第46話 蹂躙
ダンジョンに入ったオレは、その広さに目を疑った。
入り口の規模からは想像できない程高い天井と、日光が完全に遮られた空間でありながら、まるで燐光のように明るい。
オレは、白いたてがみの一番後ろ、グラートの前を歩いていた。
「……この明るさは、なんなんですか?」
「これは魔素の影響さ。基本的に魔素の強い場所では、発光現象があるんで解かり易いんだよ。当然魔獣も出やすくなるがね」
グラートが説明してくれた。
オレは彼女たちに、行軍の内容を見せるため、それぞれをイメージして窓だけ開けて見せるようにした。
きっと見ていることだろう。
ダンジョンに入る前、カミオと打ち合わせをした。
これは、保管域収納をして見せた後、オレから申し出て行ったものだ。
1.重篤な怪我及び戦闘不能になった場合は、メンバーを保管域に収納する
2.オレ自身が生きていれば保管域は維持される、死んだ場合は使用不可なので注意されたし
3.これ以上続行不可となった場合は、メンバー全員を収納して速やかに転移し、調査は中止とする。
4.保管域の転移能力を知るのは、攻略前時点にてカミオとブラザーズのみであり、非常脱出時において、メンバーに知らせるものとする。
カミオにだけは、限定された場所のみであるが、転移することが出来ることを伝えてある。
彼は黙ってオレの話を聞き、了承してくれた。
ひんやりとした冷気が漂う中、オレたちは奥へと進んでいく。
「……おかしい。これは、いわゆる普通のダンジョンではないな。
魔物の気配はするが、演出されたステージという気がしてならない」
カミオはそんなことを言った。
オレはどう答えていいのかわからなかったが、通常であるとどうやらもっと魔物が頻繁に出現し、バトルが堪えないようである。
平穏に進むこの状況が異常であるというのも、おかしな話だが。
少し離れた前衛から剣を交える音が聞こえた。
見えにくかったのは、魔素光の中でもそれが周囲の色に擬態していたからだろうか、ケタ外れに大きな魔獣は、唐突に表れた。
サソリだ。
灰褐色気味の、体長10メートル近くはあるその巨大な化け物は、鋏と剣が討ち合う音を響かせ始めた。
素早く三方に散った前衛とカミオにもう一人のメンバーは、両バサミに加え、尾の攻撃に備える。
次元窓を開けたままであったので、彼女たちもスタンバイしているはずだ。
鋏と剣が討ち合う音が響き続け、中心にいたカミオの胸元が光りはじめた。
彼の振るう剣もまた同時に光りはじめる。
いや、まばゆい光を纏い始めたといった方がよかったか。
それは一瞬で決まった。
カミオが光を纏った剣を真正面に一振りした途端、化けサソリは真っ二つに両断され、あまりの素早い剣速に、あっけなさすぎる最後で終わった。
両断されたサソリの断面には、真っ赤な魔石が顔を見せている。
カミオは、その人の頭ほどの大きさの魔石を取り出し、オレに渡した。
子供の頃、祖母の家にあった漬物石ほどの重さがあったので、受け取る時の重量感はそれなりだ。
「これは相当いい収益になるよ」
カミオは口元だけフッと笑った。
それまでの彼らの討伐では、このサイズは回収していなかったということだろう。
ランクは度外視して、保管庫を有した荷物持ちでもサブで雇えばと思ったのだが、恐らく討伐収益の分配で、ギクシャクした過去でもあったのだろうな、そんなことを予想した。
単発仕事なら問題にはならないだろうが、常時のメンバー構成になると、やはり言葉にできないそれが生じるのだろう。
ふと思ったのだが、なぜミノタウロス討伐時に、彼はこの光を纏う剣を振るわなかったのか。
ひょっとして、振るう寸前におれがやらかしてしまっただけなのか。
それ以外考えられなかった。
どんな結果になっても、それをプラス方向に転嫁させ、状況を先に進める。
この人はもし地球にいたとしても、相当な成果を上げるんだろうな、オレは疑いなくそう思った。
その後も、しばらくは緩やかな下りが続く。
一体どこまでの深さがあるのか見当もつかないが、この状況で贅沢は言えまい。
次元窓は開いたままなので彼女たちは退屈しているのではないか、ちょっとそんなことを思った。
その矢先だ。
前衛二番手を歩くカミオが、行軍停止の合図をした。
「囲まれてる…… サイズは小さいな」
メンバーが一斉に戦闘態勢に入り、円陣を組むフォーメーションを取り、各個撃破の準備が瞬時に出来上がる。
見えない何か。
何かが迫ってきているのだろうが、おれにはその感覚がなかった。
”ギギイッツ”
子供ほどの身長に引き締まった身体を持った濃緑の魔物、ゴブリンだった。
行軍していた回廊の脇に連なる岩柱の陰から、涌き出る虫のように一斉に出てきた奴らは、短い槍を向けてジリジリと迫ってくる。
それにしてもなんという数だろう……
数百、いやもっといるかもしれない。
行く先も、後ろも、ありとあらゆる合間から、奴らはオレたちを取り囲んでいた。
「やはりおかしい…… いくらなんでも数が多すぎる」
カミオが言うのだ、そうなのだろう。
このダンジョンは普通ではないようだ。
「カミオさん、任せてもらえませんか」
オレは言った。
「一洸、どうすればいい?」
「オレを中心に、小さくまとまって下さい、すぐに発動します!」
メンバーは、オレの声を聞くなり、剣を外郭に向けながら円陣を組むようにまとまった。
オレは、両手を上に上げてクロスさせ、それを正面に打ち出すサインを大袈裟に演じて、叫んだ。
”収束氷削波!”
叫ぶと同時に、
「屈んでください!」
オレは叫びながら、目の前のゴブリンの群れに容赦なくそれを向ける。
腕の周りに展開された三つの次元窓からは、ナイフのような氷と鏃のような尖石が、豪風とともに収束して放たれ、オレはゆっくりと自身を回転させる。
その暴威は、直径50cm程の口径の強力な高圧洗浄機から発せられる殺戮光線のようにゴブリンたちを横薙ぎに薙ぎ払っていく。
それはまさに蹂躙であった。
圧倒的な風と氷と石が生み出す暴虐は、ゴブリンたちの肉体を容赦なく刺し、削ぎ、爆散させ続ける。
あまりの威力に、放ったオレも言葉を失ってしまった。
血、肉、元は何であったかわからないもの、血、血、血……
映像ですら見たことのない、想像を絶するカタストロフィ。
オレと白いたてがみの6人、この場に生存している生物はそれだけであった。
どのくらいの間だろう、誰も言葉を発することなく、喋ることもできなかった。
「……い、一洸、大丈夫か?」
呆然としているオレに、やっとグラートが声をかけてくれた。
オレは、いまだ収束氷削波を放ったままの姿勢を崩すことが出来ずにいたので、あわてて手を下す。
彼女たちは、ストップサインもないままにいつのまにか発動を止めていた。
ちょっと心配だな。
「グラートさん…… 皆さん、もう腰を上げて大丈夫みたいですよ」
立ち上がったメンバーは、淡い光のダンジョンの回廊を血で染め上げた暴威の跡に、ただ立ちすくむばかりであった。
【 恐れ入りますが、下記お願いいたします 】
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