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私の聖女

 レオに言われた通り、リビングのソファに座って待たせてもらうことにした。

 私が一番に入浴するつもりだったけれど、冒険者としてスキルを確かめると言われたら譲るしかない。


 ……ハズレ聖女と呼ばれた私のスキルは、本当に効果があるんだろうか。

 ただの温泉も気持ちよくて、私にとっては最高のスキルだけれど、今はエルンストの体調をよくするスキルであればと願ってしまう。

 そわそわと待っていると、思ったよりも早くレオが帰ってきた。入浴特有のほかほかとした湯気に包まれていて、顔がピンク色になっている。



「サキ、これすごいぞ! 一気に疲れが抜けてった! これがサキのスキルだなんて、本当にすげぇよ!」

「ほ、本当? 効果があったの?」

「おう! サキも入ってみろよ! 温泉を抜いて風呂場を綺麗にしたから、もっかい温泉を出してくれるか?」



 温泉を気に入ったレオに急かされて、もう一度温泉をためる。脱衣所の鍵をかけて服を脱ぎ、シャワーで軽く汚れを落としてから湯船に体を沈めた。


 その瞬間、極上が体を包み込んだ。


 なっ、なにこれ! 気持ちいい……!

 とろみのあるお湯が体を包み込み、疲れがじゅわぁっとお湯に溶けていく。体のだるさがなくなり、肩こりや軽い筋肉痛も消え、一気に体が軽くなった。

 目を閉じて、あまりの心地よさに身をゆだねる。

 温泉は気持ちいいものだけど、入浴してすぐにこんなふうになるのは有り得ない。これはただの温泉じゃない。



「これが、私のスキルなんだ……」



 どんな効果がある温泉が出せるかまだわからないのに、回復の温泉だけで、このスキルを授かってよかったと思ってしまった。

 やはり温泉はいい。温泉は最高。



「もしかして美肌効果のある温泉も出せるんじゃ!? ダイエットも出来たり! よーし、まずはエルンストさんに元気になってもらおう!」



 お風呂を出て、用意してもらっていたタオルで体をふき、服を着る。

 温泉効果で、少ししか入っていないのに体がぽかぽかだ。はあー、気持ちよかった!


 そのあとは、メロおじいさんに自分のスキルを打ち明けることにした。エルンストのことを診てくれたメロおじいさんに、入浴しても大丈夫か聞くためだ。

 ハズレスキルと言われ続けていたから、スキルの詳細を言うのは少し怖かった。メロおじいさんがいい人なのはわかっていたのに。

 だけど、なんでだろう。

 眩しい笑顔のレオに「大丈夫だ!」と言われると、不安が消えていく。

 レオに後押しされてスキルを告げると、メロおじいさんは興奮して、自分も温泉に入ると言い出した。



「患者が入る前に、医者としてワシが確認しなければのう!」



 と言っていたが、その顔は子供のようにわくわくしていた。

 しばらくしてお風呂から上がってきたメロおじいさんは、ひどく興奮していた。身振り手振りがしゃきしゃきっとしていて、全体的に動きが早い。



「これはすごい! 長年の腰痛、膝痛、関節や胃の痛みもすべてなくなった! これが温泉スキル! 素晴らしい!」

「だろ? すげぇいいよな!」

「うむ、これならエルンストにも効果があるじゃろ! 効果は三日続くんだったの。そのあいだ薬はどうするか……ううむ。とにかく、ここで三日は様子を見させてもらうぞい」

「おう。その間、サキと旅の準備をしとくよ」



 メロおじいさんから入浴の許可が出たので、エルンストにスキルのことを伝えて、入浴を勧めることにした。

 エルンストは「サキさんのスキルの詳細も知らず、私は……!」と、体調が悪い中また後悔していたので、本音をぶっちゃけることにした。



「スキルの詳細は早くからわかっていたけど、王様たちに伝えてスキルを利用されるのが嫌だったんです。本当に嫌だったんです」



 あれだけ嫌な態度をとられたのに手のひらを返されても嫌だし、使えるスキルだからと監禁されるのもごめんだ。

 何より、私より貴重なスキルを持っている聖女たちの誰かが、明確に私に敵意を持っている。いくら私のスキルがすごくても「癒し」「結界」「予知」のほうが貴重なはずだ。

 ほかの聖女たちが私の死を望んだら、きっと殺された。だから、スキルの詳細を隠したままお城を出られて、本当に良かったと思う。



「……ああ、なるほど。サキさんは、自分の能力を隠して、見事に城から出られたんですね」



 納得してくれたエルンストがお風呂に入っている間に晩ご飯をどうするか話し合っていると、エルンストがリビングに入ってきた。

 真っ白だった顔には血色が戻り、薄い唇も赤く色づいている。ふらついていた体は真っすぐに背筋が伸び、支えもなく一人で歩いていた。



「サキさん」

「よかった、温泉スキルが効いたんですね! 体調はどうですか?」

「こんなに体調がいいのは初めてです。ありがとうございます」



 微笑んだエルンストさんは真っすぐ私の元へやってきて、目の前に跪いた。



「エルンストさん!? 立ちくらみですか!?」

「サキさんはやはり聖女です。私の……、いいえ、今はやめておきましょう。本当に感謝しています。陛下にサキさんのことを報告することは決してありません。神に誓っても、契約書にサインしてもいい。ですから……どうか、一緒にいさせてください」



 左手をとられ、エルンストの形のいい唇が近づいていく。

 手の甲に、熱いような冷たいような、柔らかな感触が色鮮やかに焼き付いた。



「え、エルンストさん……!?」

「お願いします、サキさん」



 熱をはらんだ視線が、私の心臓を射抜く。うるさいほど早く動いている心臓が血液を送り出して、頭の中でどくどくと音が響いている。

 エルンストさんは普通に感謝しているだけなのに、そうに決まっているのに、勝手にノックアウトされてしまいそうになる。



「は、はい。一緒にいます。いますから、その、手を……」



 この世界ではこうやって感謝するのが当たり前なんだろうけれど、私は慣れていない。手にキスなんて、初めてされた。

 真っ赤になっている顔を隠したいのに、エルンストは色っぽく微笑んで、下から覗き込んできた。



「約束ですよ?」



 ようやく手が離れて、エルンストが立ち上がる。

 手で頬を包むと、言い訳ができないほど熱かった。



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