第69話 涙
保管域を出て揚陸艇を待つ間、オレは収納してあったバトラーを出す。
目の前に忽然と巨体が表れる様は、さすがにオーナーのエイミーでも衝撃だったらしい、しばらく呆然としていた。
エイミーは操縦席に入り、機器の確認をしている。
「……炉核弾を撃ったのに、エネルギーが元に戻ってる。
補給を受けない限り、戻らないはずなのに。
これも、保管域の力なのね……」
エイミーは反応炉のエネルギーが復活していることに驚いている。
通常は熱核爆弾、つまり炉核弾を撃つと、しばらくは動けないわけだな。
保管域効果は、やはり反応炉なるもののエネルギーも充填してしまうらしい。
腰かけるように位置しているラウンドバトラー。
その隣で、エイミーとオレは揚陸艇の到着を待っている。
オレはエイミーから少し離れて、コミュニケーターのテストをしてみた。
ネフィラを思い浮かべる。
“はーい、見えてるわよ! 気をつけて行ってらっしゃいねー!
って、わたしもほとんど一緒に行くんだけどねぇー♪”
ネフィラの楽しそうな明るい声が、まるで隣でささやくように感じられた。
ミーコを思い浮かべる。
“……おにいちゃん? これからなんだね、あたしいつでも行けるから……
あ、それから、たまに声聞かせてね”
“わかった、すぐにまたかけるよ”
オレが抱きよせた時も泣いていた。
ミーコ……
不思議な気持ちだった。
理由もなく、ミーコと一緒にいたいと思った。
あの居酒屋での時以来だな。
実際オレは、人間になってしまったミーコをどうやって扱っていいのか、考えあぐねいていた。
このまま異世界で過ごすことになれば、オレはミーコと一緒になるのか。
いや、ミーコが他の誰かを気に入れば、それはそれで祝福してあげよう。
恐らくは、このままいけば、ミーコはオレとつがいになってしまう。
別にそれでもいいが、本当にいいのか。
もうあの時代、あの世界に戻ることはないんだろうから、ここがオレの居場所になるんだろうな。
そう考えると、あの子のことをしっかり見てあげなければならない。
ミーコ……
オレは気を取り直して、アンナを思い浮かべる。
“一洸さんですか? これ、ありがとうございます、みんなでスタンバイしてますんで、いつでも呼んでください、気をつけて”
“ありがとう、いってきます”
レイラを思い浮かべる。
“……あ、あの、一洸さん、これ、ありがとうございます…… 気をつけて、行ってらっしゃい”
“ありがとう、いってきます”
順調に機能してくれているようだ、軌道上に出たら、テストがてらミーコに連絡してみよう。
次元窓を開けた保管域からの通話も問題ないようだし、宇宙空間でも大丈夫だろうな。
揚陸艇は、150メートルほどの箱型の宇宙船で、ハリウッド映画の洗礼を受け続けた世代のオレには、それほどの衝撃ではなかった。
轟音を立てるでもなく、低い重力波のような振動とともに、静かに着陸した。
バトラーは、トラクタービームのようなもので器用に収納され、エイミーは機体を案ずるかのように、その作業を見つめている。
揚陸艇に乗船する際、光学的なスクリーニングをされた。
光にあてられるだけだったが、体の中が少し熱くなるのを感じる。
事情を知らされていた乗員たちは、特に気遣うこともなく、オレは船室に案内された。
「母艦までは数十分程度よ」
エイミーはシートに腰かけながら、そう言った。
「あなたに来てもらった理由だけど……
私たち連邦側は、ずっと戦ってるのよ、もう一つの人類と」
そう言った時のエイミーの横顔は、今まで見たこともないほどの憂いと悲しみを湛えていた。
もう一つの人類。
AIと融合し、人間の形態を捨てる選択をした人類、いや、元ヒトだったもの。
「……その、もう一つの人類って、もう人間じゃないんですよね」
「ヒトの形は捨ててるわ、そうなってもう長いから、今現在の姿がどうなってるか、正確にはわからない」
「わからない?」
「この時代の戦闘はね、直接的に物理攻撃するんじゃなくて、ほぼ遠隔攻撃で勝敗が決まるの」
イメージがつかめないのは無理もないが、想像力で補える範囲は超えているな。
光子魚雷みたいな奴を、見えない程の遠距離から撃つとか、あるいは打ち出したものをワープして当てるとか、そういった感じなのだろうか。
「敵の攻撃があからさまにわかった段階で、もう終わってるのよ」
オレはなんとコメントしていいか、正直わからなかった。
オレに、オレの能力に望むもの……
そうなるだろうな。
予測することすらできない、察知不能な空間からの攻撃、その手段。
「なんとなくですが、オレに期待している部分はわかります。
確かに、オレ自身としても人間の形態を捨てて生きていくつもりはありませんが、もうひとつの人類と、完全敵対しなければいけない理由もありません」
「……」
「話し合う機会はあったと思いますが、そのあたりの経緯を聞かせてもらえますか」
「……わたしの両親は、地球の地下コロニーの一つで生まれて、わたしをそこで育ててくれた。
これから行く船にも、そんな人たちが大勢いるわ。
みんな映像でしか知らない地球を、元の姿に戻したいって願う人たちばかり。
わたしにとって、母なる大地をあんな風にした側の奴らなんて……
人間とは呼べないわ」
エイミーはその先を話す前に、押し黙って涙を流し始める。
ミーコの時と同じく、オレはこんな場面ではどうにも使えないただのでくの坊だった。
【 恐れ入りますが、下記お願いいたします 】
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白い、続きが読みたい!」と思われた方は、
ブックマーク追加、↓評価を頂ければ幸いです。
引き続きお読みいただきますよう、
よろしくお願いいたします!




