第70話 遠くを見る眼差し
「……ごめんなさいね、私、もう泣かないって決めてたのに。
今まで抱えていたもの全てが一気に溢れ出てきて、どうしようもなかったの」
エイミーは涙を拭って、無理やり気丈な自分を演出している。
この人は、ずっとこうやって自分を律してきたんだろうな。
オレは、こんな時に気の利いた事を女性に言える人格は作ってこれなかった。
スクリーン映像が、膨大な数の戦艦群を映し出し始める。
助かった。
眼前には、映画でみる宇宙空間に戦艦群が浮遊する絵柄そのまま。
リアルで見る大艦隊は、臨場感などという言葉では表しきれない程の迫力で、オレは本当に言葉を失ってしまった。
眼下に広がる、ぼうーっとした光につつまれた惑星。
以前、画像で見た地球に似ているが、大陸の形が全く異なっており、そこが別のものであると思い知らされる。
「今は全軍で警戒態勢中なの。
私が戻らなければならなかった理由はこれよ」
警戒態勢。
察知した途端、終わっている戦闘か。
警戒態勢ということは、既に勝敗は決している?
「多分、今あなたが想像した通りよ。
AIと同化した“元”人類の斥候が確認されたの。
ただこの次元じゃないわ」
違う次元?
他の次元に潜む敵まで察知できるのか……
これ以上SFの設定を持ち込まれたら、ついていく自信がないな。
「あなたを巻き込む形になって、本当に申し訳ないと思ってるわ。
でも一洸、あなたを見ていると、どうしてもあのAIに身を委ねた側には思えないの。
私と、私たち連邦の人たちと同じものを持っているって思った。
チョコケーキ、わたし、あんな美味しいもの初めて食べた。
ここの食事ももちろん美味しいのよ、でも違うの。
なんていうか、人が最も活き活きとして活動していた時代の味、みたいなものかな」
エイミーは、遠くを見るような眼差しでオレにそう言った。
20XX年、そんな時代だったんだな。
確かに美味しいものには溢れていたし、何の不足もなかった。
失ってみないと、今ある価値なんてわからないんだろう、ちょっと寂しい気もしたが。
眼下の光景、整然と空間に浮かぶ大船団の様は、いくら見ても飽きることはなかった。
オレは、スマホを取り出して撮影した。
一応、周りはみたが誰もいない。
もちろん監視はされているだろうが、このくらいならいいだろう。
言われたら消せばいいし。
デッキのスライドドアが、プシューという音とともに開いた。
こちらに向かって長身の男性が歩いてくる。
「……はじめまして。
一洸、杉本一洸さんでいいかな? 私はこの第七次元航行群の副司令官をやっているユーリー・ホワイト大佐です」
そのロマンスグレーの紳士は、片手でフタ付きカップを二つ持ちながら握手を求めてきた。
「杉本一洸です」
オレはとっさに応じた。
エイミー同席のもと、上官への紹介があると思っていたが、予想外だった。
「突然すまない、ロイド少尉から紹介してもらった方が自然だろう。
ただ、彼女は今マシンの修理にかかりっきりでね、説明だけでも先にしておこうと思ったんだ」
軍人にしては、らしくない人だな。
まるでハリウッド映画のスマートな海軍将校そのものみたいな外見だが、それ以上にくだけた感じだ。
「……これ、どうだい?
お口にあえばいいが」
「いただきます」
ユーリーは、持っていたコーヒー? のカップの一つをオレに渡した。
彼は自分のそれを飲み、満足げな表情だ。
オレは軽く匂いを嗅いだが、それはコーヒーそのものだ。
飲んでみた。
悪くない。
よく行ったコーヒーチェーンのものとそう変わらないもの。
「君の時代のものにはかなわないだろうけどね。
合成ではないんだが、もう自然の下での天然豆は作れないんだ」
味も香りも、店で出して十分対価をとれるものだと思ったが、これが人工の環境下で作られたものなのか……
「……いえ、とても美味しいです。
オレの仕事場の近所にあったコーヒーショップで出されても、誰も人工ものだなんて疑いませんよ」
「そうか、ありがとう」
そう言って口元を緩めた彼は、女性受けがすこぶるよさそうなダンディだ。
仕事の顔になると別人になりそうだが。
「こんな遠くまでわざわざ呼び出してしまって、本当に申し訳ないと思ってる。
ただ事態は切迫していてね、君のいるこの惑星にも影響が出る可能性があったので、急遽お願いしてしまったわけだ」
「……その、もう一つの人類の攻撃ですか?」
「そうだ、彼ら自身は自分たちを“ネクスターナル”と呼んでいる」
“ネクスターナル”
造語だろうが、自称するには随分自信があったのだろうな、自分たち自身に。
「ロイド少尉から、簡単な話は聞いていると思うが……」
ホワイト大佐は話し始めた。




