第33話 皇帝陛下の命
第13都市フーガの本庁舎の一室。
帝都ヨミトからやってきた帝都公安局代表のアレステロは、苛立った表情を帝国評議会議長ガイアスに向けていた。
この二人がこれから会う人物の回答如何によっては、帝国の先行きが左右されるかもしれない重大な案件であったからだ。
「おそい!」
「まだ約束の時間ではないですよ代表」
ガイアス議長とアレステロ代表は、帝国の諜報・保安を担うトップであるため、本来帝都を離れることはほとんどない身上である。
皇帝陛下のそば近くで発生しなかっただけでも幸いとすべきか。
そんなことを考えもしたが、帝命を伝える仕事が済み次第いち早く戻らなければならない。
少なくともアレステロ代表は、身体がいくつあっても足りないほどの忙しさで、悠長なことを言っている暇はない。
暫くすると、執務室の天井まで届きそうな長扉の向こうから、事務官の声がした。
「カミオ様、参られました」
「ガイアス議長、アレステロ代表、お待たせしました」
カミオは二人に対し、事務的に挨拶する。
「い、いや勇者殿、忙しいところをわざわざお越しいただいて恐縮です」
アレステロはそう言って、うやうやしくカミオに座るよう促した。
「ご存じかと思いますが…… このフーガの森の奥にて、新しいダンジョンが発生しました。
先にご依頼した件、すこぶる強力な魔獣が森付近より多数出現し、付近の住民が多く殺傷される事態となっておりました。
昨今もミノタウロスを討伐なさったとかで……
事態への対処、誠に感謝いたします」
アレステロは、カミオへ感謝と恭順の態度を崩さなかった。
それはある意味、彼の本意であるともいえた。
「いえ、あれは私の力で討伐したのではありません、付近にいた別の冒険者の協力を得て完討することができました」
「なんと、それはまことですか…… 勇者殿が力を借りるほどの」
「ええ、その者の力、というか魔法戦闘力は相当なものです」
ガイアスは二人の話に割り入るより、自分は黙ってこの狷介で扱いにくい若造のやり方を観察していた方が、話はスムーズに進むだろうくらいに考えていた。
「ダンジョンの…… 攻略ではなく、内部調査に止めろと?」
「ええ、勇者殿の力でラスボスまで狩られてしまうと、後の者たちによる魔石回収率が下がります、今帝国に必要なのは魔石燃料そのものなのです」
「なるほど…… では、そこそこにやって戻ってこい、そういうわけですね」
「ええその通りですっ、お願いします」
アレステロは、帝国の産業の要である魔石供給量こそが、この国の先行きを左右していることを、今さらながらカミオに説明した。
「話はよくわかりました、条件があります」
アレステロは、身を乗り出した。
「調査メンバー、その人選を全て私に一任してほしいのです。
未踏破初出ダンジョンの調査です、マップも何もない状態なので、通常では推し量れないほどの危険が伴います、私でもさすがに手段も策も講じないわけにはいきませんから」
「もちろんですとも…… ということは?」
「帝都より選任されたメンバーは今回ご遠慮いただきたいのです、全て私の信頼している旧知の人間により行いたい」
「……」
アレステロは無言になるしかなかった。
ダンジョン利権の帝国保安局独占を目していた彼にとって、これは痛い申し出だったと言わねばなるまい。
「この件は皇帝陛下の命、帝命なのですぞ勇者カミオ」
ガイアスが口を開いた。
この辺りで釘を刺しておく必要が感じられたのだろう、その声には強い威圧が含まれていた。
「ええ、だからこそしっかり調査を終えて生還し、安全に魔石を供給する場所であることをギルド以下、冒険者たちに、帝都の皆さんに証明しなければなりません、
そうですよね?」
アレステロには落胆が、ガイアスの額には青筋が、それぞれの思惑を表していた。
本庁舎の長扉が開かれて、カミオは庁舎を背にして歩いていた。
長い坂から見えるフーガの街。
その右側の先に繁る、広大な森。
あの先に、新しいダンジョンか。
この間のミノタウロス討伐、自分が討ち取る寸前ではあったが、あの男の使った空間魔法は見事だった。
ヨシュア主任か、グラートか、どちらへ先に話すか考えていたが、まずあの男本人に意思を確認した方がいいかな。
必要な装備を考えたが、いつも以上の想定は考えようもなかった。
それより、人選を帝国に任せた場合は、事故になる可能性も極めて高く、その後の対処がなにより危惧された。
彼らのメンバーと一緒に行動すれば必ず失敗する、断言してもいいとカミオは思っていた。
◇ ◇ ◇
もうちょっと力を入れてくれてもいいかも。
オレは馬乗りになって、背中を押してくれているネフィラの魂に向かって、そう思っていた。
「……どう? 辛いところは我慢しないで言ってね」
「いえ…… 気持ちいいです」
また言いたいことも言わず、いい人を演じている。
やはりオレはダメな奴だな。
オレの背中のツボを押すネフィラは、殊の外楽しそうである。
大体、今夜は色々聞こうと思っていたのに、あの三人が代わる代わるオレのことをマッサージし始めたので、またしても寝入ってしまったのだ。
彼女たちが、何であれほど楽しそうに人のことをマッサージするのかわからなかったが、まさか、ネフィラまでそんなことを言ってくるとは。
ネフィラの身体の柔らかさと暖かさは、腰の上からでも十分感じられた。
エルフは非力なのだろうか、あの三人娘ほどの血気盛んさも力強さも感じられず、品のよい触感だけが伝わってくる。
心だけの状態でも、癒されるものなんだ……
それまではわからなかった、生きることの神秘がひとつひとつ明かされていくことに、おれは感慨を覚えていた。
「近々、何かあるかもしれないわ」
唐突にネフィラはそう言った。
オレは、もう何があってもそう驚くことは少ないだろうな。
その時はそんなことを思っていた。
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