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第一話 大人なのに初恋って恥ずかしくないの?

何十年か前のこと。

教授と呼ばれる、知らないことはないと言われるほどの知能を持つ天才科学者が、ある予言を残し、姿を消してしまいました。


『二〇一二年。外宇宙から侵略者が現れる』


 この予言が、普通の方々の発言ならば、誰も本気にしなかったでしょう。ですが、これがありとあらゆる発明品や理論で世界を救い、地球の文明を発展させた方の予言だったので、誰もが危機感、何より恐怖を抱きました。

 そして、世界中のテレビやネットワークが、未知のテクノロジーによってハッキングされ、以下のメッセージが世界中に放たれました。


『二〇一二の年に、地球を侵略してやる。お前たちとの生存戦争、楽しみにしている』


 分かっている限り、地球外知性体とのファーストコンタクトでした。しかも、宣戦布告。

 この事実は、政府のごく一部の上層部しか知りえません。民間人が混乱しないように、世界中のエージェントがなんとか対処したそうです。

 外宇宙からの侵略者とは何なのか、教授はなぜそんなことが予言できたのか? 詳しいことも分からず、教授は行方をくらませてしまいました。私はこの話を聞いた時に、今まで世界を救うために頑張って研究してきた方でさえ逃げ出してしまうほどの恐怖とは、何をしても無駄なのではと、絶望を感じていました。

 しかし、それでも、世界には諦めない人々がいました。

 地球防衛団。文字通り、地球を防衛するために結成された、世界各国から集められた超少数精鋭の隊員により構成された地球最強の軍隊。

 こんなに勇敢でカッコいい人たちが実在したんだと、私は感動しました。

 気が付けば、私、モエコ・ヒノモトは、そのエージェントとして所属していました。そして、与えられた任務とは世界を救うパイロットを探すこと。

 そう、教授はただいなくなっただけではありませんでした。彼は、侵略者に対抗するための手段を、設計図という形で残していたのです。

対外宇宙知性体思考制御式人型巨大兵器・ドフール。教授の残した設計図を基に、創り出された巨大ロボット。形にはできたものの、どのような原理なのかはもう明らかになりませんでしたが、ごく一部の選ばれた人間でしか操縦できず、そのパイロットの思考によって、様々な機能を持つことができるという超常的なマシン。

これで世界を救うことができる。そう思われました。

ですが、この人々を救うためのマシンには、恐ろしい一面がありました。それは、パイロットの命を使って動くということ。すなわち、操縦したパイロットは侵略者に勝っても負けても、亡くなってしまうのです。

 私は、司令官からその生贄ともいえるパイロットを世界中から探し出すというおぞましい任務を告げられた時、どうすればいいのかわからなくなりました。

 設備節約のためにとはいえ、薄暗い部屋の前で、赤く光るバイザーを目元に着けた筋骨隆々な男の人と二人きり。正直怖かったです。ですが、その時は思わず我慢できず、つい苦言を申してしまいました。


「し、司令官……。なぜ、私なのですかぁ……?」

「君がなぜ、この軍隊に選ばれたかわかるか?」

「え、えっと……」

「君が、世界でも稀にみる類の美女だからだ」

「……? え、えへへ……。……え、は、はい?」

「君の美貌ならば、誰でも話を聞こうとする。もし適合者が男性ならばなおさらだ」

「そ、そ、そんなぁ……ええっ……」


 そして、私はこの世界のための生贄も同然の方を探すため、世界中を駆け回ることになりました。

 世界のどこかにいるドフール適合者のパイロットを探し出す、この携帯型適合者探知装置が、反応を示しませんようにと願いながらも、適合者を探していました。いつかは見つけないといけない。しかし、見つかったその人に、世界のためとはいえ、死んでほしくなんていえません。ですが、世界を周っているうちに、この世界の人々がどれだけ大事で、どれだけ偉大なものを築き上げてきたかを痛感してしまいました。

 この世界は守らないといけない。だけど、そのためには誰かが死ななければならない。だけど、誰かが死んでほしくない。そもそも、誰かの命に代えて得た平和なんて、意味があるのでしょうか? だけど、世界を歩くと、やはり守るべき価値はあると感じ、また罪悪感にさいなまれる……。私は葛藤しながらも、反論もせずに、ただ惰性的に、任務にあたってしまっていました。

 そして、彼に出会ってしまいました。


 私は今日も何の成果も得られないまま、基地に帰還しようとしていました。

 ピコン、ピコン、ピコン!


「あれ? ……え?」


 傍から見たら、ガラパゴス携帯に着信が入ったようにしか見えないでしょう。しかし、それは私の任務を完了させようとする知らせ、そして、一人の人間の死を知らせるもの。

反応が強くなる方向に探知機をかざしてみると、そこから世界の救世主はやってきました。


「りんご飴いかがですか~?」


 彼はりんご飴トラックを運転してやってきました。確かに間違いありません。りんご飴の芳しい香りと、宣伝の声を発しながらやってくるトラックに反応を示しています。

トラックが近づくにつれて反応が強くなり、探知機が壊れそうです。世界中探しても見つからなかったのに、あちらからやって来てくれるなんて。

 気が付けば、私は適合者パイロットさんのりんご飴キッチンカーを止めていました。


「あ、あのぉ⁉」

「おう、いらっしゃい。どれにします?」

「え、えっと、じゃあ、一番おすすめのを……」

「はい、毎度あり~!」


 失礼だとは思いますけど、てっきりそれなりの年齢の方が運転していると思っていたので、自分と同い年か、それよりも若い方が降りてきて、りんご飴を渡してくれたので驚いてしまいました。

しかし、やっと会えた適合者の方なのに、彼の顔が直視できません。これから死なせる任務に就かせるなんて。本当にいろいろな方々に失礼だとは思いますけど、まだお若いのにきっと自営業で今まで頑張ってきたに違いない方に、命を捨てろだなんて……。ですが、ここで彼を逃がしたら、世界が終わってしまいます。


「いや~、やっと売れたぜ。今日は一日中基地の周りをグルグル回るかと思ったわ~。いや、ここの基地が宇宙人と通信してるとか言って集まってる都市伝説マニアとか、オカルティストに売ってさ、影ながら世界の闇を解き明かす応援をしようと思ったんだけど、全然売れねぇの。てか、誰もいないじゃん、笑える。アメリカのそう言うところにはいっぱいいたんだけどな~。喜んでもらえると思ったんだけどよ……」

「……? え、ずっと、この基地の周りで、りんご飴売ってらしたのですか?」

「いや、さっきまでは焼き芋だったぜ。こっちの方が受けると思って変えた」

「そ、そうですか……」


 今日は北極圏にまでパイロットを探し回っていたのに、拠点の周りにいたなんて……。なんだか、ドッと疲れてしまいました。


「どうした、なんか悩んでんの?」

「い、いえ、そのぉ……」


 ダメだ、やっぱり顔を見ることができない。だが、彼をなんとかして、パイロットにしないと。私がやらないと……。やりたくないけど。


「なんだ、仕事とかで悩みでもあるんか? さっき変な愚痴みたいなこと言っちまった手前、アナタの話もよかったら聞くぜ」

「は、はい……。まあ、その……」

「おう。聞かせてくれよ」

「あ、ありがとうございます……。その、もしも、世界を救うために、犠牲になってくださいって、言われたら、ど、どうしますかぁ……?」

「いいね、やるぜ」

「即答⁉ え、で、ですけど……し、死んじゃうんですよ?」

「そうだな。こんなこと言ったら、いろんな人に文句言われるだろうけどよ。俺、世界を犠牲にしてまで生きたくはねぇ。それなら、世界を救うために犠牲になった方がカッコいいと思うんだ」

「そ、そ、そうですかぁ……お答えいただいて、ありがとうございます」

「おう、他には?」

「え、えっと……あ、あなた……」

「いや、ごめん。そういう商売はもうやってねぇ。嬉しいけど」

「いや、そう言うことじゃないんです! けど、そ、そうなんですか……」


 そう言うお仕事を経て、今はりんご飴屋さん。やはり、きっと、相当なご苦労を重ねて来たに違いありません。ですが、ここで私が彼をパイロットにスカウトしたら、彼は死んでしまう。今までの努力が消えてなくなってしまう。

彼のような人を探して世界中を旅してわかったのは、世界中の全ての人々の命が尊いということ。それはどんなことがあっても奪われてはいけない。ですが、何度も言うように、彼にパイロットになってもらわなければ、世界の人々の命が消えてしまう。

 けど、こんな残酷なこと、他の人にやらせるくらいなら、私がやるしかない。彼には本当に、謝り切れないくらいに、取り返しがつかないくらいに悪いことをしないと……。


「あの、あなたにしか出来ないことがあるんです」

「うん。いいよ」

「え、私、まだなにも言ってないですよ!」

「ああ、大丈夫だぜ。時間ならあげるくらいあるからな。あ、そうだ、俺は、ユウキ・ユーキ。ユーキって呼んでくれ。アナタの名前は?」

「あ、申し遅れました、ヒノモト・モエコです。では、改めてお願いします。ユーキ君、この世界を救うために、パイロットになってもらえませんか?」


 これが、私と彼との出会いでした。




 こうして、私の世界中から生贄を探すという任務は終わったかに思えました。

 世界のためとはいえ、彼の命を犠牲にしたという罪悪感。これもいずれ、時間が忘れさせてくれるはず。彼に会わず、彼のことを知らなければ、この苦しみもなくなるはず。本当に自分勝手で最低最悪だと思いながらも、私は彼から逃げられて、ホッとしてしまっていました。

 彼には、パイロットになったら亡くなるということは知らせていません。知らせられません。司令官からそのことについては秘密にするようにと言われていたので。正直に言ってもよいと言われても、言えるわけがありません。そんなことしても、自分が楽になるだけで、彼には何の得にもなりませんから。

 私が巻き込んだのに。その責任から逃げるなんて、最低だ、私・・・・・・。

 そんな時、また司令官に呼ばれました。

きっと、また次の生贄となるパイロットを探してくる任務を知らされるのだと思っていました。

もし、ユーキ君が侵略者から地球を守れたとしても、それで終わるとは限らない。そもそも、彼は負けてしまうかもしれない。どちらにしろ、後任のパイロットは必ず必要になるでしょう。

 司令官の怖い雰囲気と不気味なバイザーにも慣れました。きっと、このパイロット探しの任務も時期に慣れてしまうのでしょう。もう考えないようにしよう。彼のことも、自分の気持ちも。そうしないと、世界は救えない。


「君には、パイロットの指導を行ってもらう」

「……え?」

「訓練をつけるのだ。あと、身の回りの世話などもな。よろしく頼んだぞ」

「あ、あの、ど、どうして? 他のパイロットは……?」

「それは後だ。予言の時は近い。早急に現在確保しているパイロットを育成する必要がある。世界中探して一人だけだったのだ。一から探すよりも、パイロットを教育する方が先だ。たとえ、気休めだとしてもな」

「き、気休めなんて……死なないといけないのに……彼は、知らないんですよ……」

「言う必要はないと言ったはずだ。防衛作戦に支障が出るからな。それに、彼は、君が呼んだのだろう」

「……⁉ ううっ、そうですけど……彼は、知らないんですよ。死ぬってこと……」

「彼は、君が助けを求めていたから、我々のような得体の知れない組織にもホイホイついてきてくれたのだ。君の言うことしか聞かない」

「ですけど……」

「頼む、やれ。世界のために、生贄を探して出してくれたことに感謝している、だが、あともう一歩、勇気と覚悟を振り絞れ。君にしかできないのだ。君しか、彼を通じて、世界を救えない。そして、君でしか、彼を救世主に出来ない。生贄ではない、救世主を創るのだ」

「……了解ぃ」


 結局、私はユーキに訓練をつけることになりました。こうして、ほとんどの時間をこれから殺さねばならない彼と一緒に過ごすことになります。

生き地獄のような日々が始まりでした。

 



 その次の日から、早速ドフール操縦の訓練が始まりました。ユーキには先に資料を渡しておいたので、たぶん目を通して、どんな仕様なのかは少しはわかっているはず。

 それ以上に、私は彼を一人前のパイロットではなく、何人必要になるかもわからない生贄の一人を訓練するのが嫌でした。これから、いやでもいつかは死んでしまうパイロットを指導するなんて……。

 そう思いながら、私はノックもせずに、ユーキ君のいる部屋に入ってしまいました。

彼の顔を見たくない、見ると辛くなる。そう言えば、りんご飴屋さんの時も、最初から声だけ聴くだけで、しっかり彼の顔を直視できていませんでした。

彼、どんな顔してたんだろう。


「……あっ」

「おっ?」


 顔どころじゃありませんでした。全身を見てしまいました。彼の一糸まとわぬ、引き締まった肉体を……。


「ご、ごめんなさいぃ! そ、そんなつもりじゃ……」

「いや、気にしねぇし、俺も人のこと言えないから心配すんな。昔、告白した女の子がいたんだけどダメでさ、無理な理由、聞けなかったんだよ。俺、なんでダメだったんだろうな~って思いながら今日もまたきれいな女医さんがいる医務室でサボろうとしたんだけど、いや、マジで驚いたわ。告白した娘がさ、女医さんをベッドに押し倒してたんだよ。ああ、そう言うことねって思って、俺は図書館に逃げ込んだ」


 そして、彼は眩しい笑顔で愉快そうに声を上げて笑いました。

話の内容はともかく、彼が楽しそうでよかったと思いました。そして、私はこの笑顔を消してしまうのかと、また思ってしまいました。


「……あの、どうしてパイロットを引き受けてくれたのですか?」

「ああ、うん。困ってそうだったから」

「え、そんな簡単な理由で……ですけど、今までの生活とかは……」

「う~ん。ご飯売って歩くのもそれなりに楽しかったけどよ、ロボットのパイロットも面白そうだなって思ったんだぜ。さっきの話に戻るけどよ、俺は憧れの女医さんと先輩の様子を見て、すごいもん見たなって思い、新たな扉が開いたと思ったんだぜ。その時から、俺は新しいことに挑戦したり、やりたいことは素直にやってみようと考えるようになったんだ。新しくて素晴らしい、綺麗なものを見てみたいと思ってな」

「りんご飴を売っていたのも、そう言う理由で……」

「おう。パイロットになれって言われたのも、きっと新しい扉を開くチャンスだと思ってな。だから承諾したんだわ。お嬢さんのことも信用できると思ったからな」

「ああっ……はい。ありがとうございます。色々話してくれて……」

「おう。で、今日は何の訓練?」

「はい、今日は早速、ドフールの操縦訓練をしていただきます」

「おう、早速か。の、前にちょっとなんか着るぜ。目のやり場を不満にして悪いな」

「み、見てないですよぉ……」

 よく見なくても、すごい美男子でした。もしかして、宇宙から来たんじゃ……?

 あんな凄いモノで、いろいろな方の相手をしてきたのでしょうか……。な、なにを想像してしまっているのでしょう……。


 私はユーキ君を、基地の地下に保管されているドフールの元に連れて行きました。

 ドフール。いつ見ても大きくて強そう。戦車を人型にしたような武骨さがあります。


「へぇ、これが俺の相棒か……。リアル系だけど少しヒロイックな感じのあるデザインじゃねぇか。プラモデル欲しいわ、主役機を量産してみた陸戦型な感じでいいね」

「リア……え?」

「ああ、俺、ロボットもののアニメとかマンガとか大好きなんだよ。一番好きなジャンルは魔法少女モノだけどな。それもあって引き受けたんだけどさ。けど、リアルロボットか~。俺自身が相当強くならないとダメだな。訓練指導、よろしく頼むぜ!」

「は、はい! 私こそ、よろしくね」

「おう!」

「へ~。で、なに、そこの見るからにヨワヨワなザコお兄さんがパイロットなの~?」


 するとそこに、小さな女の子にしか見えない博士がやってきました。この地球防衛団の要、浦島エメラルド博士です。

 まだ水着の方が恥ずかしくないのではと思えるくらい、肌を大胆に露出した服装の上にブカブカの白衣を着ています。私はもう慣れたつもりですが、いつ見ても、目のやり場に困ってしまいます……。男の方と一緒にいると、特に……。

 ハッとしてユーキ君を見てみると、彼は、目を丸くして見とれているように博士をじっと見ていました。いや、まずいです! いろいろ!


「お~っ? ……フフフ! なに、お兄さん、どこ見てるの~? なに、なに、そんなにボクのことが気になるのかな? やっぱりザコは正直だな~」


 博士はいつもこんな調子で大人の男性をおちょくるのが好きな人ですが、地球防衛団の研究部門、及び後方支援担当をしてくださっている、地球防衛団でいなくてはならない方です。失踪した教授が残した設計図や予言を解析、ドフールや探知機を形にしてくれたのも彼女です。そして、侵略者がやってきた時には、その能力や機能まで、ありとあらゆることを分析してくださる予定です。


「で、天才のボクですら動かせなかったドフールを、このオッサンとボクの区別のつかないくらい頭ヨワヨワなザコが動かせるとでも?」

「おう。頑張ってみるぜ。こちらこそよろしくな!」

「……。ふん、精々短い命を有意義に過ごすことね、ザ~コ!」

「は、博士、それは……⁉」

「おう、ない頭を絞ってみるぜ。それでも無理な時はアナタの知能を頼むぜ、博士!」

「……な⁉ ……ち、つまんないザコね……勝手にしなさい、ザ~コ!」


 博士は小さな体で駆けて行ってしまいました。お時間があれば、一緒に訓練に付き合ってほしかったのですが……。


「やべえな。俺があのくらいの頃は、ずっとバカやってた気がするぜ。世界は広いな。もっと早く勉強とか頑張ってたら、違ってたのかな~。けど、今さら遅いよな」

「そんな、今からでも勉強は誰だってできます! そ、それに、あなたにしか出来ないことがあるじゃないですか」

「そうか。そう言ってくれて嬉しいよ。正直不安だったからさ」

「ユーキ君……。うん、私がしっかりサポートするし、きっとできるよ!」

「ありがとう!」


 それから、いつ来るかわからない侵略者に備えて、私はユーキを一人前のパイロットのなるように、シミュレーターで基礎訓練を受けてもらうことになりました。

 彼は初めてとは思えないほど完璧なテスト成績を残していきました。きっと、世界中のありとあらゆるデータをまとめても、彼に敵うくらいの操縦技術を持つ人はいないんじゃないでしょうか……。


「俺、乗り物の扱いだけは得意だからな。自慢でしかないけど」

「う、うん、だけど、す、すごいよ、フフ……」

「先生がよかったおかげだよ、ありがとう」

「う、ううん、そんな……」

「適性は十分なようだな」

「うわぁ⁉ 司令官⁉ いつからこちらに⁉」


 大柄で、なにより赤く光るバイザーで目立つのに、いつ、どこから……司令官が、壁際でスッと見守っていたようです。


「ああ、あなたがここの司令官ですか。よろしくお願いします、ユウキ・ユーキです」

「……。時間がない。ドフールに乗れ」

「了解!」

「え、えっ、こ、こんな早く……」


 そして、流されるままに、ブカブカであったかそうなハイテクパイロットスーツを着たユーキ君は、ドフールと向かい合いました。こうしてみると、様になっているな~……。……はぁ。


「……⁉ 司令官! こ、こんなに早く乗せたら、もしかしたら……」

「博士が心配ないと言っていた。あくまで、パイロットの命を吸うのは、敵を倒し終えた時だけだ。それ以外であれば動かせる」

「ほ、本当ですか……⁉」

「ああ。博士が言っていたのだ、信じろ」


 博士を信用していないわけじゃありません。しかし、心配でたまりませんでした。


「ゆ、ユーキ君……⁉ ……ん?」


 すると、さっきまでジッとしていたドフールが、滑らかに動き出したのです。そして、目の前にいたユーキ君を手のひらに乗せると、そのままコックピットに乗せてしまいました……!


『あ~、あ~! 聞こえる? なんか、どうやって乗るんだ? って思って、俺のこと運んでくれないかな~って、想像したら、出来た』

「そうか。引き続きその調子で頼む。では、あとは任せたぞ、モエコ隊員」

「は、はい」


 すると、司令官と入れ替わるかのように、博士が走ってやってきました。


「あ……は、博士?」

「お、降りてきなさい!」


 すると、コックピットから垂れ下がったワイヤーから、ユーキ君は降りてきました。


「博士、心配してくれたのか? ありがとう……」

「ち、違う、そんなじゃないわよ、ザコ!」


 博士はユーキ君とドフールの様子をその目と、自分で作ったという万能デバイスで調べ上げました。


「あ……本当に大丈夫だ、よ、よかった……」


気が付くと私も、彼が本当にいるのか心配なあまり、彼の頬に触れていました。


「なんだよ、どうしたんだよ、二人とも。動かせたんだから喜んでくれよ。まるで生きててよかった~って、感じの反応して……」

「ゆ、ユーキ君、あ、あの……あの……ううん。すごいよ、あんなに簡単に動かせて」

「……⁉ ふ、ふん! アンタみたいなザコの心配なんてしてないわよ、ドフールの心配をしてたのよ、ザ~コ。あれあれ~? もしかして自分のことだと思っちゃった~?」

「そうだよ! わかった、心配になるようなところ見せてやるぞ、見てて、二人とも」


 すると、ユーキ君はドフールに乗り込んで、なんと、ダンスを始めてしまいました……。


「わ、わぁ……」

『どうだ、すごいだろ? これと歌さえあれば戦争終わらせられる!』

「や、やめなさい、なんていう動きしてんの! 壊れたらどうするのよ! そんな複雑な動きできるような構造になっていないんだから! 降りろ、降りろ!」


 ユーキ君がドフールから降りると、博士はドフールを検査して、肩をワナワナと震わせながら戻ってまいりました。


「ごめん、そこまで怒るとは思わなんだ。大人げなかったな……どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわよ! なんで、あんな乱暴でデタラメな動きしてるのに、壊れてないの~⁉」

「そこですかぁ⁉」

「ごめん、けど、いいだろ、壊さなかったんだからよ。あと、壊したら俺も手伝うし……」

「アンタみたいなザコ、邪魔よ! ドフールを人間の体に例えたら、全身複雑骨折になって関節が外れていてもおかしくないはずなのに! おかしい、おかしい……どうして、科学的に、機械工学的に在りえない……」


 すると、博士は自分で操縦してみせようとした。しかし、起動すらしません。もし起動しちゃったら、ユーキ君はともかく、博士は死んじゃうのでは思ってしまい、ゾッとします。

なんとなく、そうなるような気がしました……。


「もう、どうしてよ……おかしい、おかしい! 生体認証コードもついていないのに! そ、そもそも、どういう条件であんなザコをパイロットに選んだのよ~! ツヨツヨ頭脳で、設計図を解析して、無からから形にしてやったのに~! ぐぬぬぬ~ん!」

「博士! 考えが全部声に出てますよぉ!」

「危ないから、俺に任せてくれよ」


 ユーキ君はコックピットまでよじ登って博士に言いました。……って、いつの間に⁉


「はぁ⁉ ちょっと、全長約三十メートルよ! どうやって下から上がってきたの⁉」

「登ってきた。前に行ったマリアナ海溝より楽」

「そりゃそうでしょ! てか潜ってんじゃない!」

「ユーキ君! 本当に危ないから降りて!」


 こうして、博士は色々と煮え切らないご様子でしたが、今日の訓練は十分だと思ったのと、ユーキ君が何か無茶をしそうな気がしたので終わらせることにしました。

 初めてなうえ、博士がつけてくれた補助的な手動操縦装置であんなにも動かせたのですから、本領の思考操縦でも必ず力を発揮できるはず! だけど、やっぱりその時は……。


「モエコさん、ここ男子更衣室だぜ?」

「……え、あっ⁉ ご、ごめんなさい!」

 何してんだろう、私。こんな所にまでついて行くなんて……。

 彼の身の回りのお世話も私の担当。最初はどうなのかなって思ったけど、初めて見ると別にそれほど苦でもありませんでした。

 これが、彼がここで着用する新しい制服と……彼のパイロットスーツ……。

 クンクン……。ユーキ君の匂い……。な、なにしてるんだ、私⁉ これじゃ変態……。





 彼の個人データの管理も、私の務め。この防衛作戦は極秘のため、彼の個人情報を全て消す必要がありました。しかし、彼について調べて行くと……何も出ませんでした。まるで、幽霊。じゃあ、あのりんご飴屋さんのトラックはどうやって手に入れて、どうやって免許を……? 調べれば調べるほど、彼について訳が分からなくなってきました。もしかして、犯罪者? スパイ……?

『彼については、これ以上調べる必要はない。どうせ、死んでもらうことになるのだから』

 司令官にはそう言われましたが、彼について、私は知りたくなってしまいました。今まで、どうやって生きてきたのだろう。

 ですが同時に、彼のことを知るのが怖くなってしまいました。彼のことを知れば知るほど、彼との別れが、いずれ必ず訪れる死が、恐ろしくてたまらないかったからです……。

 

 博士は、ドフールの整備、教授の残した資料の解析、どのような敵がやってくるかの予測、そして、パイロットであるユーキの健康状態のチェックなども行ってくれます。ものすごく多忙な方です。


「……アンタ、本当になんなの?」

「俺もそれを突き止めるために歩いてきたんだ」

「……? 調べても普通の人間。ただし、訓練によると、スタミナは常人のそれ以上。ねぇ、アンタのこと調べても、本当に何も出てこなかったんだけど、本当に人間なの?」

「さあね、あ、もしかしたら宇宙人かもな!」

「シャレにならないわ、もしそうだった実験台にしてホルマリン漬けにしてやるわよ」

「じゃあ、もしやるんだったらずっと大切にして取っておいてくれ。先生のような頭のいい人の棚の上で、埃をかぶっていられるなんて誇りだぜ」

「はぁ⁉ あんたのホルマリン漬けなんていらないわよ、ザコ! それに、ボクの棚に埃なんて被ってないわよ! いつもきれいにしてるわ! ねぇ、モエコ助手!」


 研究室、掃除してるの、私なんだけどな~……。ま、いっか。

 今日の診察もこんな感じです。傍から見ていてドキドキします……。なんで?

 もっとドフールや博士の研究について知りたいとユーキが言っていたので、いつもは私が一人で行っている、博士の助手になってもらうことにしたのです。


「いや、白衣とかフラスコって憧れるよな。俺も飲んだら頭がよくなる薬とか、学校行って勉強して作りたかったぜ」

「な、何かが違うような……けど、うん。ふふ、いいね。夢があって……」

「おう。あ、だけど昔、草と薬草を適当に組み合わせたら、煙が湧き上がってさ。それを吸ったら、なんかものすごいものが見えたわ。なんか癖になりそうだからやめたんだけど。あれってなんだったんだろうな……」

「そ、それって、もしかして危ない薬……」


 訓練もあるのに、博士の助手までして大丈夫かなと心配しましたが、本当に平気そうなので、連れていくことにしました。

 しかし、案の定、博士は拒みました。


「ボクの聖域にザコは一人で十分よ!」

「ううっ……も、もうしわけございません……ですけど……」

「はぁ? モエコ助手は、ザコはザコでもボクの役に立ってるザコ。だけど、そこのパイロットは人とミジンコくらい、脳の出来に差があって足手まといなんだよ、ザ~コ!」

「脳の話なのに足と手ってなんだよ?」

「は、はぁ……?」

「それに、俺みたいなザコも、先生のような頭のいい人なら使いこなせるんじゃねぇか?」

「はぁ? 何言ってんの、そんなの当たり前じゃない! アンタみたいな後世に何も残せないアホザコも、ボクの頭脳なら一瞬で一人前の助手に改造してやるわ!」


 そのあと、私たちは博士の助手を務めました。

 かなりの間、事務作業などの合間に博士の助手を務めてきましたが、やはり、教授の残した暗号化した発明などについては、凡人の私にはわかりません……。ですが、ここからユーキ君と出会わせてくれた探知機が生み出されたのは事実です。この時はその場にいて、二人で抱き合うほど喜んでしまいました。

 ユーキ君とも、そんな喜びを過ごしてみたいな……。

 心配していましたが、ユーキ君もしっかり助手を務めあげていました。


「あ、おい、あれ、ねぇ!」

「ほい、核封じガラスにについて。うわ、なんだこれ、実現したら核持ち運べる!」

「ん。……はいはい、よくできました~っと。ふん、流石は大きな手足を動かしているだけはあって、覚えは正確ね。ザコは言いすぎたわ。ワンちゃんくらいの知能はあるわね。アンタはザコからワンちゃんに昇格よ」

「マジかよ、ありがとう」

「それは降格しているんじゃ……」


 そしてユーキ君は、日々の訓練の合間に助手を経験していくうちに、科学や機械工学についても知識や技術を得ました。これで、もしもドフールが壊れたりしてしまっても、応急処置くらいはできるようになったそうです。私は結局、話程度にしか理解できませんでしたが、彼はもう一人前ともいえるエンジニアであり、科学者でもあるようでした。なんだか自分のことのように誇らしかったです。


「ふうん。すっかりワンちゃんもボクの電卓くらいには役に立てるくらいになったね」

「おう。自営業だったから計算は得意だったんだぜ」

「がんなに、人間扱いはしないんだ……」

「……モエコ助手は、追い抜かれて悔しくないの?」

「え、あ、いえ、その……むしろ、そ、その……」

「うっわ、アンタ、前から思ってたけど、ふうん、じゃあ、お望み通り、犬に降格!」

「え、ええっ……。ち、違います! そうじゃなくて、私は、ユーキ君が、その……」

「お嬢さん、一緒に博士号目指して、頑張ろうぜ! 俺はまずは小卒からだな」

「う、うん……。え、ちょっと待って……」


 詳しく訊きたかったですが、彼はまた助手の務めに戻ってしまいました。

 彼は一体、どうやって今まで過ごしてきたのか……私は気になってしまいました。


 それから、数週間ほど。侵略者がやってくる様子はまだありません。ずっとこのままだったらいいのに……。

 ユーキは完璧にドフールを操縦できるようになっていました。この調子だったら、本領である思考制御も完ぺきにこなせるはずだと、博士も言っていました。けど、それはそれで心配であることには変わりません。だって、その時には……。

「おい、見てくれよ、お嬢さん!」

「……ええっ⁉」


 彼は、ドフールの巨大な指を使い、毛糸で暖かそうなマフラーを編んでいました。


「ほい、あげる」

「え……あ……」


 ドフールの巨大な手で作ったマフラーを、私の首元に巻いてくれました。暖かい。嬉しい。出来れば、ドフールの手でじゃなくて、生身のユーキの手からやってほしかった。


「お嬢さんのおかげで、こんなすごいこともできるようになったぜ。もうドフールは俺の肉体も同然だ。ありがとうな。これで侵略者とも戦えるよ」

「う、うん……。よかった。本当に……」


 こんなすごいことをできるようになっても、いずれは……。

 気が付けば、私は涙を流していました。もう、何が何だかわからない。いつか、この罪悪感や、彼と別れるという恐怖にも慣れると思っていたのに……。慣れないよ、こんなの、こんな苦しみ……。

 気が付くと、私は涙を流して、大人げなくシクシク泣いていました。


「おい、どうしたんだよ?」


 彼はいつの間にかドフールから降りて、私に声をかけてきました。顔を上げると、彼のすごい硬そうなお腹がありました。私は無意識に、彼に顔を突っ伏して、ギュッと抱き着いてしまいました。

 これ以上、彼が強くなったらどこかに行ってしまうような気がします。いえ、絶対に行くことになります。だけど、もしも、教授の予言が何かの間違いだったら? そんなことが、本当に会ったらいいのに。教授のような方でも、間違えることがある。こんな言葉に、希望を見出してしまうことがあるなんて……。

 いつから、こんなに彼のことが大事になっていたのでしょう……。なんで、大事に思ってしまうのだろう。自分が指導したから? やっと会えたパイロットだから? 彼が、可愛そうだから? 彼がいつか死んでしまうから……? 私が巻き込んだくせに……。

 自分でもわからないけど、彼には死んでほしくありません。

……私が死にたい。


「なに、どうしたんだよ? また、悩みでもあるのか?」

「……ねぇ、聞いてもいいかな?」

「おう」

「もしも、誰かが死んじゃうのがわかったとして、そのこと、知らせる? 大切な、誰かが……死んじゃうのがわかってて、それが、どうにもできないことだとしたら……」

「なんだよ、それ。エグイな……一昔前のセカイ系アニメじゃん。だけどそうだな、知らせたうえで、何とかその死の運命を捻じ曲げてやるぜ」

「え、え……?」

「なんか質問から逃げてるみたいだけどよ、俺ならそうするぜ。気に食わないことはどんなことをしても納得できるようにしてぇたちだからな。侵略者がくるんなら抵抗するのと同じような感じだ。それに、その誰かに知らせたら、ソイツが突破口自分で見つけるかもしれないしよ。俺が思いつかなくて何もできなくても」

「わ、わからないような、わからないような……ううん、気持ちはわかるよ!」

「おう。まあ、全力でその誰かを死なないように頑張れるところまで頑張ってみるぜ」


 その返事を聞いて、私は訳が分からなくなってしまいました。彼のことは、私にはどうしようもできない。ならば、彼がもっと幸せに過ごせるように、私自身が死にたいなんて思ってはいけないのだと思いました。私も、頑張りたい、自分の出来ることをしなければと思いいたりました。だけど、どうしよう……。


「う、うん。ありがとう、教えてくれて。マフラー、ありがとう。……暖かい」

「おう、よかったぜ。寒くなってきたからな」

「……。うん」


 あと数か月で、二〇一二年。予言の年が近づいてきました。……彼の死が近づいてきていました。

 

 大晦日が近づいてきました。とても寒い日が続いてきましたが、私の首元はユーキがドフールで編んでくれたマフラーのおかげで暖かかったです。

フフっ……。


「……? モエコ助手、なんで研究所の中でマフラー巻いてるのよ? そんなにあのウルトラザコがくれたそれが気に入ったの? ……ふぅん、もしかして好きなの?」

「ち、違いますよ! だ、だって、寒いじゃないですかぁ……」

「ふうん。まあ、いいけど。……思いを告げるなら、今の内よ。……もしかしたら、いなくなっちゃうかもしれないんだから。いつかじゃなくても、突然ね」

「え。それは、その、そうですけど……」


 私は、途端に怖くなってしまいました。彼がいなくなってしまう。そう思うと怖くなりました。世界が終わると思ったのは、あとからでした。私のような立場で、世界よりも彼のことが大事と思ってしまうのは問題でしょうが、それでも、考えてしまいました。彼と会えなくなるなんてイヤだ。世界の平和よりも、彼のことを考えてしまいました。

 気が付くと、私はユーキ君の部屋のスペアキーを開けて……この時代に、なんで手動の鍵……いくら電力削減とはいえ……そんなことはいいの、か、彼が、部屋にいない⁉


「ゆ、ユーキく~ん⁉」


 私は基地中を駆け回り、やっと、彼を見つけました。博士が作った戦車やスーパーモービルを格納している車庫にいました。

彼は、りんご飴屋さんのトラックを、焼き芋屋さんに改造していました……。


「あ、おはよう、お嬢……」


 ギュっ。気が付くと、私は彼に抱き着いていました。離さないように。

まただ……。これじゃ、まるで子ども、違う、ただのめんどくさい女だ……。なんでいつか別れることになるのに、いるだけでも辛いのに、こんなに彼とずっといたいと思ってしまうんだろう……。私、なんでこんなに彼のことで頭がいっぱいなんだろう……。私、本当に彼のことが恋しい、こんなに近くにいるのに……。近くにいた所で何ができるわけでもないのに。これから彼に死んでもらおうとしているのに……。


「勝手にどこかに行かないでよ……」

「ごめん、いや、基地の外に出なければ大丈夫かなって。すまん、一言断ればよかった」

「ううん。怒ってるわけじゃないよ。ただ、その……えっとぉ……ううっ……」

「うん、ごめんね。……で、今日は何するんだ?」

「……え? あ、ごめん、そうだったね。うん。えっと、今日は、戦闘訓練。もしものためにね。博士によると、もしかしたら等身大の侵略者もいるかもしれないからって」

「おお、俺、喧嘩なら得意だぜ! 裏路地じゃ負けたことねぇわ」

「そ、そうなんだ……。だけど、改めて学んでみない? その、軍隊での白兵戦を?」

「おう、今日もよろしくな!」


 そのあと、私たちは戦闘訓練場に向かいました。

 久しぶりに着たな、ユニフォーム……。なんか、腰回りが緩い、それなのに、胸とお尻がなんかキツイ……ヘンだな……。

 私が指導すると言っても、私は本当に基本的なこと、話程度のことでしか格闘術なんてできません。ですが、彼はすぐに覚えて、プロ級、戦場でも完璧に応用できるレベルにまで達してしまいました。きっと、今まで様々な修羅場を潜り抜けてきたのでしょう。しかし、その戦い方は、スポーツマンシップにのっとったプロ同士の対決や、軍隊での訓練や実戦で培われたような戦闘能力とは違う、本当の殺し合い、ある意味生存競争を彷彿とさせる野生動物のようなどう猛さを感じました。その動きをする彼は怖かったですが、それ以上に、なんだか、カッコよく、誇らしく感じてしまいました……。


「どうよ! いい感じじゃね?」

「う、うん! と、とっても……」


 最強レベルに調整したはずの組み手用のアンドロイドたちが、全部壊れてる……。どうしよう、博士に怒られちゃう……。


「遠くから銃で撃たれない限り、ずっと戦える気がするぜ」

「ちょ、ちょっと待って! うん、もうバッチリだよ! うん、本当に……」

「そっか。お嬢さんが言うんなら自信持てるぜ。ありがとうな」

「う、うん……」


 どうしよう、こんなに頑張っているのに、いつか死んじゃうんだ、彼。世界を救った後、本当に必要そうな人。私なんかより。嘘つきの最低な私なんかより……。ああ、違う。自分の罪悪感で、独りよがりな感情に苦しんでいるだけなんだ、私。彼のことを思ってなんかいない。思いやる資格なんてないんだ。だけど、彼のことが、彼が、こんなに……。


「お嬢さん?」

「え? ああ、もう、休んでていいよ」

「おう。今日もありがとうな。また新しいことができたぜ。これで世界も救えるなんて最高だな」

「ううっ……」

「どうしたの? ……ああ。俺、トラックの改装仕上げないと。行くな」


 一人にされた。違う、私が一人になりたかったのを察してくれたんだ……。ああ、彼にこんなに迷惑かけて、気を使わせて……私が彼のためのことしないといけないのに……。

 その日は、ユーキ君の顔をこれ以上見られませんでした。本当は会いたかった。


 もうすぐ大晦日。また、彼の死が近づいてきました。

 彼なら、どんな相手にでも勝てる。だって、そばで頑張ってきたのを、ずっとそばで見てきたのですから。必ず侵略者を倒してくれるでしょう。

しかし、彼は死んでしまう。そう思うと、彼の顔をまともに見られない。私は、毎日の訓練が終わったら、業務を言い訳にして、思わず逃げるようになってしまいました。

 どうしよう。もう、どうすればいいのかわからないよ……。


「今日は、ここまでにしよ? あ、あとは自由に過ごしてていいから……」

「……お嬢さん、俺、何か悪いことしたかな? もしも……」

「違う! そんなこと、全然ないよ! その、あの……」


 言わないと、言わないと! だけど、正直に言ったら、彼がドフールに乗ってくれないかも。いや、そんなことは絶対にない。彼なら、どんなことがあっても、ドフールに乗ってくれるに違いないのに……けど、想像するのもイヤなのに、口に出すなんて……⁉


「俺、もっとお嬢さんと仲良くなりたいんだけど……」


 私もだよ……。だけど、これ以上仲良くなったら、もっと苦しくなる。だけど、彼が私と仲良くなりたいのなら、そうするべきじゃ……。


「え、そ、そうなの?」

「おう。俺、お嬢さんみたいな優しい女性に会ったの久方ぶりだったんだよ。会った人たちほとんど俺のこと利用するか殺そうとしてくるかのどれかだしよ」

「え……? そんなことがぁ……」

「うお、言えちまったわ。こんなこと恥ずかしいこと、誰にも言えなかったのに、お嬢さんにはなぜか普通に言えたぜ。こんな仲になれた女の人初めてな気がするぜ、いいもんだな。だから、その、なんだ、もっと仲良くしない?」


 彼の気持ちに応えたい。だけど、そんなこと、私にはできない。する資格なんてない。頭がこんがらがってきました。彼と一緒に居たいのに、逃げたくなってきました。


「ご、ごめん。今日は、忙しいから、ご、ごめんね!」


 気が付くと、私は逃げるように駆け出していました。彼が手を伸ばしてきた気がしましたが、私は逃げきってしまっていました。

 彼を困らせてしまった。彼ならきっと、自分が悪いと思っているに違いありません。違う、私が全部悪いのに……。私のただの自分勝手なのに……。


「キャフっ……⁉」


 泣きながら走って転んでしまい、顔を上げると、その先には司令官の執務室がありました。しばらく睨んだ後、その扉を開け放ちました。

 怒ってやる! なんで、こんなことに……。


「あっ……」


 その八つ当たりのような、逆恨みのような感情は、すっと失せてしまいました。

 司令官は、赤い特殊バイザーを通じてちょうど世界中の軍隊の偉い方々とリモート軍事会議を終えていたところのようでした。彼はいつも使っている視力補助モードに調整するために、バイザーを外していました。彼の眼球は欠損して、なくなっていました。

昔、戦場でなくしてしまったと話には聞いておりましたが、実際に見てしまうと、とてつもない罪悪感がしました。彼の気持ちなんて、わからないのに……。私が勝手に見てしまっただけなのに……。また大事な人に、独りよがりな感情を抱いてしまいました……。

しかし、司令官は気にしない様子で、バイザーをつけて光らせてしまいました。


「なんだ、ノックくらいしろ」

「あ、あの……ご、ごめんなさい……。あ、あの、な、なぜ、私なんですかぁ……」

「……ああ、前にも言っただろう。君の命令なら、パイロットが承諾するからだ」

「そ、そうかもしれませんけど、そ、それは、彼がいい人だからで……」

「そして君が、そのいい人であるパイロットに受け入れられるような精神構造の持ち主だからだ。ドフールの戦闘能力は、パイロットの思考によって発揮される。パイロットの思考が幸福などの良い感情で満たされていなければ、ドフールは真価を発揮できない。君のような精神性と外見の者がそばに居れば、自然とパイロットの思考が満たされる。君のような存在を守りたいと、強く思考することができる」

「……私は、彼にとって、そんな人じゃ……守ろうと思える人なんて……」

「君はそう思わせるような人材だ。だから、ここにいる。その立場が気に食わないのなら、帰れ。他の者に、君が味わっているような責苦を背負わせたいのならな」

「そ、そんなっ……⁉ ううっ……」


 そうだ、わかっていました。私のような子どもみたいな未熟な者が、そもそも軍隊になんて入れるわけがありません。私は半人前以下だから、選ばれたのです。パイロットの思考を庇護欲で満たして、世界を守らせるために。


「わかったのなら、彼と少しでも長く、優しく接していろ。モエコ隊員」

「……了解ぃ」


 私は、もう何も言えないまま、司令官の元をあとにしました。

 怒られて、悩んでいる場合じゃありません。事務作業とか、いろいろやることがあるんだから……。うわあ、タスクが溜まってる。こんなことしてないで、ユーキともっと一緒に……そもそも、忙しくしてないから、こんな子どもじみた状態になっているんじゃ……。

 自分がやっているこのお仕事も、世界を守ることにつながるのでしょうか? 本当に? なんだかイヤになってきます。投げ出したくなります。大学院も飛び級でて、それなりの訓練も受けたのに、やることがこんな……。

ううん、違う。最大の被害者は、一番かわいそうなのは、彼なんだ。私が一番悪いんだ。だから、せめて、彼が少しでも幸せに過ごせるようにしないと……。

 けど、どうすればいいのでしょうか……。





 もっと、ユーキ君と向き合おう。そう思って、彼の元にやってくると、彼はドローンにりんご飴やコーヒーの入った箱をどこかに発進させていました。


「な、な、なにやってるですぅ⁉」

「おお、お嬢さん、よく来たな! 地球防衛団コーヒーとりんご飴セットだぜ! 自信はあったんだけど、売れるかな~って不安だったんだ。けど、なんか思ってたより利益出そうだぜ。はい、あげる。お嬢さんの分」

「あ、ありがとう。いただきます……」


 うわぁ。すごい美味しい。じゃない、な、なんで新しい商売始めてるの⁉ いろいろあるけど、もしドローンが誰かに捕まったら、ここの秘密基地の場所とかバレちゃうかも⁉


「ああ、大丈夫。博士が調整してくれたからな。これでいつかは暖房付けて暖かく寝れる」

「え、だ、暖房? もしかして、私たちが節約してたこと、気にして……」

「おう。だって、寒いだろ。いつもマフラー付けてるじゃん」

「そ、そうだけど……私は平気だし、それに……あ、ユーキ君が寒いんだよね……」


 あとこれは、寒いからというより、気に入ってて……。


「だけど、訓練とかも大変なのに、なんで、そんな、資金集めまで……」

「俺、お嬢さんたちには世話になってばかりだからな。これくらいやらせてくれよ。あと、これくらいしないと、料理人と商才の腕が鈍りそうだからな」

「こ、これから、世界があなたのお世話になるのに……そこまで……」


 それに、私が知らない間に博士と一緒にお仕事してたんだ……ふうん。私は寂しく感じてしまいました。二人がしているのはいいことなのに、なんだかズルく感じてしまいました。私も、二人で何かすごいことしてみたいなって思ってしまいました。だけど、私ができることなんて、これ以上あるはずが……。


「ねぇ、ワンちゃん! すごいわよ、めっちゃ売れてるわ。まあ、これもボクの特製ドローンと制御装置のおかげだけどね!」

「おう、ありがとうな! さすがだぜ!」

「ふん、ほめたってなにもないよ~。けど、そうね。ボクのツヨツヨドローンを有効活用してくれたお礼に、ワンちゃんからウルトラザコに昇格してやるわ」

「いいね、出世したわ~」

「それ、出世なのかな……」


 私の反応はともかく、二人は面白おかしそうに笑っていたので、まあ、楽しそうならいいかなと思ってしまいました。彼が、楽しそうで、幸せそうなら……。だけど、その中に私は入りたいと思ってしまいました。そんな資格、ないのに。彼を幸せにしたいと思っていたのに、もう、どうすればいいのかわかりません。

 どうしよう、博士の方が、一番彼を笑顔にできている気がする……。


 また翌日になってしまいました。彼の死が近づいています。

何事もなかったかのように、またドフールでの操縦訓練は順調に終わりました。戦闘機の運転さえ大変なのに、ロボットであんなに華麗に空が飛べるなんて……。

 今日は久方ぶりに、外での訓練でした。何日ぶりの外でしょうか……。

基地の周りは何もない盆地に見えますが、広範囲で訓練の様子が民間人に見えないように、それでこそ、私たちの見えないところで他の隊員や博士の設備で厳重な警備をしているに違いありません。

私と博士、司令官、そしてユーキ君以外、本当にいらっしゃるのか不安ですが、物資や電力も供給されているので、見えないところで頑張っている方々がいるのでしょう。私が見てきた世界と同じように、見えないところで支え合っているんだ……。

そして、その地球防衛団という世界で作り出した成果が、今、ユーキが運転しているドフール。うわぁ、本当に、すごい、空中で踊ってる……⁉


「ちょっと、お~い! あんまりふざけたことして充電使うんじゃないわよ~!」

『はいよ~! 博士~!』


 通信機からのユーキ君の声。本当にいるのかと不安になってしまいましたが、ホッとしました。


「これなら、思考操縦じゃなくても、手動操縦で侵略者をやっつけられるんじゃ……」

「はぁ? 何言ってんのよ、モエコ犬。あれくらいじゃ、ただ手足がついた戦闘機と同じ。侵略者は、あのドッカイッタ教授の予言によれば、超常の力を発揮しないと倒せないらしいわ」

「え、ですけど、じゃあ、今までの訓練の意味って……」

「運搬とかもあるけど、しいていうなら、自信をつけるためよ。なんたって、思考とパイロットの命で動くんだからね。アンタが指導者に選ばれたのも、似たような理由でしょ。精神のため。まったく、もう、なんなのよ……意味わかんないわ……本当に思考で動くだなんて……それに、構造上、あんな動き、出来ないはず……本当に、なんなのよ……」


 博士が何を言っているのか、一応助手も務めてきましたが、やはり、話程度にしかよくわかりません。


「で、アンタたち最近どうなの? ヤッタの?」

「……え、ちょ、な、なんてこと聞くんですか⁉ そんなことあるわけないでしょ!」

「え~。なんも進展してないのぉ? ホント、これだからザコ同士は……」

「そ、そんな……私たちは、そんな仲になんて……」

「ふうん、あっそ。なんだ。もしかしたら、適合者増やせるかと……」

「……。は、はいぃ⁉」

「それでモエコ助手君の愛情で育ったパイロットの子たちを、今度はボクが作ったパイロットに優しい、死ななないドフールに乗せて戦ってもらうから~」

「ええ⁉ 子どもとか、そういうのはともかく、殺さないドフール、出来るんですか⁉」

「……ふうん。自分ができないくせに、人にはそう言うこと強いるんだぁ~」

「ご、ごめんなさい……」

「いいわよ、もう」


 すると、ドフールが静かにサッと、着陸してきました。


『よお、モエコ、博士。燃料切れそうだから帰ってきたぜ』

「ちょっと、ギリギリまで使ってんじゃないわよ、まったく……」


 サッと、コックピットから降りてきたユーキは、達成感に満ち足りていたようで、とても眩しい笑顔をしていました。

 ……彼との、子ども。あ、ああっ、なんて想像をしているのでしょうか⁉

 気が付けば、私は頭を押さえて周りを転げまわる奇行に走ってしまいました。あまりの自分の煩悩さに恥ずかしくなったあまり……。


「も、モエコ⁉」

「アンタ、前から思ってたんだけど、本当に日本代表の自衛官なの? 芸人になったら?」

「いや、博士は人のこと言えないだろ、その態度」

「はぁ? しょうがないでしょ、ボクは考えたことが全部口に出ちゃうんだから……」

「そうか。じゃあ、全部聞いてやるよ」

「……。ふん、あっそ」


 なんか、二人とも、仲よさそうだな……。一緒に新しいデリバリー事業みたいなことまでしてるんだから、そうか。そっか……。

 なぜか、ユーキ君が私よりも強くなったり優秀な助手になるのは誇らしかったのに、博士がユーキ君と仲良くなるのは悔しい気がしました。何故でしょうか……。


 その夜。既に消灯時間。私は突然、寂しくなってきました。不安で仕方がありません。

ユーキ君と博士が、私の知らないところで仲良く何かを成し遂げていました。やっぱりなんか、悔しいです。私は彼をパイロットにしているだけで、何も彼と一緒に共同作業も何もしていない。悔しい。彼、楽しそうだったな……。彼に会いたい。少しでも一緒に居たい……。

 気が付くと、私は枕を持ってユーキ君の部屋を訪ねていました。


「おう、ど、どうしたの?」

「あ、あの、ご、ごめんなさい! えっと、その、えっと……」

「いいよ、おいで」


 ユーキ君は本当に部屋に入れてくれました。二人でベッドに座ります。


「……俺も一人で怖かったんだ」

「こ、怖かった? もしかして、戦うことが?」

「おう、まあな。もし、世界を守れなかったらって考えると不安なんだ。そう思うとジッとしてられなくてよ……」

「ああ、だからデリバリー始めたんだね……。それにしても、すごいなぁ。私は、不安になると何もできないから……」


 不安な気持ちを糧に、みんなに美味しい食べ物をお届けしたのです……。自分の弱みも力に換えられるなんて。しかも、みんなを助けてる。


「ああ、そうなの。気持ちはわかるぜ。まあ、出来ることがあったら言ってくれよ」

「……うん、ありがとう。フフ。あ、じゃあ、その、今日は、一緒に寝てもいいかな……?」

「おう。恥ずいけど、俺も一人だと眠れなさそうなんだ」


 そして、私たちはベッドを共にしました。本当に、共にしただけ。一緒のベッドで寝てるだけ。少し残念に思ってしまう自分がいて、ものすごく恥ずかしいです……。

一緒にいるだけで、なぜか安心してしまいます。お互いがいるという事実に安心してしまいます。本当に、このまま何もせずただ一緒に眠ってしまいそうです。


「……ユーキ君」

「おう」

「不安に思うことないよ。ユーキ君なら、どんな相手にでも勝てるよ」

「おう、ありがとう。お嬢さんに言われたら、そんな気がして来たぜ」


 彼が、本当に安心したような笑顔を見せたので、ホッとしました。しかし、見つめていると、恥ずかしくなったので、目をそらしてしまいました。そして、ふと、また思い浮かんでしまったことがありました。


「ああ、えっと、ね、ねぇ、関係ないんだけど、聞いていいかな?」

「おう、なに?」

「あの、さ、どうして……私のこと、お嬢さんって呼ぶのかなって? いや、イヤじゃ何だけど、その、なんで名前で呼ばないのかなって……」

「あ~、その……。たぶん、だけどよ。なんとなくだ。俺、前にも言ったけど、いろんな女に恵まれなかったからかな。だけど、好きになっちまうんだ。名前を呼び合うと」

「あっ……私のことも、まだ、信頼しきれて……」

「ああ、それもちょっと違うな。お嬢さんのことは信頼してるよ。だけど、もしかしたら死ぬかもしれないだろ? それなのに、お互いを好きになったら、同じ名前を呼び合えるくらい好きになれたら、後悔すると思うんだ」

「ユーキ君は、死なないよ!」

「……そう思う?」

「うん。ユーキ君は勝てるから。だから、仲良くなろ? お嬢さんじゃなくて、モエコって、名前で呼んで?」

「おう、わかった。俺はユーキ。改めてよろしくな、モエコ」

「……うん。よろしくね」

「あと、俺、たまに名前で呼んじゃってた時あったぜ?」

「そ、そうだっけ……?」


 勢いで、また罪を重ねた。ひどい。最低。最悪。

 こんなに頑張っているユーキをひどい目に遭わせた女性を許せないと思ったけど、私はそんなこと言えない。今まで彼が出会ってきた悪女の中でも、もっとひどいんだ。

こうやって、自分をただ卑下しているだけで、私は何も改善しようとしていない、できない、私って……私って……もう、考えたくない。

 なのに、私は彼に甘えるように、子どもみたいにギュッと抱き着いて眠ってしまいました。

 あ、今日、そういえば、大晦日だ……。





 その日は、突然訪れました。

 私が早朝、世界中の防衛システムからの知らせをチェックしていると、それはやってきたのです。


『警報、警報! 異常エネルギー体発生、異常エネルギー体発生!』

「そ、そんな! ああっ、早く連絡!」


 私は、つい発作的に基地中に知らせてしまいました。

 すぐに指令室に向かうと、司令官は既にいらっしゃり、私がモニターなどを調整している間に、博士も出動してきました。


「もう、新年早々、なんなのよ!」

「モエコ隊員、映せ」


 私は、指令室のメインモニターに、その恐ろしい姿を映しました。

 それは、巨大な二足歩行の恐竜を思わせるような、巨大怪獣でした。避難が完了しているとはいえ、どこかで見た覚えのあるネオンで輝いている大都市を、いとも簡単に破壊していきます。


「な、なによあれ、デカすぎる! 四十メートルはあるわよ⁉ あんな大きさのものが、あんなにピョンピョン動き回れるはずないのに! このままだと、あの都市がある国は、一夜で滅びてしまうわ! 名づけるわ、侵略型怪獣第一号、オメガザウルス!」

「オメガザウルス……⁉」


 私は、名付けられた怪獣を見て、また恐怖がより倍増してしまいました。この怪獣は、何故か破壊を楽しんでいる。そのように感じました。意志を持っている、邪悪な生命体だと。


「……モエコ隊員、ドフールを出撃させろ」

「……! は、はい、司令官!」


 私は、オペレーター席にあるマイクに発作的に声をかけようとしてしまいましたが、一瞬、なんて言えばいいのか、いえ、呼び出していいのかと、躊躇してしまいました。

 これで、彼は、負けても、勝っても、死んでしまう……。だけど、行かせないと、世界が終わってしまう……。


「ユーキ君、ドフールで出撃して、ください!」

『了解! 行ってくるぜ!』


 ユーキはパイロットスーツに着替えて、既にドフールに搭乗してしまっていました。これから、必ず死んでしまうことも、知らずに。


「ま、待って、ユーキ君……」

『ユウキ・ユーキ。ドフール、出撃!』


 ユーキ君の操縦するドフールは、博士が取り付けたロケットエンジンで出撃して行きました。巨大なロボットが、空を飛んで行きます。

今のところ、命を燃料にして行われる思考操縦機能は使われていません。なので、彼の命は使っていないはず……。

 私がユーキ君を心配している中、博士がコンピュータの様々な資料と、モニター越しによる観察を基に、敵怪獣を分析してくれています。


「相手と身長差が十メートルもあるわ! 腕力の他にも、超能力を持っている可能性も高い。あの装甲だと、核攻撃も効かないわね。そしてなにより、あの巨体であんな大きな動きで動き回れるのは、おそらく、体内に未知のエネルギーを有しているに違いないわ。それであの巨体と破壊力を維持しているのよ!」

「そんな、よくわからないけど、危険ってことですね……ユーキ君、あんまり近づかないようにして」


 モニターでは、怪獣が次々と大都市を破壊していきます。嬉々とした様子で。まるで、人間が入っている着ぐるみのようです……。

本当に、人間が入っているんじゃ……?


『了解。だけど、近づかないと倒せないぜ? 博士がつけてくれた機関銃で撃ってみるか?』

「ボクの発明したツヨツヨマシンガンなら、核シェルターも貫通できるわ。やってみて!」

「ユーキ君、遠くから、機関銃で撃ってみてください!」

『了解、ツヨツヨマシンガン、発射!』


 銃声と共に、巨大な弾丸がオメガザウルスに発射されます。しかし、オメガザウルスに通用した様子はありません。


『効かねぇ! 回り込んで距離を詰めながら撃ってみてもいいか?』

「なるほど、至近距離からなら威力が倍増するわ!」

「わかりました、ユーキ君、旋回しながら射撃お願いします!」

『了解!』


 ドフールがロケットエンジンで飛行しながら、グルグルとオメガザウルスに弾丸を放ち、徐々に距離を詰めていきます。しかし、オメガザウルスには全く通用しません。

 その時、オメガザウルスの巨大な尻尾が、ドフールに向かって振りかざされました。


「避けて!」

『危ね⁉』


 ドフールはその風圧だけでもビルを真っ二つにするほどの攻撃を避けました。しかし、オメガザウルスの攻撃は止まりません。次々とその巨大な四肢で、殴り、蹴り、そして巨大な顎で噛みつこうとしてきます。しかし、ドフールも負けていません。全ての攻撃を避けきって、マシンガンを放ち続けます。


『うお、やべ、弾丸が切れた!』

「うそ、そんな⁉ では、じゃあ、デカデカツヨツヨナイフを! 足につけてあるんだ!」

「ちょっと、ザコモエコ、ボクが開発して名付けたのに……!」

『よっしゃ!』


 ドフールはナイフを抜いて、隙のない完璧な構えをしました。そして、オメガザウルスと向かい合い、お互いに突撃しました。ドフールは華麗な動きでオメガザウルスの拳と蹴りを避け続け、間合いを詰め、そして、デカデカツヨツヨナイフを、オメガザウルスの首元に突き刺そうとしました。

 頑張れ、ユーキ君、ドフール! 行ける! 勝てる! まだ思考制御は使っていないから、帰って来れる! 私たちの元に、帰ってきて!

 バキン! 地球上のほとんどの物体では破壊不可能なほどの耐久力を誇るはずの、デカデカツヨツヨナイフが、オメガザウルスの首元に正確に当たったのに、効きませんでした。


『うわ、折れた⁉』

「そんなぁ……⁉」「うそ……⁉」


 驚愕する私たちを感じ取り、オメガザウルスが笑ったような気がしました。そして、その勢いのまま、オメガザウルスはドフールを掴んで投げ飛ばしてしまいました。


『うおあああああっ⁉』

「ユーキ君⁉」


 ドフールは、強く地面に打ち付けられてしまいました。

 それでも、オメガザウルスの攻撃は終わりませんでした。


「なっ⁉ オメガザウルスから熱エネルギー反応⁉ 火炎放射が来るわ、活火山の噴火レベルの⁉」

「火炎放射です! 避けてください……っ⁉」

『了解!』


 すると、オメガザウルスの口から、凄まじい、全てを焼き尽くしてしまうほどの炎が吐き出されました。あたりが、蒸発していく⁉

 ドフールは、何とか飛行して避けることが出来ましたが、その避けきれないほどの火炎放射による熱が、上空のドフールにつけられたロケットエンジンやメガマシンガンを燃やし、蒸発させてしまいました⁉ 中にいる、ユーキ君まで蒸発してしまいます!


『ぐおわっ⁉ あちい⁉』

「ユ、ユーキ君⁉」

『うお、燃えた、火だ、溶けた⁉ 落ちてる⁉ うわっ』


 そして、外付けの装備を失って素体となったドフールは、重力に引っ張られて、燃え盛る大地に落ちて行きます……! 地響きが鳴り響き、砂煙が晴れると、大の字に倒れたドフールが、地面に亀裂を走らせて、倒れていました。

 私のせいです。私がオペレーターとして未熟だったからです。ですが、彼がやられたわけがないと、つい思ってしまいました。


「そ、そんな……ユーキ君⁉」


 応答しませんでした。通信機器まで燃やされてしまったのでしょうか? それとも、いえ、彼が死んでしまったわけがありません! 

こんな、無残に……絶対にありません!


「ユーキ君、返事してください! ユーキ君!」

「もう、やだ……」

「は、博士……」


 博士が、いつもあんなに自信満々で元気だった博士が、両ひざも手もついて、泣いていました。

や、やめてください、博士。あなたがそんなだと、彼が、本当にやられて、勝てなかったと思うじゃないですか、イヤです、そんな……。

絶対に、ユーキ君は生きてるはず!


「ゆ、ユーキ君! 応答してください! 生きてるんでしょ! ねぇ!」

「やめなさいよ! アイツは死んだんだよ!」


 私は、気が付くと、泣き出してしまっていました。だんだん、全身から力が抜けていくのを感じます。

いやだ。ユーキ君が、死ぬわけない……。


「あのザコは本当にザコだったんだよ! やられたんだよ! ボク、わかった。どんなに頑張ったって、訳が分からない奴らには、敵わないんだ……。あのザコに勝てないんなら、ボクたちはもう、なにもできるわけないよぉ!」

「そ、そんな……博士……」

「博士、奴に弱点があるとしたらどこだ?」と、司令官。

「そんなものないわよ。ずっと黙っていたくせに、今さら喋り出すんじゃないわよ!」

「早く分析しろ」

「……ぐす……。あ、あるとするなら、たぶん、エネルギー源は、喉元。火炎放射はあそこから放たれていると、思う。だけど、わかったところで……」

「わかった。モエコ隊員、パイロットに呼び掛け続けろ」

「だ、だけど……」

「お前が指導したんだろ。生きていると信じろ」

「……⁉ はい!」


 もし、返事がなかったら。そう思うと、怖くてたまりませんでした。だけど、きっと、彼は生きているはず。そう強く信じて、願って、呼びかけ続けました。


「ユーキ君! 返事して!」

『……! おっ⁉ つながった!』

「ああっ……ユーキ君⁉ い、生きてたんだね⁉」

『おう。通信機が壊れちゃったから、修理してたんだ。何も言わずに行動するのもあれだからよ!』

「う、うん……。よ、よかった……」

「この、ウルトラザコ、バ~カ! 何してたのよ⁉」


 博士はそう怒鳴ると、安心しきったように声を上げて泣き出してしまいました。


『あ、その声、博士か? もしかして、泣いてくれたのか?』

「泣いてなんかないわよ! ボクはモエコ犬みたいなザコじゃないだから、ツヨツヨなんだから!」

「……ううっ。あ、あのね、博士によると、オメガザウルスの弱点は、喉元みたいなの。だけど、攻撃手段が、もう、ないから……」

「あるだろ、モエコ隊員。パイロットに思考制御を使わせろ」

「……し、司令官? そ、そんな……」

「早くやらせろ。世界が終わるぞ」


 私は、何も考えられなくなってしまいました。ユーキ君が、せっかく生きていたのに。

 だけど、モニターの向こうでは、オメガザウルスが悠々と楽しそうに周りを破壊しています。その怪力と火炎放射に任せて。

 だけど、あんなのを倒すには、彼が犠牲にならないといけません。私の頭の中に、彼との思い出がよみがえってきました。

 あ、あれ? うわあ……。私、彼に何もできてない……。楽しいこと、人間らしいこと、一緒にしてない。彼は、どう思ってたんだろう。私と訓練ばかりで、楽しかったのかな? 私だけ、なんだか、幸せだった。彼がどんどん強くなっていくのが、嬉しくて、誇らしかった。彼が新しいことができるようになったと言って感謝してくれると、幸せだった。なのに、私は、やっぱり、何もできてない。彼ともっと話したかった。死ぬための訓練とかじゃなくて、もっと……思いつかないけど、もっと、いろんなことがしたかった……。訓練だけでもこんな気持ちになるんだから、もっと人間らしく、楽しいことを一緒に過ごしていたら、もっと、お互い幸せだったに違いないのに……。

 気が付くと、私は通信越しに泣きじゃくっていました。


「……ぐす、ううっ……。ゆ、ユーキ君!」

『うお、なに、どうしたの? 泣いてるんですか?』

 卑怯だ。私。顔を見て言わなかったくせに、通信越しでこんなこと言うなんて。

「ユーキ君……ごめんなさい。……あなたに、犠牲になってもらわないと、怪獣、倒せないの……」

「……こ、このザコモエコ、今、それを言うの⁉」

「もう、ムリ。我慢できない。だけど、イヤだ。あなたなら、きっと、世界を救える。全力を出したら、あなたは、死んじゃうの……だ、だけど、世界は救いたいし、だけど、あなたには、死んでなんて欲しくない、だ、だから……」

『わかった、やるぜ』

「……ユーキ君?」


 すると、ドフールが自分よりも大きなオメガザウルスに向かって走って行きました。そして、火炎放射や剛腕を避けながら、効いているのか、効いていないのかもわからないパンチやキックを繰り出していきます。

 私が、訓練で教えた格闘技だ……。喉元を狙ってる……。


「ゆ、ユーキ君!」

『俺の戦意がなくならないように、わざと言わなかったんだよな? すごいよ。世界のために。自分が嫌いなことして。今まで、我慢してきたんだよな? なんか隠しているとは思ってたけど、そっか、俺死ぬのか~』

「ゆ、ユーキ君……わ、わかってたの……私が、あなたを騙してるって……」

『モエコ、隠し事苦手っぽいからさ。なんか、第一印象でそんな気がしたんだぜ。いい子そう、例え世界のためでも、悪いことは嫌そうだってな。そんなあんたの助けになるならって、また詐偽かもしれないけど、それでも助けたいって思っちまったんだわ。正直に言ってくれてありがとう』


 違う、あなたのためじゃないんだ……。私が、楽になりたかったからっていう、自分勝手な理由で……。


『自分のこと、責めなくていいよ。だた、やっぱり、死ぬのは嫌だな。せっかく、モエコや博士とも会えたし、これから侵略者をやっつけるの頑張ろうと思ってたんだけどよ』

「ご、ごめんなさい。だけど、だけど……」

『だから、気にしないでいいぜ? 俺が、モエコたちのおかげで救えた世界で、幸せに、無理しないで、生きてくれ! あ、あと、俺のトラックあげる……』


 ザザザー……! 彼の声が、聞こえなくなってしまいました。そして、彼の戦う様子を映していたモニターまで砂嵐になってしまいました。


「……ユーキ君? ユーキ君⁉」


 まさか、そんな……。何度も通信を調整しても、全く通じません。

 博士も必死な様子で一緒に調べてくれましたが、わかったことは、恐ろしいことでした。


「な、なによ、これ⁉ とてつもない高エネルギー反応、これで通信が妨害されて、画面も写らなくなったのね……し、しかも、なによこれ、地球が蒸発するレベルよ! なんで、この星、大丈夫なの、ま、まさか……あのウルトラザコ……⁉」

「……ユーキ君が、ドフールの機能で、守ってくれてるんだ……」


 彼が命を削って、ドフールの機能を最大限に発揮させているとわかってしまい、私まで死にたい気持ちになりました。

彼が死んだら、私がいる意味なんて、ない……。

 せめて、彼の雄姿だけでも見せてほしい。だけど、それを見たら、余計に嫌になるかもしれない。

私は、絶望と恐怖で息がつまり、気が狂いそうになりました。

 すると、砂嵐だった画面が写りました。


「……ユーキ君⁉」


 人工衛星とドローン越しの画面に映っていたのは、体中から熱を放出して、あたりを蒸発させようとするオメガザウルス。その様子はまるで、逆上したような感じでした。

そして、両手を広げてフォースフィールドを貼って、世界を守っているドフールの姿がありました。あんな機能は、博士はつけていません。ユーキ君が命を使う思考制御で、ドフールに新たな機能を目覚めさせたのです。そして、彼はそれだけでは終わらせませんでした。それだけで、自分の命を燃やし尽くしませんでした。


『ロケットナックル!』


 ドフールは、まるでロケットのような速さで駆けだし、その鉄腕の一撃を、オメガザウルスの首元に当ててみせました。そして、その勢いのまま、オメガザウルスはまるでロケットのように、空の彼方に吹き飛んで行きました。

 宇宙空間まで飛んで行ってしまったオメガザウルスは、エネルギー源の首元を破壊されて、大爆発。その様子は、太陽のような恒星がもう一つ増えたかのように思いました。しかし、その瞬きも消えて、ついに倒されてしまいました。

 それを、博士が解析して、確認しました。


「……オメガザウルス、地球圏からの完全排除、完了」


 そして、画面はまた砂嵐になり、暗転してしまいました。きっと、ドフールの機能が見せてくれたのでしょう。ユーキ君の最期の雄姿を。いいえ、もしかしたら、ユーキ君はやっぱり、死ぬのが怖かったから、せめて、私たちには姿を見ていて欲しいと思い、そのような機能も目覚めさせたのかもしれません。


「……二人とも、ご苦労だった。ドフールの回収は、現場の安全を確認次第行う。解散」


 司令官は、なんで平気なのでしょうか。冷徹な声でそう言うと、指令室を出て行ってしまいました。

 私は、力尽きたかのように泣き崩れてしまいました。

もう、何も考えられません。あんなに元気だったユーキ君が、もうこの世にいないだなんて。あんなに派手に世界を救ってくれた、彼がいないだなんて。残ったのはドフール。世界を救ったマシンだけ。彼を食べたマシンだけ。

 そばで、博士が静かに背中を撫でてくれているのがわかります。と、思いきや、どこかに逃げるように駆け出して行きました。


「……え、あ、ちょ、ちょっと、バカザコモエコ! 早く外に行って!」

「ほっといて、な、なんで……」


 博士が操作しているモニターを見てみると、この秘密基地に、未確認飛行物体が飛んでくるのが見えました。

 気が付けば、私は基地の外へ駆けだしていました。

空を見上げると、ありえないはずのものが降りてきました。ドフールです。

ドフールには自動帰還システムなんでありません。いえ、もしかしたら、ユーキ君が迷惑をかけないように……もしかして、ぬか喜びかもしれません。

コックピットが開いて、ワイヤーを伝って降りてきたのは、間違いありません。

大好きな、彼でした。ドフールパイロット、ユーキ。無傷で元気そうです。


「モエコ、俺、なんか、大丈夫だったみたいって……⁉」


 気が付けば、私は自分よりも大きな彼に抱き着いて、子どもみたいに甘えるように泣きじゃくっていました。

 彼に、どんなに謝ったって、感謝しても足りません。


「ごめんなさい、ありがとう、ごめんなさい……私、私・・・・・・」


 顔を上げて彼の顔を見てみると、ユーキ君はキョトンとした顔をして、私の顔を見つめていました。そして、私の頭に手を乗せて、優しく頭を撫でてくれました。

 わ、私、何してるんだろ……こ、こんな状況なのに、嬉しがるなんて……。


「あ、ご、ごめん。なんか」

「いや、そ、その……」

「もう大丈夫だから。俺、なんか知らないけど、生きてるし。モエコとみんなのおかげで勝てて、生きてるんだよ。たぶん。ありがとうな。今は、勝利を分かち合おうぜ」

「だ、だけど、だけど……」

「やめてくれよ。アンタが安心してくれないと、俺も休めねぇよ」

「う、うん。ありがとう、お疲れ様、ユーキ君」

「ハハ……うあっ……」

「じ、ユーキ君⁉」


 彼が倒れかかったので、死んでしまったのかと思いました。しかし、彼は疲れ切って眠ってしまっただけでした。そのあと、彼をなんとかベッドに運んで寝かせてあげました。

 そのあと、私も彼を見つめているうちに、眠ってしまいました。


 その次の日。

 私は一緒に眠っていたユーキ君よりも早く起きてしまいました。何か、また勢いでシちゃったんじゃと思いましたが、健全だったのでホッとしました。

 彼はまだ眠っています。よかった、ちゃんと生きてると、私は安心しました。だけど、彼の顔を見るのに、罪悪感がぬぐえません、彼は許してくれているようでしたが、私は自分がまだ許せません。もっと彼のそばに居たいけど、そんな資格はない気がしたのです。

 けど、彼の顔をずっと見つめてしまっていました。すると、彼の目がパチッと開きました。


「うわぁっ⁉」

「うわああああああああああああああっ⁉ ……あ、おう、おはよう、モエコ」

「……。あ、お、おはよう……え、えっと、あの……私、仕事、あるから、じ、じゃあね!」

「え? あ、おう……」


 私は、逃げるようにユーキ君の元からいなくなりました。彼ともっと一緒に居たかったですが、なぜか、それが耐えきれなかったのです。





 身支度を済ませた後、事務作業を終え、博士のお仕事を手伝いに行きました。

 私が事務作業をしている時に、ユーキ君は博士の元で健康状態の診察を受けていたようです。自分で行けるようになったのですね……。当たり前か……。


「バカ、ザコ、ザ~コ! 変態、最低、ロリコン! どっか行っちゃえ!」


 博士のその心配のあまり泣きながら言っている言葉の後、ユーキ君が、バツが悪そうに研究室から出てきました。


「ゆ、ユーキ君! その、体とか大丈夫だった?」

「おう、俺はマジでなんとも。けど……。博士も、心配してくれてたみたいだな。ありがたいぜ。だけど、どう接してあげたらいいか、わかんなくてよ。出てきちまったぜ……」

「うん。博士のことは任せて。ユーキ君は休んでていいから」

「本当にいいのかな……」

「うん。博士、気持ちがいっぱいいっぱいなだけで、また普通に話してくれるよ」

「おう、そうか。じゃあ、その、任せちゃってもいいか?」

「うん、任せて。ユーキ君は、ちゃんと休んでね」

 そのあと、博士をユーキ君から託された私は、研究室に静かに入りました。

「あ、あの、博士……」

「ぐす、ぐすっ……な、なによ、ザコモエコ犬! 見るんじゃないわよ……」

「ご、ごめんなさい……あ、あの……」


 私は、外見と年齢相応にシクシク泣いている博士を見て、いてもたってもいられず、寄り添って背中をなでてしまいました。ユーキ君から頼まれたので、何か声をかけてあげたかったのですが、どうすればいいのか、またわからなくなってしまいました……。


「……ぐす、ううっ。ボク、いつもは思ったことは全部口に出しちゃうのに、今日は、心無いこと、ウルトラザコに言っちゃった。……ボク、理解っちゃった……。こんなに、自分がヨワヨワだったんだなって。本当は、嬉しかったんだ、生きてて……な、なのに……」

「博士……。大丈夫ですよ。ちゃんと、ユーキ君に気持ちは伝わってますから」

「……本当?」

「はい。ユーキ君、心配してくれたこと、嬉しかったそうですよ?」


 博士はその言葉を聞くと、爆発したかのように涙を流して、私の胸に飛び込んできました。博士は私の胸に顔をうずめて泣きながら話してくれました。


「……ぐす、ぐす。ご、ごめんなさい、モエコ。あなたにばかり、アイツのこと任せちゃって、アイツのこと、大事に思って、ボクなんかよりずっと死んでほしくないと思ってたでしょ……? わかるわよ、アンタと一緒に研究したり、仕事して来たから……」

「は、博士……」

「ごめん、ごめんなさい……。ボクも、アイツと一緒に何かするの大好きだから……。アンタなんか、なおさらなのに……ボク、ボク……」

「博士、もういいですよ。私、怒ってませんよ。博士のおかげでユーキ君とも出会えて、仲良くなれたんですから。あと、博士、お疲れ様です。ありがとう」

「ううっ、モエコ……!」


私は、許されて安心しきって泣きじゃくる彼女の小さな頭を撫でてしまいました……。


「……はぁっ⁉ ち、小さい頭ですって⁉」

「え、わ、私、なにも……」

「モエコ犬の胸がデカすぎるのよ! ボクよりちょっと背が高いだけなのに! なによ、この差は⁉ 頭ヨワヨワのくせに!」

「ええっ……」


 博士は私の胸に八つ当たりして気が済んだのでしょうか、ドフールとユーキ君の研究と分析を始めました。

 私も、早くユーキ君に会いたくなったので、フラッと出て行きそうになりました。


「ちょっと、どこいくのよ? 助手しにきたんでしょ?」

「あ、も、申し訳ございません……」


どうしよう、ユーキ君のこと考えていると、こんな風になってしまいます。……あと、私の胸、そんなにヘンかな……。

 そのまま、私は助手を務めることになりました。しかし今日は、博士を膝の上に乗せるという、必要なのかよくわからないことをしています……。博士は私の膝に座り、頭を胸にもたれて、教授の残した暗号の資料を熟読しています。

 クンクン。シャンプー変えたんだ。よかった。お風呂とかには入っているみたいです。って、何してるんでしょうか、またヘンタイさんみたいな……。


「ふむ……。どうやら、ドフールの一度覚醒した機能はそのまま使えるようね。だけど、やっぱりウルトラザコでしか使えないと……思考力の具現化……どうなっているのかしら。もしかしたら、想像次第で全知全能にもなれるんじゃ……うふふ、なるほど。もしかしたら、世界征服も夢じゃないかもね。それでこそ、もっと厳重にウルトラザコとドフールを補完してやらないと……。それで、あのウルトラザコは……健康そのものね。訳が分からないわ……調べても調べても、普通の人間だし。なんなのよ……」


 博士が思っていたことを口に出してしまい、その内容を私が理解できないのはわかっていたので、私は考え事をしてしまっていました。

 今朝の事務作業で、昨日の戦いの報告書を整理していましたが、どれだけユーキ君が大変な目に遭ったか、イヤでもわかります。モニター越しとはいえ、すぐそばで見ていたのだからなおさら。さらには、あの怪獣が破壊して回った都市についても。あの戦いで、どれだけの人々の生活がめちゃくちゃになってしまったか。もしも負けていたら……。ユーキ君に、危険で重い責任を持たせてしまいました。私は、もう、これ以上彼に危ない目に遭ってほしくありません。


「あ、あの、博士?」

「ん? どうしたの、モエコ犬」

「その、えっと……侵略者、やっつけましたよね? ユーキ君、もう解放してあげてもいいんじゃ……」

「はぁ? アンタ、本当に犬に降格して正解だったわ。まだ侵略者は来るわよ?」

「……え、ええっ⁉」

「当たり前でしょ、ザ~コ。あんな怪獣を送り込めるくらいの奴らよ。それ以上に強力な奴らが現れるに違いないわ。いつ終わるかもわからない。どれくらいの戦力を持っているかもわからない。次は負けるかも」

「そ、そんな……だ、だとしても、もし、勝ち切れたら……」

「その時は、今度はドフールとそれを操れるパイロットを巡って争いが起こっちゃうかもね~。本当に、ボクと違ってみんなの頭はヨワヨワなんだから、本当にザ~コ」


 私はその言葉を聞いて、心底恐怖しました。今度は、彼が発端で世界が終わるかもしれません。みんなのために頑張ってきたのに……。


「え、ええっ……じゃあ、ユーキ君はずっと、生きている限り、ひどい目に……ひ、ひどい。せっかく、生きているのに……頑張ったのに……」

「おい、モエコ犬! あんた、本当にザコね!」

「はうっ……」

「何のためにアンタがいんのよ。あのウルトラザコのそばに。アンタがそんなヨワヨワなウルトラザコを、ツヨツヨにしてあげればいいじゃん。どんな相手でも、負けないように、世界中のどんな軍隊の、誰の標的にもできないようにさ!」

「……⁉ ……ああっ……そ、そうだ、私の役目は……」


 そうでした。私が、彼を強くしてあげないと。優しくしてあげないと。その責任がある。世界を守るという重い使命を担っても、彼がそれをなしとけられるように、私はしないといけません。いえ、彼だけでなく、彼と一緒に、世界を救わないといけません。


「は、博士、ありがとうございます」

「はぁ⁉ アンタのドスケベ心のためじゃないわよ、バカ、ザコ! 世界のためってこと、忘れないでよね」

「は、はい! ……って、私は欲情してないです! あ、あと、博士も必要ですから!」

「なっ……わ、わかってるわよ……」


 そのあと、訓練の時間になったので、ドフールのそばにやってきました。博士筆頭の下、すっかりきれいに、完璧に整備されていました。

 そして、そのそばに、彼はいました。


「おう、モエコ。来たか」


 笑顔で迎えてくれた彼の手を、つい握ってしまいました。背、高いな……いつも見上げちゃう。すると、目線を合わせて彼がかがんできて、見つめてきました。

 彼に見つめられていると、ドキドキします。けど、もっと一緒にこうしていたいと思ってしまいます。だけど、やっぱり怖い。これ以上彼と一緒に居たら、戦ってもらっているとき、彼を心配のあまり取り乱すかも……だけど、世界も大事だけど、彼も大事。いや、世界と彼を比べるなんて、どうかしてる。だけど、やっぱり、彼が大事で……。


「……どうしたの?」

「ねぇ、ユーキ君。この戦い、いつ終わるか、わからないの。それでも、これからも戦ってくれる?」

「当たり前だろ。モエコやみんなのために戦うぜ」

「……あ、ありがとう……。ねぇ、その、もしかして、私たちが何か隠してることわかってたり、知らなかったり……その、えっと……」

「ああ、まぁ、何となくわかってたよ、何か隠しているかはな。モエコは俺のこと考えてくれてるけど、スカウトの後はなんか距離感じたし、そうそう、博士も最初から嫌いになろうと圧が強いし、司令官さんはマジで俺と会おうともしないしさ……」

「ああっ……。や、やっぱり……」

「けど、しゃあないと思ってるし、別に怒ってないぜ。安易な理由かもしれないけど、俺も同じような立場だったらそうすると思うぜ。大変だったんだろ、みんなも。ヘンに気とか使わせて悪かったな。これからは頑張って生きて戦うからな!」

「……⁉ う、うん……ありがとう、そう言ってくれて……」


 どうして、そんなに強いんだろう。私はこんなに自分勝手なこと思い込みをして、悩んでいるのに。世界の危機だっていうのに。一人の大好きな彼を、死なせようとしたのだから、世界を救うことに携わることなんてできないのに。ましてや、人を好きになる資格なんてないのに。

 けれど、私は、彼についてもっと知りたいと思ってしまいました。彼のそばに居るために。


「……ユーキ君。あなたのこと、もっと、教えて。その、好きなこととか、イヤなことがあったら、言って。私、あなたのこと、もっと助けたいから……」

「え? いや、俺が世界とモエコさんを助けないといけないんだよ。それくらいの力がある、あのドフールを託されたんだからさ。それに、モエコは訓練してくれて、いろんなものくれたじゃねぇか。俺が助けられてんだぜ。充分だよ」

「そ、それは、あなたをパイロットにするためで……そ、それで……け、けど、私、あなたに、もうこれ以上戦ってほしくなくて……あ……。ううっ……自分勝手だよね。ごめんね、こ、こんなで……私が導かないといけないのに……」

「……おう。やっぱり、俺が守らねぇとダメだな。わかった。じゃあ、侵略者から世界を救うたびに、モエコに俺の秘密を一つずつ教えてやるよ。戦う気になっただろ?」

「え、ええっ……。な、なにそれ……ず、ずるいよ……」

「おう。ドフールに乗ったら死ぬってことを秘密にしてたのに罪悪感があるんだろ。それでなんか罰のようなものがないと気が済まない、自分が納得できなんだろ?」

「それは、そうだよ! そ、それくらいのことは、しちゃったんだもん……。だ、だけど、そんなぁ……あなたのこと、ただ、知りたいのに……」

「おう。だから、秘密返しな? モエコが自分のこと秘密にしたように、俺も俺のことを秘密にさせてもらうぜ」

「……いじわる。けど、うん、そうだよね……」

「だから、これからも、俺の秘密を知るために、俺を侵略者に勝たせるように付き合ってくれよ。それに、俺、モエコのこと、本当に怒ってないから。いつもは隠し事とか、悪いことされたら、徹底的にやり返そうと思っちまうんだけど、アンタにはそんな気持ち湧かないんだわ。だから、本心から許してるんだよ、俺」

「そ、そう、なの……?」


 私の心の中の罪悪感が、スーッと消えていくような感覚がしました。彼の言動から、嘘を感じない。邪悪さや怖さを感じない。彼は、本当に許してくれているのです。

 私はそれがわかると、涙を流してしまいました。

それを見て寄り添ってくれたユーキ君に、私はまた抱き着いてしまいました。

もう、何回目だろう……。


「……う、うん、うん。……わかった。これからも、あなたのこと、導くよ。私が出来ること、頑張るね」

「おう! じゃ、これからも、よろしくな」


 こうして、私たちは約束を交わしました。

 彼のことをもっと知りたいけど、その秘密ができるだけ明かされてほしくはないなと思ってしまいました。だって、そのたびに、彼は戦うことになるのですから……。けど、かれのことを知るために、彼と一緒に戦って、勝てるように導いてあげたいと思いました。


「じゃあ、さっそく、俺の秘密を一つ教えるぜ~」

「え、う、うん!」


聞きたいのに、なんだかドキドキして、ソワソワします……。

なんか、秘密って、変な感じ……。


「俺、戸籍ないんだ。だから、何者でもないんだ」

「……え?」


 そう、だから、彼の個人情報など、彼の存在を証明し、この世から消さなければならない情報が見つからなかったのです。おかげで、スパイなどになった方がやられることになる、指紋を消すなどの隠蔽や保護などの作業はしないで済んだんだのですが。


「だからよ、俺が口で言うだけでさ、どこで生まれた誰だとか、はっきりと証明できないんだぜ。あの免許とか、トラックとか、フラフラしてる間に習得した技術とかで作った偽物だったり、貰い物だったりするんだ。ひどいけど、すごいだろ?」

「う、うん……そっか、それで……あなたの戸籍とか、なかったんだ……」

「そんである日、物心ついた時に、俺のやっている事、犯罪じゃねって思ったんだわ。いや、別に誰か殺したわけじゃないけどよ、ただ、ちゃんと許可とか検査とか受けて商売してないってさ。他のみんなは、頑張って習得したりしてるのにさ。俺だけズルいなって。けど、それって生きてちゃいけないって社会から言われてるみたいで、逆ギレみたいに惰性で何もせずにフラフラしてたんだわ」

「そ、そんな。わ、悪いことだと思ってるかもだけど、仕方ないんじゃ……」

「え、そう思ってくれる?」

「うん! それに、もう、そんなこと、帳消しになるくらい、いいことしてるよ! 世界救っているんだもん! そ、それに、それに……」


 例え、ちょっと悪いことしていても、もう彼のことを嫌いになんてなれません。生きるために頑張ってきたのですから。それに、少し悪いこと、人の迷惑になっていない程度に悪いことしている方が、強くて覚悟があって、必死に生きようとしていて、カッコいい気がしてしまいました。

……うわ、よく暴力を振るってくる恋人のことが忘れられないとか言う方々がいらっしゃって、なんだかなぁと、思っていましたが、そうか、こんな感じで惹かれちゃうのでしょうか……。

けれど、もう彼を自分でもわかっていると思っている悪いことなんてさせたくありません。彼なら、もっといい人に成れるはずです。そうなるべきです! もっとかっこよくなれるはずです!

 気が付けば、私はギュッと握っていた手を強くしていました。


「おお、どうしたの?」

「わかりました! ユーキ君! この戦いが終わったら、一人前の大人になりましょう! そして、あなたが悪いと思っていることを、しなくても生きて行けるようになろ!」

「……え、マジで? そこまで俺のこと、面倒見てくれんの⁉」

「うん! だから、訓練と一緒に、普通の学校でもするような勉強とかもしよう? 大変かもだけど、頑張れる、かな? けど、あなたなら、出来ると思うんだ……?」

「……マジかよ。おう、よろしく頼むぜ! モエコの元でなら、真人間になれる気がするぜ! ありがとう、アンタ、やっぱりいい人だな」

「う、うん!」


 あなたの方が、ずっといい人だよ……。





 それから、今日は操縦などの戦闘訓練ではなく、社会常識などの勉強をしました。彼は、本当に覚えがよくて、教えている私が楽しくなってしまうほどでした……。


「……。今、どのような状況か、わかっているか?」

「も、申し訳ございません、司令官……」


 やり過ぎて、司令官に報告の際に少し叱られてしまいました。

 少ししょんぼりして執務室から出ると、ユーキ君が待っていてくれました。


「おう、どうだった?」

「う、うん。平気だよ」

「本当?」

「……えっと、うん。ちょっと、怖かったかな」

「そうか。じゃあ、怒れないくらい優秀になるぜ。次の司令官は俺な」

「ほう」


 司令官が、いつの間にかそこにいらっしゃいました。

私は声も出せませんでした。


「……。あ~、せめて、正当なやり方で目指します!」


 司令官は、私たちの肩にその大きな手を優しくのせてポンポンと叩き、出張に行ってしまいました。彼なりに、労ってくれたのだと思います……。


「……。うお、こえ~。次から気を付けるぜ」

「ふふ、う、うん」


 これからは罪も秘密も重ねず、彼と接することが出来そうなので、よかったと、私は思っていました。


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