最終話 最後に、隣に
実際、オレがいつ戻るのかは問題ではなかった。
ここでは敢えて、オレAとしておこうか。
コミュニケーターは、どういうわけかオレBにもコピーされていて、どちらかが通信可能状態になった。
その時々によって、受信するオレが違っていたのだ。
もはや完全にオカルトだったが、追求しても仕方がないのでそのままにしておいた。
実際、どちらが受けても同じだったので不便はない。
アール少年は整った面立ちの中性的な外見、東洋人と西洋人のハーフのような見た目で、この世界によくいるタイプではない。
彼は、オレ二人とミーコ、ネフィラがいる前で、地球に戻る前に改まって話をしてきた。
「一洸、これから君が戻る世界は、それまでの世界とは違ったものになるだろう。
世界線が変わる、そこを理解した上で行動してほしい。
つまり君の思う通りに、向かう方向性によって、どのようにも変えられる、変わる可能性があるということだ。
人類は紡がされてきた歴史の中で、多くの異星種族の遺伝子を取り入れてきた。
元々の人類などというものは存在しないんだ。
人類という形は、様々な異星種族の遺伝子の集合体であり、結実した結果でもある。
もちろん君にも私と同じ血が流れている。
どうか、新しい地球の未来を作ってほしい、今のきみならそれができるだろう」
アールが語り終えた時、ミーコが握る手の力が少し強まった。
“だいじょうぶだよ、あたしがいるし!”そんな気持ちまで伝わってくる。
オレBにしっかり寄り添っているネフィラは、オレAとミーコを早く送り出したくて仕方ないといった感じだ。
別に気を使うことはないと思っていたが、彼女なりの所作なのだろう。
「わたし…… わたしたちも思い通りの世界をつくるつもりよ。
アール、ここにいるあなたもね」
その瞬間、オレは理解した。
この古のものも“種”そのものだったのだと。
別の世界からやってきた“種”は、この世界に身を置き、その時を待ち続けた。
種を“撒く”存在がやってきて、自らの身体を分け与え、その他の場所にも種を撒き続けることを条件に、この星の深い部分で眠り続ける。
阿頼耶識という、無限なる意識の大海。
そこに繋がるのは、撒かれた“種”、数多くの命によって育まれた、意識の繋がり……
意識の海に身を浸しながら、その存在は、次の段階を待っていた。
オレはとんでもない過ちを犯してしまったのではないか。
いや。
オレが、今はいにしえなのだ。
新しい命、新しい世界、可能性の数だけ無数に存在する世界線。
その中のどれもがオレであり、全てがオレの魂とも呼べるものだった。
オレは全ての世界線、全ての可能性に答えを作るべく、そのように采配した。
自分のいた世界、厳密にいえば、自分のいた世界に最も近い世界線、そこでの可能性の先を見てみたかった。
本来、オレの存在しえなかった世界に、ミーコと一緒に。
オレは、それを行った。
みんなの願いをかなえよう…… そして、オレの願いも。
ふと、オレAはオレBと目を合わせる。
やつも同じ考えに至ったのを確かに感じ、オレは少し安心した。
エイミーたちには、分体を創ったことも、地球に戻ることも、敢えて伝えないでおいた。
ネクロノイドの採取は順調に進んでいる。
彼らの“地球”も、上手くいけば復活の日を迎えるかもしれない。
もとよりオレの分体が帰還することになっても、恐らくは彼らの現実には何ら変化が起きようもないだろう。
オレは車を運転していた。
畑のあぜ道はずっと先まで続いている。
ふと隣を見ると、ミーコが助手席で眠っていた。
膝の上にネコだった頃のミーコ、いや、プルが気持ちよさそうに眠っている。
自分に頭をあずけながら、その心地よい重みを感じることができる瞬間が、今ここにいる意味そのものだった。
ミーコ。
生きてる、オレは今この子と同じ時間を生きてる。
車を止めた。
田んぼのあぜ道の途中にある、見知った小さな空き地。
見慣れた、見渡す限りの田園風景。
「…もうついた?」
目をこすりながら、ちょっと不機嫌そうにミーコは言った。
その茶色い瞳は泣きはらした直後のように潤んでいる。
「いや…… そんなことどうでもいいよ」
オレは彼女の髪の奥に隠れた耳を触った。
ひゃっとして、彼女はくすぐったそうに驚く。
「え? おにいちゃん、なんか変」
そういってミーコはくすくすと笑った。
なにがそんなに嬉しいのだろうか。
「……あたし、あたしたち戻ってきたんだよ、あなたがそう望んだから」
「ミーコ、ミーコなんだよな…… あの世界にいた」
「そうだよ、もうネコじゃないけどね!」
クリーム色の髪ではない、少し茶色がかった黒髪、人間の耳を持ったミーコ。
彼女はそう言うと、身を乗り出して頬にキスをした。
「今、あたしたち…… あなたって言ったよな…… 次からはちゃんと名前で呼ぼう」
ミーコはあらためて、オレをのぞき込むように見つめる。
そして俯きながら、いつか見た表情のまま顔が真っ赤になる。
間違いない、ミーコなんだな。
オレは、プルに気をつけながらミーコを思いっきり抱きしめた。
急に抱きしめられて驚いたようにしていたが、すぐに首に手をまわし、オレよりも力を入れて抱き返してくる。
「やっぱりいいよおにいちゃんで…… これから、少しづつね」
彼女が小さく小さく頷いたのがわかった。
オレは、自分が流した涙を悟られないように、しばらくミーコが離れないまま逃げないようにする。
この現実が消えないように、この時間がこのまま続くように……
「ミーコ、これからこの世界…… オレたちがいた世界は、大変な時期を迎えるんだ。
いや、もう始まってる」
ミーコはオレの瞳をみつめたまま何も言わない。
元々この子は、普通の子ネコだったのだ。
これから自分がやろうとしていることに巻き込むべきかいなか、オレは今更ながら迷っている。
「あたしね、おにいちゃんが何をしようと、一緒にやるよ! だって、あたしミーコだもん」
一瞬思考が止まってしまったが、確かにミーコはオレと一緒にいるのが当たり前だったし、これからもそうだろう。
オレが得た力、それがオレの中で答えていた。
車を走らせているオレは、いつも通る道の途中に、自販機のある東屋のような休憩スペースを見る。
入り口の脇に小さく立っている道祖神。
ミーコが冷たいお茶を飲んでいる間、まさかとは思ったが、鋲を打つべく動作する。
“魂意鋲”は、確かに打てた。
「なんか、お腹へったな」
「うん!」
「まずは、美味いものでも食べに行こうか」
ミーコはにっこり笑うと、胸に抱えたプルがニャアと答えた。
どうやら、ミーコとの意思疎通はそのまま出来るらしい。
おれは様々な思いを胸に抱きながら、車をだす。
最後に、隣に……
畑のあぜ道はどこまでも続いていた。
私が書いた長編物語を最後までお読みいただき、本当に心から感謝申し上げます。
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