第68話 白い石
“どうしよう…… 身体が熱くなって、いてもたってもいられない”
おにいちゃんにぎゅーっとされた時、あたしの中に太陽みたいな熱いものが生まれた。
こんなことって今までなかったし、あたしがおにいちゃんに抱き着いても、そんな感じにはならなかった。
ネフィラ先生がおにいちゃんのことを好きなのは知ってる。
もしおにいちゃんが、ネフィラ先生と一緒にどこかへ行ってしまったらって思うと、胸がキューンとなって、イライラして泣きたくなって、自分ではどうしようもなくなってしまって……
おにいちゃんは、どこにも行かないって言ってくれた。
おにいちゃんは嘘つきじゃないし、あたしが悲しむようなことはしないってわかってる。
でも、どうしようもないほど不安で、心配で、いてもたってもいられない。
おにいちゃんにまたぎゅーってしてほしい。
大事な用があるって、危ないかもしれないから連れて行ってくれなかったけど、あたしはおにいちゃんに危ないことはしてほしくない。
おにいちゃんがいなくなったら、あたし……
また涙が止まらなくなってきた。
◇ ◇ ◇
軌道上からの揚陸艇を待つ間、オレはエイミーに少し待つように言って保管域に入り、外界時間停止する。
オレが入ると、ネフィラは既に待っていた。
ずっと次元窓を開けてネフィラに様子を見せていたので、事の顛末を見ていた彼女の興奮ぶりは凄まじい。
先のエイミーとの会話は、ネフィラにも衝撃だったようだ。
「あの女の子が乗っていた金属製のゴーレムだけど…… あなたの元いた世界の未来の産物なのよね。
少し検分させてもらったんだけど、動力機関も含めて、私の知りうる知識では全く歯が立たないわ」
先行したイメージだけはエンターテイメントで見せられていたので、直ぐ飲み込めただけですよ、オレにもさっぱりわかりません。
「ネフィラさんにもお手上げですか……
もちろんオレもさっぱりです。
驚異的な戦闘能力はある、ってことだけはわかりますが」
「ね、あなたこのゴーレムに乗ってみたいとは思わないの?」
勿論思いますよ、日本男児の夢ですし。
「それはもちろん、オレの時代に生まれた男性なら、ほぼ全て乗りたいって言うでしょう」
「やっぱりね!」
ネフィラは杖を一振りすると、まるで影のような半透明のバトラーの立体映像が現れた。
現物そのままの3Dのコピーで、すぐ隣にあるものと寸分変わらない。
ベリアルが見せていたものの大規模版だな、魔法と未来科学の差なんて、こうして見せられる分にはほとんど変わらない。
「あなたが喜ぶと思って、このゴーレムの影を取っておいたの。
これは勿論影だけど、この世界では何かを作る時って、こういった影を元に組み立てていくのよ。
だからもしかしたら、ゴーレムに近いものも作れるかもしれないわ」
オレが、モビルスーツばりのロボットに乗る……
操縦方法も全くわからないが、正直凄く乗りたい、空を駆け巡りたい、激しい戦闘をしてみたい。
ネフィラはそんなオレの欲望に満ちた顔を見て、嬉しそうにしている。
「夢のようですね…… 」
ネフィラの表情が、微笑みから真剣なまなざしのそれに変わった。
「あの子が拾っていた白い石だけど……
何かに似ていると思わない?」
オレは咄嗟にそう言われ戸惑った。
記憶を辿ったが、それらしきものはでてこない。
石、白い石……
カミオのペンダントか。
「あれって…… カミオさんの?」
「そうよ、あの勇者のペンダントに嵌められた石に似てると思ったの。
勿論手に取って比べたわけじゃないからまだ確証はないわ」
魔元帥マルコシアスとの戦いでは、あの石から溢れる光が彼を包み、その力で戦っていた。
ミーコが光魔法を、あの石を通してカミオの身体に巡らせることにより、彼は生き返った。
ネクロニウム、生命の源。
カミオは確かに生き返ったな、そういうことか。
「調べてみる価値はあると思うの。
あなたならやれるわ」
ネクロノミコン、古のものども……
……
オレの中で、なにかが繋がりそうだった。
「……これは仮説よ。
あの女の子の言うネクロニウムを組成とするアメーバの化け物こそが、この大地に深く眠り、神々と同等の力を持った、人の世以前からある古のものどもだと仮定すると、色々落ち着くわね」
「ネクロニウムとは…… 古のものどもの身体の一部で、生命の源。
それを用いて死からの復活も可能。
ネクロノミコンはその方法を記した禁断の書。
確かに、辻褄が合ってきますね」
いずれにしろ、これから解かる事だろう。
「ね、この世界を離れたところから、空の上から観れるのよね?
わたし、本当に楽しみなの」
ネフィラはそう言うと、今までのものと違い、より強くオレを抱きしめた。
「生きて帰ってね、お願い。
あなたを失いたくない……」
オレは保管域から馬酔木館の部屋に転移した。
誰もいないと思っていたが、ミーコが昼寝をしている。
泣いていたのか?
彼女の目の周りは少し赤らみており、白い肌なので余計目立つ。
オレは、彼女を起こさないようにそっとベッドに腰かけた。
「……ん? おかえりなさい、もう用事は終わったの?」
ミーコが起きてしまった。
「うん、また行かなきゃならない。
その前に、逢っておこうと思って」
「……そう」
オレはミーコの泣いている理由を聞こうと思ったが、あえて聞かないようにした。
その方がいいだろう、その時はそう思った。
「渡すものがあるんだ」
オレはコミュニケーターを出して、彼女に渡す。
「これはね、身体に着けておくと、離れた場所からでも話ができる機械なんだ。
まずミーコに渡しておくよ。
アンナとレイラの分もあるから、あとで配っておいて」
オレの胸につけられているコミュニケーターを見て、ミーコは自分の胸に着けている。
オレをみてキョトンとするミーコ。
「話したい人のことを思うんだ、そうすると、話ができる。
もしその人が、話が出来ない状態なら無理だけどね。
自分が話したくない時や、話したくない相手がいる時は、その人の顔に×を重ねるように思うんだ、こんな風に」
オレはベッドの上に顔絵を指でなぞり、その上に×を重ねた。
ミーコは少し赤い目をオレに向けて、微笑んだ。
「おにいちゃん…… あたしに×、しないよね……」
オレは自分からミーコを抱き寄せた。
彼女は、スッとオレの胸に落ちてくる。
「バカだな、するわけないだろ」
ミーコが掴んだオレの二の腕に、少しだけ力が入る。
それは、本当に微かな変化。
「ミーコ、助けてもらうかもしれない、みんなと一緒に準備しておいてほしい」
ミーコの頭が頷くのを肩の重みで感じながら、オレはしばらくそのまま動かなかった。
肩越しが濡れているのに気づいたのは、保管域で手を振るネフィラに軽く手を上げた時だった。
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