32 婚姻届け⁉ 優奈さんと結婚…
「結構、人っているもんだね」
「そうだね。なんか、最初っから両想いだったら、一週間くらい前から予約しておくべきだったね」
「それができれば、よかったよね」
意外と両想いだったのだ。
しかし、一緒に居ても優奈の気持ちに気づいてあげられなかった。
もう少し早ければ、よかったと思いつつ、でも、やっと心が繋がった気がして嬉しくなる。
どうであれ、結果が良ければいいと思う。
放課後の時間帯。三階の廊下には数人のカップルらしき人らが集まっている。
大半の生徒は事前に予約しているか、すでに済ませているかのどちらか。
集まっている生徒は、生徒会室で成就祭に参加するための手続きを行うためである。
琴吹も同じ理由で訪れていたのだ。
優奈と付き合うことになったが、まだカップルな気がしない。
まだ、デートらしいことをしていないからだろう。
琴吹は今日から、リア充寄りのポジションになった。
少しだけ自信がついたような気がして、胸の高鳴りを抑えられずにいたのだ。
彼女ができるだけで、心に余裕ができた感じである。
「おい、あいつ、また、なんかやってるぜ」
「えー、本当だ。面倒だよね。なんで、あんな人が入学してきたんだろね」
「はあ、面倒な奴だな」
「どうせ、どっかで事件とか起こすんじゃない?」
待っている際、周りにいたカップルらが何かについて話している。
その原因となっているものは、廊下の窓の外にあるらしい。
琴吹は気になり、ふと、窓から見える風景を見た。
その窓からは、中庭が見えるのだ。
中庭には――
うわッ……。また、あの人か……。
琴吹は嫌な表情を見せた。
「なに? どうしたの琴吹君」
気になったようで、優奈が隣にやってくるのだ。
「あの人って……お昼休みのあの人?」
「ああ、そうみたいだね」
二人の視界に映るその者は、強引なやり方で購買部のパンを奪っていった男子生徒だった。
まだ六月の上旬である。
入学して、二か月経つか経たないかくらいなのに、二年や三年にも認知されているのは、相当ヤバいと思う。
「私、嫌かも。ああいう人は」
普段から温厚な優奈が、嫌そうな顔を浮かべながら、他人のことを貶すのは珍しい。
本当に心の底から拒絶しているのだろう。
「別に大丈夫だよ。今日だって何とかなったし。今後、あんなことがあったら、俺が何とかするよ」
琴吹は彼女の方を振り向き、ストレートなセリフを告げた。
「う、うん、ありがと。頼りにしてるからね、琴吹君♡」
「う、うん……」
なんか、恥ずかしい。
素直に好きな子から頼られるのは嬉しい反面、心が撫でられるようにくすぐったくなった。
でも、優奈の彼氏として、動じていてはダメだと思う。
「ねえ、琴吹君、やっぱり、親切だよね」
ふと、彼女は琴吹の右手を、両手で優しく包み込むように触ってくる。
「優奈さん……手を握ってるんですが」
「あ、その……まあ、いいんじゃない? 一応、カップルでしょ?」
彼女は恥じらいを感じているようだ。勇気をもっての言動に違いない。
「う、うん」
琴吹は受け入れるように頷いた。
周りにはカップルが多い故、多少イチャイチャしていても気にされない感じである。
「すいません、予約していない人の手続きを行いますので、こっちに来てくれますか?」
生徒会室の扉から役員の一人が出てきて、辺りにいる人らに指示を出していた。
待っていたカップルらは室内へと入っていく。
「じゃあ、いこっか」
「そうだね」
気恥ずかしさを感じつつ、しまいには手を繋いだまま、二人は生徒会室に入ることになった。
生徒会室に入る機会は、あまりなかった。
なかったというより、生徒会室に呼び出されることも、自ら行く用事とかもなかったからだ。
けど、この頃、優奈の手伝いをする中で、ちょくちょく立ち寄ることが増えた気がする。
辺りを見渡し、自分らの番が回ってくるまで列に並んで待っていることにした。
そんなに混んでいるわけではないが、五分ほど待つことになりそうだ。
待っている間。室内にいるカップらは、明日からの成就祭期間中何をしようかとか、今日は何をするかを話題に話している。
「ねえ、琴吹君?」
「へ、ひゃに?」
一人で考え込んでいると、不意を突くように優奈が話しかけてきた。
変な口調での返答になっていなかっただろうか?
不安を抱きつつも、彼女と目を合わせる。
「なに、ひゃにって」
「ごめん、突然だったからさ」
やっぱり、聞こえていたようだ。
恥ずかしい。
優奈は手を口元に当てながら笑みを見せていた。
まあ、彼女の笑顔を見れたから良しとするか。
「琴吹君って、成就祭期間中、何かやりたいことってある?」
「え、ああ。そうだね。まだ、決めていないんだ」
「じゃあ、今からでも決める? 手続きが終わったら、今日どこかに買い物に行こうと思って。デートというか……少し予定と変わってくると思うけど」
「別にいいよ」
琴吹は彼女と一緒に出掛けられるだけでいい。
デートと大分内容が変わってしまっても、優奈と一緒の時間を楽しめれば、なんだっていいと感じていた。
「優奈さんは何をしたい?」
「私は琴吹君に合わせるけど」
「俺に?」
「うん」
「けどな、なににしよかっかな……」
やりたいことというか、成就祭で自分ができることが思い浮かばない。
できないことをやっても意味がないのだ。
それに、成就祭で何をすれば評価されやすいのかもわからない。
ゆっくりとでもいいから、慎重に決めた方がいいだろう。
「だったら、街中に行ってから決めよ」
「琴吹君が言うんだったら、私従うよ。私は、その一応決めていたんだけどね」
「そうなの? 俺が決めるより、優奈さんが決めてくれた方が良い結果になると思うんだけど」
「でも、私。琴吹君に決めてほしいかな? ちょっとリードした欲しかったのに……」
「え? なに?」
「んん、なんでもないよ。じゃあ、今日街中に行って決めようね」
「あ、ああ。わかった。じゃあ、そういうことでね」
それにしても、彼女は何を伝えようとしていたのだろうか?
疑問を抱きつつ、承諾するのだった。
生徒会室。
その室内にいる役員と対面するように、テーブルを挟み、椅子に座っていた。
琴吹の隣には優奈がいる。
「では、成就祭の時、一緒にやるということでいいですか?」
「「はい」」
二人は大体、同じタイミングで返答した。
ハモった感じになったのだ。
「では、この契約用紙に記入してもらってもいいですか?」
対面している役員が、一枚の用紙と、ボールペンを渡してくる。
琴吹と優奈はそれぞれ名前を記入した。
【日紫喜琴吹】
【神楽優奈】
――の二人の名前で登録することにしたのだ。
婚約届を書いているような気分で、心臓の鼓動が早くなる。
まだ、結婚とかしているわけじゃないのに、意識すてしまうと気恥ずかしさに圧倒されてしまう。
隣にいる優奈も頬を赤らめ、体を縮めこんでいた。
なぜ、こんなことをしなければいけないのか?
それは確か……今の日本は結婚というものにあまり魅力を感じなくなったり、一人の方が気楽ということで、しなくなった人が増えたことが原因である。
だからこそ、学生の頃から結婚というものを意識づけるために、婚約届みたいなものを記入すると聞いたことがあった。
「では、あなた方は何をするんですか?」
「まだ、決まってないです」
「まだ、決まっていないと。はい。まあ、一応手続きはこれで終わりです。後のことは別にいいので。こちらが明日からの予定表ですね」
生徒会役員の人は、パンフレットのようなものを渡してきたのだ。小冊子のようなもので、大体十ページ程度のモノである。表紙には、二次元のキャラクターが簡単に描かれている者だった。
「え? もう終わりですか?」
「はい。何か決まっているのでしたら、それについての話し合いもありますが、無いらしいので、ここで終わりです」
「そ、そうなんですね」
なんか、意外とあっさりとした終わり方だった。
でも、明日に向けての準備が十二分に確保できるというもの。
琴吹は優奈と一緒に椅子から立ち上がり、生徒会室を後にするのだった。