犬殺しなら
Aの小さな亡骸は
70リットルポリ袋に入れられていた。
市販されている中で一番厚いタイプ。
空気を抜いて三重に重ねてあった。
金槌や石を入れた鞄が3つ、重りになっていた。
上には壊れた家電、沢山のガラス瓶が乗って、
遺体の浮上を妨げていた。
遺体発見は大きく報道された。
近所の主婦3人から事情をきいている、とも。
ネットでは既に犯人扱いで
個人情報も晒されていた。
「白骨化してドロドロや。ほんでも、元あったモンは揃ってる。良かったんや。袋に入ってなかったら骨しか拾えなかったで」
結月薫は上機嫌だ。
またしても迷宮入りだった事件を解決しそうなのだ。
どこかで貰ったビーフシチュー(冷凍保存袋入り・大量)
赤ワイン、ビール、チーズ、ローストビーフ……。
バックバッグに詰め込んで、
昼間に、来た。
「ドロドロやったで、ちょうど、こんな感じ」
ビーフシチューを食べながら、言う。
「例の、3人のオバサン、参考人なのか?」
「遺体は、連棟住宅の2階ベランダから投棄されたと推測、しかも重りに使われた鞄3つにB、C、D、それぞれの子どもの名前があったんや」
通園、通学用のサブバッグだったと言う。
「そっか。証拠が出たんだ」
しかし、あの3人に<人殺しの徴>はない。
やはり子どもが関与しているのかと
聖は考えた。
「死因はまだ結果待ちや。死体遺棄は3人でやった事やろ。当日の供述も嘘やな。まんまと騙されていたのかも」
そのうちに、3人のうち誰かが口を割る。
と、楽観。
……だが、その後、進展は滞った。
桜が咲き
散り尽くしても
薫からの連絡は無い。
事件の報道もない。
4月が終わろうとする頃
やっと
薫から電話がきた。
「アカン。例の3人、事件当時の供述に嘘はない、出た鞄に心当たりはない、と」
家宅捜査からは何も出なかった。
数年過ぎてしまっている。
証拠隠滅には充分な時間だ。
「それとな、死因は毒やった。農薬や」
「……農薬」
意外だった。
聖は(子ども絡みの)、外傷だと、推測していた。
「農薬で殺したのね。計画的な犯行、かしら」
マユは事件当時のインタビューを、また見ている。
3人でA殺害計画を練り、Aの母親が寝込んでいるチャンスに決行したのだろうか?
「子どもを殺し、母親を犯人に仕立て上げようとした……インタビューに答えた内容も嘘で、完全犯罪の計画の一部だって事?」
「ママ友3人で計画したのかな。恐ろしいな」
「残酷すぎる。この世の中に、そんな凶悪な人間がいるなんてね」
「動悸が嫉妬ってヤバすぎる。病んでるな」
「理解出来ないほどの悪人だったなら、絶対自供しないと思うわ」
「どうして? 証拠の鞄が出ているし、『虐め』の証言もあるのに」
「鞄から指紋採取は無理でしょう」
「それは無理だろうな。鞄の所有者である事にはちがいないけど」
「立証できないわ」
「なんで?」
「学校、幼稚園指定のサブバッグよ。持っている人が大勢いる、ってこと。名前なんて誰でも書けるじゃない」
「……そっか」
「証拠として弱いわよ。本当に3人が犯人だとしたら、わざわざ子どもの鞄を使ったのは謎ね」
「事件は春休み中だった。不要になったサブバッグが手元にあった。重りを入れるのに丁度よかっただけかも」
「Eさんの話では、初めは3人とA親子と犬は友好的な関係だった。次第に嫉妬が芽生え、Aを虐めるようになった……そこまでは有りそうな事かもと思う。虐めた上に殺すなんて、やっぱり考えられない。毒ではなく他の死因ならね、虐めがエスカレートした結果と、まだ有りそうだけど」
「子どもを殺しただけじゃない。母親に罪を被せようとした。インタビューで3人、同じ悪口喋って。やはり、希に見る極悪人かな」
「犬の悪口言ってないのが、気になるわ。A家が非常識と世間に思わせたいなら、一番分かりやすい材料なのに」
「あえて言わなかったのか。何か理由があって」
「子犬の時には子ども達が可愛がっていた、だけど大きくなって怖い存在になった、って話だったわね」
「うん。レアなケースだな」
「そうなの?」
「連棟住宅の子ども達は毎日犬を見ていた筈。家で飼っているのと変わりない。それに、シェパードだろ。子犬でも、子どもから見たら、大きいよ」
「犬の事は言う理由が無かったのね。Eさんが思うほど犬は問題では無かったのね」
「あり得るよ。Eは猫を飼っている。猫好きで犬は苦手というタイプはいるよ。猫が犬を怖がるからね。大型犬は特に」
「Eさんは自分が嫌なように、皆も嫌がっていると思ったのね」
「……もし殺されたのが犬だったなら、Eには動機があるけどね」
Eの家に猫がいると知った時
聖は、そう思った。
殺されたのは子どもなのに
何故か
犬殺しなら、この人だと。
「セイ……農薬入りのエサが撒かれて犬が死んだ……そんな事件、あったよね」
マユは遠くに視線をやり、何か考えている。
多分、聖と同じ事を。
「Eさんの犬への憎悪は大きかったとして。毒で始末しようと考える。でも、犬嫌いは、犬にも嫌われている。自分の手からエサは食べない……A君を使おうと考える。……あり得るんじゃ無いかしら?」
「……Aは犬に食べさせないで自分で食べちゃった、という結末もあり得る」
Eの手に<人殺しの徴>は無かった。
Aが自分で犬の替わりに食べてしまったのであれば、
<人殺し>は存在しない。
「ママ友3人の犯行ではなく、Eさんの犬殺しが発端と仮定してみましょう」