第53話 ネクロノミコン
オレはネフィラの手を引き、“0”に引き上げてもらい、保管域に入った。
保管域を初めて見た彼女は、また一層驚いていたようだ。
オレは、保管域の機能についての仮説を彼女に説明する。
ネフィラは所々説明を求めてきたが、元々の頭脳の聡明さもあって、すぐ理解してくれた。
「一洸さん、あなた…… 前の世界でのお仕事はなんだったの?
とても普通の、いわゆる一般市民がやっているようなものではなかったんでしょう?
私みたいなことをやっていたの?」
「……いえ、プログラマーといいまして。
そうですね、もし魔術という概念が一つの機械に収まるものと仮定します。
その機械の箱に、動作を命令する魔法式を打ち込む、つまり命令式を書く仕事です。
多分、ネフィラさんならすぐ覚えて仕事になりますよ」
「あなた、私と同じようなことをやってたのね、今まで不思議だったんだけど、すごくよくわかるわ!」
ネフィラは情熱的な目でオレを見てくる。
まるで少女マンガのような眼差しそのままだったので面白かったが、もちろんそんなことは黙っていた。
オレは権能の品を検分してもらうべく、彼女を案内する。
彼女はまるで水を得た魚の如く保管庫の一画を見て回った。
その一画には、魔界の魔王から引き継いだあらゆる書物、神器、その他正体不明なもので溢れかえっていた。
「一洸さん、本当に大魔王の全てを引き継いだのね……」
そうして一つの古い箱の前に行きついたネフィラ。
「……これ開けるわよ」
ネフィラは、さきほどオレが開けて正体不明の本のようなものが入っていたその箱を開けた。
そこには何も書いていない漆黒の表紙の本のようなものが納められている。
それをそっととりだすネフィラ
「……まさか」
ネフィラの鼓動というか、興奮が感じられた。
彼女の隣にいても、とてつもなく平静を失っているのが手に取るように伝わってきた。
「これは、私たちの神話にでてくる伝説の書物、ネクロノミコンよ」
「ネクロノミコンって、あの……」
「あなた知ってるの?」
「オレの世界でも、この本のことを書いている作家がいました。
空想小説の中の伝説の書物としてですけど」
「ネクロノミコンというのはいくつかある呼称の一つで、無意識の中から魔法が該当するものを選び出しただけなんだけど、この概念そのものも阿頼耶識から伝わったのでしょうね」
阿頼耶識。
そんな概念もこの世界にはあるんだな。
全ての無意識は、深層で繋がっており、表層意識はそこから知識を得ることができる。
ネクロノミコン“死霊秘抄”。
死者を復活させる秘術をしたためたそれは、前の世界でも僅か数冊しか写本が存在せず、ほぼないものとして扱われていた。
死者を蘇生させる、やり方によっては永遠の命を紡ぐこともできると。
何冊か読んだラグクラフトやその他の小説には、そんなことが書かれていたな。
「凄い…… 凄いわ一洸さん、あなた…… ああっ、わたしどうしよう、生きているわけでもないのに、こんなに胸がときめくなんて、信じられない」
ネフィラはただただ興奮して、ページをめくっていた。
「ここに書かれている文字は、それはそれは古いもので、もちろん現在読めるものは誰もいないわ。
エルフの古文書に、古の文字として参照されている程度で、その内容は失われているものとされてる」
ネフィラは続けた。
「この文字はね、読むのではなく、感じるものなの」
「感じる…… でも、それってほとんどの人が読めないんじゃないですか?」
「そうね、体内に必要量の魔素があって、訓練された意識がそれを注意深く文字になぞらえていくと、文字に秘められた意思を感じることができるようになってるのよ」
オレはちょっとついていけないものを感じていた。
だが、この本が伝説上のもので、他の世界でも伝播しなかった理由がわかったような気がした。
「訳が分からないことを言ってしまったわね。
かいつまんでいうと、この文字はもちろん人間や魔族がつくったものではなくて、そうね、神が使っていたもの、といったら正しいかも」
「神の文字……」
「正確に言うと、古のものという人間や魔族が生まれる前から星の守護者として存在していた、神に近い存在ね。
古のものどもに形はないのよ、その時と状況に応じてどんなものにもなるといったところかしら」
オレには想像もつかなかったが、神様ってそんなものなんだろう、程度にはわかることができた。
「あなたの世界にあったネクロノミコン、その意味をわかる人間はいたのかしら……
恐らくいなかったのでは?」
「そう聞いてます、ある小説家がネクロノミコンを基に独特の作品世界を作り上げ、その作品に影響された多くの作家たちが、また作品を残していました」
「二次的な影響力であっても、それほどすごいものだったのね……」
ネフィラはネクロノミコンをそっと箱に戻すと、立てかけてあった剣を見た。
曲がりのないまっすぐな剣を見つめるネフィラ。
「……これは、もしかしたらだけど、アメノムラクモかもしれないわ。
神話だけど、神を切ることのできる剣よ」
アメノムラクモ? どこかで聞いたことのある名だ。
どこだったか、確かどこかの神社に祀られている神器ではなかったか。
思い出せないが、確かに聞いたことのある名前だった。
「あなた、もしかしてこれのことも知ってるの?」
「いえ、知っているというほどでは。
確か、前の世界の宗教的な場所に、神器として祀られていたような覚えがありますが、どこのそれだったか思い出せません」
「その剣、ひょっとしたら、物としては本物かもしれないわね。
神威といって、物にも心が宿るの。
これは、その心が具現化したもの。
神話にでてくる、“神を切る”神器、手に持つもの次第で力を発揮し、資質のないものが手にしても無意味なものなの。
あなたの前いた世界にあるそれには、今は神威がない状態でしょうね、ここにあるわけだから」
「神を殺す武器、ということですか?」
「そんなところね、神に比肩する存在も含まれるけど」
とんでもなさ過ぎる…… というよりこんなものをオレに渡すなよ。
ネフィラのギラギラした眼は、引き続きお宝に注がれた。
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