表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

大きな犬

数日後、聖は猫の水死体回収を実行した。


「剥製屋さんは、立ち会って、確認して呉れるだけでいいです」

中川から、人手が増えたと事前に聞いた。

現地集合、となった。

駐車スペースがない、100メートル先にコインパーキングがあると

教えてくれた。

現場は大阪府北部のS市。

駅からバスで30分。

バス停がある国道からも遠い。

住宅や工場が密集しているが店舗は少ない。

小さな三角の公園の周りに、古い連棟住宅が建ち並んでいる。

廃屋に見えるのもある。

 公園に子どもの姿はない。

 人通りも少ない。


梅本家は、古い5連棟の左端。

真新しくおしゃれな外観は目立った。

前庭は一坪で駐車場はない。

両側は空き地。

広さから、かつて同じ建物があり、解体して更地にしたのだと分かる。

左側の空き地にワゴン車が停まっていた。


聖(手ぶら、左手だけ軍手、汚れた白衣)に気付いて

中川がワゴン車から出てきた。


続いて、男が2人出てきた。

1人はパンチパーマで、もう1人はスキンヘッド。

「ご苦労様です」

声を揃えて

挨拶してくれる。

友好的な笑顔。


誰?

よく見れば、何度か会っている

正真正銘のヤクザ。

山田鈴子と親しい白川の子分ではないか。

すぐに気付かなかったのは、作業服を着ているせいだった。


「此処から見えます」

中川がワゴン車の陰から言う。

塀越しに、ドブ川の水面が見えるのだ。

川の向こうは工場の高い壁。

ベランダは日当たりが悪そうだった。

「剥製屋さん、アレですかね。猫ですけど。死骸、ですか?」

中川の顔は、にやけている。

聖も、浮かんで居る物体を一目見て、笑いそうになった。


どう見ても、猫のぬいぐるみだ。

リアルな作りだが、間違い無く人形。


猫死骸の回収に男4人でも大げさなのに

それが、ぬいぐるみ……ただのゴミ回収では、笑うしかない。


「一応、引き上げて……お客さんに、見せますね」

中川は、後は任せて下さいと、言った。


「浮いているん、ちゃうで。何かに引っかかってる。冷蔵庫みたいな……そんな物が下にあるんや」

「ほんまや。川の中、ゴミの山や」


ヤクザ2人が喋っているのを背中で聞きながら

早々に退散した。



その夜、一部始終をマユに話した。

「山田社長の仕事は、いつも面白いのね」

「面白すぎるよ」

「始めに死体に見えてしまった。気味が悪くて、ちゃんと観察しなかったのね」


「同じ場所に浮いていたのは、川に不法投棄されたゴミ、冷蔵庫のせいだった」

「小さい川なのに、冷蔵庫?」

「幅は狭い。1メートルちょっと。でも深いんだね。水は濁ってすごく汚い」

「外から見えないから、平気でゴミを捨てるのね」

「だろうね」


「猫の死体の一件は解決ね。……行方不明事件の事は調べてみたのかしら?」

「ネットではね」

6年前の3月30日

当時4才のA君が夜になっても帰らないと

父親が捜索願を出した。

自宅から800メートル離れた路上で

片方の靴を発見

付近を捜索したがA君は見付からなかった。


その後、

A君は日常的に放置されていたと判明。

1人で歩いているのを見た事があると複数の証言。

父親が酒に酔って子どもを怒鳴っていた、

母親は家の中に引きこもり、挨拶もしない。

近隣へのインタビューの動画が沢山有る。

あからさまな批判が語られている。


あまりの評判の悪さから、

両親が殺害したのではないかと噂された。


「たった4才でしょ。夜になっても帰らないって、それだけで怪しいわね」

「家に石を投げられたり、嫌がらせされたみたい。結局夜逃げしたんだって」

「噂通り、親に殺されたのかな」


「どうかな。俺は、犬好きに悪人は居ないと思いたいけど」

「犬を飼っていたの?」


「そうだよ。捜したら家の写真が出てきた」


<インタビューに答える父親>

顔から下の画像。

家の前で話している

前庭にシェパードが居る。

ブロック塀に前足を置いて、通りに頭を出している。


「こんな大きな犬を、飼っていたのね」

マユは、意外そうだ。


「大きな犬だから、犬が好きな人だと思う。手間もかかるし金も掛かる。よほどの覚悟がないと飼えない。この子は雄で1才くらいだな。やんちゃそう目をしている」

聖は犬だけを見ている


「温和しい老犬ではないのね。……セイ、犬好きじゃないよ。こんな狭いところで繋いで飼うなんて、犬が可哀想、でしょ」

「あ、……確かにそうかも。一日数回散歩に行かないとストレス溜まるかも」

 子どもを放置していたのに

 犬にそんなに手をかけるとは考えられない、

 とマユは言う。


「ねえ、ストレス溜まっていたら、よく吠えるんでしょ」

「そりゃあね」

「吠えなくても、大きな犬がこんな風に顔を出していたら、怖いわよね」

「怖いのか………」


「セイは喜んで相手するでしょうけど、怖いと感じる人も沢山いるわ。非常識な飼い方なのよ。なのに……変よね」

「何が変なの?」


「近所の人よ」

「近所の人?」

「あれだけ批判ばっかりなのに、誰も犬の事を言ってない。放置子より、この犬の方が、よっぽど近所迷惑だったと思うのに」

「犬の事、言ってなかったっけ」

 もう一度、動画を探して

 全て見る。


「誰も、犬の事は言ってない。……それって、変なのかな?」

「変だと、私は思う。……あら?……動画、沢山有るけど、インタビューに答えているのは3人だけみたい。……3人の女の人が、複数のインタビューに答えているんだわ。背景見ると、3人とも同じ連棟住宅の人みたい」


「そうなの?……近所の証言は、たった3人の証言だったのか」

「しかも、その3人は親密な関係かもしれない」

「Aの両親は、この近所のインタビューから火が付いて、夜逃げに追い込まれた。逆に言えば、インタビューの時点では、まだ、住んでいたんだ。考えたら、その状況で親が殺したと連想させるようなこと、喋るって……凄い事かも」

「殺人犯の事でも、近所の人は、子どもの頃は優しかった、って言うでしょ。この3人、謎ね」

 マユの瞳が煌めく。


「カオルに話してみるよ。事件の事、何か分かるかもしれないから」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ