生まれ変わり
神流 聖:29才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
神流剥製工房を包んでいる森に
春の訪れの兆し。
数日降った雪がまだ解けず
辺りは美しい雪景色ではあるが、
今日、梅が咲いた。
早々にメジロが集団でやってくる。
まずは、常駐しているスズメと縄張り争いの戦い。
これは、一騎打ちなのだ。
聖は幼少より何度か目撃している。
スズメ1羽とメジロ1羽が空中戦。
で、その跡雀たちはメジロ勢に場所を譲る。
スズメが勝ってメジロ軍が退散したのは記憶に無い。
毎年、梅の木に花満開の頃
面白いくらい一杯のメジロが
たむろっている。
メジロは姿形が愛らしく
見ていて飽きない。
馴染みのカラスや雀と違い、近寄れば飛びたつので、
工房の中から、2階の窓からバードウオッチングしているのだ。
と、
まったりしていたら、
山田鈴子からの電話。
第一声は
「兄ちゃん、暇やろ?」
「まあ。そうです」
素直に答える。
「昼ご飯、寿司出前頼んだから、食べに来て」
と、嬉しい誘い。
「いつも済みません。……お言葉に甘えて12時頃に、お伺いします」
現時刻は10時5分だった。
「いや、すぐに来て欲しい用事があるねん。寿司は仕事の後の話や。お客さん、待ってるから、すぐ来て。頼んだで」
と、言うだけ言って電話は切れた。
どゆこと?
つまり、
何か仕事か。
その報酬が、寿司か。
聖はシロと車に乗り込んだ。
客、と言っていた。
山田動物霊園を訪れた客が剥製に興味を持ったのかもしれない。
と、単純に喜んだ。
霊園事務所の前に見慣れたベンツ
他にワゴン車が一台。
○○メディカルサービス、と車体に書いてある。
中身が医療関係の商品と分かる段ボール箱が積んである。
この車で、ペットの亡骸を持ってきたとは思えない。
「剥製の紹介で、寿司は奢らないかも」
鈴子はそんなに甘くない。
どんな用件か分からないからシロは事務所の中へ連れて行けない。
暇そうに、ベンツの横に立っている
金髪で白いスーツの男(鈴子の守護霊)を指さし
「アレと、遊んどいて」
と、言い聞かせた。
事務所の中に、鈴子(今日はピンクのジャケットと黒のスカート)と、
男が2人居た。
どちらも、初対面だ。
1人は半白髪のシニアで、中川、と名乗った。
新しい事務所番、だという。
もう1人の40才前後のビジネススーツの男が、<客>であった。
「こちらは梅本さん。家を買って頂いたお客さんなんや」
病院周りの仕事で奈良県内が担当エリアだと手短に自己紹介。
交換した名刺には○○メディカルサポート、アドバイザーとある。
「家は気に入ってはるんやけど、近所の人からな、気味の悪い話を聞いて……悩んではるねん」
「気味の悪い……心霊現象、ですか?」
聖は何故自分が呼ばれたか、分かった。
良い気分では無い。
だけど、寿司に釣られた自分がマヌケだと諦めた。
適当に話を聞いて
適当にそれらしい事を喋るしかない。
「心霊現象、そんな話なら無視します」
梅本は真っ直ぐに聖を見る。
霊感剥製士を値踏みするような目つきだ。
「いわく付きの格安物件を買ったんです。幽霊とか怪奇現象の噂なら想定内、でした」
「いわく付き……事故物件ですか?」
ちょっと興味が出てきた。
「事故物件では無いねん。家の中での変死は無いから。あんな、前に住んでいた一家の子どもが、行方不明になってん。6年前や」
居なくなったのは4才の男の子で
未だ消息不明。
失踪当時、SNS上で、親が殺したと噂が立ったという。
父親が酒乱、放置子、と、近所の評判が悪すぎた。
「元々経済状態が悪かった。ローンが払えず、他に借金の取り立てもあった。失踪事件から一年も経たない頃に夫婦は夜逃げした。家は借金の抵当、ややこしい事になった。元々山田不動産が分譲した家やから、うちが金融屋から買い取って綺麗にしたんや」
築40年、昭和に多く建てられた、間口の狭い2階建連棟住宅だ。
「外も内も綺麗にリフォームされていたし、端の家だから買ったわけです。端なら、先々潰して更地にしやすい」
聞いてもないのに説明する。歯切れが良いが優しい喋り方は営業のプロっぽい。
「実はですね、私には4才の息子が居るんですが、その息子が、居なくなった子どもの生まれ変わりだと、噂になっているんです」
梅本は忌々しそうに、言葉を吐き出した
「生まれ変わり?」
超、意外。
「その子と、息子が似ているらしいんです」
「そんなの、誰かが似ていると言えば、先入観で似ている気がするんですよ」
聖は梅本に同情した。
偶然、消えた子と年が同じで同じ性別。
ちょっと見た目が似ている。
それだけで、生まれ変わりとは奇天烈すぎないか?
一体、誰が言い出したのか。
そいつの思考回路が理解出来ない。
「そんな事言うなんて……それは言った人が、変な人ですよ」
当たり障り無く、言ってみた。
しかし、
変な人が気味の悪い事を言った、位で問題にする男には見えない。
……いや、
この男は平気でも、妻は違うかも。
「奥さんは、嫌でしょうね。言っているのはご近所の人でしょ。奥さんは顔を合わす機会が多いんだ。そんな事言われたら、困りますよ」
「噂を聞いて、息子を見に来る輩も現れて……妻も最初はアホらしいと笑っていたんですが……最近は、もしかしたら、生まれ変わりかもとか、酔えば言うようになっちゃって」
何故、母親まで、そんな風に思うのか?
それも理解しがたい。
「息子は……生まれ付き、手の指が一本、欠けているんです。近所の人が言うのには、いなくなった子も、同じ、だったそうです」
ただの偶然だった。
だが、偶然に意味を捜す者もいる。
「息子は、少し扱いにくい性分で、妻は子育てに苦労しています。息子が誰かの生まれ変わりなら納得出来ると、意味不明な事も言い出して……」
「奥さん、心配ですね」
事態は深刻ではないか。
「今のところ、隣の奥さんが支えになってくれています。いなくなった子を一番知っていた人です。少しも似ていないと、言って呉れています」
「にいちゃん、気の毒な話やろ。どないか解決でけへんかなあ。霊能者が『生まれ変わりでは無い』と、断言したるとか」
「へっ?」
そっか。
鈴子は、そんな感じで聖を使おうと考えたのか。
で?
可能か?
脳内でシュミレーションしてみる。
「社長、それを断言できる霊能者なら、行方不明の子が何処にいるか言い当てないと。説得力無いでしょ」
「それは、おっしゃる通りですね」
梅本は即、納得。
「でも、神流さんに分かるわけ無いですもんね」
霊能力など、全く信じていない。
「そうですね。何の力にもなれませんね。行方不明事件について、噂ではなく事実を調べるべきだと思いますね。前に住んでいた一家が、実際はどういう人たちだったのか」
アドバイスのつもりで言った。
なのに、
「有り難うございます。宜しくお願いします」
と、頭を下げられた。
(俺が、……調べるの?)
「兄ちゃん、現地に行くついでに、もう一つ頼みがあるねん」
もう現地に行く話になっている。
「な、何ですか?」
「奥様の、もう一つの悩みを解決して欲しい。簡単や。裏の排水路に猫の死骸が浮いている。それを回収して欲しい。水の流れが滞っていて、長いこと浮いたままやねんて」
死骸?
回収?
何で、わざわざ俺が?
「お願いします、役所に電話しても、川だから、いずれ流れていき場所が特定できない、川の全部は探せない、と言われたんです。でもね、もう半年ですよ。引っ越した日に、最初に見たんですから。半年、同じ処に浮いたままなんです。同じ横向いた格好で」
2階のベランダに出る度に
ソレが目に入る。
グロが苦手な妻にとっては苦痛だと。
「え、あの……梅本さん、」
聖は事の事態に気持ちがついて行けない。
「有り難うございます。社長、剥製屋さんに会えて良かった」
梅本は自分の腕時計だけ見て立ち上がり
「では、これで。約束がありますので」
慌てた様子で
行ってしまった。
「剥製屋さん、私も、一緒に行きます。宜しくお願いします」
受付席に座っていた中川が、言う。
「一緒に?」
「兄ちゃん、1人で出来る作業じゃない。中川さんも手伝う。道具が必要ならこっちで用意するわ」
鈴子は、聖が拒否するとは、思っていない。
どうしてだか、全く、そんな考えはなさそう。
聖も死骸回収を拒否する気は無い。
行かなければ、と、今は思っている。
「兄ちゃん、中川さん、梅本さんの話、どう思った? あの人、嘘ついてると思う?」
大量の寿司を前に、鈴子が聞いた。
「社長、アレが嘘なら他の話も嘘が混じっている。わざわざ嘘を語りに来た理由が思いつきません。勘違いだと思いたいですね」
中川は、そう言って、鈴子のグラスと聖のグラスに樽から生ビールを注いだ。
横顔に、人生経験の深さが滲み出ている。
「中川さんも、飲んで。それに眺めてんと、食べてや、兄ちゃんも」
「猫の死骸が、半年前もから、同じ格好で浮かんでいるという話ですね。有り得ないですね」
聞いた瞬間に、
頭のどこかが、妙な話だと反応していた。
現物を見て確かめるべきだと、心を決めていた。