猫もいた
「結局、セイがEさんに会う事になったのね」
マユは面白がっていた。
「うん。カオルは中川さんと相談して、俺を使おうかと、なったらしい」
聖が承諾したので
中川は梅本の妻を通じ
Eと連絡をとった。
「梅本さんはEに『息子がA君の生まれ変わりなのか、気になって霊能者を頼んだ』って言ったんだって」
「一人で会いに行くの?」
「いいや。中川さんも一緒だよ。山田動物霊園事務所で会う」
「Eさん、こんな山奥に、わざわざ来てくれるのね」
「中川さんが車で送迎する。Eの希望らしい。家から遠い場所で霊能者に会いたいって」
「どうして?」
「怖いから……、だって」
「セイがA君の霊を呼ぶかもと思って、それが怖いのかしら? それとも、恐れているのは近所の、あの3人かしら」
マユは事の成り行きに興味深げ。
「どうかな。Eの話を聞けば、Aの失踪の真相に近づける気はするけど」
聖は、あの3人の関与が炙り出てくることを期待していた。
「梅本さんの坊やを初めて見たとき、そりゃあ、驚きましたよ。Aちゃんが生きていた、帰ってきたと、そんな筈はないのにね……。指が欠けているのも偶然だと、言う人もいます……私は、あの子は生まれ変わって、自分が死んだ場所に戻ってきたんだと思うんです。神様がね、あんまり可哀想だから、もう1回人生を下さったと……違うでしょうか?」
Eは聖に、涙ながらに語った。
シルバーヘアで、白い麻のワンピースに黒のレギンス。
大ぶりのシルバーのアクセサリー。
小ぶりのバッグはハンドメイドで手の込んだ刺繍が施されている。
おしゃれなシニア、という雰囲気。
「見て下さい。Aちゃんです」
携帯電話の画像を見せる。
Eの家で撮ったという写真。
「神流さん、これは似ていますね」
梅本の息子と面識がある中川が言う。
「……一緒に映っている女性は、どなたですか?」
Aを抱くようにしている女。
母親ですか、と聞くところだろうが、
主婦にも母にも見えない若くて綺麗な女だったので
(ベリーショートヘアで薄化粧。黒のTシャツ。それでも綺麗)
Eの知人かもしれないと思った。
「お母さんですよ。垢抜けしてるでしょ。元、読者モデルで雑誌に載ったことがあるって、ご主人が自慢していましたよ」
「そりゃあ、旦那は自慢したくもなりますね。奥さん連中には、やっかまれる、かな」
中川の言葉に、Eは頷いた。
「嫉妬ですよ。結局。犬の事とか、色々悪口言っていたけど、綺麗な奥さんへの嫉妬です。張り合ったって自分たちが勝てるものなんて何もないくせに。……あの3人、A君を虐めていたんですよ」
「虐めていた?」
聖と中川は同時に聞いた。
「ええ。陰湿なやり方でね。仲間はずれにしていましたよ。誰もA君と口を利かないように……無視するように……子どもに指図していましたよ。Aちゃんのお母さんには見えない所で」
Eの声が低くなる。
(行方不明のAが近所の母親達に虐められていた)
軽々しく口に出来る事では無い。
Eは、おおきな決心をして、今自分の前に居るのだと
聖は身を引き締めた。
「引っ越してきた最初はね、子犬は子ども達のオモチャだったし、Aちゃんの家が遊び場になっていました。あの人たち、厚かましいからね。……そのうち、犬が大きくなって、子ども達は怖がって、親たちは文句を言うようになって……虐めが始まったのは秋頃ですよ。それも嫉妬ね。AちゃんがM大附属幼稚園に行くって分かってからよ」
「M大附属か。エスカレーター式の、ミッションスクールで金持ちが行くイメージですな」
「腐っても鯛、って言うでしょ。Aちゃんの家は元々裕福だからね、事業に失敗して芦屋の家(高級住宅街)を売ったとはいっても、長屋の連中より生活レベルが上だったってこと」
「この話、警察にはしなかったんですか?」
聖は聞いた。
最後の目撃者達が、被害者を虐めていたという事実は重要だろう?
「言っていません。主人に止められました。関わり合いになってはいけないと」
「……言ってないんだ(何で、言わない?)」
子どもが殺されているかもしれないのに
情報、出せよ、
と内心腹が立つ。
「並びの家ですからな。毎日顔を合わせるし。だれが喋ったか相手にすぐバレる。ご主人は逆恨みされるのを心配したんですね。事件に無関係なら余計な事を喋ったと恨まれる。恨まれるだけならまだいいが、もしも3人が事件に関係していたら……奥さんの身が危険だ」
「ええ、そうなんです。あの時、主人も同じ事を言いました。余計な事は言わなくても、警察が、ちゃんと調べる。警察が来たら、聞かれた事だけ答えなさいと」
でも。
結局Aは見付からなかった。
「奥さん、正直なところ、どうです? A君の失踪は、普段虐めていた3人組の仕業だと、思いますか?」
中川が本題に入る。
もはや<霊能者>の出る幕はない。
生まれ変わり云々より
事件の話をする為に、Eは来たのだ。
「私はあの日、朝から出かけていたんです。……家に居たらね、台所の窓から公園で子ども達が遊ぶのが見えたんですけどね。滅多に一日留守にしないのに……あの日に限って、家に居なかった。ですからね、見ていないんですよ。Aちゃんも、あの人たちも」
失踪当日不在。
3人の証言を覆す切り札は持っていなかった。
「何も見ていないんですけどね……夜遅くに、ドボンと言う音を聞いたんですよ」
「ドボン?」
また中川と一緒に聞き返す。
「川に何かが落ちる音、ですかね?」
何でも無い事のように中川が聞く。
「多分。後から思えば、そうです。夜中でした。Aちゃんが居なくなったと聞いて寝付けなかったんです」
「奥さん、それも警察に言ってないんですね」
「はい。誰かがゴミを川に捨てるのはよく有る事です。夜中にこっそり。お互い様だから、お互い見て見ぬ振りを……」
どぶ川の底に積もったゴミ。
皆が不法投棄した結果。
Eもおそらく、やっている。
それで、警察に言えなかった。
Aが3人に虐められていた事実と
あの日川に何かが落ちる音を聞いた。
Eは自分が知っている2つのことを話し終えると
おおきなため息をついた。
警察に話せなかった事実だが、
警察には黙っていて欲しい、とは言わない。
証言の結果を背負う覚悟を感じた。
「裏のドブ川なんて、灯台元暗らし、じゃない」
と、マユ。
「川には塀があった。地上から(水面に死体が浮かばないように)細工するのは難しいが、2階のベランダなら、簡単だと思う(BCD宅のベランダから可能)」
「それで、カオルさんは、動いてくれるのね」
「うん。電話したら、明日にでも、Eに会うって言ってた。もちろんEに了解済み」
「Eさん、A君の生まれ変わりが現れたので、勇気を出して証言する気になってくれたのね。で、やっぱり、A君母に嫉妬していた3人のママ友の犯行?」
「ドブ川から遺体が上がれば、それもはっきりするさ」
「嫉妬で子供殺しって……恐ろしすぎるわ」
「嫉妬だと、Eが、そう決めつけてた訳だけど。確かに……女優みたいな人ではある」
Eから携帯電話に転送して貰った画像を見せる。
「顔ちっちゃくって、首が長いね。ホントにテレビに出ている人みたい。子供はお父さん似なんだね。……Eさんの家、だよね。猫を飼ってるんだ」
「……猫?」
マユの指摘に聖は
頭の奥がピクンとした。
「柱に、ひっかき傷があるじゃない。コレは、絶対猫でしょ」
言われて画像を確かめる。
マユの言う通り。
E家には、画像撮影当時か、少なくとも、撮影前に猫がいた。
「そうか。……猫も、いたのか」
聖は瞬間、ある疑惑に捕らわれる。
だが、
全ては、Aの遺体を発見してからだと、
今の時点では
無意味な推理を止めた。