。この家に来られるのはレオしかいない。どう思う」
どう思う!? ここで感想を丸投げされるの!?
「えーと……まず、この世界のことを全然知らないんだけど」
そう前置きしてから、慎重に言葉を選びながら話す。
「私の周囲では、ハーフっていい意味で使われることが多かったの。顔立ちやスタイルがよかったり、運動神経がよかったり、英語が話せたりしていいなぁって。ギルはエルフから教えられたことを元に、ドワーフが得意なアイテム作成をしているんだよね?」
「うん」
ギルが自分のことを積極的に話すことはなかったが、アイテムに関しては饒舌だ。
その中で、エルフの魔力操作や魔力の多さをアイテム作りに活かしていると言っていたのを覚えている。その時は、こんなに綺麗な人がエルフなのは納得だと思うだけだった。
「小さい時に望んでも与えられなかったものは、どうしても忘れられなくて、その後の人生にすごく影響すると思う。言われた言葉に傷ついて……相手は言ったことすら忘れていそうなのに」
「……そうだな」
「異世界出身とかあまり関係なくて、あくまで私の場合だけど」
もう一度念を押してから、ぐっと拳を握りしめる。
「自分はハイブリッドだと思うんじゃないかと! エルフとドワーフのいいとこどり! 普通の人間なら近づけもしない二か所で育ったサラブレッド!」
「は……」
3人がぽかんと見てくる。すごく恥ずかしいが、このまま突っ切るしかない。
「空元気でも、本当はそう思えなくても、前向きな言葉を口にして生きていきたいから」
「サキは……」
丸くしていた目を細めて、ギルはわずかに微笑んだように見えた。
「まだ幼い女性なのに、きちんとした考えを持っているな」
「今までのギルの人生を軽く聞いただけだし、こんなに簡単に考えられないとはわかってるんだけど」
「いや、参考になった」
「それならよかった」
お世辞を言わなそうなギルがそう言ったので、ほっと肩の力を抜いた。
レオとしか深い関係を築いてこなかっただろうギルが、会ったばかりの私に自分のことを打ち明けてくれたのは純粋に嬉しい。
それに見合う答えを出せたかはわからないけれど、ギルが満足しているのならこれ以上言うことはない。
ゆったりした空気が漂う中、お茶を飲んで喉をしめらせてから尋ねる。
「もしかして、この世界ってみんな長寿なの?」
「エルフやドワーフ、竜種はかなり長生きする。私はおそらく200年くらい生きる」
「おお、長寿!」
「ギルは長生きするぜ! 俺たち人間は、80年も生きれば十分だろ」
「突然の事故や病気でなければ、60歳から100歳の間に死亡することが多いですね」
だいたい元の世界と同じくらいの寿命だと知って、ちょっと安心した。世界が違うから寿命も違うってことを、今まで考えもしなかった。
「ギルに幼い女性って言われたから、みんな私よりすごく長生きするのか心配になっちゃって。ギルからしたら、28歳なんて幼女だよね」
「……28歳?」
私の年齢に反応したのはエルンストだった。手にしていたクッキーがお皿に落ちたのを気にすることなく、ふらりと立ち上がってそばに来る。
「サキさんは、28歳なんですか?」
「はい」
頷くと、エルンストがどさりと崩れ落ちた。
慌てて抱き起こそうとした腕を、がしりと掴まれる。痛くはないが、今までのエルンストにない手つきだ。
「サキさんは年上の男性は好きですか? 具体的には30歳の男性です」
「人によりますけど、きちんとした方なら多分好きですよ」
「私はサキさんをこの世で一番大事にしますし、顔も悪くないと思います。有能なスキルがあるので金銭的に不自由はさせません。ちょっと王族や貴族に目をつけられていますが、そのうち自滅するので気にしないでください」
「え、エルンストさん?」
「どうぞエルンストと」
突然自分のプレゼンを始めたエルンストの頬が紅潮している。
お酒でも飲んだのかとテーブルの上を見るが、エルンストのカップに入っているのはコーヒーだ。お酒ではない。
「エルンストさん、落ち着いてください。どうしたんですか?」
「あっ……すみません。サキさんは20歳だと思っていたので、驚いてしまって」
「20歳!?」
思わず大声が出てしまった。
日本人が童顔に見られるのは、本当だった……? 私は身長も高くないから、よけい子供に見えるのかも。
「サキさんとは年齢差があるので諦めていました。この気持ちは気持ち悪いだけだと。ですが、サキさんがいいと言うのなら……」
「え、っと、嬉しいんですけど、とっても嬉しいんですけど、よく見てほしいんです。この平たい顔を! お城にいた人たちに生き生きと仕返しをしていた私の姿を! エルンストさんのまわりには、素敵な人がたくさんいたと思うんです!」
「サキさん以上の人はいません」
エルンストはきっぱりと言いきった。
「それに、サキさんの顔立ちは人気がありますよ。過去の聖女も、同じような顔立ちの方がたくさんいらっしゃいましたから」
……どう答えればいいんだろう。
ずっと側にいてくれたエルンスト。性格が良くて美形のエルンストが、そういう目で私を見ることは有り得ないと思っていた。
「そこまでにしろ。サキが混乱している」
「よく言ったなエルンスト! だけどちょっと落ち着けよ。サキはすぐに頷くようなレディーじゃないだろ?」
「……そうですね。急ぎすぎました、すみません」
「ああ、いえ、どうも……?」
変な返事をしてしまったのに、エルンストは笑わなかった。ただ、愛情をたっぷりこめた瞳で私を見つめる。
「今から時間はたくさんありますからね」
「そこまでだと言っただろう。話を続けるぞ」
ギルがばっさりと言ってくれたのは助かった。
……今はちょっと、エルンストの顔を見れそうにないから。




