2つの推理
「Eが犯人で『3人』の証言は事実だとすると、」
①5時頃に、Aは自宅前に一人で居た。
②Eはチャンスだと思い、用意していた毒入りの食べ物をAに手渡す。
犬に食べさせてと。
③Aは、美味しそうだったので、自分が食べてしまう。
④気付いたEはAを自分の家に。
⑤Aは死んでしまう。
⑥隠蔽工作を考えて川に遺棄。
「②は、無理。Eは家に居なかった。外出していた」
「②は①の前かも。Eは出かける時に渡した」
「そっか。いつ犬が食べても、いいんだ」
「③が①の後。一人ぼっちのA君は貰った犬のお菓子のことを思い出したの」
「お腹が空いていたし、……食べちゃった。だけど④に続くのが、無理。この時もEは不在」
「あ、でも……ご主人は居たかも」
「年齢から平日に家に居ても不思議は無いか」
「猫好きで、犬嫌いの、定年退職して家に居るお爺さん。犬殺しの動機がありそうで、しかも犯行可能」
「家の中に暫く遺体を置いとくしかない。夫婦で共謀のが、無理が無いか」
「ご主人がA君に毒入りのエサを手渡した。今なら誰も見ていない、チャンスだと思った」
Aを犬の方に行かせて
自分は、その場を離れ家に。
後々犬殺しを疑われないように。
Aが自分に貰ったと言っても否定するつもり。
4才の子が言うことだ。当てにならん、と。
暫くして犬がどうなったか見に行く。
するとAが苦しそうにしていた。
何が起こったか、分かった。
とっさにAを抱きかかえ家の中へ
「Eの話、夜中に音を聞いたというのは、嘘かも知れないわね。実際はもっと後に捨てた。もし遺体が見つかればAの母と不仲だった『3人』に罪を被せようと考えた。小道具のサブバッグを用意した」
初めから、川に捨てようと決めたわけでは無い。
思いがけないAの死に動揺し
夫婦で悩み、迷った挙げ句に
隠蔽を決めた。
犬殺しが目的だったのだ。
子どもが死んだのは事故。
それでも罪は重い。
老いた身体で収監されるのか?
世間に責められ終の棲家も追われるのか?
先を想像すれば死にたくなる。
二人で死のうか……それとも、
更に悪事を重ねて
今まで通り、生きてみようか。
「A君は普段からEの家に行っていた。臭いが残っていても怪しまれない。何より犯人と疑われる理由が無い」
遺体さえ処分すれば無かった事に出来る。
大丈夫だと思った。
離れた場所にAの痕跡を残そうと思いつく。
捜索が始まったのは翌朝。夜の間に靴を捨てに行くことは出来た。
……次に死体の処分を考える。
「4才だと中型犬くらいか。大きめの鞄に入るね。車でも電車でも運べそうだ」
「問題はどこに捨てるかね。山に埋めるか池に沈めるか」
「それは老夫婦には大変そう。人に見られない場所に辿り付くのが難しい。車で行ける場所は危険だ。どんな山奥でも案外車は走ってる。最後は徒歩で死体を運ぶ事になるんじゃないか」
「運搬と処分の方法を迷っている間に腐敗は進んでいく。ビニール袋を重ね、臭いが漏れないようするわね」
「4月だよな。昼間は20度。保湿保温で数日保存。……グロくなるよ」
「とても家に置いておけない。手っ取り早く、今すぐに処分したい気分になってくる。結果、ドブ川に捨てた」
川が深いことは知っていた。
重り付きなら浮かんでこない。
万が一浮いても、その時は上に何かを……。
「案外ベストな『死体捨て場』かも。実際見付からなかったし」
「ええ。Eさんの証言が無かったら見付からなかったかも」
「……何で、自分からドブ川に死体があると仄めかした?」
「6年過ぎてすっかり安心していたところに、生まれ変わりみたいな子が現れた。続いて怖そうな男達がドブ川を漁りだした。……怖くなったのかも」
またドブ川を浚いに来たら死体が見付かる。
毎日怯えるより、いっそ死体を出して、スッキリさせようかと考えた。
発覚したときの為に保険は掛けてある。
<3人>に疑いが向くように細工はした。
「通報すれば、容疑者リストから外されると考えたのかも。もう安心。毎日ドブ川を見て怯えることも無くなると」
E夫婦が犯人と想像してみれば
案外(Eの発言も含めて)辻褄が合う。
「今のところは、ただの想像、1つの推理にすぎないわ」
「うん。何も証拠が無い」
「始めに疑ったママ友3人が犯人だと、想像してみましょう」
「毒がAの口に入った経過は、やっぱり犬殺しをミスったのかな」
「犬の悪口を言ってないのは、発端が犬殺しだったから、とも考えられるわ。それにA君を殺すなら事故死を見せかけた方が簡単よね」
午後5時頃、A君に毒入りエサを渡した、
皆でスーパーマーケットへ行く
帰ってきたらA君は倒れていた。或いは既に亡くなっていた。
3人の家のどこかに遺体を隠す。
重りを入れ夜中にベランダから捨てた。
「3人とも主婦で子どもが居る。当時小学生だった子も。夕方から夜にかけての時間よね。夕飯作って洗濯物取り込んで……子どもは家の中。ちょっと無理じゃ無い?」
「実はスーパーに行ったのが全員では無かった。Aは5時より前に死んだ。その後アリバイ作り2人(子ども達と一緒)、遺体処理1人、二手に分かれた」
「つまり3人で相談して役割分担決めたの? A君の死に平等に責任を負ったって事ね。考えたら、ただのママ友でしょ。対等にリスクを背負う関係かしら? 口を揃えてA君母の悪口言うのとは結束のレベルが違う」
「夫婦みたいに運命共同体ではない、か」
「計算外にAが死んだとして、責任のなすり合いになる方が想像できるでしょ?」
「そうだね。家族も黙ってないだろうしね。怪しい3人だけど、実は嘘は付いてないのか」
「誇張はあるかも。A君を疎外していた後ろめたさから、放置子であったと強調してしまった、とか。でもね、悪口には他の理由もある気がする……インタビュー何度も見たけど、犯人は親だと思わせるような内容、なのよね。それは3人の本心が出ているのかも」
「親が殺したと、思っていた。そういう事?」
「ええ。証拠は無いけど確信していたの」
「成る程。さすがに親が殺したのに決まっている、とは言えない。ニュアンスで伝えているのか。子どもを殺すような親だと思ってたんだな」
「逆かも。子どもを殺すような親だから、あれもこれも虐待だったと。親が殺したと確信したのは、普段の様子では無く、当日の状況からの推理かも」
スーパーから戻ったとき、公園にAの姿は無かった。
Aがその時間に公園に居なければ家に居る。
3人はAの日常をよく知っていた。
行動範囲は公園か家か、スーパーへ行く道数百メートル。
知らない人に着いていくような性分では無いことも。
良く知っていた。
E夫婦が疑いの対象でなければ
Aの失踪は親の狂言に違いない
と、直感した。
「誘拐犯らしき不審者の姿も見なかったんだ」
「ええ。『3人』が犯人で無かったと想像してみた方が、無理が無い気がするわ」
「警察も再調査している、そのうちに証拠が出て本当の事は分かるよ」
「証拠……農薬、が鍵ね」
「そうだね」
「『3人』の家には無かったのね」
「何も出なかったと、カオルが言っていた」
「Eの家は調べてないんでしょう?」
「対象外だろうね」
「だったら、Eの計算通りだわ」
「『3人』に罪を被せるのは無理だったけど」
「それも想定内かも。捜査攪乱、結果迷宮入り。A君は成仏出来ないね」
(成仏出来ないのか)
聖は美しいマユの横顔を改めて見つめる。
決して成仏しないでと
心は祈っていた。