第48話 お前が勇者か
その声の主は、ためらうことなく姿を現した。
身の丈3メートル以上はあるだろう、黒い瘴気を纏った、漆黒の騎士であのオークの体躯を軽く凌駕する大きさ。
間違いない、あれはこの世界のものではない、魔王クラスの化け物。
その身から溢れ出す威圧感、強者の持つ偽装することが不可能なオーラは今まで遭遇した魔物の比ではなく、あまりにも圧倒的な存在感は次元が違い過ぎる。
言葉を喋っていた。
今までの魔物は、多少の知性があるのは伺えたが、人語を喋る存在ではなかった。
それにしても、なんと桁外れな恐怖であろう。
勇者が正で光なら、こちらは悪で闇の対極。
両方とも同じく、抗うことを、絶対に敵に回すことを拒否させるとてつもない強制力を持っている。
魔王はいると言っていたカミオだったが、魔王とはこの存在を超える恐怖なのだろうか。
まさか、これが魔王?
とすると、ここがラスボスのいる部屋で、最終地点なのか。
だとすれば、地球の認識だとダンジョンは何十階層にも成った構造で、深層に下るにつれて敵が強化されていくと思っていたが、あっさりと出現したな。
ただ、これがラスボスでもない上位の魔物で、さらに強力なのが控えているとなると、この先はどうしても無理ゲーだと思わざるをえない。
ここで死ぬのか…… ミーコの尻尾をモフモフしておけばよかった。
これが最後の瞬間なのかな。
そんな思いが自然と涌き出るほどの終末感……
恐ろしいほどの静けさだった。
オレはすぐにメンバーを回収すべく動こうと思ったが、とてもそんな動きができる状況ではない。
最悪、最悪だが、オレだけでも一時避難し、彼女たちを街中で降ろして、また戻ろう、カミオ達を一人ずつ収納すればあるいは…… そんな思いが頭をよぎった。
『人間よ、お前が勇者か』
恐怖のかたまりが明らかにオレに向かってそう聞いてきた。
勇者カミオが立ち上がり、聖剣を構えている。
黒い騎士はカミオに向き直り、漆黒の大剣を抜く。
当然の如く、両者は光と闇の力を全身から溢れ出させ、眩しさと漆黒の象徴としてそこに存在しはじめた。
それを止めることは、いかなるものにも不可能に思える。
剣戟が始まった。
あまりにも鮮やかな光と闇のぶつかり合い。
オレは、カミオのパーティ“白いたてがみ”の命名されたその意味を知った。
勇者の振るう光魔法を纏った剣の軌跡は、まるで光のたてがみがその太刀筋を追うように、美しくまばゆいばかりの光の航跡が舞っている。
その剣の前には、いかなる者も抗うことが許されないかのように見えた。
悪も正義もなく、ただ座して分断されゆく運命を受け入れなければならないかのような、不思議な力……
勇者を敵に回す?
もしそんなことができるなら、できる者がいるとするなら、それこそが魔王になる資質として必要なものだろう。
今、勇者カミオを目の前にして、オレは自然にそんなことを思った。
(一洸、頼む)
オレは自分を見るカミオの目を見てそう理解した。
彼は魔王と戦いながら、オレの目をみて確かに意思を伝えた。
オレはまず、今いるこの場所に魂意鋲を打つ。
保管域に入ると、すぐさま外界の時間を停止し、彼女たちを送るべく窓を開けた。
この後の展開を考えて、あえてダンジョンの入り口に打った魂意鋲に出て、彼女たちを降ろす。
彼女たちは、状況の深刻さを理解しているようで、感情的にならずに動いてくれたことが助かった。
勇者と剣を交え続ける魔王。
その力の威光は凄まじく、メンバーではとても相対するのは無理だと、誰でも気づいた。
だが、メンバーはカミオを置いていこうとはしない。
オレはグラートにかいつまんで言った。
「カミオさんと話はついています、皆さんを安全なところへ転移させ、その後でカミオさんを助けます!」
オレは、グラートだけでも転移能力の件を伝えておけばと思ったが、今はそんなことを悔いている場合ではない。
「急ぐんです、皆さんをまとめて転移しますので…… カミオさんのくれたチャンスを逃さないでください!」
オレはまっすぐグラートの目を見て言い、彼は納得してくれた。
メンバーを収納し、時間を止めてダンジョンの入り口に転移、すぐに戻ろうとするとグラートは、
「一洸、すまん…… カミオを頼む」
オレは一度だけ頷くと、すぐに保管域から白い神殿に転移する。
オレは、カミオを捉えるべくタイミングを伺った。
◇ ◇ ◇
勇者が二人?
そんな情報は聞いてないぞ……
今、人間界には勇者は一人しか存在していなかったはず。
次元窓…… だが、あれは確かに勇者の権能だ。
最初に声をかけた人間の若造…… 奴はやはり勇者なのか。
なら、今光の権能を発揮しているこの男は何だ?
これこそが古より知られる、俺の知りうる勇者だ、間違いない。
それではあの人間の若造は、なんなのだ?
俺ははるか昔、まだこの立場になる前のことを思い出す。
あの無垢な感覚、穢れのないまっすぐな魂の様相は、バルバルス様に似ている。
バルバルス様、あなたの代わりを務めてきた私ですが、もう私の身体は、この力は期待に応え続けられそうにありません。
バルバルス様、どうか……
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