第250話 “M”
件の発表から、ゴーテナス帝国所領のすべての場所で混乱が発生しはじめていた。
評議会メンバーの貴族たちは、ただただ怯えた様相で自国領に帰ることを殊のほか恐れている。
今まで自分たちを守ってくれるはずであった軍事力、騎士団や民兵、その末端に至るまで、今は彼らの声を聞く者たちでは無くなってしまっている。
世界開放機構“M”……
“М”と名乗った集団、姿の見えない闇の組織は、各国の深部にまで力を浸透させ、今や、帝国の影でさえ実体を掴むことが出来ないでいる。
“М”の手は、ありとあらゆる組織、集団、市民の末端まで広がっており、彼らに反駁しようとする勢力は、地上で活動など出来えようもない。
恐るべき発表がプルートニア議会からあったのは、数日前のことだった。
「ネクロノイドの脅威が去った今、世界人民の恐れるものは何か……
ベリアル公なき後、魔元帥閣下率いるラウンドバトラー隊へ全面協力してきたが、ラウンドバトラー部隊が“M”の名のもと一斉に独立蜂起し、プルートニア魔公国に宣戦を布告してきた。
彼らの要求は、軍事力の完全放棄、人種・種族による差別の完全撤廃、新たなるエネルギー源である、マナジェネレーターをベースにしたエネルギー経済への完全な移行、国家による人民への搾取、税金の廃止、そして個人債務の消去。
誘拐等の犯罪行為を行った貴族や権力者の処断、それらを隠匿した者も同罪とし、人民の安定した生活と医療は保障される。
国家主権は守られるが、王侯貴族はその所領の全てを放棄し、王は自治領代表として任を全うする。
定められた期間内に、共和憲法による選挙を実施、新しい主権国家の代表を定める。
個別・例外条件は一切認められない、抵抗勢力は実力を持って排除する。
我がプルートニア議会は、この申し入れを受け入れ、世界開放機構“M”の傘下に入ることとなった。
我々は……」
ゴーテナス帝国評議会議事堂へ続くメインストリート、堅牢な石造りの門は、外側をバリケードで塞がれている。
内側に配置した各貴族配下の騎士団や私兵は、バリケードの外側からの市民の罵倒と投石に、限界を迎えようとしていた。
“誘拐犯どもめー、子供たちを返せー!”
“糞貴族どもの犬をいつまで続けるんだ、お前らの子供だって誘拐されてオモチャにされるんだぞー!”
“税金泥棒どもめ、俺たちの金を返せー!”
周りを取り囲んだ市民たちの罵声は止む気配を見せない。
ある貴族の御用魔法使いが放った土魔法が事の始まりだった。
市民の目をつぶし、石の雨となって降り注ぐ暴威……
突如、議事堂の空に現れた3体のラウンドバトラー。
それは飛行してきたというより、まるで転移してきたかのような出現方法だった。
“市民を不法に傷つけた罪、今我々“М”が見届けた。
よってこれより、議事堂内に展開するテロリストたちを排除する”
内側にいた貴族隷下の魔術師、魔法使いが一斉に火魔法を放つ。
ラウンドバトラーに直撃するが、全く影響を与えてはいない。
その中の赤いラウンドバトラーが片手を空に向けた。
現れ出た巨大な炎龍、まるで獲物を品定めするかのように、議事堂に展開している貴族の騎士たちの上を睥睨して回りはじめる。
圧倒的な火焔の化身に対して、無謀にも攻撃をする魔法使いたち。
その瞬間、議事堂内側で武器を持つ者たちが一斉に倒れた。
まるで、自分の身体の重圧に耐えられず、打ち崩れてしまったかのようである。
そんな兵士たちの上を、悠然と飛び回る巨大な炎龍。
真っ白いラウンドバトラー、光の剣をバリケードに揮い、閾は一瞬で粉々に砕け散った。
“市民の皆さん、不法な暴力は“M”が排除しました。
皆さんはくれぐれも暴力に訴えることなく、彼らからの力に力で抗おうとしないでください。
全ての軍事力を放棄させる、これが世界開放機構“М”の最初の仕事です”
集まった民衆の大歓声が沸き上がる。
その声は議事堂の中にいる、腐った権力の亡者たちにも届こうとしていた。
ゴーテナス帝国評議会、大会議堂。
会議終了後の、議長執務室は、まるで出棺を待つ葬儀場のような重々しい空気に満ちていた。
険しい顔つきのガイアス議長、秘書に開けさせた扉を強く閉める。
空を飛ぶラウンドバトラーのスラスター音が、議会上空より聞こえてくる。
「いいか、ここには誰も入れるな!」
がっくりと肩の力を落とすゴーテナス帝国評議会議長ガイアス。
けたたましい足音が、執務室に近づいてくる。
「ま、待ってください、議長は誰とも会わないと……」
扉の外で、秘書が叫びにも近い声を上げている。
扉が開けられ、帝国騎士がなだれこんでくる。
ガイアス、微動だにせず騎士団を睨みつける。
「何しに来た? ここがどこかわかっているんだろうな」
「帝国評議会議長ガイアス殿、あなたを国家反逆罪及び間諜防止法違反で逮捕します」
ガイアスの両脇に回り、腕を掴もうとする騎士、だが手を払いのけるガイアス。
「貴様ら! 何の権限があってこんなことを!
ただで済むと思うなよテロリストども!」
「テロリストはあなたです、ガイアス」
騎士団の代表がガイアス議長に見せたのは、ゴーテナス帝国皇帝の宣誓証書。
「……こっ、これは」
「つい先ほど、皇帝陛下は世界解放機構の傘下に入るべく、証書へ署名されました。
議会は解散、証書以前に国家反逆罪とおぼしき行為をした議員、貴族、役人、協力した商組織及び構成員は全て収監対象となります」
連行するため、両脇を固める騎士たち。
「私に触るな!」
そのまま、騎士団員に囲まれながら、執務室を出るガイアス。
残された秘書は、ただ茫然と立ちすくむ以外なかった……
議場から手錠をはめられて出てくる数多くの議員や貴族たち。
彼らは暴れることなく、騎士団に連行されていく。
連行される議場門の前に立ち並ぶラウンドバトラー3機は、まるで正義が行われるのを見届けるように聳え立っている。
“Mばんざーい、ありがとうMっ!”
ゆっくりと浮上し、大通りを低空で飛行しながら、圧倒的な力を示して飛行する3体のラウンドバトラー。
ゴーテナス帝国の全ての地域であげられる市民の大歓声……
その声が鳴り止むことはなかった。




