第71話 相容れない価値観
「……地球のことも、今我々連邦が戦っている敵のことも、エイミーから聞いていると思う。
私たちは自分たちを“連邦”と呼んでいる。
これは国家間の共同体を越えて、人間らしさを捨てるつもりのない、元来の人類の連帯、集まりという意味だ。
なので、様々な国家、思想、人種の集合体でもある」
この間からの疑問だった。
魔法を使っていないと言われたエイミーが、なぜ魔族と普通に会話できるのか。
ネフィラの翻訳魔法をかけられているオレは、問題ないはずだ。
エイミーと話す場合は地球人同士、翻訳魔法など本来不要なはず。
異世界人同士でも、日本語・英語の自動翻訳を魔法がしてくれていた?
そこまでの性能を持っているのか……
オレと普通に話していたが、あまりにも自然な会話だった。
魔法以外にオレの日本語を翻訳している何かがあるのかも。
日本語のネイティブとは考えずらいな。
薄茶の長い髪に黒目だったが、顔つきは日本人にしては彫りが深い。
「君は…… 日本人だよね?」
「ええ、今の時代のではないですが」
「エイミー、彼女の母親も日本人なんだ。
もう亡くなってしまったが、生前は彼女の父親とともに親しくしていた。
もう昔の話だがね」
それで剣道だったわけか。
「……ちょっと前から思ってたんですが。
連邦では日本語が標準語なんですか?」
「これだよ」
ホワイト大佐は、首の近くに手を近づけると、首に付属機器が現出した。
この人たちは、全ての偽装を解いたら、全身機器だらけなのだろうか。
「翻訳機ですか?」
「そう、エイミーもこれで君と話してる。
ここでは、文語に関して言えば公用語は英語かな。
話し言葉は、親から教育時に受け継いだ言語を話し、これを通してコミュニケーションを続けているね。
ま、基本的に文語も口語も英語で学習をしているが。
もうずっとそうだよ」
「……」
ネフィラの翻訳魔法、すでに追い付かれているわけか。
どっちがファンタジーなんだか……
「……その、エイミーさんにも聞いたんですが、何故彼らAI人類と戦うことになったんですか?」
オレはど真ん中にぶつけてみた。
その方が早いと思ったからだ。
ホワイト大佐が、肩の力を抜いたのがわかった。
これがこの人の、いわゆる準備なのだろう。
「同じ種を起源とする生物が、活動のフィールドを重ねた場合、融和か滅亡、それ以外にはない。
数世代にもおいて試行されたが、遂にかなうことなはく…… 融和は無理だった。
何故なら彼らの目的が、自分たちへの無条件の同化だったからだ。
同化、この場合のそれは、旧来の人類としての形態の放棄、文明の放棄、個性の放棄、精神共同体への服従を意味する」
彼は、もう何度もこの手の議論を尽したのだろう、行き詰まることなく一気に話した。
文明の放棄。
それは、つまり読書や映画、演劇や音楽、そしてアニメを全否定して生きる。
オレには無理だな。
「……彼らは、肉体を棄てたんだ。
そこにまつわる問題を全て棄て去り、個別の精神をチップに埋め込んで統合リンケージし、巨大な精神生命体として活動している。
知識や経験は全て共有し、個別の意思はない」
「……」
オレは言葉を失った。
それはもはや進化ではない、別の形態を持った別の生き物への転遷。
「これは観念論になってしまうが……
いわゆる、“神”を目指したのでは、という意見もある。
ただ、私自身はこれには賛同しかねるがね」
なんということだろうか。
これが、あの頃から言われていたグローバリズムの行き着いた形なのか。
こんなことになるとは、彼ら自身予想だにしなかったのでは。
オレは言葉を失ったように、ただ黙ってしまった。
しばらくの沈黙後、オレは聞いた。
「……衝撃の内容ですね。
世界線が違う可能性があるとはいえ、自分の世界の未来が、まさかこんなことになるとは。
エイミーさんにも聞きましたが、戦う前に話し合うことはなかったんですか?」
「それも随分尽くされた話だよ。
根幹を同じくする生物において、敗北は即滅亡を意味する。
勝たなければならない、心があるなら、愛を知る人間であるならね。
脆弱な肉体を必要としない、老化も病苦も克服した機械生命体に洗練された文化は必要ないんだ。
何故なら、完全生命体に高度な知性を要求されることはないからね。
疑問を解決までの艱難辛苦こそが精神の発達に不可欠なんだが、リンクされた統合体から最適解が得られるし、知性を育む必要がない。
愛することによって、新たなる生命を増やす責務を負わない存在に、心を育む文化は必要ないし、コミュニケーションも不要、精神共同体の名の下に統合されたネクスターナルとは、基本的価値観は絶対に相容れない」
確かに、ホワイト大佐でなくとも受け入れられる価値観ではないな。
しかし、そんな神に近い存在ともいえる怪物と、よく戦ってきたな。
勝てるのだろうか、実際勝算はあるのか。
「エイミーからも聞いている、君はあきらかにこちら側の“人間”だとね」
オレは、チョコケーキをだして、ホワイト大佐に渡した。
「オレの時代の…… 日本のお菓子です。
エイミーさんが、オレを連邦側の人間だと判断した決め手のようなものです」
オレは、エイミーの時にそうしたように、袋を開けて食べて見せた。
ホワイトは、カップを持ちながらもオレがしたように袋を開けて、チョコケーキを食べる。
「……」
一口食べた彼の顔が、エイミーの報告の裏付けとなった瞬間だった。
「……君は、エイミーの言った通り、本当に特別な権能を持った300年前の魔法召喚転移者なんだな」




