第44話 最後の一つまで、あと少し
オレは次元窓から出ると、荒れ狂う炎の帯の只中に立ちすくむ。
周囲の状況は、保管域に入った寸前の状態のままのようだ。
時間経過は無しだな。
荒れ狂う炎の帯は、その色を少しづつ変え始めた。
つい先ほどより、それは静かに、そして確実に炎に混ぜられていった砂の粒たち。
炎の帯が、砂の熱でさらに鮮やかに赤く光りはじめる。
オレはゆっくりと後ずさりながら、ステージの隅に追い詰められていく。
いや、追い詰められるべく促した。
女剣士は、その場所までやってきた。
そこだ。
女剣士の足は、オレにしか見えない魂意鋲の黒い手で、掴まれる。
彼女は足を動かそうとするが、動かせない。
足元を見て、見えない何かが自分の足を掴んで離さないのは解かったようで、剣を振り上げ足元を薙ごうとするが、振り上げたその手も何かに捕まれてしまう。
“0”と魂意鋲の同時発動も問題なしのようだ。
女剣士は左足と右手を見えない手で固定され、片手でバンザイしたような形で動けないままになる。
オレは、さらに剣士から後ろへ飛び退いた。
ステージの縁に立つオレは、後がない状態だが、大袈裟な発動サインをブラザーズの戦士達に示した。
荒れ狂う鮮やかな炎の帯は、力の制御を豪風によって奪い取られ、彼女自身にまとわり始める。
徐々に女剣士の身体の周囲に回り始める炎の帯、一気に間隔を詰められる。
仮面の中の彼女の顔は解からないが、首を回してうろたえているのが手に取るようにわかる。
熱の砂を含んだ荒れ狂う炎が、強大な豪風によって女剣士にまとわりついていき、炎に巻きつかれた女剣士、苦悶の絶叫を上げる。
突然、鏃のような尖石弾が女剣士のフルプレートに突き刺さり、さらに炎に煽られて、先端が赤くなっていく。
「いゃああああああ!!」
女剣士の絶叫が増々高くなっていく。
フルプレートで守られた生身の身体に達しようとする尖石の楔が、灼熱の外気をそのまま内部に伝え、彼女の身体は地獄の業火に焙られている状態。
女剣士は首を横に振り続け、炎の勢力が小さくなっていく。
タイミングが難しいな。
オレは、彼女が諦めるその瞬間を見極めるため、ギリギリまで待った。
心の中で、“申し訳ない”と思う自分がいたが、中途半端な攻撃終了は、即自軍の死を意味する。
もういいだろう。
切先を女剣士の首に着け、
「そこまで!」
女剣士、声をあげながら崩れ落ち、仮面が取れてしまう。
彼女の顔は真っ赤に腫れ上がり、最初の整った澄まし顔の面影はほぼない。
ミーコに制御を奪われた炎の残り火は、会場上の通風枠から外に出されて、四散する。
会場、割れんばかりの歓声が起こり、また周囲の音が聞こえなくなってしまった。
会場職員が担架を持って近づくが、オレが手を上げて離れさせ、アンナとミーコに合図する。
氷結とブリザードが女剣士を纏い、彼女を急速に冷やしていく。
女剣士の苦悶の表情、収まっていく。
大分落ち着いた女剣士を前に、担架で運ぶよう職員たちに促す。
女剣士は、眼をつぶったまま治癒術師の下へ運ばれていく。
あの様子では、火傷を負っていたとしてもⅡ度の重い程度だろうか、治癒術師の手にかかればどうということはないな。
精神的ダメージの方が大きいかもしれない。
また勝ってしまった。
今回は、勝つか、死ぬか、どちらかだったので、勝つしかなかった。
彼女には悪いが、双方に死人は出したくなかったので、本意は遂げられたかな。
「やったねおにいちゃん!」
「上手くいきましたね、本当にお疲れ様です」
「……一洸さん、熱くなかったですか? 怪我がなくてよかった」
おれはいつものように、彼女たちを労って元気な顔をして見せた。
実はかなり熱かったのだが、なぁーに、ちょっとサウナに入った時間が長かったと思えがいいさ。
そういえば、この世界は温泉とかないのかな、あるなら行ってみたいかも。
正直優勝戦はもういいや、棄権しようかな、などと思っていたが、グダグダしているうちにもう一つの準決勝戦試合が始まってしまった。
腕にボーガンを嵌め込み、ヘッドギアを被った屈強な戦士と、黒いボディスーツを装着した女魔術師だ。
これはどちらも手強そう、一見でも直感でも先ほどの炎の女剣士と同レベルのヤヴァさなのがよくわかる。
ボーガンではあったが、あの左腕の装着物の大きさは尋常ではない。
矢の収納部分にあたるホルダーは、まるで鉄棒状の矢弾を組み入れるかの如く、重厚な腕帯として左腕の一部となっている。
女魔術師だと何故分かったかと言うと、そのSMチックな装いの女性は、小さな杖を両手にはめ込んでいて、それが防御帯としても機能していた。
両者は対峙した後、身構える。
それは突然終わった。
ボーガン戦士は恐ろしい速さで射出体勢をとり、正に見えない程の速さで矢を連続で3本放つ。
「うぐうっ……」
相対した女魔術師の胸に三本の矢が見事に刺さり、彼女は血を吐いて倒れそうになった。
飛び散った真っ赤な鮮血が生々しい。
物凄い形相で、女魔術師は腕をクロスさせ、魔法発動を行った。
クロスした杖がどす黒く光り、まるでカエルの舌が伸びるように、黒い靄が一瞬でボーガン戦士に纏わりつき、戦士は漆黒の靄に包まれてしまった。
女魔術師はそのまま倒れた。
恐らくは、死んだな。
ボーガン戦士は靄が消え去ると、ヒト形の黒い炭となってステージ上に現れ、元あった彼の肉体の威容は、そこには全くなかった。
しばらくして、闘技会側の発表。
“優勝戦の前に準決勝の一つの相手側が両方死亡。
闇魔法による肉体炭化、ボーガン攻撃による心臓直撃でほぼ即死、よって本選会優勝は準決勝戦にて勝ち進んだ、”ブラザーズ”パーティの優勝が決まりました”
会場は沸きに沸いた。
オレたちは、あっという間に優勝者として祭り上げられ、逃げることも隠れることもできない。
まずい。
優勝戦に負けて、こっそり退散しようとしていたオレは、かなり困ってしまった。
このまま勇名を馳せてしまうと、今後ますますやりずらくなる。
ランクアップと攻撃手段の通用確認のためだけの出場だったのに……
オレはまた深呼吸して、自分を落ち着かせた。
その後、勝利に最も貢献した彼女たちの希望を一応聞いてみると、彼女たちは一斉に、
「「「チョコケーキ!」」」
最後の一つまで、あと少し……
もしかたら、味わえたのはあれが最後だったのか。
いや、そんな風に考えるのはよそう、オレは根拠もなしに自分を励ます。
虚しかったが、今自分にしてやれることはそれくらいだった。
【 恐れ入りますが、下記お願いいたします 】
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