04 あれだけ告白されているのに、妹はなぜ、誰とも付き合わないのだろうか?
「おにーちゃんッ、ちょっとどこかに行かない?」
「え? 今からデートじゃなかったのか?」
通学路を歩いていると、なぜか先に学園を後にしていたはずの妹が近づいてきて、話しかけてきたのだ。
琴吹は疑問を抱きつつ質問するのだが、心菜は焦らすように、すぐには返答してくれなかった。
「もしかして、お兄ちゃん? 私、本当にデートしに行くと思った?」
「違うのか?」
「どうなのかな?」
「いや、焦らさないでくれ」
そもそも、仮に心菜とデートすることになっても、実の妹に対して恋愛感情なんて抱きたくない。
琴吹は呆れた感じに、ため息を吐き、心菜の横を通り過ぎる。
「どうして、避けようとするの?」
「避けてないから」
本音で言えば、あまり関わりたくない。
けど、ストレートに言ってしまうと、妹から面倒な仕打ちを受けそうで怖いからだ。
兄なのに情けないと思うが、しょうがない。
「私ね、少し時間あるの。デートでもしてあげよっか」
心菜は軽く走り、琴吹の横にやってくる。
なんだよ、その上から目線な発言は。
妹とのデートとかありえない。
あの購買部で出会った子と会話する程度でもいいから、一般的なデートをしたいというのが今の目標である。
「お兄ちゃんッ、無視しないでよー……なに? もしかして、女の子とデートするのが恥ずかしいの? だよね、お兄ちゃん、童貞だし、手を繋ぐこともできないんだよね?」
心菜は笑い、バカにしてくるのだ。
「そんなことできるし」
「えー? 本当に?」
妹は棒読みな感じに、ニヤニヤする口元を右手で押さえている。
「ねえ、ねえ、だったら、私と繋いでよ」
実の妹からの上目遣いはさすがにキツい。
そういう色目を使われたとしても、靡くことなんて一ミリもないのだから。
「もしかしてできないんじゃん?」
「は? で、できるから」
「じゃ、ほら」
心菜は左手を差し出してくる。
繋げということなのか?
ここで距離を取ってしまったら、またバカにされてもおかしくないだろう。
「繋ぐから」
「やっぱ、女の子と繋ぎたかったんだあ」
「……女の子?」
「むッ、私だって、女の子だからね」
心菜はぺったんこな胸を腕に押し付けてアピールしてくる。
あまり感じないな。
制服越しということもあるのだが、本当に何も感じなかった。
そういう女の子らしさをアピールされたとしても、いつも一緒にいる妹を恋愛対象としては見れない。
「どう? 女の子の感触は?」
心菜は頬を赤らめている。
普段は強気な姿勢を見せてバカにしてくるものの、本当は恥ずかしいに違いない。
「……普通」
ボソッと言ってやった。
「はあ? 何それ? ひどいー」
妹は軽く頬を膨らませ、さらに強く右腕を抱きしめるように、まな板のような胸を押し付けてくる。
ぎゅっとされ、少しは感じることはできたが、本当に少しだ。
「それよりさ、心菜って」
「なになに」
話に興味を持ってくれる。
「今年入学してさ。何人から告白されたの?」
「わかんない。んっと、いっぱいかな」
「わかんないって……それ、同姓から嫌みに聞こえるんじゃないか?」
琴吹はふと、今日の昼休みのことを思い出す。
恋協部の前で会話していた上級生の女子生徒から、妬みの話題にされ、目をつけられていたことを。
これ以上、男子生徒へのハッキリとしない距離間を取っていると、いずれ痛い目に合うと思っていた。
「お兄ちゃん、もしかして、嫉妬してる?」
「そ、そんなことないさ」
琴吹は妹に視線を向けることはしなかった。
合わせてしまうと、確実に妹のペースに飲み込まれてしまうからだ。
「というか、早いところ、誰か一人に決めた方がいいんじゃないか?」
「なにー、お兄ちゃん。そういうの気になるのー?」
「違うから……なんというか、単なる忠告的な話さ」
「ふーん、忠告ねえ……」
心菜の声があからさまに小さくなる。
そして、右腕に当てていた胸を離し、一定の距離を取るように手だけは握っていた。
ちょっとばかし、妹の手に力が入っているような感じだ。
どうしたんだろうか?
いつもバカにしている相手から忠告されて嫌になったのか?
琴吹は気まずくなりつつ、共に通学路を歩き続けるのだった。
数秒の沈黙を乗り越えるように、心菜が口を開く。
「ねえ、お兄ちゃんはさ。好きな人と付き合うつもり?」
「ああ、そのつもりだけど」
「そう……」
妹は視線を合わせることなく、普段見せない感じの冷静さで淡々と話している。
「心菜も普通にモテてるんだし。付き合えばいいんじゃないか?」
「……私だって、付き合いたいよ」
「じゃあ、今まで多くの人から告白されてるんだし、デート候補も決めやすいんじゃない?」
「……」
心菜からの返答は鈍い。
「どうした?」
琴吹は隣にいる妹を見る。
ただ、俯きがちの態度からは元気のなさが伝わってくるのだ。
さっきまでははしゃいでいたのに、なぜ、ここまであからさまにテンションが下がっているのだろうか?
疑問しかなかく首を傾げていると――
「イタッ」
心菜から強く握られてしまい、右手に強い衝撃が走る。
「わ、私だってね。本気なんだよ。本気で想いを伝えているのに、本当に好きな人から告白されないんじゃ……付き合えないから」
心菜の頬には、瞳から流れた雫が伝っていた。
ど、どうして、泣いているんだ⁉
琴吹は右手の痛さを抑えつつ困惑してしまう。
複雑な心境に、返答の仕方がわからない。
いつもマウントを取るように、バカにした口調の多い心菜なのだが、今の妹は一人の女の子のように、誰かに想いを吐きだしているような感じだった。
「急に、大丈夫か?」
「んんッ」
心菜は繋いでいた手を大きく振るうように離し、睨みつけてくる。
「もう、いいッ、私一人で帰るからッ……お兄ちゃんのバカ、死ねッ、二度と帰ってくるなッ」
そんな暴言を吐き、近くの信号機を渡って立ち去ってしまった。
ちょうどよく信号の色が赤になり、乗用車などが車道を移動し始める。
今から妹を追いかけても、自宅に到着するまでは出会えないだろう。
「なんだったんだ? 好きな人から告白されないから、誰とも付き合わないってことか?」
兄であってもわからないことがあるのだと、琴吹は感じていた。