第43話 纏わりつくもの
本日本選最終日、観衆は超満員だった。
この後、準決勝2戦、優勝戦で3試合が順番におこなわれる。
大きく設置されたステージが中央に据えられている。
昨日の2試合ではそれなりに手ごたえがあったが、今まで戦った冒険者たち、正直それほど常識外れの強さがあったとは思えなかった。
もちろん、対のガチ勝負で勝てる実力は自分にはないが、この権能と彼女たちの魔法で勝ち進めたのは言うまでもない。
ラノベで読むような、瞬殺する剣技や、見ることさえ不可能な居合抜きなど、ありえない展開は視察の段階でもなかった。
現状の冒険者業務としては、強力な魔獣が出現しはじめる前は、思うほど危険な業務でもないのかもしれない。
オークやゴブリンによる大規模な村落の襲撃が頻発しているわけでもなく、散発的な被害を対処していく上で業務が成り立っているので、超人的な戦闘力を必要とするドラゴン討伐などは、もう需要がなくなって相当経つらしい。
なにより魔獣からの魔石・食肉確保、それが第一なのだろう。
この一戦を通過すると、まさかの優勝戦か。
それはないだろうと思っていたし、もちろん今もないとは思っている。
相手次第だが、これは予想外の展開だったな。
アンナとレイラは、少し元気になったようだ。
これは闘技会だ、オレだって死ぬ可能性もある、君たちは何も悪いことをしているわけじゃない、そう言って昨夜は宥めたが、複雑な心中なのは無理もないだろう。
ミーコは、就寝前のマッサージでオレが傷を負った部分を注意深く検分していたが、ついにその痕跡を見つけられず、ただただ驚いていた。
「あたしも光魔法使えるんだよね、出来るかなぁ……」
「治癒術師になるには、僧院に入って修行しなければいけないみたいだよ」
「僧院に入ったら、おにいちゃんといられなくなるの?」
「そうかもね」
「なら無理!」
なんとも決断が早くて良いとは思うが、オレ的には修行してもっと凄いミーコになってほしいんですよミーコさん。
最終日の準決勝戦は、昨日視察のタイミングを逃した相手だった。
全身赤い、身体にフィットした高そうなフルプレートを纏った、女剣士。
彼女は仮面をぬいで整った顔を晒し、見事な赤い髪を後ろで纏め、オレたちブラザーズの前に対峙した。
身長に不釣り合いなほどの長剣を差していたが、恐らく攻撃方法に由来するのだろう。
オレは一瞬できた心静かな瞬間を用いて、目の前のステージのシミに向けて保険のための魂意鋲を打った。
広いステージの中心からわずかに反れたその場所へ。
終わりざまアンナを見たが、彼女は赤い女剣士を見つめたままオレの方を向く。
「……すごく、何と言うか、異質なものを感じます。
今まで戦った人たちとは全く違うと思います、気をつけてください」
オレはアンナの目を見て頷いた。
いつも通り彼女たちをマントの影で収納し、お互いに剣を構えた。
対策を立てる間がなかったが、これは即決しないと確実に酷い目に遭うな。
下手をすれば勿論、死ぬ。
ド素人のオレでもわかるほど、その女剣士の秘めたポテンシャルのヤバさは明らかだった。
女剣士とオレが、ステージの中心を挟んで対峙している。
出方を待っているのか、女剣士は少し余裕なようだ。
ま、舐められても仕方がないか。
女剣士が、オレたちの前の試合を観ていたかどうかはわからないが、いざとなれば逃げるしかない。
手練れの剣士だった場合、詰められて両断されれば簡単に死ぬ。
オレはいつでも“0”の手を出せるよう、他からは見えない次元窓を傍らに開けていた。
保管域がなければ、こんなところには絶対に立っていないオレである。
それは突然始まった。
炎か。
まるでプロミネンス、いや竜のような炎の帯が、ステージの周りに展開されはじめ、物凄い熱波が襲ってきた。
逃げられないようにするわけだな。
女剣士が剣を抜いた。
奴の剣にも炎が纏わりついている。
赤いフルプレートに赤い仮面、全身が覆われている彼女は、恐らく防熱なのだろう、その被害は被っていないようだ。
奴自身も、熱に強いわけではなさそうだな。
あくまで仮定だが。
後ずさるおれは、氷弾と矢と尖石弾のサインを出す。
瞬間、猛烈な氷弾と矢と尖石弾の雨が女剣士に振りそそいだ。
女剣士は炎の帯を纏った剣で素早く薙ぐと、その炎の圧力で全ての攻撃が弾かれた。
ダメだ、直截攻撃で勝てるイメージが浮かばない。
続けて氷・矢・尖石弾攻撃が降り注いだが女剣士は、全身に炎の帯を纏わせ、一切の攻撃を弾いていた。
オレは奴が炎に纏われている隙を見て、“0”に引き上げてもらいステージ上から消えた。
すぐさま外世界の時間経過ゼロをコマンド思考する。
オレは彼女たちと作戦会議を始めた。
「おにいちゃん、大丈夫なの?
いなくなったらあの女の人勝っちゃうんじゃない?」
「大丈夫、時間経過を止めてるんだ。
ここで何時間お茶しても、外の時間は止まったままなんだよ。
まだ検証中なんだけどね」
「「「……」」」
3人娘は絶句していた。
そんなことができると思っていなかったのだろう、“聞いてないよ”状態である。
オレだってまだ知ったばかりさ。
さて。
「あの女剣士だけどさ、見てわかる通りちょっと勝てそうにないんだ。
みんなの攻撃が弾かれてしまって、ダメージを与えられないからね……
ちょっと一休みしようよ」
オレは、ケースに入れてあった冷蔵庫の中身であるペットボトルからお茶をだして、貴重なチョコケーキを一つづつ振る舞った。
ペットボトルは、地球での引っ越し時の冷気すらまだ少し保っているようだ。
「わーい!」
「……もぐ……!!」
「……え!? これ…… !!」
ミーコはただただ喜び、アンナとレイラは言葉を失ったようだ。
「なんですかこれ、こんな美味しいもの初めて食べました…… 一洸さん、やっぱりおかしいです」
「……あの、私、どうしよう、言葉がでません」
アンナは固まったように驚愕し、レイラは涙を流していた。
ま、いいさ。
待てよ。
保管域の中で食べた物は、ひょっとして補完されるのだろうか。
彼女たちが食べたチョコケーキの袋はそのまま、箱の中身も失われたままである。
……
保管域内で食物が体内吸収された場合は、吸収した生物のエネルギーとして補完・維持されるわけか。
そうだろうな。
最後のひと箱は、いつ開けようかな、そんな時が来るんだろうか。
おれは悠長にも、最後のチョコケーキのことを思っていた。
ダメだなぁ……
オレは大の字に寝転がり、保管域のクリーム色の空を見上げる。
何もない、虚空の空。
炎、帯、熱、纏わりついて、矢も弾かれる…… 熱、“魂意鋲”。
オレは目をつぶって、頭を無にする。
突然跳ね起きてしまった。
寝転がっているオレを見つめたままチョコケーキの余韻に浸ってた彼女たちは驚いたようだ。
オレは浮かび上がったアイデアをみんなに話した。
彼女たちは静かに聞いて、一度だけ頷いてくれた。
【 恐れ入りますが、下記お願いいたします 】
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