第29話 閑話 異世界転移、運命のままに
フーガの街を見渡す丘の上の居城、かつては某伯爵家が居を構える家城であったが、今はゴーテナス帝国第13都市フーガの執政官が登庁する庁舎である。
冒険者カミオは、大規模召喚術にて召喚され燃え残った、異世界の残骸を見ていた。
世界に4人しかいない、魔術を極めた存在、魔導士ネフィラ。
あまりにも貴重な彼女の命を奪った、大規模召喚術“魔導界”。
使用する膨大な魔素量を充分に賄う魔石は、残念なことに帝国には存在せず、彼女の命を奪うままの結果となってしまった。
精密に加工された金属部分と組み合わされた難燃性の物質、さらには完全に燃えカスになるほどの高熱で焼き尽くされた人間の遺体。
これは本来どのように機能したのだろう、そう思いながらカミオは残骸の前に佇んだ。
「これを見て、何がわかる」
帝国評議会議長ガイアスは、異世界の残骸を見つめる冒険者カミオに聞いた。
「……何かの乗り物でしょう。
金属部分から見るに、帝国の機械文明よりはるかに進んだ技術を持っていた」
ガイアスは、カミオが敢えて話の方向性をそらすことに、少々苛立ちを覚えていた。
私が話したかったのは、そういうことではないと。
「これを擁する文明の異世界人なら、あるいはと思ってな」
「……」
カミオは明らかに怒っている、ガイアスはそう感じていた。
ガイアスは一個人の持ちうる感情に配慮している場合ではない、お前ならわかるだろうと言わんばかりであったが、カミオにとって国家の事情やガイアスの抱える問題など、どうでもいいことのようであった。
「魔導士ネフィラが亡き者となった今、
生き残ったかもしれない召喚者の行方などどうでもいいのでは?」
「どういう意味だ?」
「世界で最も貴重な戦力である、たった4人の魔導士の一人を失ったのです。
他の国も同様に召喚術を行っているようですが……
帝国、いや世界にとって、異世界人のもたらすものに血眼になるよりも、もっとやるべきことがある気がしますが」
カミオは、残骸の一つに歩み寄り、その破片を取り出す。
それは座席背面に据え付けられたタッチボードの画面の残骸。
「これはおそらく魔道具のように機能するのでしょう。
この状態では想像するしかありませんが、魔術師が操作するボードに似ています。
魔法によらない科学技術であれを体現していた」
「彼らの知識と、そこから生まれ出るものが、わが国に必要なのだ……
消失事件の対策をする上でもな」
ガイアスは“これこそだ”と言わんばかりにカミオに言った。
カミオはガイアスに向き返った。
いつも言っていることだが、ならその方法こそが間違っていたのではないのか、召喚者から得られる知識は体系的なものではなく、常に断片的なものであり、追及すべき道筋が誤っているのではないか、カミオはいつもの厳しい目をガイアスに向けていた。
ガイアスは続けた。
「お前もわかっているだろう、魔法は万能でないのだと。
この国は、いや、我々の世界は行き詰まっているのだ。人民が安定して得られる動力の源を欲している。魔獣の魔石頼りの文明は、既に限界が見えている」
「それが魔導士が死ぬ理由だったと? あまりにも傲慢で身勝手過ぎませんか?
世界の魔法文明が衰退を始めたので新しい科学を吸収しなければならない。
災害で死ぬ運命だった異世界人を召喚、その魔導士が魔素量の不足により死ぬ。
それは君たち召喚者を救うためだったから。
今後は魔法に頼るわけにはいかない、よって君たちの世界の知識をよこせと……
私が異世界人なら、こんな理屈で召喚なんかされても絶対に協力しませんがね」
「これは事故だ…… 神がいるなら誓ってもいい」
ガイアスの放っている間諜からの知らせでは、生き残った異世界人の情報は入ってきていなかった。
カミオならあるいは、とも思っていたが、彼の考えがわかるガイアスにとって、たとえ異世界人を見つけても、そう簡単に帝国に引き渡すとは思えないだろう、そう思っていた。
「私に異世界人を探せと言われるので……
自分は一介の冒険者に過ぎませんよ。議長の使う影たちの方が余程使えるでしょう」
「身を隠している異世界召喚者を見つけ出し、保護してほしいのだ。
今いるこの世界を気遣う芽がわずかにでもあるのなら、説得を試みてくれ。
例え本来の目的に適わなかったとしても、わが国には必要な存在なのだ」
ガイアスは、少なくとも魔導士ネフィラの能力は評価していた。
彼女が痛いほどに意見する内容を理解しないガイアスではなかったが、魔法に頼ったこの世界の窮状を打破するには、魔法ではない新しい科学技術の種となるものがどうしても必要だった。
「この残骸になる前に、召喚者が一人でも生き残っていたとしたら……
もし帝国のどこかに潜んでいるとしたら、なんとしてもその身を預からねばならないのだ、カミオよ」
「魔導士ネフィラがいつも言っていたことを思い出してください。
彼女は、異世界召喚者がどういう気持ちになるのか、常に考えていました。
異世界召喚などという、我々にとっても異常な現実を受け入れる素地など、
元来人類の常識の中にはないものなんですよ」
「召喚が行えるのはネフィラだけだった……
我々はあの大魔導士に頼るしかなかったのだ。
彼女が無暗な召喚術発動に意義を唱えた理由も理解していた。
だが、事は先延ばしにできないところまで来ている」
カミオはガイアスへの視線を、再び異世界の残骸へ向けた。
このAランク冒険者の覆いを纏う男はもっと遠くを見ている。
ガイアスにはそう思えた。
「いずれにしろ、はっきりさせないといけませんね」
「そうだ、私も遊びで政治をやっているわけではない。
投資に見合う見返りがないと、この国の存立が危ぶまれる」
ガイアスはいつもネフィラやカミオに言っていることを再び伝えた。
“生きてこの世界に存在するのなら、その力は帝国に捧げてもらわねば”と。
「生き残っている…… 仮にそうだとして、彼らが我々に協力する理由は?
本来死すべき運命だったあなたを救った、だからこの世界の危機を救ってくれとでも?
私なら、何故そのまま、運命のままに死なせてくれなかったのだと言いますよ。
常識も在り様も全く異質な世界に一方的に拉致されて、
困っているからと言って、助ける道理がありますか?」
「お前との話は、いつも必ずそうなるな……」
カミオは庁舎からの帰りがけ、ネフィラが召喚した異世界の機器の燃え残った残骸を再び見た。
「異世界の召喚者、か……」
「勇者よ…… お前だけが頼りなのだ」
ガイアス帝国評議会議長は、冒険者の背後に向かってそう言った。
その声が歩き去るカミオに聞こえていたかどうか、彼にはわからなかった。
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