犬捨池
「3人の子どもが選ばれたのには理由があるはずよ。梅本さんと殺されたA君の両親、そしてEさん、何か共通点は無いのかしら?」
子どもの指は生まれ付き欠けていた。
生まれる前に、魔物に選ばれたのか。
何故?
魔物と接触したのは、
母親か、それとも父親か。
「同じ長屋に住んだのが、大きな共通点なんだけど……。梅本家は去年引っ越してきた。A家は確か行方不明になる1年前くらいに、あの長屋に来た。Eは30年以上前から住んでいる」
「長屋に来る前に、何処に住んでいたのかしら。すぐに分かりそうなのは梅本さんだけね」
「AとEはカオルに頼めば分かるかもしれないけど」
事件は既に解決している。
魔物が、どうとか、言いにくい。
警察官に頼むのは気が引ける。
「まずは梅本さんに確かめてみましょう」
「確かめる、って具体的には何を?」
「魔物に取り憑かれるような場所に、行った覚えはないか」
「場所か。それって心霊スポット? 幽霊が出るトンネルとか?」
「亡くなった人の霊が彷徨っている場所ではない気がするわ。だって、『人』では無さそうだから。相手は魔物よ……妖怪、鬼、或いは神と呼ばれていたかも」
「神か。怖い神様だな。この山にも、神様いるらしいよ。川の下流にある村の『年の役』に当たった人が河原の石を拾いに来るんだ。誰にも見られてはいけない掟だから出くわしたりしないけど。猪を仕留めて神への生け贄にするのも『年の役』の勤めだとか」
「その村には神社があるのね」
「うん。小さな神社。古い神社や祠、石仏は、山のあちこちに在るよ。ヤマチチ伝説もあるな。そう言えば」
「眠っている人の魂を吸い取る妖怪ね」
「犬に取り憑いている魔物は、ヤマチチの類いだと思う? 伝説の妖怪は、想像上のモノでは無く実在したのか」
怨霊の類いは見てきた。
美しい幽霊は目の前に。
魔物だって居るんだろう。
「取り憑かれたのには理由があると思う。祟りを受けたのかも」
「梅本さんは祟りを受けたのか。神か魔物の。祠を壊したとか、参拝の作法をまちがえたとか」
だが、どうやって梅本に確かめよう?
直接聞くより中川に頼もうか。
随分梅本家と親しそうだった。
「中川さんが適役ね。子どもに異界のモノが憑いているのが見えたと、言ってみたら。梅本さんだって『同じ特徴、生まれ変わり』が不安でしょうから、心当たりが無いか、考えてくれると思うわ」
マユの思惑通り
中川は梅本の妻と電話で話し
<心当たり>を聞き出した。
「『心当たり』があったんですね」
「そうなんです。……ちょっと、ぞっとしましたね」
中川は数日後に工房に来た。
会って直接報告したいと。
「実は……今朝現場に寄ってきたんです。神流さんに見て貰おうと……写真も撮ってきました」
まず、見せられた画像は
狛犬の、ようだった。
半分苔に覆われているのは湿気の多い場所に在るモノらしい。
「梅本さん、坊ちゃんが産まれるまでに2回流産したそうです。……坊ちゃんの時も妊娠が分かったと、同時に……切迫流産でね……、もたない、おそらく流れると、……医者に言われたそうです」
いつになく、中川の喋り方は歯切れが悪い。
瞬きも多い。
……何かに怯えている。
……海千山千、何事にも動揺しそうに無い男の声が震えている。
「ネット、で知ったそうです。『犬捨池』の駒犬に参れば、流れる子も助かると」
<流れる子も助かる>
何だか怖いフレーズだ。
<犬捨池>
も、感じが悪い。
「犬捨池、ですか」
「……はい。正式な名称です。型から、三日月池とも呼ばれています」
中川は池の画像を見せる。
木々に囲まれた田舎にある池、とは違う。
高速道路らしき金属の塀と、廃材置き場に囲まれた、雑草茂る中にある小さな池だった。
いびつな形の犬の石仏は池のほとりに
在った。
対の狛犬では無い
一体だけ。
口が開いている狛犬だ。
「この場所は、そう遠くではないんですね」
中川が何処に住んでいるのか知らないが、
山田動物霊園に出勤するまでに寄って来れたのだ。
「ええ。此処です」
中川はマップ画像を見せる。
「梅本さんの家の近くですよ。1キロ北です。近くに川があります。それが長屋の裏のドブ川に、途中で枝分かれしている」
「あのドブ川に?」
川に隣接している三日月型の池。
元々は川の一部だ。
流れが変化して池になったのだろう。
つまり、
三日月池とドブ川は元々同じ水脈なのだ。
「梅本さんが言っていました。坊ちゃんが無事に産まれたので、お礼参りに行ったと。毎年ね」
梅本は大阪府北部の市営住宅に住んでいた。
家を買う収入も予定も無かった。
それが、お礼参りに訪れた土地で
ワケありだが格安物件を見つけたのだ。
「渋滞を避けて、入った道で迷い、気がついたら、あの長屋の前だったそうです。売り家の看板が出ていたんですね。表示価格が余りに安くて驚いた、って、奥さんが。……まるで、「狛犬」に導かれたみたいじゃ無いですか」
中川は、そこまで喋って
肩をブルッと震わせた。