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犬を、どうしても殺したかった理由

 4月が終わろうとする頃、

「セイ、意外な人物が農薬と繋がったで」

結月薫が嬉しそうに電話を掛けてきた。


「誰?」

「なんと。Eや。Eの妻が農薬を入手してたんや」

「えっ、ホントに?」

 やはりと、思った。

 が、農薬の出何処が

 あっさり分かったのは意外だ。


「情報提供があったんや。信憑性が高い通報や」

 通報者は京都府Y市在住の農業従事者。

 50才の男性、だった。


 数年前、母(故人)の友人が家を訪ねてきた、という。

 母は一人で家に居た。

 母は友人の連れ(初対面)に

 農薬を少量渡したと言った。


小さな畑があり、少しで良いから譲って欲しいと

せがまれたという。


話を聞き、<農薬>を軽々しく譲ったことを咎めた。

念の為

母の友人に電話して、その人物の住所、名前を聞くように言った。

母は自分の手帳に控えたと言っていた。

 

 <排水路で行方不明幼児の遺体発見>

 連日報道されていた。

 死因が農薬、とテレビで見た。

 ふと、見知らぬ人に農薬を渡した事を思い出した。

 母親の遺品から手帳を捜した。

 それらしき走り書きを見つける。

 ……遺体発見現場と同じ町名ではないか。

 マップ画像で確かめる。

 ニュース画像と見比べる。

 どう見ても同じ連棟住宅だった。


メモの日付は6年前の2月。

行方不明事件の一月前だ。

偶然の符合かも知れないが

もしやと思い

通報に至った。


「取り調べ中なのか?」

「話聴いている。妻は全否定や。しかし、その農家に一緒に行った婆さんも証言している」

 その人は6年前の事をはっきり覚えていた。

 Eの妻とは公民館のヨガ教室で一緒だったという。

 受講後に数人でランチする程度の付き合いだった。

 近所のファミレスで、いつも長々とお喋りしていた。

 

これから京都の友人に会いに行く、

友人の家は農家と、

何気なく話した。


E妻が

(私も一緒に行きたいわ)

と言った。

本気だと思わなかった。

社交辞令のつもりで、いいですよ、と言った

 ところが、本当に付いてきた。

 

「でな、E妻が農薬を貰ったんや」

 Eの家は古い連棟住宅だと、

 誰かに聞いていた。

 畑など無いのに嘘を付いている、と思った。

 どうして嘘をつくのかと、聞けるほど親しくない。

 友人からの電話で住所を教えた事も、言っていない。 

 それから間もなくして教室に来なくなった。

 止めた理由は知らない。

 結局、一年ほどの付き合いだった。

 だが、頭の隅に

 気がかりな出来事として残っていた。

 

「E妻が事件直前に農薬を入手した事は確かなんだね」

「『A殺し』も間違い無いで。Eの妻は否定しているが、旦那の方が喋った」

「へえ、そうなんだ」

「妻がA家の犬を殺すために農薬を手に入れたと」

 やはり、犬殺しが目的だった。


「旦那は入院中や。膵臓癌末期で余命半年や。先が短い身の上や。そんで、主犯は妻やと言うてる」

 妻はA家の犬を嫌っていた。

 家に猫を4匹飼っていた。

 自由に外に行かせていたのに

 犬が来てから、怖がって出て行かなくなった。

 ストレスで家の中で暴れる

 排泄も中でするので臭い。

 

 妻は犬を何とかしたいと願うようになった。

 農薬をどうやって手に入れたのか知らない。

 妻に言われ、妻が作った肉団子をAに渡しただけ。

 農薬が入っていたと今まで知らなかった。

 犬が嫌がる物が入っていると聞いていた。


犬の様子を見に行くと

Aがしゃがんで苦しそうにしていた。

肉団子を食べたのだと思い

家に連れて入り、吐かせようとした。

水を飲ませて喉に指を入れた。

しかし、突然ぐったりして、

息が止まった。


救急車を呼ぼうと思った。

その前に妻の携帯に電話した。

妻は自分が帰るまでそのまま待っているようにと、言う。

後の偽装工作も妻の指示通り。

逆らえば包丁を出してきて、死ぬとか殺せとか……どうしようも無かった。


「重りの入っていた鞄も、妻が市内の共同ゴミ置場から調達して名前を書いたと。鞄に記名があった事は報道されていない。犯人しか知り得ない事実が出た訳や」


「旦那の自白が証拠になるのか? 全部事実だと?」

「全部ではない。目的が犬殺しだったという点は、すんなり通らんやろ」

「そうなの? 動機として理解出来るんだけど」

「Aが誰かと分けて食べていたら、その誰かも死んでいた。無差別殺人やんか」

「無差別殺人……罪が重いね」

「そうやで。犬殺しの手違いや、事故やと言うとるけどな。物証はない」

 手違いと分かった時に、

 すぐに救急車を呼ぶべきだった。

 正直に全てを話していれば

 Aの命は救えなくても

 <無差別殺人>には該当しなかった。


 


「E夫婦だったのね。やはり猫が原因?」

 マユは事の顛末を聞く。


「旦那の供述ではね。妻が計画、主犯らしい」

「でも奥さんは全否定なのね」

「諦めが悪いんだろ。何としてでも罪から逃れたいんだ。隠蔽工作必死だったしね。俺と山田霊園で話したのも偽装工作だろ」


「知恵が回って行動力のある人なのね。農薬の件でもそうよ。農家と聞いて閃いたのね。知人の友人、二度と会うことも無い。素性を明かす必要も無い」

「犬を殺したくて仕方なかったのかな。頭の中で色々方法を考えていた。農家→農薬はそうとしか思えない」

 一度だけ会ったE妻をイメージする。

 今思えば70才位にしては、会話に無駄は無かった。

 外見はオシャレ。顔立ち、スタイルは年齢のわりに崩れていなかった。

 生活に困っていない、余裕にあるシニアに見えた。

 それが、なぜ、犬を殺すことに執着したのか?


「なんかね、謎にアクティブよね」

 マユが呟くのと同時に携帯電話に着信。

 結月薫、だった。


「セイ、Eの妻がな、自供始めた。概ね旦那のいう通りやけど……動機の犬殺しについて、猫がらみが半分で半分は……オカルトな事を言い出した」

「オカルト?」

「あんな、Aは自分の弟の生まれ変わりやと……」

 E妻には弟が一人居た。

 4才で亡くなっている。

 犬に太ももを噛まれ、出血多量により死亡したという。

 

「隣で飼ってた土佐犬にちょっかい出して襲われ噛まれたらしい」

「Aが、その弟の生まれ変わりだと?」

「そうや。Aと一致する特徴が複数あった……生まれつき手の指が一本欠けていた。眉毛の太い角張った顔やった。意思疎通がスムーズでない、一人遊びが好きな子やった」

 

 薫の一言、一言に背中がぞっとする。

 

 一緒に聞いているマユも

 怯えたような目をしている。





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