第54話 気持ちよく笑った日
ネフィラは、あの筒状の装置のようなものの前でしばし考えていた。
「……もしかするとだけど、これは魔換炉かもしれないわね。
正確に言うと、その最もコアの部分で、全体の一部といったところかしら」
「魔換炉?」
「今は現存していないし、古代魔術書に存在が記されているだけの、失われたオーバーテクノロジーの一つなの」
「どんなものなんですか?」
「エネルギーを魔素に変換して、魔法を行使するための装置。
かいつまんでいえば、今あなたのいるゴーテナス帝国が最も欲しているもの、それを成す一部ね」
そういわれても、オレにはわからないことであったが、彼女は思うところがあるようで、随分と考え込んでいた。
「ここでいう一部というのは…… この魔換炉にエネルギーを供給する元となるもの、別のエネルギー源があるのよ。
それは燃焼させられる力であったり、また別の要素でもあったり。
様々なエネルギーを魔素に変換して、魔法として顕現させるための装置、その一部ね」
コンバーター、もしくはモデュレーターか。
そのあたりの理解でいいだろう、リアクターとなる元エネルギー供給部分がここにはないというわけか。
もし、この動力部分が化石燃料のようなもので補えたとすれば……
例えば、原子炉にこのコンバーターを繋げば、原子力エネルギーで魔法が使えることになるわけだな。
きっと凄いものなんだろうが、今のところオレにはどうしようもない。
いや……
「オレの前いた世界で、様々な文明の機器を動作させるための動力源が、もしこの世界に持ってこれたとしたら……
それにこの魔換炉を接続させて、魔法を行使することができるということですよね」
「そうね…… 途方もない話だけど、その通りね」
ネフィラは、また考え込んでしまった。
おれは彼女の思考を妨げるべきではないと思ったので、しばらく黙っていた。
「帝国では…… この前に繋ぐべき動力の源と、これの代替品が必要とされているの。
それが、あなたたち異世界召喚者が、この世界に連れてこられた理由の最たるものなのよ。
私は…… 私は、何度も方向性の再考を求めたわ、でも……」
ネフィラは、しゃがみこんで両手で顔を抑えてしまった。
彼女の肩にそっと手を触れて、オレはネフィラを抱き寄せる。
自分から彼女を抱擁するのは初めてだったが、あまりにも自然に彼女はオレの懐に身を預けた。
彼女はしばらく泣き止まなかった。
ネフィラの背中をさすっている時に、唐突に思い出した。
「そうだ、オレの召喚者権能って、なぜ与えらえた権能が保管域だったんですか?」
「召喚によってもたらされる権能が、どういう基準なのか、私にもわからないわ。
ただ、今までの知識だと、前の世界で抱えていた問題や、適性がある程度関わっているのは間違いないみたいよ。
何か心当たりはない?」
保管域を与えられる適性……
そうか。
おれが飛行機事故に巻き込まれる原因は、ミーコの飼えるマンションを見に行くところだった。
部屋、住居、煩いことを言われない空間……
まさに保管域そのものだな。
オレは、笑ってしまった。
ネフィラは? な顔だったが、そのことを説明すると、彼女も笑顔になった。
なんて綺麗な人なんだろう、あらためてそう思わせてくれる最高の笑顔だった。
オレたちは気持ちよく笑った。
久しぶりに、笑った。
ネフィラはオレに提案してきた。
「ね、あなたがわたしをここに連れてきてくれたでしょ?
わたしの魂の活動、疎外されている気が全くしないの。
あなたの仮説通りだとすると、魂として実体化する上で棄損されていく維持力も、失われていく端から補填されているのかもしれない。
わたし、ここにずっといられるかもしれないわ。
たとえ維持できなくたったとしても、魂としてあるべき世界に戻るだけ。
ね、わたし、ここにいたらあなたといつでも逢えるわ、いいでしょ?」
「ええ、それはもうもちろん問題などないですが……
本当にネフィラさん的には大丈夫なんですか?
例えば、抗うことのできない力で消えてしまうとか……」
「その時は、また夢で逢えるわよ。
でもそんな気がしないの、全然普通にいられるのよここって。
うれしいわ、わたしのこと少し心配してくれるのね」
そう言って、彼女はまたオレに抱き着いてきた。
もう慣れたが、やはり普段こういったことが普通ではない自分にとって、少々恥ずかしいものだ。
おれはしばらく彼女を抱擁した。
「今度、ミーコちゃんたちに紹介してね!」
ネフィラはとても楽しそうだった。
大丈夫かな、ミーコ……
オレはネフィラを保管域に留めたまま、自分の無意識下、眠っている状態のオレ自身に戻ってきた。
無意識の状態のまま、あの保管域に出入り出来るということは、意識だけの幽霊のような状態のまま現世世界に出れるということか……
試してみる価値はあるが、もし戻れなかったら、などと考えてしまうところが自分らしいといえばだが。
ここで仮説をたててみよう。
無意識下でネフィラの体温を感じられたオレは、あくまで無意識の幽体だったからできたのではないか。
例えば、目覚めた状態で保管域に入った場合、ネフィラの姿は見えないのではないか。
少なくともこちらから認識できない可能性がある。
あるいは、保管域の特殊性で、幽体の状態でも肉体の状態でも認識が可能で、幽体としては次元窓から現世世界には出ていけないのかもしれない。
ただ幽体の状態では、おれの日中の活動は見えてるみたいだから、ネフィラさんちょっと狡いな。
目覚めたらまず試そう。
今ふと思ったのだが、ネフィラが使えるようにしてくれた、オレの“魂紋柱”を魔界に置いてくれば、魔神将らは納得するのではないか。
頃合いを見て、本体であるオレが定期的に出向いていれば、こちらでの活動は疎外されないだろうし。
その辺りも相談だな。
オレは腕輪のことを聞くのをすっかり忘れていた。
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