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手作り推しぬいと異世界生活 ~針仕事しかできないからとパーティーを追放された後、魔王を倒した功績で最高ランクの勇者と聖女になったので私たち元のパーティーには戻りません~

作者: 月嶋朔

「え、パーティーに戻ってもいい? ええー……無理ですよ……だってランクが違いますから。皆さんはまだ(カッパー)ですよね……? 私たち今は(プラチナ)なんで……」

 すみません、と【聖女】と認められた女性だけが着用を許された特別な専用衣装を身に纏ったユキミが小さく頭を下げる。目の前にいる男達の反応は、断られると思っていなかったため憤慨していたり、自分達よりランクが三つ上であることに驚いていたり、そのランクに達したパーティーが今まで世界で一組しかいなかったものであったために唖然としていたり、そもそもユキミの話を信じていなかったり、と様々だった。

 冒険者ギルドで偶然再会したユキミに対して「パーティーに戻ってきてもいいぞ」と偉そうに言ったリーダーの男は、憤慨して話を信じなかったタイプだった。ふんぞり返って座っていた椅子から乱暴に立ち上がる。

 木製の椅子が倒れて、背もたれの一部が少し割れてしまった。

「あ? 針仕事しか出来ねぇ荷物女が(プラチナ)とか下らねぇ嘘吐いてんじゃねぇよ!」

 怒鳴り声と拳がテーブルを殴った大きな音に怯えたユキミに、リーダーの男の怒りが少し下がり、加虐心が沸く。ニヤニヤといやらしく笑いながらユキミを見下ろし

「なあ、女の一人旅(・・・)なんて寂しいだろぉ? また俺達と一緒に来いよ。今のお前だったら、俺が直々に悦ばせてやるよぉ」と、胸元に流れる黒髪に触れようとする。

 リーダーはユキミが着ている【聖女】の衣装が彼女の自作で偽物だと思い込んでいるが、本物だと気付いたメンバーはリーダーを止めようと動く。そもそも、恋人でも夫婦でもない異性の体に、本人の許可なく触れることは、大変よろしくない行為だった。

 が、誰よりも速く、その手はユキミに触れる前に何かに弾かれた。


「ぬっ!」


 大きさ十二、三センチほどの、よくグッズ等で見かける頭は大きく体は小さくデフォルメされた、あのぬいぐるみだ。

 それがユキミの肩から現れて、リーダーの手を弾いた。

 ついでに、リーダーの体も壁まで思いきり吹っ飛ばした。


「先輩! ありがとうございます!」

「ぬ」

 すっかり静まり返った室内に、小さなぬいぐるみをうっとりキラキラした目で見つめながら嬉しそうに弾んだユキミの声と、構わないと言うような声色の先輩と呼ばれたぬいぐるみの声がよく響く。

 二人とも胸元には、(プラチナ)の証であるピンバッジが輝いている。


 この奇妙な二人?組こそ、今代の魔王を倒し(カッパー)から(プラチナ)に飛び級したと今世界で一番話題になっている、正真正銘【勇者】と【聖女】である。






 話はユキミが神託を受けて前世を思い出した時まで遡る。

 この神託をもってユキミが【聖女】となるために魔王を倒した。とかではない。

 魔族は名前を使って人間を使役し、時に呪い殺す。それを防ぐために、神託で『隠し名』をもらって名前を覆い隠すのだ。

 ユキミとはこの神託で授かった『隠し名』なのだが、神官にそう呼ばれた瞬間。母親に抱かれた赤子の頭に十八年分(・・・・)の前世の記憶が流れ込んできた。


 ユキミこと三島幸(みしまみゆき)は、日本の地方都市に住んでいた少女だった。

 彼女は女性向けソーシャルゲームにはまっていて、特に『先輩』とゲームキャラからもプレイヤーからも呼ばれている男性キャラがお気に入りだった。

 否、推し、だった。

 毎日ログインしてホームに設定している先輩を眺め、メインストーリーやイベントストーリーで先輩が登場するところをボイス付きで何度も再生して、誕生日にはケーキを買ってきて祝ったりもした。

 しかし彼のキャラデザが少々地味であること、キャラの性格が真面目すぎて面白くないこと等からあまり人気が無く、他の主要キャラと比べるとやや冷遇されていた。

 例としては、グッズ化イラストではぶかれたり、限定衣装ガチャの周期が他に比べて開いていたり、バナーイベントが一番少なかったり……。

 だけど幸はへこたれなかった。

 本名をもじった『ユキミ』という名前でSNSを始めてゲーム内の先輩のスクショを撮りまくり、ひたすら語りまくった。そしてお年玉やお小遣いやバイト代を貯めまくり、イラストに少しでも写り込んでいればグッズを買い求め、ガチャに登場すれば限凸するまで回して、アンケートには常に先輩の愛を綴り、あらゆる手段で運営と周囲に先輩の魅力を伝え続けた。

 それが実を結んだのか、なんとプライズとして先輩のぬい化が決定したのだ。

 告知を見た瞬間、幸は舞い上がった。

 それはもう、周りが全く見えなくなるほど。

 そのため、居眠り運転で突っ込んでくる車に全く気付かず、轢かれて即死した。


「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(嘘だろおいいいいいいいいいいいいいいいいいい)!!!!!!!!!!!!!!」


 神殿で神託を受けた直後に大声で泣き叫んだ赤子、ユキミは、その後も三日三晩泣いた。

 やっと公式から出る初の先輩単身のグッズ。しかもぬいぐるみ。それを手にすることが二度と叶わない悲しみ。

 異世界に転生したことに気付き、先輩そのものがこの世界に最初から存在しない絶望。

 ユキミは泣いて疲れて眠り起きてまた泣くを繰り返した。

 そして、悟った。

 先輩の存在そのものがこの世に無いのなら、自分が作ろう、と。

 過去に同じように『グッズが無いなら作ろう』と先輩のぬい作りを試みたことはあったのだが、先輩はこんなんじゃない! 魅力が足りない! と造形に拘りすぎて作業が捗らなかったため、布を買う前で長く停滞していた。だけど何度も試行錯誤していたから型紙の作り方も先輩の衣装全て細部まで覚えている。

 しかも父親は服の仕立て屋、母はお針子という、神様にお膳たてされたかのような環境。

 いける。

 ユキミはこの日から先輩のぬいを作るという目標に生きる決意をする。


 そうして両親の仕事に興味を持ったように装い、両親から裁縫技術を学び、五歳で針を持つことを許されてからはひたすら練習を重ね、ついに七歳なった頃、先輩のぬいを完成させた。

 先輩の魅力を損なわないデフォルメ具合、だけどぬいぐるみらしい愛らしいフォルム、そして細部まで再現に拘った衣装。

 ユキミはぬいぐるみで先輩を完璧に再現し、この世に先輩を顕現させた。

 そう。この時から先輩ぬいは、自由に意思を持って動いて、「ぬ」と喋ったのである。

 一番驚いたのは、作った本人(ユキミ)だった。

 自分が作った推しぬいが、推しの意思を持って、そして推しの声で喋ったのだから、発狂ものだ。嬉しすぎて。

 しかし両親はそのユキミの狂喜乱舞を見て、娘が呪いの人形を作って取り憑かれたと思い、泣き叫ぶユキミの目の前で先輩ぬいを暖炉にくべた。

 だがしかし、先輩ぬいは灰になるどころか焦げ一つない綺麗な姿で残った。

 それで恐ろしくなった両親は光魔法で祓おうとしたり、刃物で切り刻もうともされたが、憑いてないものは祓えず、柔らかいのに何故か刃物を一切通さなかった。

 不思議ではあったが、両親は驚かなかった。

 何故なら、いつからかユキミが仕上げたり刺繍を施した衣服を着ていると魔物に襲われても無傷でいられる、とわかっていたからだ。

 火を通さず、刃物を通さず、布なのにまるで金属や結界のように着用している者を守る。そんな不思議な服を作る娘が丁寧に作った人形だから傷付けることができなく当然だ、と先輩ぬいの処分を諦めた。

 しかも幸いにも光魔法で祓えなかったことから中身が善良であると証明され、先輩ぬいは周囲に好意的に受け入れられた。更に言えば、小さく俊敏で、中身は綿なのに体当たりが岩も砕くほど強い、しかも魔法も武器も効かないというチート性能なのだ。味方でいれば、この上なく頼もしい存在である。

 

 転機が訪れたのはユキミがこの世界の成人年齢、十六歳になった頃。ユキミの作る服の噂を聞き付けた冒険者のパーティー、冒頭の男達が店を訪れ、ついでにユキミをパーティーに誘ったのだ。勧誘の目的は、服の修繕が常時頼めるため。あとはその体で色々と奉仕させようかとも考えていたらしいが、当時のユキミは所々貧相だったから免れた。……良いのか悪いのか。

 男達に勧誘されたユキミは、両親の反対を無視して二つ返事で加入を決めた。もちろん先輩ぬいも一緒にだ。

 理由として、ユキミは先輩ぬいを傷付けようとした両親に対して懐疑的になっていて、しかも自分が作った服の売り上げを自分には一切回さないようにしていると最近になってわかったからだった。このまま両親の飼い殺しは御免だと家を出る計画をちょうど立てていたから、パーティーへの勧誘は好都合だった。

 だがしかし、ユキミ自身に戦闘能力は無い。自分が作った服と先輩ぬいの力に守られているとはいえ、基本的に物陰に隠れているだけ。料理は下手ではないが上手くもない。力も無いから荷物持ちはもちろんできない。服の修繕のために勧誘されたはずが、そもそも服に傷一つ汚れ一つ付かないから必要無い状態。

 針仕事しかできないパーティーのお荷物的な存在になってしまい、とうとうリーダーから「役立たずの穀潰しが!」と罵られて、加入半年でパーティーから追放されてしまった。もちろん先輩ぬいも一緒にだ。


「先輩、これからどうしましょうか……」

「ぬっ、ぬっぬ」

「慰めてくれるんですか? 嬉しいです。……そうですね、幸い五体満足に怪我も無く生きてますし、この先の町でお針子として雇ってもらえそうなところを探します!」

「ぬっ!」

「はい、先輩ありがとうございます! ところで先輩。今さっき通りすがりにいきなり襲ってきて、先輩の頭突きくらったあの黒いおじさん、なんか変なこと言ってましたね。なんか『俺魔王なのに、こんな倒され方』とか、なんとか………………えっ」

「ぬ?」


 自ら地上に偵察に来ていたところに、一番やばそうな力を持っているのが目の前を通りかかったから色々気付いてないうちに消しておこうと襲ったのに、返り討ちに遭って倒された。と、全世界に知れ渡った今代の魔王はその後『間抜け魔王』という不名誉な二つ名を付けられるのだが、それはさておき。

 経緯はどうあれ魔王を倒したユキミと先輩ぬいは王都で正式な鑑定を受け、強力な加護の力を持つユキミには【聖女】、そしてユキミが加護を授けて魔王を倒した先輩ぬいには【勇者】の称号が与えられ、それに伴い冒険者ランクが(カッパー)から(プラチナ)へと上げられた。

 本来であれば(ゴールド)が最高なのだが、二人の能力が極めて稀少であることから、更に上の(プラチナ)になったのだ。

 その後二人は魔王軍の残党討伐の支援や、要人の礼服の仕立て等に追われることになった。今日は依頼していた素材が入ったと連絡を受けて、久しぶりに休暇がてらギルドを訪ねたら、かつての仲間に再会して冒頭に至る、というわけだ。


 何故、元の仲間達がユキミを再度加入させようとしたのか。

 やはり服の修繕を任せるためだった。

 確かにユキミの仕上げた服は魔物からの攻撃を無効化させる。傷一つ付けることができない。

 だが、結局は普通の糸と布で作られた服。着ているうちに糸が解れたり生地が擦りきれて薄くなっていく。実際、先輩ぬいもユキミが定期的に修繕しているため、劣化していないように見えるだけだった。

 だが服自体が劣化して見た目が襤褸を着ているように見えても、実際の加護は消えもしなければ薄くもならない。ただ見た目がみっともないだけで。

 だがそんなことを知らない男達は無意識に服を庇って動くようになった。それだけのことなのだが、以前のような戦闘ができなくなってきている、ユキミが実は自分達に何かしていたのだろう、と思い込み、ユキミを探し始めたのだ。

 というのも、最強と言われていた魔王討伐パーティーが一人の青年を追放したのだが、後ろに突っ立ってちょっと強化魔法をかけるだけの『お荷物』と蔑まれていた彼が、別のパーティーに入って大活躍したことで、実はものすごい魔法の使い手だったと判明した。だが、その時にはもう以前のパーティーは彼の強化を失って弱体化し、(シルバー)から(カッパー)に降格。プライドを捨てて戻ってきて欲しいと懇願したが、青年は「もう遅い!」と言って断ったという。

 男達の脳裏にその一件が過ったのだ。

 幸い追い出した直後ということもありユキミが新しくパーティーを組んだという記録が無かったため男達は安心していた。戦闘能力が無いからどこかの町で針仕事でもしてるのだろうと軽く考えてもいた。

 実際は、追い出された直後に魔王を倒し、そのまま城に連れていかれて真偽の鑑定を受けていたのだが。

 その後もユキミがパーティーに加入したとは聞かなかったため男達はのんびりと捜索し、今日ギルドで再会したのは、本当に偶然だった。

 まさか魔王を倒して史上二組目の(プラチナ)ランクに上がった【聖女】と【勇者】が、自分達が見下していた針仕事しかできない荷物女と、その荷物女が後生大事にしている動いて喋る奇妙な人形だと、全員知らなかった。

 では、知っていたらリーダーは、ユキミに対して乱暴な態度は取らなかったのか。

 取らなかっただろうが、逆にあからさまに媚びへつらってユキミに付きまとい続けるだけだっただろう。

 かつてのユキミは余裕がなくあまり手入れできずに『垢抜けていない田舎娘』という印象だったが、ようやく身だしなみ気にする余裕ができたため今のユキミは『華奢で可憐な、守ってあげたいと思わせる少女』になった。

 実際高位貴族の青年達が婚約者を尻目にユキミに言い寄ってきているのだが、先輩ぬいがそれをことごとくはね除けている。ユキミ本人も「相手いるのに寄ってくる人とか、面倒で嫌ですよ」と言って避けている。

 故に、先輩ぬいはリーダーの男を思いきり吹っ飛ばしたのだ。不埒な目的でユキミに近付くなら、こうなるぞ、と。彼の仲間と、そしてギルドにいた者達に知らしめるために。


 ……だが、意図せず別のものまで知らしめてしまった。

 そう。【勇者】が、布で作られた『ぬいぐるみ』であることを、実は王と神官、そして倒された魔王以外誰も知らなかったのだ。

 過去に称号を与えた者の容姿を公表した際、似た容姿の者達がこぞって『自分のことだ』と詐称したためだ。それ以来、称号を与えた人物の容姿や名前を上は一切公表しなくなった。但し、称号を与えられた本人が周囲に吹聴する分には制限していない。それでなにかあっても『自己責任で我々は責任を取らない』と誓約を交わしたからだ。

 ユキミは一応決まりだからピンバッジと衣装を着用しているだけで、積極的に吹聴してまわるタイプではなかった。訊かれたら正直に答えるが……。


 魔王を倒した噂の二人組、取り分け何倍もの大きさの男を吹っ飛ばした掌サイズの存在に、ギルド中が騒然となる。

 そいつが魔王を倒したのか。今のはどうやったんだ。それは生きているのか。君が動かしているのか。

 そもそも、それは何なんだ?

 矢継ぎ早の質問攻めにたじろいでいたユキミも、その質問には自信を持って答える。


「私が作った推しぬいです! 先輩はすごいんですよ!」


 そう、訊かれたら正直に答える。先輩はものすごいのだと。

 ギルド内にいる人たちがユキミから『先輩』について軽く三時間ほど語られることが確定した瞬間だった。




 この一件がきっかけになり『推し』という概念と『推しぬい』が世界中に広がり一大ブームとなるのだが、火付け役の二人はそんなことも知らずに、今日も元気に針仕事と冒険を続けているが、その辺りは、また別の話である。

■補足1 先輩ぬいの中身

ちゃんとソシャゲのであるキャラ『先輩』の人格が入っていますが『公式設定』というより『ユキミ解釈』になっています。




■補足2 冒険者ランク

下から

青銅(ブロンズ):駆け出し。けつの青いひよっこレベル。


(カッパー):中級者、一番多いクラス。実力差もすごいため、更に1~9の数字で細分化することもある。

ユキミは1(チート級の装備を作るため、青銅ではなくここになった)。元仲間は5~7。


(シルバー):上級者、ここでも充分にすごい。


(ゴールド):銅~銀クラスの中から、魔王、または魔王に匹敵する魔物、魔獣を討伐した冒険者が入るクラス。


(プラチナ):金クラスの中でも更に稀有な魔法、または能力を持っている冒険者。

ちなみに最初の奴は、無自覚無双したチート能力持ち男と、転生前の知識でチートした女。こいつは金クラスで収まらないということでこのランクが作られた。彼の称号は【無敵】、彼女の称号は【賢者】。

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