第32話 剣道の使い手
その黒い仮面の戦士は、両手で剣を持ち、敵を正面に見据え、脚を半歩前にだして構えていた。
後ろ足のかかとがわずかに浮いている。
剣道?
オレは剣道の段位は持っていないが、子供の頃少しだけ近くの教室に通っていたことがあるので、構えを見ればすぐわかった。
この世界で剣道ということは、あの黒仮面も召喚者、日本人なのか……
その戦士は細身で小柄であったが、隙の無い動作としなやかさから、相当な鍛錬を積んだ者だと思われた。
勝敗は一瞬で決まった。
相手の剣士が切り込んでくる。
黒仮面は、相手が打ち込んできた瞬間に体を相手の右斜め前に寄せ、その正面からの切り込みに対し、体の動きでかわして素早く胴を薙いだ。
面抜き胴だ。
素人のオレが見てもわかる見事な決まり方。
あまりの早い勝敗に、審判も一瞬ためらったようだが、
「そこまで!」
の声がステージに響いた。
真剣なので相手は腹部に裂傷を負っていたが、オレたちの時と同じように治癒術師の下に運ばれていく。
相手の剣士が倒れた時、ほんのわずかに黒仮面の頭が下がったのをオレは見逃さなかった。
間違いない、あれは剣道の使い手。
「あの人、凄かったね……」
ミーコが珍しく関心している。
レイラがおれに小声で耳打ちしてきた。
「……あの、今の人の感じ、なんていうか、さっきの強い気配の人と、同じ強さのものを、感じました」
そうなのか。
黒仮面の素顔…… 彼は防具をとらずにそのまま退場した。
次の対戦相手が決まるまで、オレたちは出場者スペースのブースで観戦した。
黒仮面はシードなし。
冒険者になりたてか、実力はあるが、未登録だったのか。
あの黒仮面が来たら話しかけてみようかな、などと思っていたが、それらしき人物は見当たらなかった。
さっき自分たちが見られていたように、物陰から敵前視察しているのか。
「先ほどの黒い仮面の剣士、当たらなければいいですね」
アンナがそんなことを言ってきた。
「……オレもそう思ってる。もし当たったとしたら、勝算はありそうかい?」
「見切られなければ、あるいは…… ただ、私たちの初戦も視察されてたみたいだし、対策をとられるかもしれません」
そうだろうな。
あの黒仮面に勝てそうな奇策……
複数人でも、魔法でも、武技でも、力任せでも、ほぼ何でもありのこの闘技会。
オレは、自分たちの能力を鑑み、誰でも考えそうなある考えが浮かんだが、これは汚すぎる手かな。
そう思ったが、目の前で展開する予選を見る限り、別段それほどでもないかもと思った。
他のステージの戦闘は無慈悲に進んでいるようだ。
火焔魔法でたじろいだ相手の正面に、剣の切っ先をあてて勝ち。
水魔法で正面から水攻めにして、その隙をついて剣先を顔正面にあてて勝ち。
魔法なしの力業同士で殴り合い、最後は馬乗りになってタコ殴りで勝ち。
気にすることはないか。
「アンナ、もしあの黒仮面と当たったら、やってほしいことがある。
これは君の能力が要なので、上手くいけば一瞬で勝ちが決まる」
「どんなことを?」
オレはアンナとミーコ、今回は出番がないレイラにもその方法を説明した。
「へーきなの? あの人死んじゃわない?」
ミーコは自分の役割を心配していたが、オレは問題ないことを説明した。
「大丈夫、死なないようにするあの黒仮面の動きが狙いなんだから」
予選は進んでき、危惧していた通りのことが起こった。
黒仮面は、次の試合も面突き一瞬で勝利。
オレたちの相手は黒仮面に決まった。
ステージに上がったオレたちは、互いに全員の姿を晒して向き合う。
仮面の向こうにある目は見えなかったが、相当強い勝利への渇望というか、貪欲な戦意が汲み取れた。
彼女たちを収納し、黒仮面と対峙する。
オレはアンナとミーコの次元窓を出し、用意してもらった。
構えをとり、後ろ足を浮かす黒仮面。
慎重になってくれているようだ、いいぞ、それでいい。
黒仮面の腰の動きが、何かに引っ張られるような仕草になった。
上手くいった。
待っていましたとばかりに、矢の雨が正確に黒仮面の頭部を狙ってそそがれた。
黒仮面は見事な剣さばきで払い続けるが、凍らされて動かなくなった片足では、その防御力も半分以下になっている。
黒仮面が、矢の雨に加えて氷弾を受け始めてると、身構えてうずくまってしまった。
おれが剣の切っ先を黒仮面の正面に突きつけ、勝負は終わった。
「そこまで!」
この敵を相手に、双方怪我がない終わり方ができて、オレは満足していた。
表情が見えないのは残念だったが、位置に戻ると、黒仮面に対してオレは小さく頭を下げる。
黒仮面の表情はわからなかったが、一呼吸おいてほんのわずかに小さく頭をさげた。
マントから彼女たちを出して黒仮面を見ると、防具をとらず足早に退出しようとしている。
顔を見てみたかったが、それは贅沢なのかもしれない。
「こんなに上手くいくとは思いませんでした」
「すごい、おにいちゃんの考えた通りになったね!」
アンナとミーコは、自分たちの動きがオレのプラン通りに成果をあげたことに、喜びを表していた。
今夜は予選突破記念パーティになるだろうな。
馬酔木館で、ちょっと贅沢させてもらうとしよう。
「ね、おにいちゃん、今夜はあたしたちの部屋で寝ようよ!
マッサージいっぱいしてあげるよ!」
「ミーコ!」
オレは、頼むから疲れることは言わないでくれと表情で返しているつもりだが、ミーコは気づいてかどうか全く考慮してくれる気がないらしい。
「肩、こりますよね。私、結構巧いんですよ」
「……あ、あの、いいですよ、一洸さんがいいなら、私も、マッサージします」
どうしたことだろう、この娘たちはミーコに毒されてしまっているのだろうか。
年頃の女の子たちなので、それはわからないではないが、オレはネフィラに相談もしたかったし、眠る環境がとても大切な気がしていたので、その場で答えは濁すことにした。
さて。
それもいいが、本選に出るべきか否か、オレは迷っていた。
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