第三話 可哀そうだね、画面の向こうには行けないんだよ?
私は朝起きると、またユーキ君の自室のベッドの上で、彼の上にうつぶせで眠っていました。
あまりの恥ずかしさに赤面するだけで、声も出せません……! 私、今度こそ勢いで何かしちゃったんじゃ……。ですが、そんなことはありませんでした。
このまま部屋を出て行くのは悪い気がしたので、今日は配給の朝食だけではなく、何か作ってあげようかなと考えてしまいました。
冷蔵庫に入るかなと、確認してみると、何もありませんでした。空っぽです。冷凍庫の方はどうかなと見てみると……その中身に驚愕してしまいました。今まで配給していたご飯が、たくさん冷凍されていたのです!
いつのですか、これ?
一緒にご飯を食べているときは、いつも完食していたのに……。冷凍しているの、これ、全部夕食と朝食のじゃないですか……。
「見られたからには仕方がないな……」
「ひっ、ゆ、ユーキ君、おはよう……。あの、勝手にあけてごめん。だけど、これ……」
「あいや。深い意味はないぜ。次の戦いもどうせ勝つし、秘密教えるぜ。なんか過酷な環境で過ごしていたらさ、めっちゃ少食になっちゃったんだよね。だから、余ったらもったいないから、いつかやもしもに備えて冷凍しているんだ。いや、まずかったからとか、そういうわけじゃないんだよ。心配しないでいいぜ」
「う、うん……」
カルテも見ているし、なによりいつも一緒にいるのでそれはわかっています。今日は彼の上に寝ていましたし……。だから、彼が健康なのはよくわかっています。ですが、やっぱり、心配にはなります……。胸がざわついてしまいます……。
私は気が付くと、また彼の手を握って、その顔を見上げてしまいました。
「ユーキ君……その、何ができるかわからないけど、つらいことがあったら言ってね? その、命がけの環境なのは変わらないと思うけど、何かあったら頼っていいからね?」
「お、おう……。ありがとう。あ、じゃあさ、一緒に朝食作ってくれない?」
「わぁ……。う、うん!」
そのあと、二人で残り物を使って美味しい朝食を作りました。こういうの、ちょっと憧れていたので、それにユーキ君が一緒だったので、とても楽しかったです……。
「あ、博士と司令官にもあげようぜ?」
「うん。そうだね!」
しかし、司令官はいらっしゃいませんでした。また各所に出向いてお仕事をされていたのです。いつ休んでいるのでしょうか? 本当に頭が下がります……。
そこで博士を尋ねてみると、オメガザウルス君のところにいらっしゃるようでした。
「博士~? おはようございます」
「おはよう、博士。そいつと何してんの?」
「おはよう、モエコ犬、ウルトラザコ。もう、何もナニも、ヨワヨワ怪獣が呼び出しベルを朝から鳴らしてうるっさくてさぁ。せっかく来てやったのに、ガオガオ何言ってるかぜんぜんわかんないのよぉ!」
「だから、なんか飯寄こせって言ってんだろうが⁉」
そう怒鳴ると、カプセルの中のオメガザウルスは火炎放射を放ちました。また電力が確保されます。ありがとうございます……。
「あの、ご飯が欲しいって言ってますけど……」
「え、はぁ⁉ ボクにも聞こえたよ。なんで⁉ そうか、理解ったわ。そこのウルトラザコの影響ね! 正確には、アンタが覚醒させたドフールのせいだけど。おそらく、ドフールのパイロットがそばにいると、異星人や怪獣とも意思疎通できるようにしているのよ」
「マジかよ、俺、そんな機能まで目覚めさせていたのか?」
「ええ。きっとね。それにしても、近くにドフールがいないのに、こんな機能発動するなんて……。アンタ、後でもう一回検査ね。もしかしたら、ドフールにあんた自身が改造されているのかもしれないし」
「な、な、なんですか、それ……」
「なにそれ、怖っ⁉ まあ、いいや。俺が近くにいないとコイツと会話できないってことだな! わかったぜ。連れてきちまった分、コイツのことは俺が通訳するわ」
「ゆ、ユーキ君……あ、ありがとう」
彼がお世話をしないといけない立場になった姿を見て、私は、彼が成長したような嬉しい感覚がしました。子どもや年下の兄弟が成長したって、こんな感じなのでしょうか……?
まあ、本当はいつもお世話になっているのは、私たち、主に私なんですけどね……。
「おい、だから、イチャイチャすんじゃねぇ! 食いもの寄こせって言ってるだろ!」
「はぁ? アンタの本質は純粋な熱や火力、核エネルギー体で、そのエネルギーを変換して肉体を構築しているに過ぎないんでしょ? 意思を持った無限の純粋熱エネルギー。それが本来のアンタじゃないのよ。だから他の物体からエネルギーを得る必要なんてないじゃない」
「うるせぇな、暇なんだよ! 何か寄こせよ! 食わせろ!」
「必要じゃないんならいいでしょ。便利じゃない」
「だからな~……⁉」
私はハッとしました。ただ純粋に食事をしたり、昼寝をしたり、ただ生物学的なことが好きなのだろうと、私は考えました。確かに必要ないかもしれません。しかし、その行動は人間でいう趣味と同じで、自分の人生を満たしてくれます。ましてや、オメガザウルス君はどんなにやられても小さくされても復活します。なおさらその長い長い命を豊かにしたいと思っているはずです。
都市を破壊して、人々に迷惑をかけて、地球を侵略しようとした怪獣です。ですが、このままただ閉じ込めるだけで放っておいたら、ずっと彼はそんな悪い怪獣のままでしょう。誰かが助けてあげて、その心を幸福で満たしてあげれば、もしかしたら……。
「ゆ、ユーキ君、彼のこと、助けてあげたいんだけど……」
「おう。俺もそう考えてたぜ。そうだな、ちょっと待ってて……」
そう言うと、彼は駆けだしていきました。
「誰がこの基地動かしてやっていると思ってんだよ!」
「ボクだよ! アンタはただの燃料なの!」
「うっせ~! なんだ、このメスガキ、間抜け、アホっ!」
あれ、ど、どういうことでしょうか? ユーキ君が近くにいないのに、オメガザウルス君の言葉が分かります。博士とオメガザウルス君が喧嘩しているのが分かります……。
「ごめん、やっぱ手伝って!」
「う、うん! 一緒にやろ」
そのあと、オメガザウルス君には残り物で悪いですけど、ユーキ君の冷凍弁当を全部使って、大量のご飯を作ってあげました。
「よし、ちょっとあとで食べきれるか心配だったから、いい機会だったぜ」
「やっぱり困ってるんじゃない……」
そして、ふたりで出来上がった料理をオメガザウルス君に持ってきてあげました。
戻って来てみると、オメガザウルス君がカプセルの外に出て、博士と遊んでいました。いえ、博士に遊ばれていました。フォークで刺したウインナーでオメガザウルス君を弄んでいます……。
「が、がが、ガオガイ~……!」
「うっわ~。卑っしい~! ボクのウインナーにそんなに息荒げちゃって~。大きい図体して恥ずかしくないの~? あ、ボクに間違ってでも手を出したら、ドフールが容赦しないからね~」
「ふっざけんな、お前だけを残して、ここ周辺、燃やし尽くしてやろうか⁉」
「ヒッ……⁉」
博士は急に言葉が通じるようになって怖くなったのか、戻ってきたユーキ君の後ろに隠れました。涙目で足が震えてます……。
「博士、何してんだよ……。そんなだから理解らせられちゃうんだよ……」
「ボクはまだ負けてない! アンタにすら倒せたヨワヨワ怪獣になんか負けない!」
「へへ、それはそれとして、おい、オメガザウルス、お前の飯だ、食え」
「ハハ! やっとおれの言葉が理解できるようになったか、機械に頼らないと戦えない下等生物が! バカ、負け犬、バ~カ!」
「……。お前、博士のクセが移ってね?」
「はぁっ⁉ あんなチビに影響されてたまるか……」
それはそれとして、といった様子でオメガザウルス君は料理を食べ始めました。一口食べると少しの間動きを止めたので、美味しくなかったのかなと心配になりました、しかし、ただ余韻に浸ってしまっただけらしく、とても感動した様子でガツガツと食べ始めました。
「ガツガツ……うお、うめええ⁉」
「だろ? 俺とモエコが作ったんだぜ」
「へぇ~……。そう聞いたら、そうでもなくなってきたな……」
「ああん⁉ モエコが作ったのをそんなこと言うか⁉」
「うお、お前じゃないならうまい気がした来たぜ!」
「じゃあ、全部俺が作っているとしたら?」
「うわ、もういいや」
「ああん⁉ 残さずに食え、意志を持った焼却所だろ! ありがたく食べろ~!」
「うがあああああっ⁉ うお、うめぇ、やっぱうまいぜ、サンキュ~。ご苦労さん、わざわざ捕虜のために短い命を使ってくれてありがとうな!」
「……。お前、やっぱ博士に似てるぜ。やっぱペットは飼い主に似るんだな……」
「似てないわよ! 一緒にするな!」「おれは飼われてねぇ!」
「みんな、仲良しだな……」
こんな風に、くだらないことを話して過ごせる仲に、みんながなれたらいいのにな、と、私は子どもみたいに考えてしまいました。
そんな楽しい平和を感じるような朝を過ごした後、私とユーキ君は訓練を続けました。今日は海外でも使える様々な言語や文化を教えてあげました! これだけは自信があります。なんたって、ユーキ君を探して世界中を旅するために頑張って言語や文化の知識を習得して、そのうえ、実際に訪れて、世界の国々をその目で見てきたのですからね。
ですが、あれ、何かおかしいです。楽しいのですけれども、お互いに今まで見てきた国について、あれはああだったよね、とか、あそこはやっぱりきれいだよね、とか、教育じゃなくてお互いの思い出話になっていました……。これじゃあ、旅が好きな人同士の仲良しな会話です……。
それに、話を聞いていると、彼の方が詳しいような気がします。いえ、確実にそうです。だって私、彼が話すようなスラム街や裏路地の話や、ジャングルや火山、氷山などの危険地帯の話なんて、本当に話程度にしか知らなかったのですから。そして、そこでも頑張って健喜に行きぬいている人々と、環境が育んできた自然環境や動植物たちがいると改めてわかりました。やはり、世界は侵略者の好きにさせてはいけないと思いました。そして、私は、どれだけの責任を彼に背負わせてしまったのか、改めて自覚しました。
「……。ユーキ君は、すごいね。そんな環境とかも、乗り越えてきたんだから……」
「そんなことねぇよ。たまたま運がよかっただけだぜ。そしてなにより、いろんな人に出会えてきたからな。けど、一番はやっぱり、モエコだよ」
「……え? わ、わわ、わ、私⁉」
「おう。へへ、こんなにやりがいがあることに導いてくれたのは、アンタが初めてだったんだぜ。しかも、血も繋がってないのに、男と女だし、立場も違うのに、こんなに思ってくれててさ……。嬉しかったぜ。今日は旅のことお互い話せてよかったぜ」
顔がまた熱くなっているのがわかります。彼の顔が直視できません。
なんで、彼はいつも私をこんな可笑しな気持ちにさせる言葉をかけるのでしょうか⁉ 嬉しいですけど、ものすごく照れ臭いです……。たぶん、いえ、絶対無自覚です……。きっと、こんな感じだったから、今まで大丈夫だったのでしょう……。そんな彼を、もっと幸せにしないといけない、そう改めて思ってしまいました。
「ユーキ君。改めてありがとう。世界のために戦ってくれて。その、私以上に、世界のこと、考えて、知っていたんだね……。うん、その気持ち、大切にしてね?」
「ああ、おう! これからも守るぜ」
その時でした。地下にある教室の明かりがすべて消えてしまいました。
私は思わず身構えると、ユーキ君がサッと動いて、私を守るように抱き寄せてくれました。
あ、暖かい……どうしよう、安心してしまいます……。
「モエコ、大丈夫?」
「う、うん……ユーキ君は?」
すると、基地の非常用電源が発動し、いつもより暗くて見えにくい明かりがつきました。
「俺はドフールで行くぜ」
「う、うん! 私は指令室に! あとでね!」
私たちはまた別れました。
私が指令室にやってきて調べてみると、何かがおかしいです。モニターが反応しません。コンピュータやネットなどの情報機器が全く作動しません。これでは、一体何がどこにやって来ているのかさえ、わかりません……⁉ しかし、なんとかそのバグを突破すると、恐ろしいことが、わかってしまいました……。
「ど、どうしよう……ゆ、ユーキ君に知らせないと……⁉」
「モエコ隊員、状況説明」と、いつの間にか席に座っていた司令官。
「は、はい、司令官! 世界中のネットワークが、何者かにジャックされています! 世界中の通信機器が制御不能に陥っています! そして、その、基地中の設備が制御不能です。最低限のモノしか動かせません……! そ、それと……ドフールの格納庫が、しまったままです。あ、開きません……」
「もうっ! なんなのよ⁉」
「博士⁉」
「このままだと、いつ核兵器を発射されて世界が終わらされてもおかしくないわね。それに、銀行とかのありとあらゆる重要データが消去されて、この情報社会が終わってしまうかもしれないわ……。それに、このツヨツヨで難解な唯一無二の電波。あのヨワヨワ教授が予言した後に、本当に発せられた、侵略者の宣戦布告と酷似しているわ……」
「え、じゃ、じゃあ、もしかして、黒幕が?」
「うん。あの時、世界中の電子機器に宣戦布告の電波を流した奴と、同じ奴が乗っ取ってるわね。ジャックどころか、ハッキングまでされちゃってるけど……」
すると、博士は計算を素早く始めました。電子機器が使えないので、暗算です……。
「うわ、なによ、これ……」
「ど、どうされたのです?」
「これ、生きた、電気信号だわ……。生きた熱エネルギーであるオメガザウルスと同じような、生きた電気の侵略者。世界中の機械という機械にネズミみたいに入り込んで乗っ取っちゃう……名づけるなら、ワットラット……!」
「そのワットラットはどこにいると思われる?」と、司令官。
「そんなの、宇宙に決まってるでしょ! こんなツヨツヨなことが出来る奴よ! わざわざ、侵略対象の地球に降りてきてこんなことやると思ってんの、ザコ!」
「本当にそうか? 確かめたのか?」
「ううっ……ま、待ってなさい……」
そして、博士はまた演算をし始めました。傍から見ると、可愛い小さな女の子が床に広げた紙に落書きをしているようにしか見えませんが、ここでは高性能コンピュータがいくつあっても足りないほどの計算が繰り広げられているのです。
私も不安に思いながら、覗き込むように見守ってしまいました。
すると、博士はパッと床から跳び上がるように立ち上がりました。彼女は、驚愕して青い顔をしていました。
「こ、こ、この基地。ワットラットは、この基地のどこかにいるわ!」
「こ、こ、この基地に、ですか……?」
「考えられるのはどこだ?」
「ううっ、地下に保管されている、メカ・オメガザウルスの義体、かしら……」
「そんな、ど、どうにかしないと!」
私は思わず何とかしようと、地下にある保管室に走り出そうとしましたが、司令官に肩を掴まれて止められてしまいました。
「どこに行く気だ。勝手に動くな。この基地の状況、わかっているだろ」
「で、ですけど……」
『わかったぜ!』
と、ノイズが混じりながらも、聞き覚えのある通信が入りました。この状態の通信機器に、どうやって……⁉
「ゆ、ユーキ君⁉ ど、どこにいるの?」
『いや、ドフールのところに行こうとしたらさ、車庫に閉じ込められたんだよね。そんで、なんとかキッチンカーの設備と放送機器を弄って、有線で繋げてみたんだわ。うまくいったみたいだな』
「え、ええっ⁉」
「ちょっと、相手に感づかれたらどうするのよ⁉」
『おう、だから、その前に突撃して、外に出させるわ。先に謝っておくけど、基地壊してごめん。行ってくるぜ!』
「え、ゆ、ユーキ君⁉」
すると、通信からキッチンカーが爆走しているに違いない爆発音が基地中に轟きました。その中には、明らかに基地中の壁という壁を破壊して通っている音が聞こえてきます。
ユーキ君は、防火扉などで完全封鎖された基地を、ワットラットめがけて突撃して走り回っているのです……。物理的にそんなこと、不可能なはずなのに……。
「ちょ、ちょっと⁉ 核シェルターにも耐えられるのよ⁉ どうやって破壊してるのよ! てか、無駄に壊すんじゃないわよ! ボクが設計したのよ!」
すると、基地中にさらに大きな爆発音が轟きました。
「ビリギャガガガガガガガ~……⁉」
そんな、断末魔と電子音が混ざったかのような悲鳴が聞こえて気がしました。
その次には、なんと、制御不能だった通信機器やコンピュータが再起動したのです。そして、基地の内部をモニターが映していました。そこには、訓練用のアンドロイド、そして、見たことのない殺傷兵器が搭載されたアンドロイドの軍団が大破されて転がっていました。よく見てみると、指令室のすぐそばまで、迫って来ていました……。
「う、ウルトラザコのヤツ、本当にやったのね⁉ ……しかもなによ、基地中で転がってるこいつら⁉ このアンドロイドたち、ボクの立体プリンターを、ワットラットが乗っ取って作った戦闘アンドロイドじゃない! そいつらも全員やっつけたうえに、あの義体に車で突撃して破壊した! 特攻したんだ!」
「え、ええっ⁉ ユーキ君、ユーキ君⁉」
コンピュータを操作して、ワットラットが宿っているメカ・オメガザウルスの義体がある保管室の画像を映して、ユーキ君を探します。
「……ゆ、ゆ、ユーキ君⁉」
義体には、明らかにユーキ君のキッチンカーが突っ込んで、大破させていました。何かは辛うじてわかりますが、もう直せないほどにボロボロです。こんな状態だったら、運転手のユーキ君は……⁉
すると、義体が動き始めました。その途端に、高エネルギー反応が確認されます!
「ビギャ~! この有機体に縛られた下等生物どもが~! よくも純粋で高潔なデータそのものであるオレサマを~!」
義体は電気や電磁波で、浮かび上がり、地下から地上に跳び出して行きました。そして、完全に顕現してしまいました。それは、巨大な立体映像のように思いました。電子上のネズミのような小さな存在が重なり合って、一つの巨大なネズミさんになっているかのようでした。
「博士、あれが本体か?」と、司令官。
「う、ウルトラザコ……どこ……え、ハッ⁉ おそらく、有機的な肉体を捨てて、純粋な思考データへと進化した、人間の何万年も先の姿の一つ! 凄まじい文明の持ち主に違いないわ! そんな奴は本体なんて持たない。あれも、シミュレーターで映し出した、威嚇するためのただのホログラム。あれに攻撃しても何の意味もなさないわ……倒しても倒しても、また次の機械を乗っ取って復活しちゃう……」
「そ、そんな。どうやって倒したら……」
「できるとしたら、世界中の機械を乗っ取り返すしかないわね……」
「そ、そんなことどうやって……」
「こ~うなったら、奥の手だ! ビギャ~!」
ワットラットがそう叫ぶと、モニターに警告表示、そして警報音が響きました。
調べてみると、大変なことが分かってしまいました……。
「モエコ隊員、状況説明」と、司令官。
「せ、世界中の核兵器が、発射されてしまいました……⁉ 世界が終わってしまいます!」
すると、モニターにワットラットの姿が映し出されました。明らかにこちらをバカにしています!
「ビギャガガガガガガア! そうだ! 世界を滅ぼして、オレサマがこの惑星を解析して、完璧にコピーしてみせた電子空間データを構築し、征服したということで送信してやるのだ! ビギャガガ~!」
「なによ、それ! そんなのただの映像ってことじゃない! ふざけんじゃないわよ!」
「うるせぇ、知能だけ発達したガキが! この基地をハッキングしてる時、お前の研究資料も見たぞ! ただの好奇心でいろんなことに手を出して、ほとんど解明できてねぇじゃねぇか! お前がどんなに頑張ったって、この世の真理なんざ解き明かせないこと、理解れ!」
「ヒぃっ……⁉ ううっ……うあああん……⁉」
「は、博士……」
私は思わず、泣いてしまった博士に寄り添ってしまいました。それしか、出来ることがあるようにしか思えませんでした。
「コンピュータこそ、データこそ、サイバーネットこそ至高だ! あとでいくらでも好きに書き換えられる! 思い通りにならない物質的な現実など、世界など、滅んでしまえ!」
『うるっせぇな、わざわざ外宇宙から電波送ってやることがそれかよ。機械の中に引き籠っている言い訳か、おいっ⁉』
「ゆ、ユーキ君……ユーキ君⁉ いつの間に⁉」
地上には、どこかで見覚えのある盾を持っている、ボロボロのユーキ君がいました。外に飛び出している立体映像のワットラットの前に、勇敢に立っています。
「あ、あのウルトラザコ、ヨワヨワザコザウルスを閉じ込めているカプセルの予備パーツを盾にして、あの特攻と爆発から身を守ったのね……」
「よ、よかった……よ、よかったぁ~……」
私もユーキ君が生きていることに安心して、泣きそうになりました。しかし、ユーキ君はワットラットに反論を続けています……。
『電子世界じゃないと生きられないならまだわかるけどよ、お前の場合、ただ現実世界が嫌いだからって言う理由でデータになっただけだろ。なんとなくわかるぜ!』
「なんだと、この下等生物のチンピラが! 思い通りにならない世界に絶望したオレサマの何が分かる!」
『だからって、みんなが好きなものまで壊す必要ないだろ! 自分は適応できない世界に適応できている奴らが憎いから、こんなことしてるんだろぉ⁉』
「……⁉ お、おお、お、お前がオレサマの気持ちを分かるな~!」
『ドフール、発進!』
すると、ユーキ君の背後から、地下を突き破ってドフールが拳を振り上げて飛んできました。
「ど、ドフール⁉ う、動いてる……っ⁉」
「ほ、ホントだ……」
「なにっ⁉ 遠隔操作か⁉ 確かに基地を乗っ取った時、電波も電気も、ネズミ一匹通れないほどに完璧完全に厳重に閉じ込めて封印しておいたはず……⁉」
『残念だったな~、コイツは誰かの助けだけは聞き逃さないんだよ!』
ドフールはユーキ君を掴み上げました。そして、いつの間にかユーキ君は、ドフールに搭乗し、ドフールは完全戦闘態勢に入ることが出来ました!
『ここからが本番だぜ! 始まりはここからだ!』
「お前はここでおしまいだ! 死ねぇ!」
すると、どこからか戦車や戦闘機がやって来て、ドフールを攻撃し始めました。
「あ、アイツ! この世界中の遠隔操作型の戦車や戦闘機を操っているわ! ツヨツヨな電波と演算能力で……⁉ せ、世界中の兵器という兵器が全て襲い掛かってくるわよ⁉」
しかし、ドフールには一切通用した様子は見られません……。しかし、ユーキ君は何か気配を感じているのでしょうか、ドフールはあたりを見回すかのような動きをしています。
「なっ、あ、あのウルトラザコ、アイツ、無意識に思考制御で耐えているんだわ! 都市を簡単に破壊できるほどの戦車隊の砲撃も爆撃も耐えられるくらいに耐久力を増させてるぅ……⁉ け、けど、この基地がまずいわ! 耐えきれない! ここが壊れちゃう~⁉ うあああん⁉」
「わ、わかりました、博士! ユーキ君、お願い、この基地を、守ってくれない⁉ 私が相手の動きをオペレートするから!」
『おう、了解! 敵の位置は任せたぜ!』
「うん!」
そして、ついに目視でも確認できるくらいに、数えきれないくらいの無人兵器の軍団がやってきました……!
私はワットラットに操られている戦車や戦闘機の位置をユーキ君に知らせます。完璧な布陣を組んでいるようですが、私のオペレーターとしての実力を舐めないでください!
「前方、ミサイルを装填した無人戦闘機、百機! くるよ!」
『了解、とっととやってやるぜ!』
戦車と戦闘機の軍団がついにやってきました。そこに向かって、ユーキ君の操るドフールは的確に全ての兵器をやっつけてしまいました! さらには、こちらに向かって放たれてきたミサイルやビーム砲からも身を挺して守ってくれているようです……。
「す、すごい、アイツ、光速以上の速さで動いて、殴りと蹴りだけで戦車も戦闘機もやっつけてる……⁉ しかも、その光速に耐えられるようにドフールの防御力や組成も変異させてる……。か、化学的にも、機械工学的にも機能的にも、そんな装備も機能も備わっていないはずなのに、そんなの起こりえないはずなのに……」
博士のおっしゃる通り、ユーキ君の思考を感じ取ったドフールは目にもとまらぬ速さで、襲い掛かってくる戦車や戦闘機を倒しきってしまったのでした。あまりにも早すぎたので、一体どのような動きをしていたのかは、果たしてわかりません……。
『向かってきた奴らのところに飛び込んで、手足ビュンビュン振り回してただけだぜ』
「だ、だから、それがおかしいのよ! まず、飛行するだけでもおかしいのに、何をあっさり光速の域まで達しているわけ⁉」
その様子には、ワットラットも驚いているようです。それでも立体映像の巨大なネズミは怯えて見えますが映したままでした。
「な、なに⁉ 惑星を余裕で征服できるレベルの軍団が全滅ぅ⁉ な、なら、これならどうだぁ~!」
「……⁉ ユーキ君、ワットラットから高エネルギー反応……!」
すると、ワットラットが凄まじい電撃と電磁波を解き放ち、ドフールに襲い掛かりました!
『うおおおおうわっ⁉』
「ビギャギャガガガガ! 兵器を操りながら、電力を世界中からため込んでいたのだぁ!」
「きゃああああああっ⁉ ゆ、ユーキお兄ちゃ~ん~⁉」「ゆ、ユーキ君⁉」
「……きゃ、ああっ、ぐすっ……ま、ますいわ、アイツ、ハッキングして、ドフールを乗っ取ろうとしてる! しかも、あの電撃は、海中の生物を全部感電死させちゃうくらいの勢い……それを、思考制御で一身に庇ってるんだ……そんなことしたら、あ、あいつ、今度こそ……死んじゃうかも……」
「そ、そんなわけありません! ゆ、ユーキ君、また、その、無理言ってごめん! それを、逆流させてみて!」
「な、なに言ってるのよ、ぐす、ううっ、そんなこと、出来るわけ……」
『了解、やってみるぜ! いや、やってやるぜ!』
ドフールは電撃でぶらつきながらも、拳を構えて、それを純粋な電気であるワットラットに突き出します!
「ハッ、何をするかと思ったら……な、なにっ⁉ いてててって⁉ な、なにをする~⁉」
すると、ワットラットの立体映像が急に乱れ始めました。そして、基地中のモニターの中から、ワットラットの姿が消えます。基地の機能が回復しました。
ユーキ君とドフールなら、こんな事もできるとは思いましたが、本当にやってしまうなんて……⁉
『よっしゃ! モエコ、核兵器の場所を教えてくれ! コイツを通じて、全部止める!』
「……ユーキ君……うん、わかりました!」
「あ、アンタたち、ぐすっ、ううっ……! ザコのくせに! 弾道の計算は、ま、任せて! ボクの演算能力はツヨツヨだからね!」
「はい、博士! よろしくお願いします!」
私が発射された核兵器の数をなんとか突き止めて、博士が計算した弾道と速度を、ドフールに送信しました。
『了解、ありがとう! 次は、お前だ! ハッキングされた気持ちを味わえ!』
「おい、や、やめろ、このオレサマを喰らう気か⁉ ふざけるな、気色悪い、ぬわ~⁉」
すると、ワットラットの精神性を表していた立体映像が、完全に消えてしまいました。
それに代わるように、ドフールが凄まじいネオンのような光と電撃に包まれました!
「ドフールが、電気エネルギーを、まとってる……⁉ 新たなモード、この状態に名前を付けるとしたら……ドフール・パルスフィールド!」
『了解、ドフール・パルスフィールド! この惑星上、全ての機械は、今、俺の手に!』
「うわっダサッ……」
「は、博士……あ、ああっ⁉ は、博士、これを⁉」
モニターの表示する世界中の様子を見て、私たちは驚愕してしまいました。
その時、世界中の機械という機械が、ドフールを搭乗するユーキ君の手の中にありました。発射された核兵器は無力化されて、安全で誰にも迷惑にならない、すぐ回収できそうなところに着陸されました。それを、世界中のロボットや機械が行いました。さらに、混乱した金融や個人情報などのデータが、完璧に整理、修復されて、元あった場所に戻って行きます。動かなくなった病院などの設備が再起動し、病人やケガ人を助けて行きます。さらには、コンピュータで計算された完璧なシフトを組んで、的確にお医者さんたちに指揮をしています……。機械という機械が、みんなのために、世界のために動かされていたのです……!
「す、すごい、ツヨツヨ過ぎる……。情報化社会が、元通りとは言えなくても、問題が起きないほどに修復されていくわ……! すぐに復興に取り組めて、すぐにでも元の生活に戻れるくらいに!」
「そ、そんなことして、ユーキ君、大丈夫かな……」
私は、心配になってしまいました。こんなすごいコトしたら、こんどこそ、ドフールにその命を吸われてしまうのではと、心配でたまりませんでした……。
「ゆ、ユーキ君……⁉」
『おい、もっと働けよ、まだこの都市とこの都市が壊れてんだぞ』
「ふざけんな、これはオレサマの力の余波で壊れたんだ! オレサマが直接やったわけじゃない!」
『うるせぇ、やれ! あと、ついでに自動車工場とかの、今日の生産数も進められなかった分、全部やってもらうからな!』
「ふざけるな~! ビギャ~!」
「……⁉ だ、大丈夫そうですね……」
「な、なんなのよぉ~、あのウルトラザコ……」
こうして、あっけなく、人類よりはるかに進化したはずの電子生命体侵略者、ワットラットの侵略作戦は阻止されました。そのうえ、壊したものを直すようにと、ドフールが吸収した電力がなくなってパルスフィールドが解除されるまで、ワットラットは酷使されたのでした……。
戦いの後。私は、地上にいる彼を真っ先に迎えに行きました。思わず、抱き着いてしまいました。
「ユーキ君! き、今日もありがとう、大変だったね、お、お疲れ様!」
「おう! モエコ! いや、ドフールのところに行けない時は、どうなるかと思ったぜ」
「う、うん……あの、もし、またこんなことになったら、すぐに行かないで、その、相談してほしいな……。心配だからさ」
「ああ、悪い。確かにそうだな。ごめん」
その背後で電気エネルギーをまとって神々しさまで感じたドフールはすっかり元の姿に戻って、思考制御で動いて帰って行っていました。
「今日もありがとうな~!」
ユーキ君が言うと、ドフールは手を振りながら、専用の整備室に帰って行きました。自分で帰らせて、自分でその手を動かしているのですけど……。彼の様子を見ると、おもちゃで遊んでいる少年を思わせて、なんだか、その、キュンとした感覚になりました……。
それにしても、あんなに命の危険が伴うはずの思考操縦を、相変わらず易々とできてしまうなんて……。少し怖い気もしましたが、今回もユーキ君が生き延びてホッとしました。
「その、司令官、怒ってなかった? 基地、メチャクチャにしちゃって……」
「え、えっと、私からも言っておくから、だ、大丈夫だよ!」
「ごめん。俺、謝るわ。けど、一緒に来てくれない?」
「う、うん!」
すると、そこにきっと司令官から呼び出されたのでしょう、整備や補給、修理などを行う地球防衛団の隊員さんたちがやってきました。壊されてしまった基地を修理しに来たのです。彼らはやってくると、テキパキとお仕事をし始めました。
こんなことにまで、税金と時間を使わせてしまい、申し訳ございません……。
今頃、今回の事件に関して、司令官も世界中の偉い人たちに話をつけてくださっています。いつも後始末のようなことをさせて、申し訳ございません……。
「へぇ。見なかったからわからなかったけど、地球防衛団の隊員って、結構いるんだな……。会ってないからわからなかったぜ……」
「う、うん。その、ユーキ君のことは極秘事項で、最重要人物の一人だからね。だ、だから、ほら、早く行こう!」
「そうだな。あとは、お願いしま~す!」
「こ、声かけなくていいから! バレたらまずいから!」
隊員さんたちは、『だれだよ、アイツら』といった様子でしたが、愛想よく手は振ってくれました。
そして、倒されてしまったワットラット君は……。電力を使い切って、データだけになってしまいました。
「ビギャ~! ここから出せ~! トラックで突っ込むわ、無理やり従わせるわ、なんなんだよ、この野蛮人が~!」
その魂ともいえる思考データを、特攻に使われたユーキ君のキッチンカーに備え付けられていたラジオだったものに入れられて、閉じ込められてしまいました。壊れているはずなのに、声が聞こえてきます……。
「流石に死ぬまで働かせるのはかわいそうだからな、そばにラジオが落ちててよかったぜ」
「こんなの屈辱だ! こんな化石レベルの機械に閉じ込められるくらいなら殺せ! 消去してくれ! デリートしろ! いくら下等生物でも、オレサマを他の電子機器に入れて、消去することくらいできるだろ! た、頼む、海に沈めてくれ~! ビギャア~!」
「うわ~、ダ~サッ。生きるのが苦痛に感じるくらいなんて、みじめでヨワヨワだね! あの高性能な義体とはえらい違いだからね~! フフ、ザコ、ザ~コ、まだハツカネズミのほうが実験とかの役に立つよぉ~! 自分よりもヨワヨワな知性体にやられる気持ちはどう? 世界相手に無双してた時は饒舌だったのにね~! ザコ、ザ~コ!」
すっかり勝った気でいる博士は、ユーキ君に肩車してもらいながら、宇宙人が封印されたラジオを見下しています……。
「どの口が言ってんだよ」
「うるさい、ウルトラザコ! てか、また敵、連れて来てんじゃない! お仕置きよ!」
「おい、なにすんだよ、俺そう言うの嬉しくないんだけど!」
そのお仕置きとは、博士のスカートをかぶせて、肩車をしているユーキ君の視界を追おうというものでした……。な、なんですか、それ⁉
「よし、今だ! ビギャガガ、このジャンクどもが! そこらの機械と合体して脱出してやる! そのあと、こいつら全員感電死だ! ビギャガガッ!」
「そうはさせないわよ!」
ワットラット君は、ラジオから電気になって飛び出して何かするつもりだったようですが、それは阻止されてしまいました……。
博士がツインテールにしている髪留めを外してラジオに当てると、そのゴムがラジオ包んで動けなくしてしまったのです!
「お、おい、どういうことだ、これは……⁉」
「雷も完全に防ぐことができる、絶対絶縁ゴムよ! もう基地中に対ヨワヨワザコ電波ゴムも張り巡らせておいたから。どんなことをしてもここからは出さないわよ~だ!」
「なんだと⁉ 肉体に縛られて電脳化もまだなくせに、このギガ食いジャンク共が~!」
ゴムとラジオに閉じ込められたワットラット君が少し不憫に思えてきましたが、それくらいのことはしたので同情はしますが、許しはしないことにしました。
もしかしたらユーキ君が感電死んでいたかもしれないのですから……。
「ザコ、ザ~コ! やっぱり合体の時にはゴム付けないとね~! あ~、スッキリしたわ! ほら、ウルトラザコ、診察してやるから行け、ゴー!」
「見えねぇよ、スカートどけてよ」
「お仕置きは続くわよ。ドフールを操縦するアンタをボクが操縦してやるんだから。あれを操縦できるくらいなんだから視界が見えないくらいできるでしょ、ほら、頑張れ~!」
「あっそ、いつもお世話になってるし、まあいいけど」
「い、いいんだ……」
いつの間に、博士があんなことするくらいに仲良く……。なんだろう、また何か寂しい感じかがします……。
「ギャハハ、この毒電磁波野郎! おもちゃが増えてもう寂しくないぜ! これから毎日、おれの義体に忍び込んで手柄を横取りしようとした仕返しをしてやるから、覚悟しろ!」
「ああん⁉ カプセルの中で何をほざいてんだ、ジャンクが! そもそも、お前がしくじった時に備えて乗ってたんだぞ! お前が負けなければこんなことにならなかった!」
「なんだとぉ! じゃあ、そこまでいうならよぉ、母星にバックアップ残してるくらいはしてるんだよな⁉」
「え、えっと……」
「残してねぇのかよ、バカか、てめぇ! 何がデータ生命体だよ! 強み活かせよ!」
「うるせぇ! コピーじゃなくて本体が行かないとこの惑星のコンピュータ乗っ取れないんだよ! いつの間にか発展してたし! この十年とちょっとの間に! 魔女さんに頼まれて宣戦布告した時は楽勝だったのに!」
私はハッとしました。
教授の残した筆跡からして、予言したのは約数十年前。教授がまだ教授ではなかった学生の頃だったとされます。その後、本当にそのあと、世界中の機械がハッキングされて宣戦布告がなされました。さらにその数年間後、彼が残した研究や発明品のおかげで、私たちの星の文明はとてつもなく飛躍的に発展しました。教授が進化させた文明に、侵略者が対応できなかったのです。
ドフールだけでなく、姿を消してもこのような形で、教授は私たちの世界を救ってくれていたのだと気付きました。私たちの世界が簡単に侵略されないように、文明レベルをアップデートしていたのです……。もしかしたら、予言を本気にしてもらえなかったから、本気にしてもらえるように、実績を上げていたのかもしれません……。ですが、歴史に残るような方の予言とはいえ、まだ学生だった頃の彼の発言など、誰が発掘して、世界に本気にさせたのでしょうか……。なんだか、巨大な陰謀を感じて、少し怖くなってしまいました。
「どうした、モエコ」
「え、あ、ユーキ君⁉ ううん、なんでもないよ」
「そう……。行こうぜ」
「……うん」
私はまだ博士を肩車しているユーキ君と手を繋いで、オメガザウルス君とワットラット君のところから去りました……。
まだ、スカート被ってます……。それなのに、なんで私が怖がってること、わかったのでしょうか……。
「ちょ、ちょっと、目隠しした状態で片手離すのやめなさいよ!」
「じゃあ、スカートどけてよ」
「はぁ? なんで嫌がるのよ、あのおじさんたちは喜んだのに……」
「普段、一体、な、なにをしてるんですか、博士……」
博士が診察した結果、ユーキ君はどこにも異常がありませんでした。
博士は疲れてそのあとスヤスヤ眠ってしまったので、しばらく一緒にいてあげました。
そのあと、ユーキ君と二人で夕食を食べて、お風呂に入って、ユーキ君の自室で映画を見ていました。あ、いや、その、お風呂はさすがに別々ですから!
最近、すっかりユーキ君と一夜を共にすることが日常になっていました。その、いわゆる恋人みたいなことはしていませんけど……やっぱり、友達というにはやっぱり距離が近すぎますし……。
彼の胡坐の上に乗って腕に包まれて、その手を私は握っています。もう、この体勢が安心するようになってしまいました。
ですけど、もしかしたら、絶対に嫌ですけど、時間差でドフールが彼の命を吸ってしまっていたら……彼が、今この瞬間にいなくなってしまったらと考えてしまうことがあります。その時は、顔を上げて、彼の顔を見てしまいます。彼はポカンとしているかと思ったら、表情豊かに映画やアニメを見ていたので安心します……。
またです。私も疲れているのでしょうか。眠くなってきました。ですけど、せっかくユーキ君と二人きりなのに、このまま何もないなんて……。こんな日々がずっと続いています……。ですけど、いざそんな雰囲気で、そう言うことに突入したら、どうすればいいのかわかりません。
二人で見ている映画の中では、主人公が発射されようとしているミサイルを頑張って止めようとしています。
映画やアニメの中では世界規模の戦いが起こっていますが、現実ではありえないと思っていました。ですが、今、私たちはそんな非日常的なことの真っただ中にいるので、ありえなくもない、むしろ、ない方がおかしいとまで思えてきました。娯楽として見る分には楽しいかもしれませんが、こんな恐ろしいことが日常的に起こっていたら、どうしたらいいのか自分にはわからなくなり、ただ翻弄されるだけだと思います。
彼がいなかったら、どうなっていたでしょうか。そう思うと、私は怖かったです。それ以上に、彼と出会えていなかったらと考えるのが嫌でした。彼は、それくらいに日常の一部、いえ、全てと言っても過言ではないくらいの存在になっているときづいてしまいました。
私は、世界を救っているヒーローを、支えないといけません。きっと、彼だから、不安に考えても絶対に支えて行こうと思えるのだと思います。
私は、こんなに他人に依存してしまうような未熟者だったのかとも、思えてきました。本当に、彼がいなかったら、私も、世界も……。
ハッと眠気が覚めて気が付くと、映画は終わっていました。いつの間にか、知らない間に世界が救われていました。ですが、エンドロールの後に、ヒーローは帰ってくると書いてあります。また身の丈以上の敵と戦うことになるのでしょうか……。
「おお、よかったな。お仕事映画って感じ」
「……⁉ う、うん。……。せ、世界を救うジャンルの映画が、お仕事映画に感じるなんて、やっぱり、その、うん。ユーキ君、すごい強くなったよ。偉いよ」
「ありがとう。けど、なんか変に大人になっちゃったって感じがして、少し寂しいな」
「うん、私も。前なら純粋に楽しめたと思うんだけど、実際に体験するとね……」
「やっぱそうだよな~。まあ、俺たちもヒーローに負けないくらい凄いってことにしよ」
「う、うん! そうだよ。ユーキ君は、私のヒーローだよ……あ、あう、ううっ……」
「なに自分で言って恥ずかしがってるんだよ。俺も恥ずいんだけど、嬉しいけど」
「う、うん……えへへ」
「そう言えばさ、映画見てて思ったんだけど、ミサイルとかの滞空時間、結構長くね?」
「う、うん。映画だったからじゃないかな?」
「だよな。映画ならそうなんだけどさ、ほら、今日の核ミサイル……」
「うっ……。うん、確かに。怖かったから、ほ、本当に。あんまり思い出さないようにしてたんだけど、確かに、思い出してみれば、なんだか、博士の計算よりも余裕がちょっとあったような……」
「うん……。あれも、ドフールが何とかしてくれてたんじゃないかなって思うんだわ」
「え? ドフールが? そ、そんな機能も目覚めさせてたの?」
「わからないけど、もしかしたらそうかもって。俺の突拍子もない願望みたいなことがうまくいったのも、多分ドフールっていう力があったからだと思うんだ」
「……ユーキ君が、頑張ったからだと思うよ?」
私は気が付くと、俯いているユーキ君の頭をジッと見つめてしまっていました。
「マジで? 嬉しい。ありがとう。なんか、ホッとしたぜ。あんな凄い力があるんだから、もっと頑張らないとってプレッシャーになってたんだけど、うん。気が晴れたよ」
「……ほ、本当?」
「おう。ただ、さ、えっと、今日、キッチンカー壊しちゃったじゃん?」
「あ……う、うん。その、壊させてごめんね。きっと思い出がいっぱい詰まってたんだろうね……」
「おう。まあな。いろんなところを巡ってきた思い出の品とか、写真とかあるからよかったら見せたかったんだけどさ。見たら後悔してることも思い出しちまうかもしれないから、ここには持ってこなかったんだけど。うん、まあ、いい機会だったのかもな。ふっきらせるぜ。断捨離だ、断捨離」
私は、そう言っている彼が無理をしているように思いました。なので、彼の膝から降りて、隣に座って、彼を見つめながら、手を握って寄り添いました。
「……一番、後悔したことって? ……話さなくてもいいけど、その、楽になるかも?」
「秘密、言ってもいいかな? 聞いてくれるか?」
「うん。もちろんだよ」
「……母上と、もっといたかった。もっと、一緒に暮らしていきたかった」
「……お母さん?」
「……。……。あ、ごめん、ちょっと待って。五、六回くらい失敗した経験上さ、女性に自分の母親の話すると嫌われるって思ってるんだよね。マザコンだと思われてさ。実際、その自覚あるし……だからさ、や、やっぱ、やめね?」
「わ、私は、どんなことあっても、ユーキ君のことキライにならないよ!」
彼をキョトンとさせてしまいました。
私も、こんなに大きな声で言うつもりなかったのに……。まるで悲鳴みたいな声で言ってしまいました。だって、彼を嫌いになるなんてそれでこそ絶対に嫌ですし、ありえないと思ってしまったんですもの……。
「あ、ご、ごめん……。その、話したくないなら、い、いいんだ……」
「……おう、そうか。ありがとう。俺の母上、自慢の母上だったんだよ。憧れてたんだ。それで、母上の仕事を手伝うようになった。けど、身の丈に合わなかったんだろうな、気が付いたら、離れ離れになって、いつの間にかここにいたんだ」
「お母さんの、その、お仕事って……?」
「あ~、えっと。その、ああ。そう言えば、モエコも博士も同じような感じか。いや、だけどな……はっきり言えないんだけど……」
そう言うと、ユーキ君はエンドロールが流れる画面を指さしました。
「えっ……も、もしかして、世界を救うお仕事? スパイ、みたいな……」
「うん。今の俺らや、映画の皆みたいに、派手なことやりつつ秘密裏にな。しかも、すごいことにさ、秘密は秘密なんだけど、あんま後ろめたくもないんだよ。誰も殺してないし。あ、まあ、騙してはいるかも。自分たちの活動とか秘密にしてるし。俺も少しのことしか知らされてなかったしな」
「そ、そうだったんだ……。お母さんとかと連絡取れないの?」
「無理だな。母上なら、ポンって探し出せるだろうけど、それでも見つけてもらえなかったんだから、きっと今頃……」
「そ、そんな……」
「だから、俺自ら探してみたんだ。離れ離れになったあと、ある程度見せられるような力を付けた後にな。そしたら、見つけちゃったんだ。……秘密共同墓地に、母上の認識番号の墓がさ……」
私は思わず、息をのんでしまいました。何を言ったらいいかわかりませんでした。
「俺、母上にメチャクチャ甘やかされて育ってたんだ。俺を育てながら、その裏では誰にも褒められないところで世界も救ってたんだ。誇りでさ、俺もいつかそうなりたいってバカやってたんだ。母上は喜んでくれただろうけど、本当は気が気じゃなかったと思う……」
「ユーキ君……。私たちのしていることも、世間的には秘密だってその、契約書に書いてあったと思うけど……うん、もしかして、そう言うこともあったから、引き受けてくれたの?」
「うん、そうだ、確かにそうかも。だって、誰にも知られてないところでみんなのために頑張ってるのって、カッコいい以前に、やっぱすごいし、偉いし、正しいと思うんだわ。物心ついた時には、俺もそうなりたいと思ってた気がする」
「……うん。私も、そんなすごい人に憧れて、なったんだ……」
「おお、そうだったのか。俺ら、似た者同士だな……」
「……ええっ。う、うん……」
そう言われると、なんだか照れ臭いです……。それに、私と彼は全然似てません。ユーキ君の方がすごいです……。
この世界は、誰かが見えないところで頑張ってくれて成り立っていると、また実感しました。今、私たち以外にも、世界中で様々な危機が訪れていて、見えないところで危険で壮大な、人間以上の大活躍をして世界を救っている方々がいるに違いありません。
私は、教授の偉業や、今の私たちのお仕事のことを思い返しました。
「誰にも褒められないなら、知ってる俺が褒めてあげたかったな~ってさ。俺がもし母上の立場だったら、でしゃばらないで、ただ普通に、頑張って成り立たせてくれた平和に甘んじていればよかったなって思ってさ。今、母上と同じような仕事に就いて、わかった気がしたんだ。ガキが出しゃばらないで……もっと、一緒にいて、褒めたかった。母上を。あと、もっと褒められたかった。愛されたかった」
「……⁉ ユーキ君……」
「モエコ、また泣いてるの⁉」
「ご、ごめん、何だろう……そ、その……えっと……す、する?」
「するって、何を?」
私は自分でも何を言っているのかわからず、思わず赤面してしまいました。さっきの発言じゃ、まるで誘っているみたいじゃないですか! な、なんてことを……。
なんて言ったらいいかわかりません。ただ、感情が整理できません。こんなじゃ、オペレーターとしても、彼の思考を幸せでいっぱいにするためのパートナーとしても、友達としても失格です。私がしっかりしていないといけないのに……。彼が今まで耐えているのに、今この時に大まかな話を聞いただけの私が耐えきれないなんて……。
気が付くと私は、整理が出来ないまま、自分の気持ちを言葉にしてしまいます……。
「その、あの……わ、私もね、さっき、いろんな人に、見えないところで支えてもらっているんだなって思ったんだ。それで、その……感謝したいって思ったんだ。ありがとうって……。褒めてあげたいって。私たちだけが、誰にも見られないところで戦っているわけじゃないって……だから、その、なんだろう……えっと……」
「ありがとう。そうだな、モエコが感謝してくれるなら、もう、何だっていい気がしてきたぜ。俺は母上じゃないし、俺は俺が出来ることをしようと思うぜ」
「う……うん。ね、ねぇ……」
私は気が付くと、太ももの上に頭を乗せるように、促していました……。その、お母さんにはなれませんけど、お母さんみたいなことは出来るかなって思いまして……。その、膝枕です。
彼は少しはにかみながらも、私に体を預けてくれました。私は、頭を撫でてあげました。
「……え、偉い、偉い。ユーキ君は、え、偉いよ……」
「ありがとう……」
そのまま、私たちは眠ってしまいました。なんだか、男女の仲ではないですが、もっと危ないような関係になってしまったような気がします……。
ここから、どうしたらいいのでしょうか。私は、彼とどうなりたいのでしょうか……。
また、彼を自分の願望のはけ口にしてしまっているような気がします……。