第47話 転移陣
オレは周囲が血と肉の海に呆然としている間に魂意鋲を打ち、彼女たちの様子を確認すべく保管域に入り、すぐに時間停止する。
中に入ると、ミーコだけでなくアンナもレイラもオレに抱き着いてきた。
さすがに、オレは驚いてしまった。
「おにいちゃん、おにいちゃん……」
「一洸さん…… わたし、」
「……うっ、うっっ」
一様に泣いている。
オレはみんなの肩を優しくさすって宥めた。
自分のことのように感じて、怖かったのだろう。
たとえ自分に直接被害がないとしても、あれだけの数の魔物に囲まれれば無理もない。
オレは彼女たちの頭を優しくポンポンしながら、安心させた。
自分も青二才だが、まだこの子たちはほんの子供なんだ、そう思うとますます責任重大だと自覚させられた。
「おにいちゃん、よかった、無事でよかった」
「……本当に、何もなくてよかったです、私、どうしようかと」
「……うっ、ひっく」
特にレイラは、言葉にならないほど泣いていた。
彼女の過剰なまでの心優しさが、否応なしにそうさせているのだろう。
保管域を出ると、時間経過が始まった。
一息した彼女たちは一応落ち着きを取り戻し、これからもっと酷いものを見ることになるかもしれないけど、君たちを守るためには、手段を選ばないことも話しておいた。
オレはカミオを見たが、彼はなにか思うところがあるようだ。
今話しかけるのは止めようと思った。
グラートがオレに話しかけてきた。
「一洸、あれはあの子たちが使った魔法なんだよな?」
「ええ、氷と土・石と風の掛け合わせです」
「おれたち“白いたてがみ”はみんなそれなりの剣士で、カミオの権能を除いて魔法使いはいないんだ。
魔法やスキルを使う冒険者は多いが、今までは剣技だけに頼ってやってきた。
正直それほど困ったことはなかったんだが、今こうして目の当たりにして、自分の浅はかさを思い知ったよ」
オレはなんと返していいか迷ったが、知りうる範囲で答えた。
「オレも魔法は使えませんよ、魔素がほとんどないそうなんです。
魔術式っていうんですか? 大気中の魔素を発動させる魔術を知ってるわけでもないので、教えられてる範囲でしか使えません」
「でも、あの子たちは魔術の教育を受けているんだよな?」
「いえ、詳しくは聞いてませんが、それはないと思います。
一つ一つの魔法は、恐らくたいした成果は上げられないと思いますが、集約して掛け合わせると、こんな結果に導けるようですね、自分でも驚いてます」
カミオの“行こう”の合図で、オレたちは再び前進を始めた。
ダンジョン内では、魔物や魔獣の死骸はそのまま魔素として吸収されると聞いていたが、肉片と血のりはまだそのままだった。
そしてそれは立て続けにやってきた。
ズシン、ズシンという地鳴りが、ダンジョンの回廊に響き渡ると、オレたちの足は止まらざるを得なかった。
長い歩幅のリーチを持って現れたそれは、全長7メートルはあろうかというトロールだ。
こん棒のような石の棒を持ち、剣で戦うにはあまりに無謀だと思わされた。
カミオ、トロールの前に立ち、光を纏い始める。
トロールの咆哮が、回廊に響き渡る。
光りを纏わせた剣が、見事な光の尾を引いてトロールのこん棒を持つ手を薙いだ。
ドシンという地鳴りとともに手が切れ落ち、痛みに耐えかねた絶叫が耳に痛い。
トロールは信じられない速さで、カミオを掴んだ。
カミオの動きの素早さより勝っているということか、オレには奴の動きが見えなかった。
グラートが出ていこうとしたが、
「グラートさん、おれにやらせてください!」
オレは両手を広げて叫んだ。
“豪風氷石獄!”
言い終わる前に、猛烈な氷と尖石と豪風の殲滅ブリザードがトロールの顔に直撃した。
“ぐうっぎゃあああああああああああ”
トロールはカミオを離すと、片手で顔を抑えて巨体を転げまわらせ、なんと逃げていった。
この場合は追うまでもない、投げ出されたカミオの安否が先だ。
「……おれは、大丈夫だ。またきみに助けられたな」
カミオは憎いほどの笑顔でオレに返した。
しばらく進むと、開けたスペースのある場所にでた。
まるで中心のステージで、演説でもやれるかのような空間である。
ここで一休みしようということになった。
オレは腰かけてから、隣に座ったカミオのペンダントを見つめていた。
思えば、彼を強く認識したのも、その独特な光り方が基でである。
「……これかい? やっぱりきみなら気づくよな」
オレはジロジロみたわけではなかったが、注意を向けられているのに気づかれてしまったようだ。
「カミオさんに初めて会った日ですが、ミノタウロスと剣を交えている時に、やけにそのペンダントが光っているのが目立ったんです」
彼は、瞳をすこし上にあげ、遠くを見つめるような眼差しになる。
「……母の形見なんだ。
幼いころ母を亡くしてね、それ以来ずっと身に着けている。
この“石”の光が、僕に勇者の権能を与えたみたいなんだ。
さっき見た光、それがこの石によってもたらされて、ぼくは戦うことが出来るんだよ」
まるで人ごとにように言うカミオだったが、その石がなくても多分あなたは勇者の資質に溢れていますよ、と口には出さなかったがそう思った。
グラートが、オレとカミオが話をしているのを見て、何か話しかけようとこちらに来ようとした時、それは唐突に起こった。
スペースの床全てが眩いばかりに光りはじめる。
「しまった、転移陣だっ! みんなルートを戻れ!!」
カミオがメンバーにあらん限りの声を上げたが、それが機能したのはあっという間だった。
大地を踏みしめる感覚が瞬時に失われ、抗うことの出来ない力によって、何かに吸い込まれるような、そんな感覚……
オレは気を失った。
目が覚めたようだ。
床が平なのは先ほどと同じだが、ここは明らかに空気が違った。
どちらかとえいば、清涼でさわやかな大気に満ちていて、不浄な穢れは感じない。
みんなも身をかがめていたが、無事なようだ。
元居た場所とは違う、大きな円形状の広場の中心を、さらに荘厳な装飾をされた巨大なホールのような所であり、これから戦いを始めるゴングを待つかのような雰囲気があった。
……ここは神殿か?
『待っていたぞ』
その低い重厚な声は唐突に響いた。
【 恐れ入りますが、下記お願いいたします 】
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