第84話 ただのカス
ゴーテナスの東域にある、小さな町。
そこは今、それまで誰もみたことのない異形の存在によって、人の住む町であった姿を永遠に失おうとしていた。
その赤褐色の粘体状の化け物は、地下から這い出てきたかと思うと、あっという間に重圧で建物を押しつぶし、逃げ惑う生き物たち…… 人間、亜人、少数いた魔族を含めて、まるで咀嚼するかのように粘ついた体で覆いつくし、消化していった。
所が違えば、それはただの食事。
だがこれは破壊であり、侵略であり、虐殺でもあった。
押しつぶされた建物からは火の手が上がり、くすぶる煙の合間から、かろうじて逃げることに成功した人間、それ以外の存在が走っている。
彼らは周囲の存在を気にかける余裕はなかった。
親も、子も、愛する人も関係ない……
目の前で、異形の化け物に飲み込まれるのを見て、彼らは本能のまま逃げ惑った。
「なんだありゃ…… 火、煙か。
臭ぇな」
その薄手の衣装を羽織っただけの、白い肌と髪を持った人の姿をしたものは、独り言のように呟いた。
彼、と呼んでいいのだろうか。
見える姿は男性であったが、人によっては女性とも見えるだろう。
性別を超えた美しさを持った存在に見える。
「ああ、あの気持ち悪ぃのか…… まだいやがんのか、うぜぇな。
ちょろちょろしやがって紛らわしい」
彼は、火と煙がたつ街の中心地へ飛翔した。
その存在は美しい白銀の羽根を広げている。
それはこの地上のいかなる生物のものでもなかった。
何故なら、それに並び称される生き物は、この世界にはいなかったからだ。
ただ、美しいそれが空を飛ぶための翼だということが、かろうじてわかるだけである。
「おら、薄気味悪ぃゴミども、二度と俺の前に汚ねぇツラ晒すんじゃねぇ」
そう言って翼を一瞬縮めたかと思うと、大きく腕を横薙ぎにして空を切った。
猛烈な光の波が街区を飲み込んでいる化け物に降り注ぎ、光が、圧力で異形を端から消滅させていく。
光の勢いはとどまることを知らず、異形は痛みを感じているかのように波打ちながら、萎縮して小さくなる。
彼はさらに腕を薙ぎ、光の暴力を誇示し続けた。
その様を見ていた、生き残った人々。
ただ神の使徒が、神力を用いて自分たちを救っているようにしか見えなかっただろう。
「……神が、神の使徒が我々を救ってくれた、天使様が表れた」
人々は口々に天使の降臨を称え、その姿を目に焼き付ける。
ある者は、魔法によってその画像を捉え、またあるものは魔道具によって保存した。
「……神さま、お救いいただき、何と感謝をしていいか」
逃げ惑う人々の中から、その存在に語り掛ける者がいた。
化け物の殲滅作業をしていた白銀の存在は、まるで蟻をみるかのごとく人間を睥睨しながら言った。
「神? おらぁ神じゃねぇよ、神をぶっ殺そうとしてしくじった、ただのカスだ。
おまえらも神には気ぃつけろよ、あいつはろくなもんじゃねぇ。
あっはっはははは」
「ありがとうございます、本当にありがとうございます……」
神を否定した存在は、殲滅作業を終えると、光の尾を引きながら飛び去って行った。
◇ ◇ ◇
「……では、消失事件の調査と同時に、隣国アルデローンの魔導士が召喚した召喚者を探せと」
「そうだ、勇者カミオよ、おぬしにしか頼める者がいないのだ」
「私は便利屋じゃありませんよ…… 召喚者の捜索が、消失事件の調査と比べてそれほど大事だとは思えませんがね」
ガイアス議長は、相変わらずのカミオの言を前に、ただ懇願するしかなかった。
頼める人材がいればとっくにそうしている、だがそれは言えない。
この帝国の人材難は、今に始まった話ではないからだ。
「先のダンジョン調査に協力してくれた彼に話をしてみます。
ランクは高くありませんが…… 実力は折り紙付きの冒険者ですからね。
彼と、彼の率いるパーティなら、あるいは捜索を任せる実力は足りているかと。
ただ、受けてくれるかどうかはわかりませんが」
ガイアスは身を乗り出した。
カミオが信頼している実力者とそのパーティ。
自分が率いる間諜組織からは、具体的な情報も伝手も得られていない。
その冒険者達は敢えて力を秘匿し、目立たないように振る舞っているというのか。
「……今回、どうしても召喚者を探さなければならない理由なんだが、
召喚時に、消失事件を起こした化け物をその召喚者が倒したそうだ。
少なくとも事件の原因存在に対して対抗力となりうる、今我々が知りうる中で唯一の希望なのだ」
「異形の化け物を倒した、と?」
「そうだ、その場に立ち会った魔導士の弟子のひとりが、死ぬ間際に語った事だがな」
カミオの表情が曇った。
「話だけは振ってみますが…… 期待はしないでください。
実力がある分、相応の条件を出してくる可能性もあります」
「わ、わかった…… なるべく早急に頼む」
カミオは、庁舎からの長い坂を歩いて行った。
一洸なら受けてくれるだろうし、もちろん協力は惜しまないはずだ。
だが彼は自分と同じように、帝国に実力を知られることを良しとはしないだろう。
それがわかっていただけに、彼の表情は重いままだった。
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