第251話 召喚天使の権能
プルートニアの養成施設を拠点とした、軍事開放組織“M”の実働部隊本部。
世界中の貴族たちの反抗を制圧するために動いているラウンドバトラー。
敵勢力の力では戦闘にすらならない場合がほとんどだが、巨大な地下施設に囲われている数千人規模の子供たち、獣人たちを救出するために、天使による規格外の治癒力が必要となる場合がある。
各地の制圧部隊の応援から、リロメラが戻ってきた。
「今回はちょっとてこずったな……
地下1000メートル以上、縦横無尽にガチな拠点を築いていやがった。
獣人たちだけ選りすぐって集めてたみたいでよ、もの凄い規模だったぜ」
いつ果てるとも知れない戦いだと思っていたが、各国の本丸は既に落としているので、現在は既得権益に縋った奴隷商人どもの奴隷保管地下都市を破壊し続けている。
各地に存在するそれは、地上からはまるでわからない構造になっていて、見つけ出すのに苦労はした。
だが、それももうすぐ終わる。
「大変だったわねリロメラ……
あなた、もうそろそろ一洸に言っていいんじゃない?」
ネフィラに促されたリロメラは、まるで少年のような瞳になっている。
そろそろとはなんだろう……
リロメラは、“M”組織が発動してから、積極的に動いてくれていた。
戦闘時もさることながら、なにより圧倒的な治癒能力だ。
暴虐天使の神力に救われた、数多くの人間・亜人・獣人の子供たち。
もはや、頭数を数える事すら適わないレベルだ。
「実はよ、大分前にネフィラに見てもらったんだが…… 俺ぁ、戻れるみたいなんだ」
「戻れる? って、まさか……」
元居た世界に戻れるのか、リロメラは。
そうか、それこそがこの異世界天使が得た召喚者権能だったのか。
オレはまた、言葉を失ってしまった。
「それでね、少し前にちょっと実験をしてみたのよ。
あたしの魔法の幾つか、リロメラが使えるようにしてみたの。
大量の魔素を消費するから、保管域じゃないと無理なんだけどね」
ネフィラの使える魔法をリロメラが使えるようにする。
そうか、そういうことか。
オレは微笑んでいる二人を前に、最後のお宝を明かされた時に見せる表情を持っていなかったことに気づいた。
こんな時、どんな顔をすればいいんだろう。
そう考え始める暇を与えてはくれないようだ。
「多分、こんなことをするのは最初で最後になると思うの。
あなたの保管域でしかできない術よ。
普通なら、あの魔方陣の脇で死んだ私みたいに…… どんな存在も避けられないでしょう」
オレは、“0”を呼び出し、ネフィラとリロメラを保管域に入れる。
「そこでね、リロメラの神力、光を操る能力と相性のいい人でなら、スムーズに魔法を複写移譲できると思うわ。
これは私が試して感じた感触よ」
つまり光の属性者…… ミーコ。
「ああ…… 今まだ黙ってたのはよ、この世界の糞ゴキブリどもを掃除しきらねぇと、とても帰るわけにゃいかねし……
言うべき時を待っていた、からかな」
リロメラは、今まで見せたことのない知性溢れる横顔を、少し俯き加減にしながら答えた。
「俺の権能、この世界にきて発揮できるそれは…… あの忌々しい世界に戻る力だ」
元いた世界に戻る能力、確かに計り知れないほどの権能だ。
力を揮うことができるのは一度だけ、というのも、権能の力の大きさを物語っている。
「リロメラ…… あなたの次元界帰巣転移能力、ミーコちゃんに分けてあげていいかしら?
同じ系統の行使者なら、私が使うこの力を一度だけ使えるようにすることができるの……」
「ミーコか、あいつなら使えるだろうな、やってくれネフィラ。
でもよぉ、ミーコ死んじまってるだろ……」
その時がきたか。
“この場合、どうすればいいと思う? ミーコは実体がない状態なんだ……”
“強く思えばいいのだろう、多分。
一洸の心の中にある、ミーコの姿が受肉する受け皿となる……
微妙な部分は、恐らく大丈夫だ”
オレは、アールの中の量子の海の壁、走査線のあるそれに手を触れる。
“おにいちゃん、見えるよ!”
姿の見えないミーコが飛び跳ねるのがわかった。
オレはそんな彼女を感じながら、心の中にある残像を纏め始める。
ミーコ……
君はネコミミで、尻尾があって…… 髪は短めでクリームと銀の中間色のようで、目は青と緑の中間色で……
“おにいちゃん、あたし、おにいちゃんみたいになりたい!
ねぇ、どうにでもできるんでしょ? 思った通りに。
だったら、前の世界のおにいちゃんたちの…… 女の子みたいになりたい!”
オレははっと気づいた。
細かい部分はどうにでもなる、か。
“ミーコ、それでいいのか?”
“いいに決まってるじゃん! だって、そうしないとさぁ……”
ミーコはその先を言うのを躊躇っている。
何を言おうとしたのか、無粋なオレにはわからない。
まぁいい。
“この壁の向こうは量子の海……
ここに手を触れて、出現させる場所に手を向けるといい。
ネフィラの復活時に感じたものだが、間違いないはずだ”
アールはそう言って、壁の走査線の光を纏め始める。
オレが触れた部分が光の集点となり、眩さを増す。
“あ、忘れてた! プルもいるからね!
プルはね、前のあたしみたいになりたいって!”
前のあたし? 前の……
子猫のミーコになりたいということか。
オレは心を静めて、ミーコを思い出し、そこに新しいイメージを加えた。
髪は…… 目の色も…… そして……
その栗色の髪、茶色い瞳の少女は、オレの手の先から生成された光のヒト形から出現すると、力任せに抱き着いてきた。
彼女は何も言わず、ただオレという存在を必死に逃がすまいとするかのように、決して離すものかという意思を伝えてくる。
傍らに、その様子をキョトンとした目で見つめる、あの日オレがダンボール箱で見つけた新しい家族と同じ姿の子ネコがいた。
“遺伝子構造は若干違うが…… 私が記録しているミーコ、きみは間違いなくミーコだ”
アールが何か言っていたが、オレはそんなことはどうでもよかった。
「おにいちゃん、ちょっと変わったね…… どこが変わったかわからないけど」
「おれも一度死んだんだ…… 体の材料が、前とは違うみたいだけど。
でも心は間違いなく、前のオレだよ」
ミーコは安心したように、抱きしめる力を少し弱める。
もう離れることはないだろう、そんな気持ちまで感じさせてくれた。
「ミーコ…… おめぇ、尻尾も耳も人間になっちまってんじゃねぇか」
「ミーコちゃん、もうキャティアじゃないんだね」
「あ、あの…… でもかわいいから…… きっと」
リロメラ、アンナやレイラは、人間として復活したミーコを見て、それぞれが複雑な思いを反映していた。
特にレイラの表情と反応は、オレでなくとも読み解くのは難しかっただろう。
まるでオレという種に近くなったミーコを羨むようなものを感じた。
それまでは察することのできなかったオレだが、今はそんなものまで受けられるようになっている。
ネフィラは、人間の少女になったミーコとリロメラを重ねるように立たせると、オレが閾影鏡を使うようなポーズをとって、早口に術式を唱える。
リロメラの光がミーコに被さるように輝き、二人は光そのものになって、オレの目で見ることはできなくなった。
「ネフィラ先生、一度だけ…… なんだよね」
ミーコは自信なさそうに、小声で呟く。
「そうよ、この力は一度だけ、あなたとあなたの大切な存在を、元いた世界に戻すことができるわ」
ネフィラはかなり疲れた表情であったが、この保管域はそれすらたちまちのうちに復活させてしまう。
今回のものも、召喚魔法と同じで命がけの魔法だったのだろう。
ここ保管域でなければ、おそらくはあの時と同じように……




