第86話 人間を超えた知覚
それはまるで、宇宙空間に体だけ投げ出されたような感覚だった。
感じられる視界の範囲は360度、上下左右、目という視覚器官に頼ることのない全方位情報が、神経接続された視覚野に投影される。
通常の状態では決して得られない、人間を超えた存在の知覚。
広角から至近へ、位置情報と周囲のエネルギー波の流れが小さく表示され、そこへ注視すると、必要詳細情報が瞬時で広がる。
なんという知覚の充足感だろう、まるで心地よい温泉に浸かった時のような、全身と神経を程よい圧力で押し包まれるような感覚。
この空間を支配しているのは自分だと言わんばかりの、圧倒的な万能感があった。
ロックオンされた時の拘束感は特筆すべきだろう。
いいしれぬ何かに縛られる感じは、とてもマシンが演出した感覚とは思えないほど、実状に即してリアルなものだった。
回避する方法は、もちろん位相差シールドの展開。
ただし、無限にその時間が許されているわけではないので、相手側の射出を待つ必要がある。
敵対ポイントが一つではなかった場合、時間差で量子魚雷を受けねばならず、距離と間隔を計算し、退避と反撃の機会を計算、順次行動に反映していく。
それらは全て、戦術AI(搭乗者支援戦術システム)が担っており、実質パイロットはボタンを押すイメージをするだけである。
このゲームの醍醐味は近接シミュレーションであり、はっきり言ってそれ以外はない。
ほとんど遭遇する機会はないとされているラウンドバトラーの近接戦闘。
このシミュレーターは、それを存分に楽しめた。
後方、光を感じる。
“来るぞ、構えろ”
音声カスタマイズし、ツンに特化したAIが、オレに伝えてくる。
オレは姿勢を素早く反転させ、迫りくる光点に向かってシールド展開をスタンバイ、その機を伺う。
光点への接合直前、オレは盛大にスラスターを吹かして避け、光点の射出ポイントへ向けて最大出力でスラスター全開。
光点へ瞬時に接近、敵役の人型兵器が近接用粒子ビームを射出、オレは素早く避け、スラスターにターボを入れる。
移動動作しながら、敵直上より炉核弾を発射、敵シールド間に合わずに大爆発を起こす。
オレは機体被弾を避けるべくシールド展開、ゲームセット。
“的確に敵殲滅に集中しているな。
それにしても急激にポイントが上がってきた、このシミュレーターの演出レベルではもう物足りないんじゃないか?”
アールが、ラウンドバトラーシミュレーターから出てきたオレにそう言った。
これを初めてもう一年近くは経つだろう。
半年でも一年でも、時間経過の感覚がないことの恐ろしさは、ここにいなければ味わえないだろうな。
返却してから複製しようという話だったが、オレのシミュレーションを傍らで見る彼女たちは、いてもたってもいられない耽溺の目を向けるので、アールにそのまま人数分複製してもらった。
検証時には正体不明の資材状態になるよう、カスタマイズした簡易版を設計して複製したようだ。
魔法よりむしろ未来科学のポテンシャルに驚愕したのは言うまでもない。
“それにしても、彼女たちの反射神経、運動神経、それを束ねていた知覚神経野は、オールドシーズのそれとは段違いなようだな”
ミーコたちのシミュレーションは、アールにとっても興味深いものだったようだ。
オレの叩き出すカウントは、元からのゲームの親和性もあってかそれなりだったが、三人娘、そしてネフィラまでもがありえない程の数値を出している。
対戦シミュレーションでも、少し気を抜くと負けそうになる。
意地になっているわけではなかったが、こんなところで負けん気をだしてしまう自分の大人気なさを自戒させられる。
だが不思議だ、このコンソールに触れるとその反省も微塵に吹き飛び、ただ戦闘に集中させられた。
保管域内時間一年前、保管域から出た時点、エイミーを置いてシミュレーターを収納したあの時へオレは戻った。
「……え? そ、そうよね、もういいのよね」
外界のエイミーは恐らくは十秒ほどだったろう、すぐに出てきたオレに驚いている。
オレは、収納していたシミュレーションマシンを、もとあった場所へ出現させた。
「ありがとうございます、存分に訓練できましたので……
はっきり言って、もの凄く楽しかったです」
エイミーの表情が変わった。
今までオレに向けたことのない、なんともいえない複雑な感じ。
彼女が何を思っているのか、残念ながらオレの人間力では推し量れない。
「一洸…… もう完全に、その、制御できるのよね?
対艦戦から近接戦、大規模殲滅戦まで演習したの?」
「ええ、全部修めました、これを習得するのは皆さん大変だったでしょうね!」
オレは、少々わざとらしく未来人を労ってみた。
嫌味のつもりではなかったが、エイミーはうつむいてしまった。
残念ながら、その時の表情は想像するしかなかったが。
シミュレーターのチェックを始めた連邦の技術スタッフの驚愕の表情は、ここからでも読み取れた。
「……エイミー少尉、一年経ってます、一洸さんが消えてから」
技術スタッフからそれを聞かされたエイミーが、軽く息を吐きだすのがわかった。
「アール…… いや、あの鹵獲戦艦の検証ですが、“彼”の準備はできているようですよ」
オレはエイミーに伝えると、彼女は驚いて起きたようになってしまった。
「え、ええ、そうよね…… それなんだけど、大佐とも相談したの。
あなたの保管域に入るスタッフ、必要最小限の数名とドローン数十体で実施するわ、期間は3ヵ月。
域内の時間経過がないという前提の目算と、もしもの時を考えてだけど、いいわよね?」
「ええ、もちろん。
その場合ですが、オレ自身が一緒に保管域にいて、内部より外界時間停止のコマンドを実行しなければなりません。
そうしないと、通常の時間経過と変わらなくなってしまいます。
技術スタッフの方が外界に出た場合は時間停止は解除、再度入った場合から停止再開となります」
オレは、言い忘れそうになっていたことを思い出した。
「それと、食事は出来ますが不要です、排泄も要りませんよ。
老化と代謝がないので、全く挙動が起こりません、睡眠もです。
疲労は一時的にはありますが、すぐ回復します」
「……」
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