第246話 重なり合う現実
オレが死んでからの外界時間は、ちょうど一日程度だったらしい。
あの後バトラー戦士たちは、ネクスターナルのワープにで地上へ移送され、後処理はほぼ終わっている。
オレはまずカミオに現状を説明した。
“一洸、大丈夫だとは思っていたが…… アンナやレイラ、他のみんなへの説明は、丁寧かつ慎重にね”
そうだろうな、突然死んで蘇りました、では通用しないだろう。
オレはそのまま、エイミーに繋げる。
“エイミーさん、一洸です…… 大変ご面倒をおかけしました”
最初エイミーはすぐに返してこなかったが、やっと声を聞くことができた。
“カミオさんや、リロメラさんが…… あなたが大丈夫だろうって言うから信じてたけど、何も言わずに消えるって……”
“本当に申し訳ありません、細かい事情は後程説明しますので。
とりあえずもう、ネクロノイドが地上を荒らすことはないと思います”
“そのことなんだけど、あの高位知性種のデバイスが地上から転移した場所…… 膨大な量のネクロニウムが採れそうなの、すごい反応なのよ”
“それはよかった……”
オレはネクスターナルへ繋いだ…… 繋がるとは思っていなかったが、上手くいったようだ。
“ネクスターナル…… 一洸です”
“オールドシーズ一洸、無事だったようだね”
“この度は本当にお世話になりました…… 古のものは、高位知性種へ説得のために彼らの次元に転移してもらうことになりました”
“そうだったのか…… 我々のスキャン情報からは、転移ではなく、君の生命反応が消えたように見えた。
それに…… これは言いにくいのだが、高位知性種が導いた質量存在は…… 転移先で次元ごと空間消失している。
高位知性種のいた世界は、今はもうないようだ”
オレは言葉を失ってしまった。
やはり、爽酷清を行ったのか……
あの存在、古のものはこうやって意識を繋げてきたのかもしれない。
定まった形をもたず、意識を紡ぎ続ける…… 永遠にだ。
オレは、関係各位に用意した言葉を伝えるべく続ける。
“落ち着いたらまたご連絡します…… 今現在の自分の状態についても、ご相談がありますので、その節はよろしくお願いします”
その後、みんなに事情を話したオレだったが、アンナもレイラも、バラムまで怒気を含んだ複雑な声音を返してくる。
リロメラだけが勝ち誇って笑う意味不明な様相だった。
とにかく上位属性者全員は、ポータルから引き揚げて説明しなければ収まらないようだったので、ここに上がってもらうことにした。
彼らには、今のオレの状態を正直に話して、これからの指針を表明しなければならない。
大変なのはこれからなのだ。
「もう、ネクロノイドの被害がでることはないでしょう……
この世界にやってきてわかったことがあります、オレが以前いた世界は…… 多くの問題を抱えていました」
この世界が抱える問題…… 今持ちうる力をこの世界に明け渡していく前に、相当な準備と時間が要る。
超先進科学技術の開示…… 人々の常識を遥かに超えた技術を明かしていく前にやらなければならないことがある。
新しい組織を作る必要があるだろう。
国家の枠組みを超えた、争いを否定したそれが。
カミオやネフィラたち全員を前にオレは話した。
前の世界でも感じていた不都合や理不尽、この世界に来て気づいた、自分の元いた世界の問題……
繰り返してはいけない、進歩の具合と条件が違うというだけで、地球と本質はそう変わらないのだ。
そして、みんなやこの世界の人たちの願いも、可能な限り叶えていく。
「古のものが最後に言った内容も含めて、オレがこの世界で出来ることをしたいと思ってます。
あまりにも問題が複雑多岐に渡っているので、これからが大変なんです」
オレはここにいる、異世界の住人たちの顔を見回す。
アンナ、レイラ、それにカミオやバラム、ネフィラにアイラ、イリーナ…… サーラもいる。
リロメラは少し距離をとって立っているが、彼もこの世界で得たかかわりだ。
“一洸…… 話中にすまない。
指針を語る前に、知らせておく必要があるようだ。
私の私見と考察もあるが、地球の…… 一洸のいた時代の地球の状態と、現在のこの惑星世界の状況、共通する部分が多いように思える。
参考になる情報が提供できるかもしれない”
オレはまだ、エイミーからも、ネクスターナルからも、そしてアールからも過去の地球の状況を詳細に聞いてはいなかった。
別の世界線の可能性を否定できないのもあったが、それを聞いたところで、今とこれからの自分にとって、それほど重要なものとは思えなかったからだ。
今の状況に似ている……
“了解したアール、一旦切り上げるよ”
場を離れようとしたオレに集まる強い視線……
え? あれって、みんなにも届いた通信だったのか。
「一洸…… ぼくも君の元いた世界の事情、とても興味がある。
抱えている問題もね」
カミオが言うその横で、リロメラが射るような視線を向けてきた。
「実はよ…… 今アールが言ったことだが、俺にもあてはまるんだ。
この世界の状況、とても他人事には思えねぇ……
俺がここに飛ばされた理由も、そのあたりなんだろうがよ」
カミオとリロメラのはるか後ろにアンナの顔があった。
彼女は小さく頷いている。
“一人で抱えないで”
彼女の心の声を、オレは確かにその時受け取った。
ありがとうアンナ、君の言う通りだよ。
オレは口元を緩めることで、彼女の心の声に返してみる。
アールの船躯へ向かおうとしていたオレをサーラが捕まえた。
殴られるかな、と思ったが違うようだ。
「……一洸」
彼女は、オレの目を正面からしっかり見据えている。
「一洸、あなたは私を打ち破った。
負けたことのない、誰にも跪かせたことのない私を、あなたは……」
彼女が目から流しているそれは、悲しみなのか、憎しみなのか、それとも単純な悔しさからなのか……
相変わらずこの子の挙動は、オレにはわかりそうもない。
だが、もしかしてそのどれとも見当違いというのなら……
彼女の拳はしっかりと握られている。
ただ、その拳からはオレへの敵意や悪意は全く流れてこなかった。
「だから、だから私を守らなくちゃいけない……
魔元帥が誰と一緒にいようとかまわない、私を守るのが、あんたの役目なのよ!」
サーラはオレに抱き着いてこそしなかったが、オレを見つめたまま涙を流している。
無茶苦茶な理屈ではあったが、これが彼女の、自分の感情への答えなのだろう。
「サーラ、まだ具体的な話にはしてはいないんだが……
新しく作る組織で一緒に動いてくれないか。
オレが一緒にいれば君を守ることができるし、オレが危ない時は、一緒にいるみんなを守ってほしい…… 本当に大変な仕事になるだろうけど、君の力が必要なんだ」
サーラは、まるで溜めていた感情を決壊させたかのように、涙を滝のようにして泣き始めた。
今まで泣いたことなどなかったのかもしれない、まるで涙を流すのが初めてだと言わんばかりに、子供のように泣いている。
オレはただ、そんなサーラの肩を優しく抱き留めるくらいしかできなかったが、彼女の安心感、幸せを喜ぶ感情が、触れた肩から伝わってきた。
だがこの場で最も安心させられたのは、他ならぬオレ自身のようだ。




