第34話 化け物
本日は2話投稿します
アカター魔法協約共同体。
大陸の南端に位置する、魔導力に全面依存した人類による国家連合である。
面積は決して広くはないが、アカターよりもたらさせる魔導技術は、他の先進諸国も模範とすることが多かった。
ゴーテナス帝国公安局保安部のエージェントであるギリアドは、このアカターの首都、アカテリアにスリーパーとして潜入してもう5年近くになる。
大陸最南端の暖かすぎるくらいの気候に、拠点海港として昔から栄えていたこともあって、市場は諸国の物品や産物に溢れ、食べ物は美味く、美しい女も集まっている。
ギリアドは、この地に赴任することができ、自分の仕事と境遇に不満はなかった。
この日までは。
今日はアカテリアで数百年来続いているカーニバルの初日であった。
世界各国の華やかな文化の粉飾を凝らした祭り人の行列が延々続き、それを見に来た近隣諸国の人たちで、街全てが祭場となる。
ギリアドは、例年そうしていたように、観衆の一人としてメインストリートから祭り車の列を眺めていた。
遠くを見ると、数百年間隔で噴火するアカト山が白い煙を吐いている。
この国の国名の由来であり、また国旗のデザインの象徴でもある火山。
予測される噴火サイクルでは、あと200年は大丈夫だろうと言われている。
その頃おれはとっくに骨になってるさ、ギリアドはアカト山を見るたびにそう思って安心していた。
定時連絡は月一回、緊急時の連絡などは、赴任してから一度もない。
さて、この後は上手いランチでも食べて、馴染みの店にいって一杯やるか。
今日も平和だ、おれもそこそこ幸せだ。
轟音がした。
地響きとともに、深く低い音域の地鳴り。
不気味に震え続ける大地に人々の呼吸が止まった。
ゴォーっという響きがしばらく続いた後、アカト山が大爆発を起こした。
真っ赤な火を噴き上げ、見えないくらいの速さの火山弾、このアカテリアからもはっきり見える赤黒い溶岩流が、首都を目指して迫っている。
街は一瞬にして地獄と化す。
逃げ惑う人々、降り注ぐ火山弾に破壊される建物、火の手が上がる市街地……
はあっ、はあっ……
息を切らしながら走るギリアド。
もう昔ほど走ることはできない、でもここから逃げなければ死ぬだけだ。
家族はいないし、守るべきものはない、だが自分の命だけは何より大事だ。
一体どうして、突然噴火するなど、今までの歴史の中で一度もなかった。
まさか、ドラゴンの復活?
わからない。
他の可能性は?
他国の侵略? それはあるかもしれない。
ただ、宣戦布告もなく火山爆破によって首都を破壊しても、利があるとは思えない。
ギリアドは火山の方向を振り向いて見た。
赤黒い血のような溶岩流が山肌全てを覆いつくし、ここに長居することは確実に死を意味した。
それも、溶岩に飲み込まれ、地獄の苦しみを味わいながら死ぬ。
誰も助けにこない、誰も助けることができない、誰も……
ギリアドは走った。
動かない魔動車の渋滞から、どけ、どけっと声を上げ続ける老人がいた。
あの老人はもうすぐ命を終える。
道と言う道に車が放置され、車道は全く機能していなかった。
メインストリートの車列は動かず、渋滞の原因などもはやどうでもよい。
車で逃げることが出来ない。
走るしかない、走って、走って、ただここから少しでも離れなければ、その地獄はもうそこまで来ている。
ボゴんっ、ボゴんっ、と火山弾が街中に落ちている。
あれを食らったら終わりだ。
目の前に火山弾が落ち、巨大な穴が開いた。
かろうじて命中しなかった家族連れが、悲鳴を上げていた。
そうだ、魔通石は?
持っている、だが今これがなんの役に立つのだろう。
ゴーテナスに知らせなければ。
それは後でもできる、自分が死んでいなければ、そんなことはいつでもできる。
今は、今は逃げろ、ここから逃げるんだ。
どれくらい走ったろう、北だから隣国のアップルフ連盟に向かっているのは間違いない。
ギリアドは後ろを振り向いた。
雪崩をうって逃げ惑う人々の波は、ここまでくるとさすがに少なくなってきた。
真っ黒い空、アカト山の全貌は今は噴煙に覆われて見えない。
土石流が迫っているが、ここまで流れるのにどのくらいの時間がかかるのか。
おおよそだが1時間もないな。
本国に連絡をしておこう。
仕事など命より大事なものではない、死んでしまったら元も子もない、だが一報をいれることはできるよな。
「通信使、通信使、こちらライチョウ、応答願う……」
コードネームを言ったギリアドは、その続きを言うことが出来なかった。
「え? ……あれは、なんだ」
それは鉛色をした、あまりにも巨大な何かであった。
スライム? いや違う。
あの、あのアカト山の噴火口を、中から破壊して、広げて、それは出てこようとしていた。
「……こ、こちらライチョウ、応答できるか」
手なのか…… それは何本もあるクモのような足をだして、出てこようとしていた。
あまりの異形、あまりの圧倒的暴威に、ギリアドは腰を抜かしてしまった。
「あっ、あああ……」
「こちらコンドルの巣、こちらコンドルの巣、ライチョウ、何があった?」
「ばっ、化け物……」
それが、ギリアドが放った最後の言葉となった。
アカト山から出てきたそれは、凝視できないほどのまばゆい光を纏いながら、力を開放するように、一斉に四方に飛び散り広がった。
それに触れた大地、建物、有機物、ありとあらゆる形あるものが、砂となり塵となり、無となった。
もと、そこにあったアカター魔法協約共同体の首都アカテリアは、その姿を永遠にこの世から消し去った。
◇ ◇ ◇
カミオは机の上にいて、いつもの本業に勤しんでいた。
本来の自分に戻ることが出来る、決して他人に立ち入らせることのない、神聖なひとときである。
胸の辺りから突然眩しい光が漏れだした。
母の形見である胸のペンダントが猛烈に光り出し、それを見つめるカミオ、表情を曇らせている。
フーガの空は、雲一つない青空。
◇ ◇ ◇
「おにいちゃん…… なんか、すごく気持ち悪いよ」
突然ミーコがそんなことを言い出した。
保管域に入ろうとする寸前で、これから狩りを始めるその時である。
アンナとレイラも、凄い悪寒がすると両手で自分を抱きしめるみたいになってしまった。
「……あの、前にもあったんです、急に、すごく胸が押さえつけられるような感じがして」
レイラが辛そうに伝え、アンナは眉間に皺を寄せている。
オレは何も感じなかったが、ネフィラが言っていたことを思い出す。
“近々、なにかあるわ"
オレは彼女たちを、保管域の中で休んでいるよう促し、今日の狩りはひとまず中止にした。
【 恐れ入りますが、下記お願いいたします 】
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