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忠犬


      


「マユ、どう思う?」

「犬、子どものちぎれた指先……今回の一連の事件と重なるね」

「……だよな」

「濡れ衣で殺された犬が、怨霊になってしまったのかしら」

「俺が見た『犬もどき』は怨霊のなれの果てか」


「恨みだけじゃ無いでしょ。子どもを助けられなかった無念も成仏出来ない理由。……そんな気がする」

成仏出来なかった忠犬の霊は、池の畔に縛られた。


「そこにね、流産しそうな妊婦が参りに来るのね。……流れる子を助けて下さいと」

「なんで犬は子を助ける神、になったんだろう」

「石仏が有る限り、忠犬の話は村に残った。石像は、お地蔵さまと同格に見える。参れば何らかの御利益が有りそう。(忠犬が助けようとした)溺れる子が、流れる子に、変形して、いつしか参れば(流れる子を)助けてくれると。それが語り継がれ今も残っていた。実際に起こった平凡な事故は忘れ去られても」


「藁にもすがりたい親の思いと犬の情念がマッチングして、奇跡を起こしたのか。本来なら流れる子を、」

 本来なら流れる子。

 生きて生まれる筈の無かった子。

 それがあの

 魂の無い傀儡のような……子、か。


「一匹の犬の力にしては大きすぎる。……犬捨池という名から、元々犬の死骸を捨てていたのかも?」

「村はずれの池は死骸を捨てるのに丁度良いか」

「犬だけでは無いでしょうね。埋葬しない死人も、捨てられていたかも。昔は川だったのよね。死んだ赤ん坊を流したりもしたでしょう」

 供養されない死者の霊

 生を感じる間もなく死んだ幼い子の霊

 始末された獣の霊


「犬捨池は成仏してない霊魂の密集地帯なんだ」

「狛犬が避雷針みたいに、さまよえる無数の霊を呼び寄せて大きな力を持つ『神』を作ったのね」

「『神』なのか? 怨霊ではないの?」


「死にかけの胎児を助けたのなら、ありがたい神様でしょう? 実際は死者を蘇らせているとしても」

「死者を蘇らせてるの?」

「犬は、地主の息子を蘇らせたいのよ」

 救えずに溺れてしまった子を

 <流れる子>に宿らせている。


「犬に取り憑いて側にいるのは、何故?」

「子どもを守っているの」


「守ってないだろ。……Eの弟は犬に噛まれて死んだ。Aも犬が原因で殺されたと言える」

 

 奇跡的に流れなかった子も

 幼い年で死んでしまう。

 犬が災いして死んでしまった。


「Eの弟は、隣で飼っていた土佐犬に噛まれたのよね。突然襲われたと。話には出てこないけどEの家にも犬が居た可能性は有るわ」

「……なるほど」

犬が突然子どもを襲う状況は、想定しにくい。

が、子どもの側に他の犬がいたとすれば、

犬同士のケンカに巻き込まれたと、単純に推測できる。


「側に居た犬に取り憑いていたと思うわ。Aのシェパード、梅本家の秋田犬、子どもを守る為に取り憑いていると思う」


「あれ、超不気味なんだけど。……悪霊じゃ無くて『神』なのか?」

「『神』が嫌なら妖怪と呼びましょう」

「妖怪の方が似合っている。犬妖怪は子を守っている。でも子どもは死んじゃった」

「運命には逆らえないのかな。妖怪は地主の子を天寿を全うさせたくて再生している。だけど再生しても寿命は延ばせない」


聖は傀儡のような子を思う。

恐ろしかったのに、

マユの推理通りとすれば

存在が悲しすぎて胸が痛む。


この世に在ってはならない化け物。

子を愛する親の執念と

成仏出来ない無数の霊と

一匹の忠犬の無念が

力を合わせて作った化け物なのか。


「あの子も、もうすぐ終わりが来るのかな」

「予め5才までしかプログラミングされてないならね」

「終わりが近いんで虚ろな目をしていたのかな」

「そうかも。……A君のこと、コミュ力が無いと誰かが証言していたよね。ずっとそうだったのではなく、ある時期から顕著になったのかも」

「あの子、助けられないのかな」

「セイよりも犬妖怪の方が、助けたいと必死よ。今度こそと。

犬妖怪は自分が子どもを殺すパーツだと分かってない」


「やっぱ犬を遠ざけよう。俺には正体が見えるけど一応普通の子どもとして生存し存在しているんだ。望みはあるよ」


「生身の犬を遠ざけでも、相手は妖怪。他の犬に取り憑くだけよ。動かすなら、狛犬を何とかした方がいいかも」

「なるほど、狛犬か。<流れる子も助かる>と拝む対象はぶっ壊せばいいんだ。少なくともこれ以上犠牲者は出ない」

「親が犠牲者なのか言い切れないわ。流産と言われた子が助かって、どれほど嬉しかったかを思うと」

「犠牲者だろ? 可愛い盛りで死ぬ運命だよ。残酷過ぎる」


「予め数年の寿命が条件と知っていても、それでも、今殺さないで欲しいと親は祈るでしょう。短い延命効果しか期待できなくても高額な治療を受けるのと同じじゃない?」

「……確かに。だけどさ、妖怪が人の命に関わっちゃいけない」

「ええ。セイ、早々に狛犬を遠いところに移さなきゃね」


「うん。……そっか。俺がやるんだ」


何かの犯罪になるのでは無いかと不安が頭を過ぎる。

結月薫には相談できない。

中川を巻き込むのも気の毒だ。


善は急げと翌朝

犬捨池に行った。

高速道路の高架下に駐車。

シロと散歩を装う。

辺りに人は無く。

速やかに狛犬を確保。



「まあ、可愛いんだ」


マユは狛犬を一目見て微笑んだ。

「それに、画像で見るより、ちっちゃい」

「そう。ちっちゃい」


狛犬は両手のひらに載るサイズ。

苔を取りブラシで擦ったら

所々欠けているが狛犬の形をしていた。


「マユ、こいつに何か悪い気配を感じる?」

聖は禍々しさを感じなかった。

それで遠くに遺棄せずに

持ち帰った。

マユに見せたくて。


「いいえ。人なつっこい子犬みたい」

「妖怪は梅本さんとこの秋田犬に取り憑いている。コレは空っぽなんじゃないの? コレ妖怪の家みたいなもので、今、は留守にしている」


「完全に空っぽとは思えないけど。無垢な犬の気配を感じるから」

「妖怪はコレを動かしたと分かるだろうか?」

「棲み家ですもの。気付いているわ」

「気付いてどうする?」

「捜すでしょうね」

「見付かるかな?」


「無理だと思うわ。池からも同じ水脈の川からも遠く離れている」

「じゃあ、どうなるの?」


「取り憑いた秋田犬から離れられないでしょうね」

「それはいいことなの?」


「依り代が無いから池には戻れないの。地縛霊が浮遊霊になる感じね。ただの犬一匹の古い霊魂、始まりの形に戻って、やがて消滅するんじゃないかな」


マユは狛犬を川に置くよう勧めた。

清い川の流れが

犬捨池から付いてきた死者の情念を、あの世に送ってくれるだろうと。


聖は、梅本に子どもの義指を提案した。

そっくりなAと同じ運命を恐れるなら

似ている箇所を見かけだけでも修正すべきだと。


コレもマユの考えだ。

犬の妖怪は、かつての主(地主の子)と

同じ印を付けた。

目印が無くなれば

役目を見失うかも知れないと。


その後も、中川を通して梅本家の様子は知ることが出来た。


秋田犬はすくすく育ち、長屋の前庭では狭くなった。

事情を聞いた山田鈴子が、梅本家の隣にある空き地を安値で貸すことにした。

梅本は大きな犬小屋を自分で作った。

犬は利口で長屋の住人達にも可愛がられているという。


事件から1年後に

どぶ川に鉄板の覆いが取り付けられた。

無残な死体遺棄現場はもう人の目に触れない。


「ちょっと見てきましたけどね、随分感じが変わりましたよ」

中川は梅本家と付き合いが続いている。

今のところ、

子どもに何かあったとは聞いていない。


最後まで読んで頂き有り難うございました。


      仙堂ルリコ

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回のお話はまたホラー全開に戻ったのですね。 水場や動物が絡むと一気に恐ろしいです。 気付いていないだけで、私の生活圏内にも何かの依代になっている石とかあったら、恐ろしいですわ~。
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