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36 俺は…やっぱり、心菜のことが忘れられない…


 琴吹は段ボールを持ち上げた瞬間、何かを考え込むように押し黙ってしまった。

 心菜のことが気になってしょうがない。

 俺は……どうしたらいいんだ?


 今は段ボールをもって、さっきの部屋に向かった方がいいだろう。

 そう思っているが、なかなか、先へ足を踏み込むことはできなかった。


 ……でも、考えすぎかな?

 ごちゃごちゃと考え込んでしまうのだ。

 一先ず、優奈がいるところに行こう。と思った。


 段ボールを持ちながら廊下を歩いていると、どこかの教室から嫌な声が聞こえる。

 それは琴吹の心に強く突き刺さった。

 声の持ち主はあの男子生徒だろう。

 一年生でありながら、何かと面倒な存在。

 以前、心菜に威圧的な告白をしていた人だ。


 とある空き教室。扉の隙間から、こっそりと覗くように確認する。

 そこには予想通りの、あの男子生徒。そして、心菜が対面していたのだ。

 妹は比較的強い口調で話しているものの、男子生徒には押され気味である。

 誰もいない教室。普段から使われていない場所だからこそ、誰かが助けてくれることもない。

 唯一の手を差し伸べられるのは、琴吹しかいないのだ。


「なあ、お前、成就祭の時、特に付き合う奴とかいないんだろ?」

「一応いる……」

「誰だよ」

「それは……」


 琴吹の前以外では、比較的おとなしい妹。

 言葉に詰まり、どこか、悲しそうな表情を見せている。


 助けたいと思っても心が動揺し、踏み込めない。

 昨日、心菜に酷いことを言ってしまったという罪悪感で心が満たされてしまう。


「というかさ、お前。付き合ってる奴とかいないだろ?」

「なんで、そんな事……聞くの」

「さっきさ、生徒会室に行ってさ。確認してきたんだよ」

「ストーカーじゃない、それ……」


 心菜は反論するように、小さくボソッとだけ言う。


「は? お前が色々な奴に告白されているのに、ハッキリとした返答がないからだろ?」

「そ、そうかも……でも、だったら、ここで言うけど……あなたたとは付き合わないから」

「は? 今、言うんじゃねえよ」


 空き教室で、嫌な相手から、妹が壁ドンのようなことをされている。


「んッ」


 心菜は縮こまっていた。

 それは怖いに決まっている。

 さらに威圧をかけられたことで、怯えていたのだ。


「まあ、一旦、あの場所に行くから。そうすれば、お前の考えも変わるだろ?」

「ど、どこ? 生徒会室?」

「違うから。まずは一旦、ついてこいって」


 男子生徒から強引に手首を掴まれ、誘導させそうになっていた。

 しかも、琴吹が今いる扉の方に向かってきているのだ。


 どうしよ……。

 逃げる?

 いや、そんなことなんてしたら……。


 確実に後悔してしまうだろう。

 ここで助けたとして、心菜と成就祭の期間中、一緒に行動なんてできない。


 優奈と契約を交わしていることもあり、違反扱いになってしまうのだ。

 そうなったら、学園での成績も、周りからの評価も大幅に下がってしまうかもしれない。

 変な噂を流されたりと、厄介ごとになるのは目に見えていた。


 けど、こんな苦しい感情を抱いたまま、日々生活なんてできないと思う。

 琴吹は隠れながらやり過ごすことはやめた。

 扉を自ら開け、堂々と姿を現す。


「あ?」


 突然の出来事に、室内にいた男子生徒が睨みつけてくる。

 一瞬、教師だと思い、今、心菜の手首を掴んでいる彼は、少しだけ動きが鈍くなっていた。

 だがしかし、琴吹だと気づくと、怯むことをやめていたのだ。


「その子から離れてくれないか?」


 沈黙を絶やすために切り出す。


「は? お前、またかよ。また妹を助けに来たのか?」


 男子生徒が威嚇してくる。


「お兄ちゃん……」


 心菜の表情が明るくなったような気がする。


「妹? いや、違うけど?」

「は?」


 男子生徒の顔つきが変わり、何を言ってるんだというような表情を見せてくる。

 同時に、心菜も戸惑っていた。


「その子は、俺の彼女なんだ。それに、成就祭の時、一緒に行動する予定だからさ。邪魔しないでくれる?」

「は? 生徒会のデータには、お前とこいつの登録はなかったはずだぜ?」

「まだね」

「まだ?」

「ああ、今から登録しに行くんだ。じゃあ、行こうか、心菜」


 琴吹は段ボールを床に置き、妹に手を差し伸べるのだ。


「はあ? お前ら兄妹だろ? お前らが付き合えるわけないだろ?」

「兄妹じゃないさ。だから付き合えるんだよ。な、心菜」


 妹は、え? ――といった顔を見せつつも、口元を緩ませていた。

 多分、心底嬉しかったのだろう。


「私、あなたとはいたくないからッ」


 と、心菜は男子生徒の手を振り切り、琴吹の隣に駆け足で向かう。

 二人は迷うことなく、その空き教室から逃げ出した。


「おい、どこに行くんだよッ」


 背後から聞こえる怒り交じりの問い。

 けど、振り返らなかった。


 段ボールをさっきの場所に置いてきてしまったが、今更戻る勇気などなく、優奈には申し訳ない気持ちになってしまう。


「ねえ、お兄ちゃん?」

「ん? なに?」


 廊下を二人で走りながらの会話。


「どうして、私を助けたの?」

「いや、だって、嫌だったんだ……心菜が苦しんでいるところを見るのはさ」


 琴吹は簡潔に言った。


「でも、後のことは別の場所で話そ」


 廊下を走りながらの状況では会話しづらい。

 校舎の階段を駆け上がり、屋上まで向かう。


 そこには今、誰もいなかった。

 そして、学園の敷地内の中で多分、一番高い場所だろう。

 屋上から辺りを見渡す。

 清々しいほどに気分が良かった。

 さっきは怖くて、微妙に体が震えているものの、心菜を助けられたという余韻に浸っていたのだ。


「ねえ、お兄ちゃん? 大丈夫?」

「え?」

「だって、手が震えているよ?」

「だ、大丈夫さ」


 琴吹は妹から一旦手を離し、対面した。


 顔を向け合っている二人。

 そんな中、琴吹を見つめながら頬を赤らめる妹。

 ゆっくりと囁くような感じに口を開き始める。


「お兄ちゃんって……優奈さんのところに戻らなくてもいいの?」

「……戻らないかもな」


 断言した。


「え? どうして?」

「だってさ。成就祭の時は二人で一組だし、二股はできないしな」

「じゃあ、どういうこと? ……もしかして、私と?」

「まあ、そうなるね」


 琴吹は照れながら言う。

 心菜のことは妹としてしか見れなかったが、やはり、一緒に生活してきた妹が悲しむ姿は見たくない。

 今後も一緒に生活していくのだ。

 そんな彼女を見捨てるなんてことは、琴吹にはやはりできなさそうだった。


 心菜とは血が繋がっていない。

 しかも、琴吹は養子であり、日紫喜家では赤の他人。


 日紫喜家にも、妹にも何も与えてあげることなんでできないと思っていた。

 けど、それは違うのかもしれない。

 ただの思い込みなのだったのだろう。


「俺さ、心菜と一緒に居ることにするよ」

「え? それって、成就祭も?」

「ああ」

「規約違反? になるよね? この前聞いたことあるけど」

「そんなの関係ないよ。他人になんて言われてもさ。やっぱり、心菜の笑顔を見たいんだ」


 琴吹は思っていることを、心の奥底から、妹に告白した。

 これでいいのだと思う。


「うん……お兄ちゃんが言うなら、それでいいよ……これからもよろしくね、お兄ちゃん♡」


 心菜の笑顔を見れた。

 その瞬間だけでも嬉しく感じてしまう。


 二人は近くにあったベンチに座った。

 屋上にはまだ、誰もいない。


 琴吹は屋上から見える景色をバックに、妹と口づけを交わすのだった。


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